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本編 50 〜トリニティ・タワー 24 〜 (完結)

 そして総ては狂乱(?)の日常に戻った。


68.顛末の先

 その深夜。

 ……都会の闇に閉ざされた高層ビルの一角でとある老人がガウン姿で1人の男を見下ろしていた。

 正確には……ソファに座りグラスを持つ老人の前のテーブルの先に男は立って老人を見下ろしているのだが……雰囲気としては男が老人に見下ろされ、椅子に座ることも許されずに立っている。そんな敗北感が男の全身にまとわりついていた。

「まったく……どういう始末なのかね? ん?」

 老人の前で……男は苦虫を噛み潰したような表情のまま、無言で立っていた。

「木偶人形の演出に半分は成功した。君が脱出した時にはいたのだからな? だが……肝心なフィナーレには木偶人形は顕われず、カーテンコールは『踊り子』に奪われた。Lapis Lazuliの評価は鰻登りだ。それに引き替え……」

 老人は……グラスを置くと、テーブルの上にある号外の束を男に投げつけた。

「見ろっ! その号外の中に木偶人形の活躍なぞ1行も書かれてはいないっ!」

 紙の束は男の顔に当り……床へと散らばった。

「何か言うことはあるかっ!?」

 ゆっくりと時間をかけてから男は言葉を発した。

「号外は記憶には残るでしょう。ですが、記録的には……木偶人形の活躍だけが残るでしょう。明日の朝刊は……木偶人形の記事で埋め尽くされますから」

 男の言葉に老人は失笑した。

「ふん。当然だ。そうでなくてはプロジェクトが進まない。だがな? それをしたのは? この儂だ。事前に儂が各新聞社に話を通したからだ。違うか?」

 男は時間をおいてから……「そうです」と小さく応えた。

 男の言葉を聞き、老人は嘲りの視線で睨んだ。

「……残念かね?」

 男は怪訝な顔を装う。

「なんのことでしょう?」

「今回の……『演出』に儂に話していなかった部分があったな?」

「そうでしたか?」

「……エレベーターの狙撃。いや爆撃と言った方が良かったか? アレはなんだ?」

 それはテロの最初に行われた『演出』。

「あのエレベーターに儂が乗っているはずだった。そうだな?」

「いえ。そんなことは……」

 平静を装う男の背には嫌な汗が浮かんでいた。

「……儂が亡くなった場合、オマエがこの国のエージェント代表となり、影を仕切る。そういう風に段取ってはいなかったか?」

「いえ。そんなコトは全く……」

「……シラを切るのもいい加減にしたら?」

 会話に入ってきたのは……隣の部屋のドアの陰から顕れたガウン姿の女。その女は……

「ジルコニア・クィーンっ!? 君が? いや、何のことだ?」

「忘れたの? 私の役目は……アナタの監視。だけど、その前に……」

 女は老人の横にしどけなく座る。

「この国での私達の反対勢力……サイメン・インダストリー・グループの動向をスパイすること。そして彼らが掴んだ情報に……」

 女は老人のグラスを取り、一口啜る。芳醇な褐色の液体を……

「……この国での私達の勢力の代表であるオニキス・ビショップの暗殺計画があった。それだけ。そして……その計画を企てていたのがアナタだとは思いもしなかったけど」

 男の眉がつり上がる。怒りのままに……

「何か勘違いしているようだが? 儂の暗殺計画の首謀者を調べて教えてくれたのは……サイメン・インダストリー会長だ。そしてわざわざ教えに来てくれた。一応、これでも旧知の仲なのでな? それでも疑問だろう。何故に教えたのか? 決まっている」

 老人は……男を見下ろし、ソファの後ろから封筒を取り出し男に投げた。

「何をするのか判らん若造よりも何をするのかが予想できる相手の方が良い。サイメンの者達もそう考えた。それだけだ。言っただろう? 君はやり過ぎる。過ぎるモノははじき出されるのだよ。味方からも、敵からも。……理解できないようなら暫く頭を冷やしてくるがいい。ゼータ共和国の動きが怪しい。また冷戦状態に持ち込もうとする輩が台頭を画策しているようだ。その勢力と接触し……場合によってはまた『革命』を演出する。それが君の次の仕事だ。頑張りたまえ?」

 男は……封筒を拾い、踵を返してドアへと向かった。

 その背中に艶やかな女の声が投げられた。

「アナタの命令違反は……不問にするとクィーンからの伝言を忘れてたわ。クィーンの慈悲に感謝するコトね」

 男は一瞬だけ振り返り……女を睨むと、黙って部屋の外へと出て行った。



 翌日。

 朝刊各紙は『独自取材』と銘打って揃って木偶人形ことアルファ・T2の活躍を伝えた。が、インターネットや動画投稿サイトでは揃ってLapis Lazuliの活躍だけが目立っていた。

 だが、瑠璃達の活躍は……伝えられることはなかった。

 そして……ほとぼりが冷めた頃、政府関係機関、特に警察などでは支援用ロボットとしてアルファ・T2の採用が新聞の片隅に小さく載っていた。

 異を唱える識者の意見が暫くの間、インターネットを賑わしたりもしたが……価格、つまりはコスト・パフォーマンスでは太刀打ちできず、アルファ・T2は普及していった。




 だが……一部のマニア、特に紅葉原関係者の間では「アンドロイド? そんなのLapis Lazuliタイプがベストにして唯一の選択だ」と一般常識化され……かなりの高額にもかかわらず、Lapis Lazuliタイプのアンドロイドはヒット商品となった。

 カイ国と各国にいる紅葉原フリークス達の『常識』ではあったが。




 そして私、S.Aikiの身辺は……相変わらず賑やかだった。

「御主人様? 今日は法廷に行く日なんですからっ! ちゃんとして下さいっ!」

 私を急き立てているのは瑠璃7。ベースとなっているのはLpapis Lazuliタイプ2。黙っていれば読書好きな美少女に見えなくもないのだが……八法全書を脇に抱えている姿からすれば……小うるさい委員長タイプとも見える。そして……何故に瑠璃7が造られたのかと言えば……やはり訴えられたのである。

 世間の言う「トリニティ・タワー崩壊事件」の首謀者であるテロリスト達の行方は不明のままであったが、人質となっていた方々の証言と、瑠璃3が……全くの偶然ながら……助けてしまったとある御老人の証言か何かで、ビルを崩壊させたのが瑠璃ではないかと嫌疑をかけられ(実際、それは事実なのだが)、膨大な賠償金を請求されてしまったのである。

 そして「それは済まないことをした。是非、私の方で弁護人を……」と、その御老人が腕利きの弁護人を付けてくれたのだが……瑠璃が気に入らなかったのだろう。「それならば私の方で準備致しますっ!」と売り出されたばかりのLapis Lazuliの一体を購入し、急遽、弁護士に仕立て上げた。……といった所である。

 とはいえ、未だ何処の世界でも「アンドロイド弁護士」というのは未公認のため、御老人が手配してくれた弁護士達と共闘しているというのが実情。


「御主人様? 今日は何が食べたいですか? 法廷ですから身体はお疲れにはならないと思われますけど、精神的にはかなり疲労が溜まるとも考えられますから……食べたいモノをお召し上がりになるのが一番だと思いますけど……」

 尋ねてきたのは瑠璃8。見た目は瑠璃7より若干、小型。そして食事担当。思えば……随分と長い間、ゲリラ戦の兵士のような野戦食ばかり食べさせられていた私にとっては有り難い存在。ベースになっているのはLapis Lazuliタイプ1。子供っぽいのだが、食事を作っていない間は瑠璃2の遊び相手をしているから丁度いいのだろう。ただし……正式に購入した訳ではなく、紅葉原のジャンク屋から大量に仕入れたLapis Lazuliっぽいジャンクパーツと……何故か玄関脇に転がっていた料理のデータベースを仕込んで造られた。

 何故に玄関脇に料理のデータベースが転がっているのかが凄まじく疑問だったのだが……瑠璃1と瑠璃2に因れば、「蝶々になった雪だるまの手土産でしょ?」とのコトだが……意味が判らない。判らないコトは……尋ねても理解できる内容で返ってくることだけはないので諦めて流している。


 改めて数えてみても……秘書である瑠璃。瑠璃のバックアップのハズが技術一般の瑠璃1。その部下の瑠璃10。隙あらば子供のようにはしゃぎまくる瑠璃2。何故か四六時中バニーガール姿で警護しているガード担当の瑠璃3。その部下……というか、何処か勝手に行動する瑠璃30と瑠璃31。とある商売に精を出し、稼いでくれる巨身なボンデージドレス姿の瑠璃4と華奢で和服姿の瑠璃5。法律担当の瑠璃7と、料理担当というか家事担当の瑠璃8……


 ……あれ? 瑠璃6は?


 ……と、瑠璃1に尋ねても「いますよ。本人の意向で姿を見せてはいませんけど」とは言われてはいる。

 兎に角、瑠璃6は瑠璃5のコピー+機能改造ということだ。任務としては……シークレットサービスということだ。

 ……あまり危ない仕事には手を出さないで欲しいのだが。


「さぁ? 御主人様。そろそろ出かけませんと。瑠璃8。御主人様にお出しした今までの食事から今日のベストな献立を……」

 ドアを開けて急かす瑠璃の仕切を瑠璃8は不満げに見返していたので……思わず口を出す。

「あ〜 うどんでいいや。天ぷらが1つ載っていたらそれで良い」

「はいっ! 判りましたっ! じゃ、面は手打ちで、アジの天ぷらでも用意致しますっ! 瑠璃2ちゃんっ! 一緒に買い出しに行こっ!」

 ……やはり、元は瑠璃である。行動内容が決まると猪突猛進。起きたばかり(スリープモードから復帰したばかり)の、ぼーっとしていた瑠璃2を引っ張って一目散に外へと出て行った。

「瑠璃8。また変な人達が尾行してくるかも知れないからラミアさんと一緒に行ってね」

「はぁいっ! 瑠璃様ぁっ! 判りましたぁっ!」

 瑠璃8は2階建てアパートの出入り口手前の……というか既に私一人しか住んでいないアパート前の駐車場を竹箒で掃いている長袖ロング丈のワンピース姿のアンドロイドと一緒に出かけていく。

 そのアンドロイドは……瑠璃に因ればラミア。あのトリニティ・タワーでイベントに使われていたアンドロイドらしいのだが……何故かウチにいる。そして言語回路なども瑠璃1が追加装備したのだが、未だに一言も話さない。所有者から「返せっ!」と言われたらどうしようかと思っているのだが、未だに誰からも何も言われてはいない。

「いつまでいるんだ? ラミアは?」

 私の言葉に瑠璃1が返す。

「さぁ? あの事件の後、最初はF.E.D.研究所に出向いたようですけど……『必要ない』と追い返されたそうですし……攻撃用触手というかマニピュレーターは外してあるけど整備用マニピュレーターを多めにくっつけてあるし、動力も『相転移炉』に換装してあるから……その気になれば地球一周ぐらい出来ますけどそれでもココにいるんだし……ココにいたいんだったらそれでいいんじゃないですか? じゃ、私と瑠璃10は作業に向かいまぁす」

 と、隣部屋から取り付けた空中回廊を通って……アパート裏の工場へと向かった。

 ちなみにだ。瑠璃のコピーの数が増えたのと、色んな仕事を紅葉原のジャンク屋から引き受けているようで、対応するためにアパート裏の寂れていた町工場を取得して使っている。


 ……工場の購入金額を確認したいのだが、「ま、ビル一本分よりは安いですよ。気にしない。気にしない」と……正直言って教わってはいない。

 せめて借金というか請求額の桁ぐらいは知りたいところだ。



「御主人様? 何をぼーっと考えておられるんですか? さっと行きましょうっ! あの御老人の弁護人よりは先に着かないと……私が造られた意味が……」

「はいはい。わかった。わかりました」

 瑠璃7に急き立てられて玄関を出る。

 階段下で警護している四脚の大型アンドロイドは瑠璃9。純軍事用ロボットのパーツをも使って造られた……アパート警護用の戦闘担当アンドロイド。

 ……そんなのも造らなくてもとは思ったが、瑠璃の「何を仰っているんです? 御主人様はエグゼクティブ。これまでに何度、命の危険に……」と長い説得に渋々、納得している。


 ……生命の危険の根源は瑠璃の『活躍(?)』によってもたらされているような気が、物凄くするのだが、それを口にしたところで何かが変わるような状況ではなくなっている。



「御主人様っ! 法廷まで警護致しますっ!」

 無駄に気合が入りまくっている瑠璃3と冷ややかな態度の瑠璃30と、「誰か襲ってこないかな〜?」と気怠そうに楽しんでいるような瑠璃31が同行する。


「あらぁ? お出かけですぅかぁ?」

「御主人様っ! 瑠璃4はぁっ! 今月も売り上げNo.1でしたぁっ! 誉めてくださぁいぃ〜!」

 入れ違いに瑠璃5と瑠璃4が帰ってきた。

 私の前では猫を被りまくる瑠璃4を斜め後ろから醒めた目で眺める瑠璃5。

 なんだかんだと言いながら、この2体は……良いコンビだ。

「それはおめでとう。いや、ありがとう。瑠璃4。瑠璃5。ゆっくり休んでくれ」

「はぁいっ! ゆったりやすみまぁすっ!」

「ありがとさんですぅ。御主人様……それと……」

 瑠璃5がささっと近づき耳打ちする。

「そろそろアチキらのコピー……というか部下さん達を造ぉて下さらんと……借金で首がまわらんようになりますぇ?」

「借金で廻らなくなるようなことはこの瑠璃7がっ……もご」

 話がこじれそうなので瑠璃7の口を手で押さえて私は瑠璃5に耳打ちした。

「……その件については瑠璃1に言ってある。近日中に何とか……なる……かも……知れな……っ!」

 私の言葉が途中で切れたのは……瑠璃の視線を感じたが故。

 ゆっくりと振り返ると……曇り一点もない笑顔。だが……怒りのオーラの迫力が背後で燃えさかっている。

「御主人様? 私に内緒で何か企むようなことを為されては私の秘書としての立場が……」

「あ〜 瑠璃7。法廷は何時からだったっけ? 急がないといけないな。瑠璃。さっさといこう。私が遅刻したら瑠璃の秘書としての立場もなくなってしまうっ!」

「あ、御主人様っ! 走られては警護が手薄になりますっ! 瑠璃3っ! さっさと先導して敵を確認次第殲滅しなさいっ!」

 駅へと駈け出す私の後ろを瑠璃達がついてくる。

 物騒な言葉も……今となっては私の日常の一部だ。



 走りながら私は何となく考えた。

(瑠璃達は……結局、何体まで増えるのだろう?)



 その答を……知っているのは神だけかも知れない。


 青空に浮かぶ2つの月の間の雲から……神様の微笑みらしき虹が行く先の道の上に見えた。



(第3章終了)


 これはニフティのSFフォーラム内にあった「マッドSF噴飯高座」より派生した拙作です。


 これで一先ず完結です。

 書き始めていた当初に考えていた「完結」にやっと辿り着きました。


 後は「リトルレディ本編」と「十六夜埠頭」の続編、一番に書きたい「エピローグ」等がありますが、ある程度形にならないと……


 さらに派生した「ラプラスの魔女」のシリーズ化も考えていたりいなかったり……


 ではまた。


 宜しかったら、投票、感想など戴けると有り難いです。

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