本編 47 〜トリニティ・タワー 21 〜
トリニティ・タワーで瑠璃達が……
65.天国が地獄
「待ぁちぃなぁさぁいぃぃっ!」
追撃する瑠璃をチラリと見てサブリーダーはニヤリと笑った。
(来い来い。そのまま来い。この先で仲間が待っている。蜂の巣にしてやるさ)
何度目かの角を曲がり、パーティションの扉を蹴破り進む。
次の扉の先にいるのは……
(さぁ? 仲間が待っている。そしてオレ達は荷役用エレベーターで……)
待望の扉が……荷役用エレベーターホールへと続くテロリスト達にとって『天国』へと続く扉が…半開きになっていた。
(ん? 入りやすいように開けといてくれたか?)
よく見れば、ドアは少し壊れているようだ。
(ふふん。更に入りやすい。さぁて……)
先頭が勢いよくドアを蹴破り中に入る。
最後尾が時間を稼ぐために背後に向けて銃を乱射する。
「さぁっ! 後ろの夜叉を撃ち殺して……って? えぇっ!」
ソコにいたのは……
「……バニーガール?」
サブリーダーが疑問形で終わったのは……無理もない。
片腕がない。だが残りの腕と更には背中から生えているサブアームが仲間を3人締め上げている。
他の仲間も床やら壁に力なく倒れ気絶している。間違いなく……この片腕のない、いや、腕が3本のバニーガールの仕業。
エレベーターのドアも変形し、一見して使用不可能になっているのも……このバニーガールの仕業だろう。
右腕で締め上げていた仲間をドサリと落とし、背中のサブアームに吊られていた仲間もドサリと落とし……コチラを振り返るその目は……焦点が定まっていない。
「あれぇ? 御主人様? ありがとうございます。保護して下さったんですか?」
頓珍漢なことを言い、不気味にも最敬礼するバニーガールは勿論、瑠璃3。
バッテリーを交換して再起動した途端に暴走し……どうやらまだ再起動中のようだ。
「こんなに時間がかかるなんて予想外ですっ!」
「ったくっ! ドアが溶接しているなんて聞いてないわよっ!」
左右のドアを蹴破って入ってきたのは……瑠璃30と瑠璃31。
「なんとか……間に合ったようで何よりですけど」
「さっきまでパーティションの壊し方を予行練習して御陰かしら……ね?」
テロリスト達にとっては意味不明な台詞。ただ判ったのは……警官達の突入対策で迷路化していたパーティションを根こそぎ破壊してココに辿り着いたということだけだろう。
そして……最後の敵がゆったりと姿を顕した。
「……さぁ? そろそろ……御主人様を……解放して……下さらないかしら?」
後ろのドアから……迫力ありげな気遣い(冷却の為の呼吸で発声が途絶えがち)な瑠璃がゆったりと入ってくる。
「うぅわぁあぁぁぁっ!」
テロリスト達は……予定が狂ったのを自覚し、狂ったように一目散に逃げ出した。
瑠璃達から逃れるために。
荷役用エレベータとは反対側にある関係者専用階段室へと。
致命的なことに……下り階段側ではなく上り階段側へと……
「うぅわぁあぁぁぁぁぁっ!」
奇声を上げながら逃げる。
何処へ? 判らない。
予定は総て狂った。
退却路は暴走していたバニーガールに粉砕された。
背後を亡霊のように突進してくる秘書っぽいのが不気味。
戦闘経験がありそうなバニーガールが2人(?)で脇への逃げ道を塞いでいる?
逃げ道は?
直進するしかない。
直進した先は……階段室。
下じゃない。上に続く階段だ。
もうどうでもいい。兎に角っ! ここから逃げろっ!
テロリスト達は……思考しながらも思考停止に陥っていた。
さらに致命的なことに……S.Aikiをまだ確保したままで……
「待てぇえっ!」
「御主人様を離しなさいっ!」
「撃つぞっ!」
「腕が良いか、脚が良いかは選ばせてあげるわよっ!」
「瑠璃30、瑠璃31っ! 御主人様に当たったらどうする気ですかっ!」
瑠璃が撃つ気のなさそうに警告するだけと思われた瑠璃30と瑠璃31を戒めているのを聞き……やっとテロリスト達は落ち着いた。
(そうか……そうだ。こっちにはまだ人質がいるっ! 迂闊には手を出せないはずだっ!
……たぶん)
自信なさげに断定する。いや、断定するしかなかった。
予想外の事態に。
額を撃ち抜いても手で銃弾を受け止めた少女(瑠璃1)。胸を数発撃ち抜いても何気に手で銃弾を受け止める女(瑠璃)。不気味な予想外の行動で仲間を殲滅したばかりか退却路も破壊したバニーガール(瑠璃3)。武装しながらも秘書の指示に従い攻撃してこないバニーガール(瑠璃30と瑠璃31)も今となっては不気味。
そういえば……秘書のような女(瑠璃)と同時に現れた白衣の女(瑠璃10)は?
どこからか不意に顕われそうだ。
総てが今となっては恐怖の対象。
それでもテロリストの本分(?)を思い出し、人質の活用法をも思い出す。
(先ずは……人質を盾にして……退却路を確保し……)
その先が思い付かない。
(……いやっ! 退却路を確保して逃げ出すだけで充分だっ! 計画は充分に達成したはずだっ!)
やっと顛末を考えつく。何故、このビルを占拠したのか? 何故、今まで立て籠っていたのかを。そして退却命令が発せられていたのを。
思考を整理して、今何をすべきかを思いだした。
(今登っているのは?)
階段を上りながら辺りの様子を確認する。
既に十数階を上った。戦闘訓練を受けていなければ通常の人間ならば既にへばっていることだろう。ついでにいえば兵装がゲリラ戦用の軽量で助かった。
だが……人質が重い。
放り投げようかとも考えたが、それでコッチが助かる見込みはないし、放り投げた時に打ち所が悪ければ……更に追撃に火が付きそうだ。
いや。いやいや。それより状況確認。冷静に対応しなければ……コッチの命が危ない。
(ここは……増築中のキャピタルCの下。第4展示場への出入り口は……コッチが溶接してしまっているはず。蹴破る時間はない。この上には……工事関係者の事前手配で今日は誰もいない。従って仲間が最初に一通り見ただけで何もない)
他の手段で人質達を確保すれば占拠する必要もない。
必要がなかったが故に今は誰もいない。
仲間も。
敵も。
恨めしげに第4展示場への扉を横目に睨みながら通りすぎる。
(この上は……屋上は……作業用クレーンが邪魔で警察のヘリも着陸できない。もっとも……こっちの屋上には自動迎撃ミサイルシステムは置き土産にあるはずだが……)
そのミサイルシステムで追撃してくる女どもを迎撃するかと考える。
(無理だ。解除に向かうと自爆するように仕掛けてある。それにそろそろ……)
屋上から爆発音。振動が階段室をも揺らす。
(……くっ。フィナーレの『花火』がなっちまったっ!)
退却信号でも自爆するよう時限装置も組み込まれている。
(ならばっ!)
フロアへのドアを蹴破り中に入る。
案の定、何もないフロア。
コンクリートが剥き出しのままのフロア。アチコチにタイル片やらコンクリート片やらの資材の欠片が散乱し、一見して増築工事と判るフロアに入り込む。
「コッチだっ!」
コンクリートの壁で仕切られた一角に逃げ込み、立て籠る。
「はぁはぁはぁ……近づくなっ!」
荒れた息を整えるために……いや、単に時間を稼ぐために、隠れた直後に放つ数発の銃弾が瑠璃達の足を止めた。
……足を止めてはいたが、隠れることなく仁王立ちのままでもあった。
「確認します」
仁王立ちのまま瑠璃が冷ややかに見下ろす。
「なにをだ?」
何も武装していない秘書に気圧されるテロリスト達。
「投降して数ヶ月間、行動不能になりますか? それとも投降せずに数週間、生死の境を彷徨いますか?」
……どっちも選びたくないのが人情というか常識だろう。
「……こっちには人質がいるんだぞっ!?」
テロリストの言葉に……瑠璃の表情が一段と冷ややかに……いや、一気に絶対零度を体感させるような視線となり、髪の毛がぶわっと逆立った。
「その言葉……投降拒否と断定致しますっ!」
瑠璃は深々と一礼……したのではなく足元のコンクリート片を拾い上げ、大上段へと流れるように姿勢を変えて、腕を一気に振り下ろした。
……超音速で。
瑠璃の腕から放たれたコンクリート片は一気に加速され、テロリスト達が隠れているコンクリートの壁に衝突し……自身と壁の双方を粉砕した。
「……げ? ぶわっ!」
いきなり空いた壁に驚き、直後の衝撃波(瑠璃の腕が音速を超えたが故に発生した衝撃波)に呼吸を乱すテロリスト。
「コンクリートと共に四散しなさいっ!」
声に視線をあげると……既に瑠璃は次の投球動作、いや、投石動作に入っている。
「ぅわわわっ!」
慌てて頭を下げる。直後に再びコンクリートの壁が爆発し、大穴が空く。
「てってって、て、て、て、て、撤退っ!」
一目散に後方へと退却する。
隠れたコンクリートの壁が直後に四散して隠れ場所が無くなり……すぐに外壁まで辿り着いてしまった。逃げ場は……既に無い。
それでも資材の袋の山の影に隠れて銃口を敵に向ける。既にその行為が敵達にとって何の意味を成さないと判っていても長年の習性で構えずにはいられなかった。
テロリストの前に何一つ怯えることなく仁王立ちする瑠璃は高らかに警告した。
「さぁ? 御主人様を解放しなさい。そうすれば……」
「……そうすれば?」
「御主人様基準で全治3ヶ月にまけてあげましょう」
「コイツ基準で全治3ヶ月?」
S.Aiki基準で全治三ヶ月とは? テロリスト達にとって意味不明な表現方法に戸惑う。
「……え〜とね。通常の人間基準で全治半年〜1年程度よ」
後方から落ち着いた声が説明する。
視線を投げるとソコにいたのは……
「……あ、さっきの手品師の白衣の女」
テロリスト達にとってサブマシンガンの弾を額で受け止めたのは手品だったらしい。いや、手品と信じたかったのだろう。
「瑠璃姉ぇ、遅れてすみません」
「やっと追いつきました」
瑠璃1と瑠璃10が合流し……瑠璃達は6人となった。
既に袋のネズミだが、逃げられる確率は絶望的になったとテロリスト達は悟った。
「つ、通常の人間で全治1年なんて聞いたことがないわっ!」
確かに。全身打撲に複雑骨折でも精々、全治6ヶ月程度だろう。
「それにさっきの説明の方が未だマシだったっ! ……と思うぞ」
「さっきのも意味不明だったが……」
「んじゃ、判りやすく言い換えると致死率50%前後よ」
それがS.Aiki基準で全治3ヶ月ならば……S.Aikiは不死の薬でも飲んでいるのだろうか?
「もう一度聞く。解放した場合でそうならば……解放しない場合は?」
テロリスト達の言葉に瑠璃の眉がぴくっと上がった。
そして、ゆっくりと床のコンクリート片を拾い上げると……ゆっくりと投げた。
が、やはり音速を超えたコンクリート片はテロリスト達の背後の壁にぶち当たり……壁枠ごと破壊して空中へと破片を撒き散らした。
空中へと四散した壁の破片は……直下の海へと落下していく。
奇しくも今居るのはトリニティタワーの中でも最も海に近いところだった。
もし反対側だったら……警察以下野次馬の方々にも悲惨な結果となっていただろう。
……そんなコトは瑠璃達にとってはどうでも良いことなんだろうが。
「……壁が無くなった」
テロリストの1人が呟く。
「そんなに壊れやすいのか?」
外壁は高層ビル特有のカーテンウォール。重量構造体ではなく風力の張力だけを受け持つ構造。そして上階の重量を受け持つのは……瑠璃達が破壊してきたコンクリートの壁。
そして今、瑠璃の放つ追撃弾がもう一つの壁のユニットを破壊して空中へと放り出す。
「ぅわわわっ! ま、待て、考える時間を……」
「問答無用っ! さっさと御主人様を解放しなさいっ! 瑠璃1っ! 瑠璃10っ! さっさと貴方達も応戦しなさいっ!」
応戦というよりは殲滅戦ではなかろうかと思いながらも瑠璃1達もコンクリート片を投げる。
四散する外壁。逃げ惑うテロリスト達。階段へと逃げようとするのだが、入り口には瑠璃30と瑠璃31が銃を構えて近づくのを待っている。瑠璃3は未だにぼーっとした目で状況を眺めているだけだったが……
テロリスト達がフロアを半周以上逃げ回った時……状況が変化した。
軋む床。いや、天井。
瑠璃が構造壁をほぼ破壊した後、張力を受け持つ外壁がほぼ全壊したことで……上階の重量に耐えきれずにビルが崩壊を始めたのである。
……べき
バキ、ぐしゃあぁぁ……
異音とともに一気にビルが崩壊する。
テロリスト達がいる床ごと……
ついでにS.Aikiをも空中へと……
「ぅわわぁぁぁっ!」
「……たすけてくれぇぇぇぇ」
テロリスト達は悲鳴と共に崩壊する壁や床や天井と共に落下していく。
「御主人様ぁあぁぁぁっ!」
瑠璃の叫び声は……ビルの崩壊音に掻き消されていった。
そして瑠璃は……駈け出した。
崩落するビルへと……空中に身を投げた。
これはニフティのSFフォーラム内にあった「マッドSF噴飯高座」より派生した拙作です。
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