本編 46 〜トリニティ・タワー 20 〜
トリニティ・タワーで瑠璃達が……
64.狂乱と狂騒の……
瑠璃1は構えるのを止め、腰に手をあて胸を張った。
「私は御主人様によって作られた瑠璃のコピー。その名も……」
「御主人様ぁ〜っ! 何処ですかぁあぁぁぁっ!」
「……瑠璃1。対テロ用アンドロイド……って、キサマらっ! 何処を見ているっ!」
瑠璃1が怒鳴ったのも無理はない。テロリスト達は元より、人質の方々全員も、いま奇声を上げて通路を通り過ぎ、ついでに通路で待機していた数人のテロリストを吹き飛ばしたバニーガールの行方に注目していた。
この場にバニーガール? しかも片腕が無く、破断された場所から飛び出ている光ファイバーから信号らしきパルス光の虹色の光を撒き散らし、その背中にマニピュレーターらしき金属アームが一対生えていたというのは……かなりシュール。
「なんだ? いまのは?」
「暴走しているのか?」
「木偶人形にあんな格好のが……いたか?」
「……さぁ? 木偶人形は元より、うちのロボットにはあんなのは居なかったと思いますが?」
「だからっ! あれは瑠璃3っ! アタシと同じ対テロ用アンドロイドよっ!」
瑠璃1は……無視された怒り(?)からか、大声で説明した。……説明を叫んだ後で、その必要はなかった。という以前に、もっと良い状況へと瑠璃3の暴走を使えたのではないかと悩みながら。
「対テロ用アンドロイド? そんな訳はないだろう?」
テロリストのリーダーらしき男が瑠璃1の説明をあっさりと否定する。
「どしてよ?」
何故かむっとしながら瑠璃1は否定した理由を求めた。
「ここに……これだけの我々テロリストと人質が居る。が、何もせず……にと言うか、何も確認しないで駆けて通り過ぎた。あんなのが対テロ用アンドロイドの訳が……」
テロリスト・リーダーは話しかけている瑠璃1の顔が怒った顔から、きょとんとした顔に変わり、直後ににんまりと笑い、さらに青ざめて固まっていくのを……言葉を続けながら不思議に思った。
「……どうした? 恐怖を自覚して狂ったのかな?」
ニヤリと笑う。そして銃口を瑠璃1へと定め……ようとした時に誰かに肩を叩かれた。
「なんだ? 今忙しい、後に……ぐをわっ!」
テロリストリーダーの言葉は途切れ……壁に吹き飛んで気絶した。
「忙しかったら気絶してなさいっ!」
テロリストを吹き飛ばし、いや蹴り飛ばしたのは……言うまでもなく瑠璃である。
相も変わらずテロリスト関係には論理不明な言動であった。
「な? なんだ? オマエ達はっ!?」
ずさざさっと体制を立て直し、人質達を盾に取り、構え直すテロリスト……のサブリーダーらしき男が叫ぶ。
テロリストの疑問は……尤もである。
瑠璃は秘書らしい秘書の格好。スーツに身を包んではいたが……残りはと見れば……
ドレッシーなスーツの上に銀糸で刺繍が施された白衣を着ている瑠璃10。バニーガールスタイルながらもコンバットジャケットを着ている瑠璃30と瑠璃31。
場違いという以前に常識はずれな格好だった。その4人(?)が銃を構える自分達に何一つ物怖じせずに突っ立っている。
しかも睨んでいる。
いや、待てとサブリーダーは考え直した。
後ろのバニーガール2人(瑠璃30と瑠璃31)が銃を構えているのは……今、この場としては常識的。その前の白衣の女(瑠璃10)が訳ありげに白衣のポケットに両手を突っ込んでいるのも……何かの武器を持っていそうなので雰囲気には合っている……と決めつけたとしても……先頭にいるスーツの女(瑠璃)は何も持たず、何も構えずに立っているだけ。
得も言われぬ自信に満ちあふれた姿にテロリスト達が気圧されていた。
「何だと? 私達は対テロリスト用アンドロイドの……」
瑠璃31が説明をし始めた時に瑠璃が割って入った。
「秘書ですっ!」
「……は? はぁ?」
説明しかけた瑠璃31がコケる。
「瑠璃様ぁ〜 ちゃんと説明しましょうよ」
脱力しかけながらも瑠璃10が抗議する。
「ちゃんとも何もありません。私は御主人様に秘書として望まれて作られた以上、私は秘書ですっ! それ以上でもそれ以下でもそれ以外の何者でもありませんっ!」
断言する瑠璃に瑠璃10と瑠璃30と31は……仕方ないわねとばかりに項垂れた。
「兎に角っ! 御主人様は何処ですかっ? さっさと解放しなさいっ! さもなくば貴方達を……」
「……オレ達を?」
テロリスト達は固唾を呑んで先の言葉を待った。
「テロリストと断定しますっ!」
……総ての時間が止まったかのような脱力感に全員が襲われていた。
というか、さっきテロリスト・リーダーを蹴り飛ばしてはいなかったか?
「……え〜と。つまり?」
暫し状況を……というか瑠璃の言動を頭の中で整理してからテロリストは確認した。
「アンタの御主人様とかを解放したら……オレ達はテロリストではなくなるのか?」
「いいえ。貴方達はテロリストです」
再び全員の思考が停止した。
「すまん。違いを説明してくれ」
サブリーダーが頭を押さえて再度確認した。
「御主人様を解放し、私達が確保した場合、貴方達を私達に仇為すテロリストとして即座に除外します。ただし、即座に投降しない場合、再び一般テロリストとして断定します」
……え〜と。テロリストということは変わらないようなのだが?
「んじゃ? さっきのは? なに?」
びしっと掌で瑠璃1を示して瑠璃は断言した。
「私達の一員である瑠璃1に危害を加えるコトを企てているように見受けられましたので即座、即刻に実力行使致しました。それが何か?」
つまりは……別格テロリストとして断定されたということなのだろう。
「え〜とだ? つまり? オレ達はどうしたらテロリストではなくなるのかな?」
「テロリストに行動の自由は存在しませんっ! 投降するか戦闘不能になるかです」
別格か一般かの違いだけらしい。
「……巫山戯るのもいい加減にいろっ!」
サブリーダーが数発、いや三点モードとなっていたサブマシンガンから放たれた3発の弾丸が瑠璃の胴体(主に胸部)に放たれた。
「……ふん。死をもって巫山戯たのを謝罪……し……て……」
サブリーダーの言葉が消えていったのは……瑠璃が何事もなく立っていたこと。そしてその手から三発の弾丸がコトンと床に落ちたこと。
「警告します。私達への攻撃は御主人様への攻撃と同等に扱います。覚悟を持って攻撃しなさいっ!」
……反撃は? というか、自分自身への攻撃そのものの評価はどうなのだろう?
「それよりっ! 瑠璃1っ! 御主人様は何処へ?」
瑠璃1は瑠璃に問われるこの時まで固まっていた。言い訳を考えていたが故に。
「……え? え。え〜と。私の後ろの床に……」
人質の方々が瑠璃の視線から逃げるようにざさっと避けてS.Aikiの姿を露わにする。
「……御主人様? 気絶されているのですか?」
「心音、呼吸音、異常在りません」
「一時的な……外因性ショックによる意識消失と思われます」
瑠璃の問いに冷静に瑠璃30が観察し、瑠璃10が診察する。が……2人は即座に引いた。
瑠璃の迫力が2割増……いや時間経過と共に指数関数的に増大していくのが判ったが故に。
……アンドロイドなのに?
「……おのれぇ〜」
瑠璃の地獄からかと思われるような迫力に満ちた声に思わず瑠璃1が最敬礼……いや、頭が床につかんばかりに敬礼した。
「ご、ごめんなさいっ! これは私が……」
確かに瑠璃1の後頭部が衝突して、S.Aikiは気絶した。そして、その言い訳を考えてはいたが何も思い付かずにコトがここに至っては謝罪するしかない。
「あら? 瑠璃1。御主人様の警護、お疲れ様。そのまま御主人様の確保をお願いしますね」
先程までの迫力が何処へ消えたのかと思われるぐらいの軽やかな声で瑠璃は瑠璃1に指示した。
「は? は、はいっ!」
慌てて瑠璃1は承諾する。
「さぁてぇ〜? 御主人様への暴虐なる行為を確認しました以上は……」
気絶程度で暴虐とは言い過ぎだろう……と人質の方々を含めて全員が思った。が、瑠璃の気迫が……いや、声が地獄からの響きかと思えるような迫力に思考を中断した。
「……貴方達の全細胞のDNAの一片までテロリストとして認定して差し上げます」
総ての細胞を消滅させる気だろうか?
「ぅわあぁぁぁっ!」
「た、退却っ!」
「盾となる人質を確保しろっ!」
テロリスト達は逃げ出した。1人の人質を拾い上げ、拘束して……
無理もない。銃弾を手で受け止め、コチラの武装に一切、物怖じせずに向かってくる相手。論理不明で挙動の予測がつかない。一時的に退却し、体勢を立て直そうとするのは……無理からぬコト。
だが、テロリスト達は一つのミスを犯した。
それは……退却する時にS.Aikiだけを人質として確保しようとしてしまったコト。
通常ならば……一般的に考えるならば相手がもっとも重要視する人間を人質にするのは常套手段。いや、必然的手段。たった1人で数百人分の価値に相当する。
だが?
相手は瑠璃である。そして瑠璃達にとって「御主人様」であるS.Aikiはその他の総てを犠牲にしても奪回しなければならない人間。
その場合に於いて一般常識は存在しない。
……元から存在しないような気もするが。
「待てっ!」
「待ちなさいっ!」
「瑠璃1っ! 殲滅しなさいっ!」
瑠璃の指示に瑠璃1は構え、身を当て、殴り、蹴りを繰り出し……たのだが、2,3人が、天井と壁に吹き飛ばされただけ。多勢に無勢。S.Aikiを掠われ、瑠璃1も踏まれて床に転がった。
「瑠璃10っ! 瑠璃1の確保、瑠璃30と瑠璃31は私に従いなさいっ!」
S.Aikiの身を確保するために瑠璃達はテロリストの後を追う。
そして狂騒劇が始まった。……いや狂走劇(?)かもしれない。
テロリスト達は気絶しているS.Aikiを拾い上げると一目散に退却する。その後を追う瑠璃達。
(変ね?)
瑠璃30が敵の行動を見ながら疑問に思う。いつでも攻撃できるように銃を構えているが流石に敵の中にS.Aikiがいる。無闇に攻撃することは躊躇われた。いや、S.Aikiに当てずに攻撃する自信はあったが、万が一、億が一、S.Aikiに当たった時の……瑠璃の行動が読めない。不測の事態は避けるために瑠璃30と瑠璃31は瑠璃に従い、敵を追走するだけ。そんな(瑠璃30にとって)退屈な時間の中で疑問が湧いてくる。
(あれだけの人数で行動に澱みがない? なんで?)
瑠璃31が疑問を超音波で瑠璃30に問う。
実際、テロリスト達は目的地があるかのように逃走している。分岐点でも何一つ合図せずに同じ方向へと曲がっていく。
(随分と遠回りしているみたいだけど?)
広大な連結フロアといえども細かく区切られ迷路のようにもなっているが……敵の動きには無駄が多そうだ。
(無駄好きな人間相手という前提としても……なんか、決まっている順路みたいね)
(この先にあるのは……そうかっ!)
二人は自信を持って……瑠璃に告げた。
「瑠璃様っ! 敵を挟撃しますっ! 御武運をっ!」
「ではっ!」
「待ぁてぇえぇぇぇっ!」
瑠璃30と瑠璃31がかけた声を……瑠璃は聞こえていないかのように敵を追撃する。
……夜叉のような形相で。
「聞こえなかったのかな?」
「さぁ? 兎に角行くわよっ!」
瑠璃30と瑠璃31は左右に分かれ、通路の先へと急いだ。
これはニフティのSFフォーラム内にあった「マッドSF噴飯高座」より派生した拙作です。
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