本編 45 〜トリニティ・タワー 19 〜
トリニティ・タワーで瑠璃達が……
63.決断の時
その頃、瑠璃1は緊張していた。
テロリスト達の動きが慌ただしく、そして緊張と不満が渦巻いているのが手に取るように判る。
「なんだ? 撤退だと?」
「どうしてだ? まだ、何もしていないぞ?」
「ロボットDが破壊? オペレーターは? 不明? 上の階で何が起こっている?」
「上階の敵を殲滅しないのかっ?」
「だから撤退だと……」
「アンドロイドRは? 何もしていない?」
「LLが全滅? どうしてだ?」
「インフォメーションセンターが全滅? リトルR? なんだ? それは?」
聴覚センサーに飛び込んでくるテロリスト達のヒソヒソ話は上の階で何かが起こっていると言うことだけは判ったが……
(アンドロイドRが瑠璃姉ぇだとして……何もしていないのにLLが全滅? LLってなんだ? ロボットDがなんなのかは判らないけど……誰かが上で暴れている? 瑠璃3達じゃないよね? 瑠璃3達が来るとしたら下からなんだから…… リトルR? まさか瑠璃2じゃないよね? 瑠璃2が何かしたとしても……テロリスト達に対抗できるとは思えないし……)
瑠璃1は瑠璃2が数人とはいえ行動不能にしたということを把握できていなかった。更には瑠璃3達が突入し、そして上階に移動していたことも……
(……なんにしても、ヤツらがさっさと撤退してくれたらいいんだけど。……そんな訳にはいかないような……)
今居るのは広くホールになっている場所。テロリスト達はホールの入り口と出口を塞いでいる。通路との境が透明プラスチックのパーティションなのは……向こうの動きが判るという意味では利点だが、コッチの動きがテロリスト全員に丸見えという意味では不利。
「じゃ? ココはどうするんだ? 木偶が来てから撤退じゃなかったのか?」
「『演出』はどうなっている?」
「待て。何かあった時は最初のシナリオに戻る手筈に……」
テロリスト達の何人がゴーグルの端を弄っている。多分……ゴーグルにマニュアルを写し見ているのだろう。
そして……別の何人かが人質となっている自分達を見ている。
「ココに『標的』は居ないはずだったな……」
(『標的』? 誰かが人質以外の目標として設定されているのかしら? 人質以外って……なに?)
標的……言葉の意味からテロリスト達の行動は推し量れたが……もし、最悪の意味であるならば……
(……だったら、最初に『行動』しているハズ……だよね? 最初のシナリオと今のシナリオが違うのかな?)
瑠璃1の疑問はすぐに解けた。
テロリストの1人が視線を誰かに固定してニヤリと笑った時に……
その視線の先にいるのは瑠璃1。いや、その隣のS.Aikiだった。
(! って、御主人様が? 標的? なんで?)
瑠璃1は疑問に思いながらも……反射的に立ち上がっていた。
銃口が向けられたS.Aikiの盾となるために……
「……ふぅ。やはり、このフロアには居ませんね。では、『情報』に従い、御主人様の身柄を確保に向かいましょう」
S.Aikiは瑠璃達にとって犯人のようだ。
「しかし……何もありませんでしたね」
瑠璃10が呟く。
確かに……見渡す限りのパーティションの壁は殆ど破壊され、コンクリートの壁が剥き出しになっている。残っているのは……天井のパーティションとそれを釣り支えている構造柱だけ。
ある意味……イベントホールとしての元々の姿に戻ったとも言えるのだが、やはり、有り体に言えば「破壊神が通り過ぎた後」の様だった。
「ちょいと待って。……念のため。このパーティションも……」
瑠璃31が破壊に向かったのは……関係者控え室らしきユニット。
「ソコには誰もいないと確認済みだけど?」
瑠璃30の指摘は正しい。既に居ないのは確認済み。
「でも、残っているのも変じゃない?」
……残っていても別に問題はないのだが?
「やはり壊せるモノは壊しておかないと……手を抜いたと思われるのも癪だから」
誰に思われるのが気に障るのだろう?
「てぇいっ!」
瑠璃31の後ろ回し蹴りがパーティションの角に炸裂し……近くの構造柱にぶつけるような形で殆どが吹き飛ばされて、破片が四散した。
「さっ。行きましょうっ! ……ん?」
瑠璃が見上げた時、構造柱の1つが倒れ壊れて天井のパーティションと共に、何かが落ちてきた。
「きゃっ! ……って、瑠璃3さんじゃないですか? どうして天井から落ちてきたんです?」
慌てて避けた瑠璃10が問い掛けても瑠璃3は応えず……落ちた衝撃でリセットしかけて……目を回していた。
見上げると崩れた天井のパーティションからは……小さなハッチの向こうに青空が見えた。
「どう? 瑠璃10。瑠璃3の状況は?」
「どうやら……動力の消耗が激しいため、強制的にスリープモードに入っているようですね。補助電源を交換して……メイン・電源ユニットは……あっちの倉庫に汎用品の予備がありましたから拝借しましょう。それで治りますよ。それにしても……どうして落ちてきたんでしょ?」
「……足を踏み外したんでしょ? 我がチーフ様は」
「腕1本、壊れてますけど……ま、4号機を仕留めたんでしょ」
呆れたような表情ながらも抱き起こす瑠璃30と瑠璃31は満足げだった。
「4号機? 何ですかそれは?」
「……その疑問は後にしましょう。移動しながら瑠璃3の電源を交換。速やかに御主人様の確保に向かいます。勿論……途中の総ての部屋を確認しながらです」
瑠璃と瑠璃10には瑠璃30達の不可解な単語に疑問を持ったが……後回しにして階下へと向かった。
S.Aikiを逮捕……いや、確保するために。
「ちょっと? なんで銃を向けているのっ? さっさと銃口を下ろしなさいよっ!」
語尾が震えている。
瑠璃1は瑠璃の改造のために作られたコピー。元々は市販品のゴチック・ドール(未発売型)。瑠璃1となってから自分の身体にも改造を施し、さらには得体の知れない修復ナノマシーンによって完全チタンフレームのLapis Lazuli#3タイプへと変貌しつつあるが……少なくとも戦闘経験はない。
既にホールにほぼ全員が入っているテロリスト達は一瞬だけ驚いた。が、直ぐさま左右に展開し、銃口を瑠璃1……いや、背後のS.Aikiへと定めていく。……楽しげに笑いながら。
「だからっ! 何で向けるのかを尋ねているのよっ! さっさと応えなさいっ!」
瑠璃1は本能的(?)に両手を広げる。左右の銃口からS.Aikiを護るために。そしてテロリストが狙う角度が広がると後ずさりする。S.Aikiを背に隠すように。
「勇ましいお嬢ちゃん? 私達はその人に用事があることを思い出したんだ。悪いことは言わん。そのまま座ってくれないか?」
銃口の下に付けられたレーザー・サイトのスイッチが入る。途端に瑠璃1の額と両手、両腕、両肩に浮かぶ紅い輝点。
「嫌だ。……と言ったら?」
「ん〜〜? ちょっとだけ痛い目に合うだけだよ?」
リーダーらしき男の指がちょっとだけ動き……銃口から弾丸が発射された。
発射音の後、その場にいた人々が聞いたのは……瑠璃1の頭が床を叩く音。いや頭に受けた衝撃で床に倒れた音だった。
周りの人質の中には悲鳴を上げた人もいたが、自分と近くの人に抑えられ、小さな響きとしかならなかった。ただし……緊張感を掻き立てるには充分だった。
「ん〜〜? 即死じゃ痛くもないか? くっくっくっく……はっはっはっはっ……はぁ?」
テロリスト・リーダーの声が素っ頓狂に疑問形で終わったのは……瑠璃1が立ち上がったが故。
片手で額を押さえ、自分達を睨みながら……何事もなかったかのように、いや、額が痛そうにではあったが、兎に角、立ち上がっている。
「ちょっとっ! 撃つなら撃つって言いなさいよっ! 痛かったじゃないっ!」
アンドロイドなので痛いという表現が適切なのかは疑問だが……瑠璃1は額を押さえていた手を繁々と見た。
(ん〜 サブマシンガンの弾程度じゃ大丈夫か。ま、元々は拳銃弾だしね)
手の中には……額の防弾シリコンで受け止めたらしい弾丸があった。
「んじゃ。コレ返すわよっ!」
投げつけられた弾はゆるい放物線を描き……テロリスト・リーダーのゴーグルにコツンと当たってから床に転がった。
呆然としているのはテロリスト達。……ばかりでなく周りの人質となっている方々も一様に呆然としていた。
緊張感は一気に弛緩し……いや、弛緩し過ぎて誰も動かなかった。
「なんだ? オマエは?」
問われて瑠璃1は悟った。いや自覚した。テロリスト達、いやS.Aikiを除く全員が自分を「人間」と誤認していることに。
「何だって……言われても……」
改めて……状況を確認する。
テロリスト達は呆然としている。人質となっている人々も離れた位置で呆然としている。いや? どちらかと言えば瑠璃1を幽霊か何かのように怖がっている? そして後ろにいたはずのS.Aikiは……気絶していた。何故、気絶しているのかと考えれば……先程の瑠璃1が後方に倒れた時だろう。
(え〜と。アタシの頭(後頭部)が御主人様に……頭突きを喰らわせた?)
衝撃センサーなどの履歴から推測する。
推測するまでもなくその通りだろう。
(……ま、不用意に動かないというのは計算しやすいけど)
利点だけをピックアップし、展開をシミュレーションする。とはいえ……状況は明らかに不利。
テロリスト達は散開している。一度に複数を倒すのは無理。銃を乱射されたらS.Aikiは元より他の人質の方々に被害がおよばないとも限らない。
そして、呆然するのに飽きたらしいテロリスト達は銃を構え直した。全員が同時に発砲するために合図しながら……
(覚悟するしかなさそうね)
瑠璃1は自分の最後の時が近付いているのを……覚悟するしかなかった。
(それでも……何人かは道連れにしないと)
テロリストの誰に飛びかかろうかを計算しながら……
と、その時。瑠璃1の聴覚センサーに異音が入ってきた。
「……私が何かを……知りたい?」
瑠璃1は聴覚センサーからの信号を確認し、にんまりと笑った。
これはニフティのSFフォーラム内にあった「マッドSF噴飯高座」より派生した拙作です。
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