本編 40 〜トリニティ・タワー 14 〜
トリニティ・タワーで瑠璃達が……
58.混迷への流転
「な、なんだっ!? あの細かいのはっ!」
慌てる男に冷たい視線を投げかけながら美女は溜息混じりに言った。
「あのコは瑠璃2。Mr.……いえ、Dr.S.Aikiが市販のアンドロイドパーツから作った対テロ用アンドロイドの一つ。……報告書を読まなかったの?」
冷たい視線の意味を横顔で受け流し、記憶を探る。
「な……いや、あの人形にそんな能力が?」
「そうよ? そんな人形でも。私達の部下……の片割れで1番戦闘能力が無いが故にコントロールセンターを任されているとはいえ、テロリストの端くれの数名を行動不能にする力がある……だからこそスカウトしたいのよ。判る? だから……」
自分の言葉の内容の一部に若干の説得力の無さを感じながらも美女は男に指示を続けた。
「だから……もう全ての幕を下ろしましょう。不確定要素が増えないうちに」
「……くっ!」
美女の的確と思えた指示を頬の引きつりで受け流すだけのつもりが屈辱の擬音を吐き出してしまった自らの表情筋に苛立ちを感じながらも、男は冷静を保っていた。
いや。保とうとしていた。
(浸入してきた戦闘バニーは最上階付近……予備のロボットLL……サンプル・ドール達で十分だ。秘書達はロボットLとDと……いや、そんなことはどうでも良い。予備機は倉庫に十分に在る。……必要なのは演出とタイミングだけ。そうだ。それだけだ)
「了解。我が監視役殿。ご指示に従いましょう」
パチンと指を鳴らし、部下に指示を出す。
「コントロールセンターは操作不能となった。全員のトランシーバーに直接、交響曲を送信。緊急事態パターン……え?」
「パターンAですか?」
確認のため振り返った部下は上司……ビショップ・オブ・ルビーの見たこともない表情に驚いた。そして、その視線の先のTVを映していたモニターを見て何気に呟いた。
「あ……Lapis Lazuli」
部下の言葉に作戦室は一瞬のざわめきの後に凍り付いた。
「何故に……こんな所に」
その頃、F.E.D.研究室では謎の雪だるまSNOW WHITEと白衣のF.E.D.氏がTVを見ながら寛いでいた。
「テロで超高層ビルを占拠……か。テロリストも効率の悪いことをする」
「そうだな。旦那。警察の浸入箇所も多い。逃げ出すにも一苦労。何より、人質がいたとしても、その扱いに一苦労……まったく、昨今の爆弾テロの方が効率という点では数段優れる」
テロリストの肩を持つようなSNOW WHITEの受け言葉にちょっとだけ眉を顰めながらF.E.D.氏は話を変えた。
「ところでラピスは?」
「お嬢ちゃんなら使いを頼んだ。対戦車ライフルの残弾が乏しくなったのでな」
「……ふーん。何処へだ?」
「この国で最もセキュリティが高いとされているビルの武器屋だ。ついでに対戦車ライフルの予備の銃身も注文するように現物を持っていって貰った。なに、途中でテロリストの起こした事件に巻き込まれるような事は……」
急に言葉を濁らせた雪だるまを横目で睨んでF.E.D.氏は取り敢えず拳を鳴らした。
「……今、TVに映っているのはラピスだと思うのだが」
トリニティタワーを取り囲む警察隊。それを更に十重二十重に取り囲む報道関係者と野次馬達。それらを撮していたヘリのTV画像が急にズームアップして1人の少女型アンドロイドを大写しにしていた。
「……確かにな。ぶっ」
雪だるまの頭部に裏拳を叩き込んで黙らせた後、F.E.D.氏は即座に携帯電話を取り出した。
「1人で突入するなよ。……頼むから通じてくれっ!」
「皆様、Lapis Lazuliです。先日行われた対テロ用アンドロイドコンペの事実上の優勝機。可憐にて最強、精緻にして大胆な攻撃を行える地上最強の対テロ用アンドロイドが事件を知り、此処に駆けつけて来ましたぁっ!!」
何処ぞのTVレポーターらしき男が周囲の野次馬の関心を焚きつけてから、徐ろにLapis Lazuliにマイクを向けた。
「……ということですよね?」
Lapis Lazuliはきょとんとした表情のまま、マイクを無視して事実を告げた。
「いえ、ちょっとだけこちらのビルに用事を頼まれましたモノですから、来ただけですが……」
「皆様っ! お聞きになりましたかっ! このビル、世界有数の摩天楼を占拠するテロリストを尽く殲滅する。それが彼女にとっては『ちょっとした用事』に過ぎないと、たった今、宣言いたしましたっ!」
曲解の極みとはこのことだろう。
むっとした表情になりながらも、周囲の視線を気にし、そして、ビルの方へと視線を固定する。
「ご覧下さい。彼女は状況を把握しようと賢明ですっ! 警察っ! 警察はどうして彼女を突入させようとしないのでしょうかっ!」
(むー。弾丸のない銃なんてタダの鉄の棒なのに。弾があったとしても拳銃の方がビル突入には有利なのに。……弾は、銃器展示場にはあるよね。拳銃も。ということは、あそこに辿り着ければ……)
むっとしながらも、状況判断を始めるLapis Lazuliであった。
TVに映るLapis Lazuliの状況を食入るように凝視していたビショップ・オブ・ルビーはやっと冷静さを取り戻し、部下に命じた。
「……各個撤退。モードはZ。トランシーバーに交響曲『未完成』を送信。ここも爆破の用意を。木偶人形達の総出演の後、爆破する」
「えっ!?」
男の指示に美女は驚いた。
「その指示だと……」
「言わんとすることは判る。だが、撤退が最優先。あの男の安全は……」
男はひょいと肩を上げて、応えた。
「撤退するときに、虐殺を好むのが部下にいるとは思えない」
戯けた男の態度に美女、ジルコニア・クィーンの心の中で何かが切れた。
「……その判断。上に報告させていただくわ」
全てを凍てつかせるような冷たい視線となりながらも美女は心の中で願った。
(瑠璃2に通報させるよう仕向けた以上、自身の安全は……瑠璃1? 兎に角、近くにいる1体だけで何とかなると判断した…… Dr.S.Aikiの判断力に賭けるしかない。そして……もし、この状況から生還したのなら……)
踵を返し、部屋を出ながら、振り返り、男を見た。
(ビショップ・オブ・ルビーよりも現場の司令官に向いているかも知れない)
彼女の判断は……勘違いと間違いは何処にでも有るという好例だろう。
野次馬に囲まれながらLapis Lazuliは困惑していた。
「早く彼女を突入させろっ!」
「なに、もたもたしてんだっ!? 警察はっ?」
「警察のぼろロボットじゃ役に立たないって証明されたじゃないかっ!」
「彼女はなんか知らねぇけど、なんか持ってんだろ? 突入させりゃいいじゃないか」
野次馬は気楽である。
なんの根拠もなく、警察官にヤジを飛ばしていた。
言われる警察官達もまた……突入させろと言う上の指示を待っているかのように、野次馬を制しながらもLapis Lazuliの前を……トリニティタワーの入り口に通じるまでにあるバリケードや車両を退かし始めていた。
(だからっ! 弾のない対戦車ライフルなんてタダの鉄の棒よっ! そんなので戦うなんて対テロ用アンドロイドとして有り得ないわっ!)
Lapis Lazuliの心の中の叫び(内部メモリーへのlog記録)は当然である。
しかし、そんな有り得ない状況を選択し、戦っている対テロ用アンドロイドがいた。
人知れずに……
瑠璃3は屋上で鉄の棒を握りしめて相手を凝視し続けていた。
(4号機……純粋に軍事用ロボット。人間のサポートを前提とはしているが自律行動での攻撃の為に作られた。……人間のサポート前提だから判断に一瞬だけ遅延チェックが入る。それが狙い目……)
自身の武器は手に持っている鉄パイプ。背側のベルトに差込まれた拳銃一丁。
(あの時より有利だ。あの時より……)
4号機は人間のコントロールから外れ、何かを思い出そうとしているかのように動作が止まったまま。
しかし、自律行動していることは時々、動くレンズのズームと腕の動きで判る。そしてその動きは自分自身が何か、何モノなのかを思い出そうとしているかのように見えた。
(はやく……早く相手の弱点を思い出さないと……見つけないと……え?)
過去の全てをサーチしていたルーチンが不意に何かのファイルを開いてメイン・プログラムに渡した。
『そうだ。戦闘専用だ。人間型にこだわらなければ、多腕、多足こそが戦闘能力を具現化し易い』
『だが……それでは対テロ用としては……』
『Lapis Lazuliか? 外見にこだわるな。問題は戦闘能力だ。そして制圧能力だ。対テロ用? 外見でも威圧できれば、余計な労力を使わなくても……』
「黙れっ! 黙れっ! 黙れっ!」
敵を見据えたまま叫ぶ。叫ばずにはいられなかった。
背後で老人を警護しているガードマン達が不安げに見つめる。その視線が……冷たく事態を見つめている人間の視線が瑠璃3に何かを思い出させた。
『……そうだ。戦わせよう。勝った方が目的に合致していると……』
『勝負? 何の意味がある? まぁいい。所詮、道具だ』
『今後の研究対象をどちらかにするだけだ』
「私が……私達は何の為に……」
『……負けたな』
『約束だ』
『しかたあるまい』
『コイツラは? 如何する?』
『廃棄処分さ。決めただろう?』
『仕方ない』
「私達に武器を与えずに……時間も与えずに……戦闘動作技術も与えずに……」
ふらりと立上る。
鉄の棒がカランと乾いた音を立てて瑠璃3の手を離れ、敵との間の床へと転がっていく。
ボディ・ガード達が吃驚した顔で見ている。その視線を気にせずに、ゆらりと瑠璃3は敵のロボットを睨みつけた。
「……思い出した。総て……」
チェーンガンが瑠璃3に照準を定める。
瑠璃3は何も持たない手で敵を指す。悲しげに。
「決着をつけよう。4号機……あの時の決着をっ!」
瑠璃3は戦闘ロボットに向かって駆出した。悲しげな顔のまま。
4号機……戦闘専用のロボットDは瑠璃3の行動と言葉に何かを一瞬考えた。それがトリガーを遅らせ、射出された砲弾は床に転がった鉄の棒を拾い持とうとした瑠璃3をかすめて後ろの壁を破壊しただけだった。
いや、それは素早く瑠璃3が回り込んだが故。時計回りに敵を目指す。右側のチェーンガンの動作は射撃の反動に抗するように設計されている為、背後に回り込む的にはすぐには合せ辛い。左腕のチェーンガンは自身の身体が邪魔になって照準できうる範囲からは既に外れている。
それでも上体を捻り、的に標準を合せようとする。だが、動作は追付かず、的に近接されてしまった。ならばと小口径マシンガンを的のいると予想される空間に向けて弾をバラ撒く。少なくとも……何らかの損傷を的に与えた筈だ。的が……人間ならば。
だが……的は対テロ用アンドロイド。現在の最高傑作機であるLapis Lazuli型アンドロイド・クローン。その皮膚は防弾シリコン。そして弾丸予測ルーチンの確かさも既に実戦で証明されている。
バラ撒かれた弾丸は瑠璃3に当たってはいた。そして防弾シリコンに少なからず損傷を与えてもいた。だが……致命傷となる事はなかった。致命傷……頭部や身体の根幹部にあたりそうな弾丸は瑠璃3の手にある鉄の棒によって弾かれた。
そして次の瞬間……鉄の棒はサブマシンガンを持つ右第4腕を打砕いていた。
「はぁっ!」
突きのような動作で腕の付け根を破壊する。素早くその場で回転し、振り上げた鉄棒を瑠璃3は思いっきり他のアーム、右第1腕に向けて振落す。
がぃいぃぃぃん
鉄棒は弾かれる。瑠璃3の身体ごと空へと弾きとばさんかとばかりに。だが、瑠璃3が与えた衝撃は右側のチェーンガンを持つ第1腕を根元から破壊した。
通常ならば荷重がかかる方向は限定されている。予想していない方向からの衝撃に重火砲を支えていた腕はごくあっさりとフレームを曲げられ、続けて自身が放った砲の反動が腕のフレームを引きちぎらせた。
機能を奪われた右腕の一つはぶらりと垂れ下る。
「ィやぁッ!」
続けて鉄棒を叩き下ろす。第2椀の付け根に。握りしめた拳ごと。
メンテナンス・ボックス近くへと与えられた衝撃は第2腕を交換ユニットごと外れ、床へと転がり落ちた。
右側の武器はすべて使用不能となった。残るは左側。
背後から回り、左側のチェーンガンの腕へと一撃を加えようとした瞬間。
「……っ!」
チェーンガンを持つ腕がくるりと上を向いたかと思うと、銃口が瑠璃3に狙いを定めた。
反射的に……瑠璃3は横に跳ねる。同時に左腕を銃口に向けた。
数発の弾丸が放たれる。ヘリやコンクリートすらも簡単に破壊する威力を持った大口径の弾丸が……
銃声の残響が響く中……ガシャリと異音を放って瑠璃3はコンクリートの床に転がった。
これはニフティのSFフォーラム内にあった「マッドSF噴飯高座」より派生した拙作です。
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