Prolog 6
対テロ用アンドロイド Lapis Lazuliの戦い
18.戦いの準備
「え〜〜。では、それぞれのアンドロイドは事前に申請し許可された武器を受け取って下さい」
戦闘会場である砂漠の一角で鉄塔につけられたスピーカーがアンドロイド達に試験の方法を説明していた。
その下で、主催者側の汎用ロボットから武器を受け取るアンドロイド達。
武器といっても、25mmバルカン砲やら携帯型45mmロケットランチャーといった重銃砲からナイフ、鞭といった明らかに人間相手と思われる武器まで様々である。
Lapis Lazuliは何故かすっきりとした顔で予め預けてあったアタッシュケースを受け取り中を確認していた。
60口径マグナム弾。音速の2倍近くまで加速される弾丸は粘着弾と炸薬弾と徹甲弾のトリプル構成で10セット、全部で30発を呑み込める弾倉を上下逆さに縛りつけた状態で長銃身拳銃……銃身長40cmを超えるために、弾倉部分がグリップの後方に位置している奇妙な拳銃にカチリと装備する。
それが2丁。さらに予備の弾倉が4セット。
他には刀身の長いナイフ……というより鉈に近い短刀が2振り。
それら全てを確認し、装備するための特殊ホルダーを身に付けた。
短刀をホルダーの鞘に納めて拳銃を手に取ろうとした時、横からラプラス・バタフライがアタッシュケースをバタンと閉じた。
「……まだ、必要じゃないワ」
Lapis Lazuliは暫しの間、思考していたがすぐににっこりと笑って従った。
「そうですか。長い戦いになるのですね」
悟ったLapis Lazuliは閉じたアタッシュケースにホルダーの帯をつけなおしてひょいと背負った。
「そういうコト」
笑い返すラプラス・バタフライの手にはかなり大きなスーツケースが握られていた。
「……それがラプラスさんの武器ですか?」
「イいエ。こレはびっくり箱よ」
「びっくり箱? それで戦うんですか?」
聞き返すLapis Lazuliの顔に屈託のない笑顔。
まるで、これから始まる戦いを忘れているかのように。
その笑顔を頭上の騒音が打ち消した。
音量制御が壊れたかのような大音量でスピーカーが突然喋りはじめたのである。
「……が、ガぃ……会場は、ここを中心として前方、後方、左右に見えます鉄塔6基の間、つまり一辺が8kmの正6角形の中とします。このエリアから出たアンドロイドは試験放棄と見なされ、失格となります。使用できる武器は各々が申請した武器のほか、相手の武器を使用することもできます。つまり……」
「五月蝿いワね! ツマり、エリア内なら、無差別、無法規ということデしょ?」
「……ザ、さ、ざ……さらに、自己回復機能がついている機種はその機能を使っても構いません。これは……ダ、た、大会規約ダ、第1024条の2項の10と9の補足説明の512に……」
「機能ノ使用ハ無制限に認めルというコトでしょ? つマりは無法規トいうことダワ……なんデ、人間っテ同じコトをくどくど言うのかしラ? しカも、ワザワザ自分達が把握でキナいくせに、ナンバーまで振って不必要二情報量を多くシテ!」
「あははは……たぶん論理を整理して、参加しているアンドロイド達の責任者達に説明しているのでは?」
苛ついているラプラス・バタフライをなだめるようにLapis Lazuliは言葉に困りながら笑顔で話した。
「だったラ、ここに流さないデ向こうノ人間の居ル会場ダけに流せバいいのヨ。あんナ無駄な説明」
「まぁ……人間ですから……」
「……ザ……では……ザ……各自のアンドロイドは会場内のお好きな場所に……ザ……移動して下さい。 ……試験開始は今から30分後です。」
「行きまシょ」
Lapis Lazuliはラプラス・バタフライに言われるままに砂丘を越えて歩きだした。
その様子を総ての鉄塔に設置された無数のTVカメラが審査官達の居る会場に流している。
ここは最終試験閲覧用会場。
全ての結果はエキシビジョンテスト……公開試験となった最終試験である「無差別格闘試験」の終了後に発表されるため、結果発表会場をも兼ねているこのテントの中は空調が行き届き、周りが砂漠だという事すらも忘れてしまうような快適さを中にいる総ての人々に提供していた。
既に酒や軽い食事も振る舞われ、さながら一流ホテルの式場のような華やかさと豪華さ。まさに別世界。
砂漠の向こうで行われる「戦闘ショー」を楽しむサロンのように。
まるで古代に行われた廃退的な貴族趣味の再現であった。
19.演出者達
「ご覧ください。このコンペに参加したアンドロイドの中で完全に人間型の形態を持つ2体、Lapis Lazuliとラプラス・バタフライが並んで歩いています……」
ケーブルTVの1社が執拗にLapis Lazuliとラプラス・バタフライを追いかけて放映している。よほど気に入っているらしい。
「なんだ? あいつらは?」
それをF.E.D氏は苦虫を噛み締めたような表情で見つめていた。
「旦那、気にするな。好事家という奴はどこにでも何に対してもいるモノだ」
なだめるSNOW WHITE。
実際、彼らTVクルー達は今回のコンペの事には一切気にもせずに、ただ二人(?)のアンドロイド、つまりはLapis Lazuliとラプラス・バタフライだけを追っていた。
「奴らの目的は何だ?」
「決まっている。記録することだ。記憶するには飽き足らずに愛好する対象の全てを、出来うる限りの情報を記録することが目的だ」
「何のために?」
「後世に伝えるためさ。自分が愛したモノの全てが残ることを望んでいるのさ」
「理解しがたいな」
「そうか? それがこの世界の人類の基本的な本質だと思うが?」
「さよう。この世界の人類は不必要なまでに記録に固執する。
まるで、いずれ滅ぶのを悟っているかのようにな……ひクっ……うィ〜」
二人の会話に割って入った老研究者N.P.Femto氏は何杯目かのカシス・ソーダを飲み干す。
「う〜む。これぞ滅びと再生の味。ユキノシタ科の植物の果実に温室効果のある気体を溶かした液体で割る。氷河期と間氷期のカクテル。実に、じ・っつ・っに・っすばらしいっ!」
「なに、すかしているんだ? この爺は。なぁ、旦那。……旦那?」
SNOW WHITEは声をかけた相手がカウンターで蒼い液体を一気に飲み干すのを目撃した。
「げ……」
その液体は「ブルー・ハンマー」という蒼麦から作られる蒸留酒。
氷点下近くまで冷やして呑むのが通とされている、その酒は注がれたグラスの中で煌めく氷の結晶が美しく「神々の鎚」という異名を持っている。
異名の由来は呑んだ時の効果……つまり非常に酔いやすかった。
「ばっきゃあぁろぅ! 観賞用に造ったんじゃねぇってェのっ!」
「あ〜あ。もう酔っぱらっちまった……」
カウンターに背を向けて、雪だるまは針金のような腕をひょいと上げて、『やれやれ……』と何も無い肩で語った。
(まぁ、いいか。これで爺ぃの干渉効果の抹殺準備にかかれるし……)
雪だるまはカウンターでクダを巻く二人をおいて自分達に用意されたテントへと足早に戻っていった。
その時、他のカウンターで二人の男が小声で話していた。
「大丈夫なんだろうな?」
「お任せください。今度のは特別製です」
「特別製?」
「チタン合金フレーム。装備はロケット弾にモーニングスター……」
「もーにんんぐすたー?」
「古代の打撃武器です。棍棒の先に鉄球を鎖で繋いだモノです」
「そんなモノが役に立つのか?」
「動作が優秀なアンドロイドでも防御力には限界があります。それを……」
「破壊するのか?」
「はい。いかなる装甲であろうと防御力を上回る単純な物理攻撃には確実に破壊されます」
「ふん。『保険』はかけてあるんだろうな?」
「はい。砂の下に予備を100体ほど……」
「なるほどな。バレんのだろうな?」
「隠れている場所は砂漠の下。今は空になった熱核弾頭格納庫の中です。そう簡単には見つかりません。軍事機密を知る者以外には……」
「そうか。ワシの発想も大したものだろう? そういうことを見込んでこの場所を会場に選んだのだからな」
「(嘘をつけ。お前のアルコールとニコチン漬けの頭で思いつくわけがあるまい?) そぉうですか。さすがは将軍」
「そうは言ってもバレたらば困る。対応策は? 考えてあるのだろうな?」
「そのためのモーニングスターなのです。数は現場で合わせます。つまり……」
「つまり、余った機体も自ら破壊するということか?」
「ご明察のとおりで」
二人、コンテスト責任者であるディスバー将軍とアルファ・ゼネラル・アンドロイド社のエンジニア、ウェスト・ゴォームは周囲に気づかれぬように低く薄気味悪い笑いを交わした。
「ああ。それから『保険』はワシの方でもかけてある」
「おぉ。それはどのような?」
「まぁ、気にするな……確実な『保険』だ。楽しみにしてくれ。ああ。そうそう。このコンペがうまくいったら、ワシは特別な地位に取り立てられる事になっている。その時は君も引立ててやろう」
「特別な地位? なんですか?」
「はっはははっははは。文字どおり『特別な地位』だよ。まぁあまり大きな声では言えんが……まぁ『世界の影』とでも言っておこうか」
「『世界の影』? なんか、ヤバそうですね」
「はっはっはっははは。気にするな。日の当たらぬ場所にこそ、真実があるものなのだよ。歴史というヤツがそう語っているではないか。はっはっははははは。では、結果発表のときに……。はははは」
太った姿に似合わない快活な笑いのまま、将軍はカウンターを離れて観客の中へ姿を消した。
その後ろ姿を見送りながら、ウェスト・ゴォームは軽く舌打ちした。
(ちっ! 口の軽いヤツだ。これでは『査問委員会』に失格を伝えねばならんな)
彼、ウェストは既に将軍の言う『確実な保険』の事を知っていた。
何故ならば、それを発案し企画したのが彼自身であったからだった。
将軍は渡された企画書に従って実行しただけに過ぎない。
つまり……『世界の影』なる組織にとって将軍は単なる兵隊候補でしかなく、ウェストは既に幹部であり将軍の審査官でもあった。
(……まぁ。使いっ走りにはちょうどいいか。私、「ビショップ・オブ・ルビー」の配下に置いてあげますよ。将軍)
ウェストは将軍に「ポーン」の地位を進呈する事を心の中で決めて、時計に目をやった。
(特別ゲストの準備も終わった頃だな……)
彼はジン・トニックを飲干してグラスをカウンターに置くとウエイターに大声で注文した。
「シャンパン! 最高級のシャンパンを! 完全なる勝利に相応しい最高級のシャンパンをボトルで!」
そして、黄金色の液体が注がれたグラスをモニターにかざして心の中で別れを告げた。
(さらばだ。間違いなく最高なるアンドロイド。まさしく君はバレリーナのように美しかった。そして白鳥のように死を迎えてくれ。勝ち残るのは……私の『醜い人形』達だよ。)
20.タイミング・プラン
「準備はいいか?」
「鉄人形30体弾丸装備完了。コントローラー問題なし」
「スピーカーの乗っ取りも成功。音量の調整がうまくいかないが……」
「準備完了。いつでもいいぞ。ヌーヴ1」
報告を聞いて、ヌーヴ1と呼ばれた男はサングラスを直すとそのまま手を頭の後ろで組んで指示した。
「……そのまま待機」
「ナニっ?」
「どうしてだ? 即座に出張って掻き回す事になっていたハズだ!」
両脇の男たちはヌーヴ1に食って掛かった。
「……バレリーナの戦闘能力は把握しているが、セルロイド・ドールの戦闘能力が不明だ」
「つまり? どういう事だ?」
「ああ。そういう事か」
「なんだ? お前は判ったのか?」
「つまり、戦闘コンテストの様子を見るということだろう? ヌーブ1」
「そういうことだ。バレリーナも幾分かは消耗するだろうしな」
「どういう事だ? ちゃんと説明しろ!」
「そういう事だ。クライアントに取ってオレ達は『保険』だから……な」
「『保険』は『事故』が起きてから速やかに………確実に『仕事』をすればいいって事だろう? なぁ、ヌーヴ1?」
「そういうモノか? 違うだろ! 幾らテロリストと言えども約束は……」
「そういうモノだ! オレ達はリーダーに従っていりゃいいんだ! お前は黙ってろ!」
一人いきり立っていた男は冷静なリーダーとそれに盲従する仲間を尖った視線で冷たく睨んだ。
「……判った」
無造作に椅子に座った男は顔を逸らして小さく同意した。
「じゃあ、しばらくは高見の見物と洒落込もうぜ。 ヌーブ1」
仲間の視線に気づかずにサングラスの男はヌーヴ1と同じように頭の後ろで手を組んで踏反り返った。
「ちっ。(何、威張ってやがる)」
もう一人の男は言葉を呑み込むと、操作卓に肘をついて片腕で顔を支えてモニターを睨んだ。
そのモニターには今まさに開始されようとしている戦闘試験の様子が映し出されている。
「まぁ、特別ゲストは出演るタイミングは間違えないと言うからな」
「オレ達がトリを飾るとでもいうのか?」
「ふ……そういうことだ。前座は木偶人形に任せる」
「(ふん) まあ、お手並み拝見致しますかね……」
男達の会話を少し開いたドアの影で聞いていたもう一人のサングラスの男。……先程、SNOW WHITEの目の前の空缶を打ち抜いた男は静かにシガーに火をつけ、作業帽をゆっくりと被り直してから足音だけを残してその場を去った。
片手に持つ細長いケースに納めてあるのは25mm対戦車ライフル。
男は静かに、しかし確実に心の底に燃上がる冷たい炎の存在を感じていた。
(悪いが、勝手にやらせてもらう。オレにはそれだけの理由がある。………ヤツを叩きのめすまで……この心の冷たい炎が消えるまでは……。復讐する……その時を得たのだから)
こうして戦いの舞台は幕が開くだけとなった。
様々な感情と陰謀の演出を秘めて……
21.静寂の戦い
「戦闘試験開始!」
スピーカーの音を合図に、一斉に総てのアンドロイド達はLapis Lazuliに照準を合わせる。
銃や砲等の遠距離攻撃武器を装備している機体の一斉に安全装置を外す音が砂漠を戦場へと変える。
……しかし、どの機種も撃たなかった。
Lapis Lazuliとラプラス・バタフライが居るのは戦闘会場のほぼ中心、砂丘の頂上。
『彼女』達以外の機種から2kmは離れている。そして、熱せられた砂から立ち昇る気流が彼女たちの姿を揺らがせて、狙いが定まらない。
蜃気楼が彼女たちの盾となっている。
無論、近接信管を装着したミサイルを装備しているアンドロイドもいる。
近くで爆発すれば、かなりのダメージを与えられるだろう。
それでは、何故に撃たないのか?
『次』の事を考えてのことであった。
今は全機種がLapis Lazuliを共通の敵としている。つまり、全て『味方』である。
しかし……。 それは『Lapis Lazuliが存在していた』場合だけである。
Lapis Lazuliが『居なくなった』瞬間から『味方』が全て『敵』に変わる。
簡単な予測ロジック。
そして、総ての機種の最終目的は『最後に存在する事』。
無論、最初の目的は『Lapis Lazuliを破壊する事』。
人類初の対テロ用アンドロイドLapis Lazuliを破壊した栄誉は、『彼女』を破壊した機種に与えられ、……そして次にはその機種を破壊した機種へと強制的に委譲される。
つまり、『Lapis Lazuliを破壊した機種を破壊する』という目的も総ての機種に行動ロジックとして与えられていたのである。
予測ロジックの無限ループ。
ただひたすらに無限ループから抜け出す位置と戦術の確率を求めてアンドロイド達はゆっくりと移動し牽制しあっていた。
静寂なる時が砂漠に流れる。
敵達の無限ループのロジックと揺らぎ照準をかき乱す蜃気楼のベール……何も弾き返すことのない揺らぐ空気の盾だけがLapis Lazuliを守っている。
このまま誰も動かなければ、何も起らない……
これはニフティのSFフォーラム内にあった「マッドSF噴飯高座」より派生した拙作です。
宜しかったら、投票、感想など戴けると有り難いです。