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本編 33 〜トリニティ・タワー 7 〜

 トリニティ・タワーで瑠璃達が……

50.あからさまな狂言と見えざる事実

「えー……皆様。何か事件が発生したようです」

 舞台に歩み出たウェスト・ゴォームは何一つ曇りの無い笑顔で観客達を見渡す。周りに居る仲間達の挙動を確認しながら。

 観客達は今し方起きた凄まじき轟音と続けて床と壁を震わせた振動に心を奪われてウェスト・ゴォームの声を確りとは聞いてはおらず、ただ不安げにざわめくだけだった。

「しかぁしっ! 大丈夫です。皆様は強運の持主ばかり。何故ならば、ココには対テロ用アンドロイドの最高傑作、アルファ・T2が数十体、いえ、倉庫のストックまでも使うのであれば数百体もあるのですから。必ず、この対テロ用アンドロイドが皆様を安全に会場の外まで御運びするであろうコトをこのウェスト・ゴォームが……」

 一息をつき、観客達を見渡す。そして、嫌味なまでの満面の笑みで言葉を続けた。

「……約束致します」

 何故か起きる拍手。それは壁近くの仲間が控えめに起したアクション。だが、すぐに何も知らない観客達にも伝わり、会場全体が拍手に包まれた。

「御支持、ありがとう御座います。では……」

 ウェストは近くに居た一体のアルファ・T2に大声で指示する。

「各種エレベーターの状況、また、各階の状況を確認。かつ、安全を確保したら報告せよ」

 言われたアルファ・T2は敬礼し、そそくさと廊下に出て行った。

 その様子だけで感嘆の声を上げる観客も居たが、ウェスト・ゴォームは黙って両手でその動きを黙らせた。

 そして数分後……

 パタパタと比較的軽めの音の後、ドアを開けてガシガシと金属音を響かせて壇上に登ったアルファ・T2はウェストに敬礼した後、何かを短く告げた。

「皆様、アルファ・T2がエレベータ、各階の状況を確認して参りました。それによればこの下、第3展示場にてテロリストが占拠、さらに第2展示場にて銃撃戦が行われている模様……」

 観客達に響めきが起きる。不安げな空気が場を占める。

「……しかぁしっ! この第1展示場から地上への直通エレベータは旧式ながらもきちんと稼働しています。また、階段にてアルファ・T2が各展示場へ移動。現在、突入の準備を整えている所です。ですがぁ! ……ここは皆さんの安全を先ずは第一優先事項として考え、皆さんが安全に地上へ移動するまで、突入は控えますっ!」

 賞賛とも否定ともとれるような響めきが響いた後、拍手が鳴響いた。最初は壁のあたりから、そして徐々に中へと広がり、最終的には全員が拍手していた。その拍手を受けて……それでも控えめにウェストは手をあげて応えた。

「いえ、素晴らしきはこの対テロ用アンドロイド、アルファ・T2です。この機体がここに無かったら皆様の安全は確保できませんでした」

 拍手はアルファ・T2に対して大きく鳴響いた。

 だが、アルファ・T2は何も応えず、ただ、ウェストの方に向き次の指示を待っていた。

「……では皆様、アルファ・T2に従い、地上へと避難して下さい」



 その頃、地下では突然、落下してきたエレベータの対応に追われていた。幸いにもホームの端、しかも正確には通常は人が立ち入らないように柵で隔てられていた場所であった為、死者は居ないようだった。だが、飛散った破片で怪我をした人が数名、ホームで倒れていた。

「頑張りなはれ。すぐに救急隊が来ますさかいに。それまではアチキが膝枕して上げましょ。ほら、ソコの別嬪さん。出血箇所を縛りますさかいにコッチへその綺麗な御御足をよこしてくださしましな。大丈夫、縛っても悪くはなりまへんえ」

「おら。何、びびってんだ? ん? 怪我は大した事は無い。アタシらの御主人様基準で6時間、通常基準で1週間程度の擦過傷だけだよ。アンタは。何、ショックで越し抜かしてんだいっ! そんなんが戦場に居たら足手まといだ。次の補給の時に荷物と一緒に返してやるっ!」

 訳のわからん言い方で美女(?)が2人(?)、必死に……いや、それなりに……まぁ甲斐甲斐しく介護していた。

 程なく、地下鉄の救護班らしき人々とサポートする人型ロボットが到着し、2人(?)から役目を引き継いだ。

「協力ありがとう御座います。今後は我々が行いますから」

「おぅ。コイツラを羽毛で包んで病院の天使達に送り届けてくれ」

「おおきに。それでは……」

 軽く礼を言い、立ち去ろうとした時、人型ロボットに引留められた。

「オ怪我ハ アリマセンカ? 気分ハ、如何デショウカ?」

 機械的な声。事務的な言葉に一瞬歩みを止める。

「無いよ。ありがとね」

「おおきに。ウチらは大丈夫ですから……」

 立ち去ろうとした瑠璃4は瑠璃5がそのまま、人型ロボットの動きを見つめているのに気がついた。

「ん? どぅしたい?」

 その声に振向かず、瑠璃5は静かに言った。

「……先輩方や。そうかぁ、まだ働いてはるんや」

 その言葉で瑠璃4は人型ロボットを注視した。確かに初期型のアンドロイドらしきロボット然とした動きだったが、救護班の指示に的確に働いていた。

「へぇー。アンタの先輩方は最初からいい動きしてるんだね」

「あれはSA−8型。まだまだ高こぅて大企業とか警察とかの官公庁だけに採用されていたんですぅ。嫌やなぁ。てっきり全部、無くのぅてしまわれたとばかり思ってましたわぁ……」

 瑠璃5の肩をぽんと叩く。

「良かったじゃないか。先輩方に会えて」

「へぇ……でも、いつまで働いていられるのやら。……もう部品供給もありしまへんのに」

 暫く黙ってみつめていた2人(?)だった。

 その時、地下街の液晶掲示板が事件を告げ始めていた。


 後に言われる「トリニティ・タワー、テロ事件」のマスメディアの第一報であった。



51.スクランブル

「いけないっ!」

 何気なくつけていたTVで事件を知った瑠璃3は慌てた。

 預けられていた携帯で連絡を取ろうとはしてみたが、何故か『圏外です』という返答があるだけ。

「変ですね。あの辺りは圏外になる事はないでしょうに」

「みんながかけてラインが繋がらないのかもネ」

 冷静な瑠璃30と瑠璃31の言葉が耳に入らないかのように瑠璃3はそれでも何度もかけ直す。だが……いつまでたっても繋がらなかった。

「……行きましょう」

 意を決して瑠璃3はすっくと立ち上がった。

「何処へ?」

「今は謹慎中の自宅待機でしょ?」

「う゛……」

 瑠璃30の指摘に立ちつくす瑠璃3。その反応に溜め息で応えて瑠璃30は言葉を続けた。

「しかも……」

 瑠璃31がTVのリモコンのボタンを押して各局を見比べているのを横目で見、指を差す。

「既に警察が出動済み。……随分と素早い対応だけど……ん?」

「あれ? 誰だ? コイツ」

 瑠璃3が振返り、画面を見ると、いかにも作り笑いっぽい男がアンドロイドと多数の人々を連れて正面玄関から出てきた所だった。

『あなたは? アルファ・ゼネラル・アンドロイド社の?』

『はぁい。主任技術者のウェスト・ゴォームです。今回は我が社の製品、アルファ・T2の発表展示会に来ておりました』

『で、御怪我は?』

『あり得ません。我が社の優秀な対テロ用アンドロイド、アルファ・T2に護られている以上、テロリスト達に手が出せるわけがありません』

『おぉっ! では既にテロリスト達は? 制圧されたのですか?』

『いえいえ。警察の方々が居られる以上、お任せ致します。ただし……』

 画面の中の男はカメラ目線でにっこりと笑ってから言葉を続けた。

『要請が有りましたら、即座に対応させていただきます』

 ぷちっ。

 無意味だと言わんばかりに瑠璃31はスイッチを切った。が、慌てて瑠璃3が再びスイッチを入れてTVの前に座り注視する。

「なにが『対応させていただきます』だ。あの木偶人形にできるんだったら警察の人型ロボットでも簡単に対応できるよ」

「警察に装備されているのは……SA−18型ですか。瑠璃5の先輩の方々ですね」

 いつの間にかインターネットに繋げたPCで情報を検索する瑠璃30。興味なさ気ながらも気になるのか瑠璃31が覗き込む。

「2、3世代ぐらい前だよね。……ふぅん。単独行動も可能か。……でも、大抵は人間のサポートなんだね」

「……駄目そうですね。SA−18の性能如何よりも運用が拙過ぎます。それに……」

 警察のHPを開き、装備調達契約の欄を一読する。

「……部品調達が1年以上ありません。満足に動ける機体は少ないでしょう」

「ふぅん。どこもかしこも予算難というヤツなのね。あ、次期支援ロボットにはアルファ・T2とSA−20型の改造型とSA−18型のバージョンアップ・延命策の3案検討中か。……あれ?」

「SA−20型の後継機種は既にアルファ・T2とのベース・フレームの統合が発表されています。実質、アルファ・T2のOEMになりそうですね」

「だったら、今回の事件が駄目押しかぁ」

「警察内部の勢力争いが噂されていますが……ま、大勢は決定的なようですね」

 他のHPも素早く検索し閲覧する瑠璃30は溜め息混じりに結論した。

「アンドロイド……いや総ての機械の採用に際して機体の性能如何よりも政治的な背景で総てが決定されるのであれば進化はあり得ません。この国の政治に携わる人間達は退化する事を望んでいるようですね」

「あ゛……」

 瑠璃3の濁った悲鳴に振返る瑠璃30と瑠璃31。TVの画面でトリニティ・タワーの最上階で煙が上がっている。続けて……上から2番目の連結フロアから爆発。そして飛散った破片がTVクルー近くに落ちてきた。それは玩具の残骸。

 アナウンサーが叫ぶ。

『酷い。爆破されました。……えー、何? 只今、入った情報によるとテロリスト達は第2、第3連結フロアの法令解放区を占拠。……いや第4フロアも占拠している模様。人質の数は判明していませんが恐らくは百名以上と推定されます。あ゛……また、爆発が……』

 その状況を見て瑠璃3がすっくと立上り、瑠璃30と瑠璃31を見た。決意を篭めて。

「行きますっ! 後でどんな御叱りを受けようとも護衛用アンドロイドとしての使命を果さずに……」

「判った」

「判りました。で、移動手段は? たとえ辿り着いたとしても既に中に入るコトは不可能でしょう?」

 したり顔で瑠璃3を説得しようかとしている瑠璃30に瑠璃31は手の中のモノを見せた。

「ふふん。コレは何だと思う?」


 その頃……瑠璃と瑠璃10はまだ待合室に居た。

「呼びに決ませんね」

 瑠璃10は不可思議な面持ちで誰にとも無く呟いた。

「指定された時間まで後……80分。50分ほど経過したら御主人様を捜しに行って下さい」

「了解。しかし……何やら外が騒がしいのですけど」

「展示場で場内花火でも使っているのでしょう。今、行うべきは待つ事です。気を散らさないように」

 瑠璃は真剣な面持ちでドアを凝視している。誰かが呼びに来た場合、即座に対応しようといろんなパターンを考えているようだ。

「了解しました」

 瑠璃10も瑠璃の雰囲気につられて真剣な面持ちで時計を見つめる。

 ……えーと。ま、いいか。


「なんだよ。またシナリオの追加変更か?」

 第3連結フロアの占拠を完了させたサングラスのテロリストは胸ポケットの携帯電話から出でいるインカムを軽く抑えながら呟いた。

「……ターゲットの『破壊』が確認出来ない? ワザワザ、階段で最上階まで登れって? ん。了解。追加オプションはそこまでだな? OK。オーケー。後の追加はボーナス弾んでくれよ」

 男は胸元のスイッチで通話を切ると仲間に指示した。

「同士A9。上の連結フロアの倉庫DにロボットDがある。3人ほど引連れてそのスイッチを入れて来てくれ。2人はオペとしてそのまま最上階まで移動。残りは個々に戻る。経路には誰も居ないはずだが……もし隠れているモノが居たら……自由に処分していい」

 言われた男は黙って頷くと、即座に廊下に出て行った。

「さぁて。観客の皆さん。念の為、もう一度だけ申上げさせて頂く。少しだけ我々の革命活動に御協力を願いたい。なぁに別に心配される事はない。ただ、黙ってここに居てくれるだけでいい。食事は我々と同じ。つまり、無し。トイレは小人数で交替で行って貰う。無論、我々の同士が数名、監視させて頂く。もし、その時に不穏な動きをした場合、容赦なく……」

 男は黙って近くにあったソファに向かってサブマシンガンの引鉄を引く。次の瞬間、フルオートで放たれた十数発の弾がソファをスクラップに変えた。

「このようになる。ま、皆さんは老若男女の区別なく……このような姿になる事を望んでいないと期待している。どうかな?」

 黙って観客達は頷いた。選択肢はそれしかない。

「なお、我々の目的は皆さんを傷つける事では無い。この世界に蔓延る資本主義帝国の牙城を……」

 男はそこで一息ついて観客達を見渡す。

「……というような長い説明をしても理解されないであろうことは予測できる。私もバカでは無い。資本主義のぬるま湯の中に浸りきっているであろうアナタ方には我々の思想は理解出来まい。そこでだ……」

 男は指を鳴らした。それを合図に後ろに居た男達が何やら段ボールを持ってきて、その中からハードカバーの本を取出した。

「……この本を一読して頂ければ、何かしら、理解して頂く事が可能かも知れない。あぁ、勿論、購入していただくこととなる。確かに我々はテロリストだ。だが、出来得る限り血を流したくは無い。皆さんの財布も奪わない。ただ、本を購入される対価だけを我々に支払って欲しい。対価は……この国での最高額紙幣1枚と大変お安くなっている。……よろしいか?」

 きょとんとする観客……いや、人質達。

「無論、勿論、我々と倒されるべき政府の小間使い共……一般名称で警察だが、まぁ、そいつらとの交渉には時間がかかるモノと予想されている。時間潰しにも……御薦めする。如何かな?」

 最後は無気味なまでににこやかに笑いながら、柔らかく強制した。

 人質達は不審に思いながらも、渋々、同意した。

「では……お一人ずつ、こちらに来て『購入』して頂きたい」

 そろりと一人が歩み出て、男達が銃で威嚇されながら、購入していった。そして次々と人質達は従って行く。

 その様子を見ながら、男は壁まで歩き、そこにいた仲間と小さな声で話した。

「どうも……ニワカ革命家ってのは苦手だな」

「……セールスマンの方がいいですか?」

「今となってはな。ふー。戦場から足が遠のき過ぎると世俗の垢が染みついて抜けねぇな……」

「しかし……いいんですか? 今までならば略奪や見せしめの『標的』は基本でしょう?」

「強制して抵抗されたら殺さなきゃならない。今回は……」

 チラリと後ろを見る。

「……販促デモみたいなモノだからな」

「彼等も大事なお客様って所ですか」

 黙って頷く。

「『的』は下から来る。そっちは……」

 ニヤリと笑う。その顔を知っている仲間も一瞬蒼ざめるかのような無気味な笑顔で。

「思う存分、可愛がってやるさ。血の海でな」

「少しは私にも残して下さいよ」

 話しかけられた男も笑う。負けないほどの無気味な笑顔で。


「ひゃほぅ。さぁて……全世界大手銀行の支店長の皆様。御自身の命と……皆様が毎日お付き合いしている数字とどちらが大事なのかしら?」

 第2連結フロアに設けられていたのは……金融関係の法令解放区。カイ国では規制されているような先物取引、為替交換、株のカラ売り、果ては賭博紛いの事件や事象を対象とした賭け、有りと有らゆる金融商品が開放されている。無論、そこにあるのは銀行や商社の出先窓口。そのフロアに出店している全ての支店長らしき人間を集め、銀髪の美人がサブマシンガンを持ったサングラスの男達に囲まれて抵抗もしない銀行マン達を相手に演説(?)をしていた。

「今ここにある紙幣、硬貨、金やプラチナのインゴット……それらには、私は、一切、興味が無いのっ!」

 近くにある椅子に向かってサブマシンガンを放つ。弾倉が空になるまで。

 指先一つで残骸に空になった弾倉を落し……その音が響き終わるのを待ってから新しい弾倉をカチリと入れた。その音の余韻をうっとりとした表情で確かめてから美女はサングラスの奥から支店長らしき一人の男を……冷たい艶のある目で見つめる。

「……アタシが指定する幾つかの口座に数字を放りこんでくれるだけでいいわ。そ・れ・と・も……」

 もう一度、残骸に弾を一発だけ撃ち込む。

「こんな姿になりたい?」

 支店長らしき男は蒼ざめて首を左右に振るしか出来なかった。

「し、しかし……そんな事が」

「出来るのっ!」

 ヘビのように睨みつけてから、美女はゆったりと笑う。

「いい? このフロアを設置するにあたってカイ国政府は一つの条件を付けたはずよ? ココから外国の口座に不法に資金が振り込まれた場合。それに対しては各銀行、商社、保険をかけ、不法送金の損失を補填するように。も・ち・ろ・ん……コレは個人資金が不当な取引や、犯罪を前提とした会社がこの法令解放区に侵入するの防止策として考えられたモノだけど……」

 ニヤリと笑う。

「この場合も適用されると思わない?」

 支店長達は悩んだ。……いや、悩むフリをして時間の引き伸ばしを図っているのかも知れない。その様子を楽しみながら美女はゆっくりと指示した。

「考えるより行動よ? ん。まぁ……アナタ達の気持ちも判らないでは無いわ。じゃ、これはアナタ達に対する交渉として提案するわ」

 周りの銀行マン達は美女を注視した。何を言おうというのか?

「最初の振込みは……今から30分以内、それから10分ごとに1回。そして……」

 美女は周りを楽しげに見渡す。普段は真面目一辺倒の表情しかしない銀行マン達のきょとんとした表情がたまらなく可笑しいらしい。

「……口座毎に1回の振込額はこの国の最高額紙幣1000枚分。どう? 如何?」

 支店長達は相も変わらずきょとんとしている。意味が理解出来ないらしい。

「いいこと? 警察の方々が来て、我々が退去するまで……金額は増え続けるわ。警察が優秀ならば……保険で対処しなくてもアナタ方の会社が傾くほどの金額にはならない。……如何かしら?」

 銀行マン達の脳裏には……それよりも振り込んだ資金をどうやって回収するのかが気になっていた。ここまで騒動を起している以上、この場所からの送金は監視されているはず。ならば口座から資金を引き下ろすことは不可能に近い。

「……理解出来たら、早速取り掛かって貰える?」

 銀行の支店長達は顔を見合わせて暗黙の内に共通の結論を導いた。

(コイツらは金融の初心者だ)

(本社が此処の動きを監視しているコトは間違い無い)

(振り込んでもロックされる)

(引き落とされたとしても、すぐに足がつく。資金が無くなる事もない)

(ならば、茶番に付合おう。撃たれるよりは間違いなくマシだ)

「早くっ!」

 残骸に向けてもう一発弾が放たれる。

 その音を合図に、支店長達は自分のエリアに蜘蛛の子を散らすように戻り、指示を出した。

 そして全銀行を併せると天文学的となる数字の入力が開始された。


「ふぅん。なかなかいい芝居ね」

「誰だ? あの……」

「……クィーン候補。一応、クリスタという名は在るけどね」

 隣のビル。小さな4階建の一室で、ジルコニア・クィーンとビショップ・オブ・ルビー、そして数人が複数のモニターを見ていた。

「その名からすると……ブルー・クリスタル・クィーンの肝入りかね? 彼女のスカウトは……」

「その先は言わない事ね。ただでさえ、既にクィーンの命令を違えて……」

「不可抗力さ。キミも認めてくれたじゃないか? それにヤツは……」

「観客Aの一人になった。それは認める。だけど、もし、命を落としたら……」

「大丈夫だ。……もっとも」

 脇のテーブルにカタリと置かれたジン・フィズを一口呑んでから言葉を続けた。

「……ヘタな抵抗をした場合は……保証しかねる」

 ビショップの言葉に暫くは横目で睨んではいたが、ジルコニア・クィーンはモニターに視線を移して呟いた。

「……しかし、データの乗っ取りは見事ね」

「この準備に時間がかかった。思ったよりも……実に。それに乗っ取ってはいない。借りているだけさ」

「警備会社さんは砂嵐の画面だらけでモニタリング出来なくて右往左往しているのに?」

「気にしてはいけない。我々の成功のためには犠牲というモノが必要なのさ」

 モニターから視線を逸らさずに低く小さく笑う。悪魔のように。

 戦場から離れ、その身に危険が及ばない場所で総てを掌握し指示する。それがこの男の全能力を発揮する場所。

「さぁて……『的』はどうなっているかな?」

 部下に指示を出し、次々と画面を変える。まるで玩具を与えられた子供のように。

 ジルコニア・クィーンはビショップを冷やかに見つめていた。静かに……

 降積もる雪が積もるように。静かに……



 これはニフティのSFフォーラム内にあった「マッドSF噴飯高座」より派生した拙作です。


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