本編 31 〜トリニティ・タワー 5 〜
トリニティ・タワーで瑠璃達が……
48.予定されない幕開け(1)
「むふふっ! コレでできたっと」
アパートの階段下、S.Aikiの下の部屋の前で瑠璃1は何やら嬉しそうに最後のボルトを締めると小さく万歳した。その横で事情が判らないままに万歳する瑠璃2は小首を傾げて尋ねた。
「ねぇ、瑠璃1っちゃん。コレは何?」
「ふふん。世界で初めての4輪バイクよっ! 名付けて『陸帝』っ!」
「はぁ?」
「前後輪共に左右独立サスペンション、しかも、片持ち。ちゃんと体重移動でコーナリングするのよ。エンジンは瑠璃3達が壊した車のモノを流用して3リッター水平対向6気筒DOHC4バルブ240馬力。ギアボックスもそのまんまで使っているけどね。で、元のが4WDだったからリアデフもギアボックスに直結してソコからベベルギアで4輪全部にシャフトドライブでパワーを伝えているのよ。つまり、4輪バイクでオールホィールドライブなのよっ!」
「……つまりバギーってこと?」
素朴過ぎる瑠璃2の問いに瑠璃1は両手を握り締めて感動していた姿そのままで暫し呆けた。
「えーと。……まぁ、そういう言い方も出来るわね」
「んで、何で作ったの?」
「あのリアカーを繋げて、紅葉原でのお買い物を……ぁうっ!」
言葉が途切れたのは後ろから小突かれた所為。いや弩突くと言った方が正解かもしれない。瑠璃1は勢いよく4輪バイクのシートまで吹飛んでいた。
「誰よっ! ……って、瑠璃姉ぇ。どうしたの?」
「どうしたもこうしたもじゃありません。御主人様に無断でこんなモノを作っていいと思っているのですかっ?」
「残念でした。無断ではありませぇん」
「え? こんな無駄そうなモノを?」
「毎日の紅葉原までの往復の電車賃、それに大量な宅配手数料、特にパーツといった重量物とか、嵩張るモノとかの手数料がバカにならないから、費用対効果を提示して、コレを作った方がより経済的だと判断して頂いたのですよん」
「はぁ……で、何ヶ月で元が取れるのですか?」
「……120ヶ月」
ばきっ
「痛ったぁ〜。でも、その費用の根本は瑠璃3達が壊した車の保証代金だからね。製作費ベースならば24ヶ月ぐらいよ」
「? 随分と変りますね」
「まぁ……瑠璃3とかに必要なパーツにくっついて買わされた部品とかを使ってるからね。レーシングバイク用のチタン製の片持ちサス部品とか、ドライブシャフトとか、ナノカーボンチタン製工業用スプリングとか……まぁ、私達のパーツに使えないものの寄せ集めという事もできるけど」
「まぁ。ならば納得しましょう。さ、出かけますよ」
「へ? 何処へ?」
怒りをあっさりと引っ込めた瑠璃が何気に嬉しげなのは夕べの一騒動の所為だと思っていたのだが、どうやら違うようだ。
「本日は私達が御主人様の護衛として参上するのですっ!」
無意味なまでの気合いは……対テロ用アンドロイドとしての本能(?)だろうか?
「だから……何処へ?」
「物騒ねぇ。夕べ、紅葉原周辺で連続爆発だって。これも貴方の演出?」
「いや、そんな事はしていない。どこぞのアマチュア・テロリストがウチの発表会に合わせて便乗しただけだろう。……仕事は却ってし易くなった」
いや。それは単にあの固体ヘリウム小型電池の試作品が暴発しただけだと思うが……
「それよりもこれは何だ?」
その頃、トリニティ・タワーの喫茶店で嫌味なまでに清潔そうなスーツ姿のビショップ・オブ・ルビーが地味めなフォーマルスーツ姿ながらもしっかりと派手さが目立つジルコニア・クィーンから渡された命令書に困惑していた。
「悪いけど、シナリオを直してね」
「まいったな。……どうしてあの男を見逃さなければならないんだ? いや、見逃すどころか特別ゲストなんて……」
「もう招待状は出したから。夕べの内にアナタの見張り用の部下さんに頼んで届けてもらったわ。切手代とか配送費はかかって無いから出納データに変更は無いわ。交代時に投函するように指示したから」
「いや、確認したいのは予算関係じゃない。どうしてこういう事になったかという事なのだが」
「夕べ、念の為にクィーンに確認したの。そしたらアナタ、あの男の『処分』の理由をきちんと報告していないじゃない」
「いや、キングへはきちんと報告……」
反論するビショップの口を人差指で制して、美女は言葉を続けた。
「確かに報告していた事実は確認したけど、あの男の有意性への言及が足りないわ」
「どんな有意性が? ガラクタを集めてアンドロイドを造る能力か? そんなモノ、この国の紅葉原とかいうジャンク街に出入りする得体の知れない連中にだって……」
「造れるわよ。でも……」
美女はちらりと振返り、カウンター席でこちらの様子を伺う茶褐色のロング・ワンレングスの美女を親指で示して説明を続けた。
「我が組織の最高峰の技術で造り上げた戦闘サイボーグ……一個小隊なら軽く一人で殲滅できうる能力と同等以上の性能を示すアンドロイドをジャンク品から複数体も造り上げる能力、その生産性……そして、他のアンドロイドも総てユニークだわ。あれほどの多様性と完成度をもって造り上げる能力は……少なくとも消すよりは利用すべきよ」
あの……作ったのは瑠璃1であってS.Aikiでは無いのだが……
「だからといって、アルファ・ゼネラル・アンドロイド社の技術顧問として……」
「……向かい入れるのよ。ほら」
ジルコニア・クィーンが示したのはアルファ・T2の説明用リーフレット。
「『我らアルファ・ゼネラル・アンドロイド社はアルファT2の技術開発に手を緩めません。皆様にお届けしたアルファ・T2から得た情報をフィードバックし、更なる技術開発を進めます。多種多様な場面でアルファ・T2が活躍するまで……』。この『多種多様』という言葉の具体的な例として……」
「あの男を雇い入れると?」
「そ。いい宣伝になると思わない?」
「思わんね。水商売なんて……」
「あら、職業に貴賎は無いわよ。それに……」
美女は男の目を斜めに見上げた。
「完全に人間と見間違う外見とかは兎も角、仕草や言動まで人間そっくり……いえ、手練れのホステスも舌を捲くほどの振舞いなんて……ウチの研究室からは絶対に出て来ない技術よ」
いや、だからそれはS.Aikiの能力ではなくて瑠璃5の生立ちからの……全くの偶然の産物なのだが……
「いい? 兎に角、シナリオは直してね。これは私の上司、クィーンの命令。判断。つまりは……」
「判った。『クィーンの指示はキングの指示と同様に扱う』……だったかな」
「そう。そして『クィーンの判断の意義を問う事も許されない』。これももう一度憶えておいてね」
「まったく研修でも受けている気分だ」
美女はくすりと笑って席を立った。
「知らなかったの? アナタは今、研修を受けている最中なのよ。幹部へとなるための……ね」
「キミが教官か。……判った。指示は部下に徹底致します」
「判ればよろしい。じゃあね〜」
美女はカウンターに向い、ガーネット・クィーンに一声かけてから、立ち去った。
「何が『例えさせて貰って悪かったわね』だ」
「少しは気にはしているという事だ。いきり立つな。……戦場では」
老バーテンはガーネット・クィーンを諌めようとした。が、ガーネット・クィーンが先の言葉を奪う。
「常にクールでいるモノだけが生き残る。……でしょ?」
「そういうコトですな。元上官様方。すまんが苦味のキツいのを一つ。……それとコイツの処分を頼む」
ビショップ・オブ・ルビーがカウンター席に座り、老バーテンに珈琲を頼むと、ジルコニア・クィーンからの命令書を渡した。
「あら、随分と素直になったじゃない? 疲れてる?」
「私めも疲れる事があるのですよ」
老バーテンは手早くサイホンに荒挽きの珈琲豆をセットすると、命令書に火を点けて灰皿の上で燃やし、サイホンの中の水を沸かす。当然、途中で火の消えた灰皿に変えてアルコールランプに変えて沸立てて行く。
灰皿に残った消炭のようになった紙を粉々にして水に流して行くのを確認してから男は溜め息を吐いた。
「最後の最後に内部……しかも彼女から修正指示が来るとはな」
「仕方ないでしょ。命令は命令よ」
ガーネット・クィーンの慰めとも嫌味とも取れる言葉を聞流して、出来上った珈琲をゆっくりと舌の上で味わう。そして射るような視線でカップの中の琥珀色の液体を睨む。
「で、指示は? 訂正するんでしょ?」
射るような視線のまま、男は低い声で指示した。
「ルビー・ポーン0。追加指示、『幕開け』は私がある男を壇上で紹介した瞬間。……その他は変更ナシ」
ガーネット・クィーンが男を見る。驚きの表情で。
「クィーンの指示を違える気? それじゃ……」
「あの男が私めと逸れなければ、クィーンの指示通りになりますよ? 元上官殿」
「でも、『標的解除』命令を追加しないと……」
「手違いや間違いは指揮命令の急な変更が原因の殆ど……貴女の言葉でしたね。大丈夫。命令優先順序さえ勘違いするヤツが居ない限り……私から逸れない限り、あの男は生きたまま今日の舞台からは降りる事が出来るはずですよ。ポーン0、全員に指示を」
「了解。聞えていたな?」
指示された老バーテンは奥のテーブルの男に目で合図する。その男は小さく頷き、イヤホンを改めて付け直すと、携帯をかけながら店を出て行った。
「便利なのも善し悪しね。携帯の通信記録は?」
「別働隊が消す事に成っている。もっとも……」
ビショップ・オブ・ルビーは琥珀色の液体を飲干すとカップを置き、いつもの表情に戻り、吐き捨てるように言った。
「この国の人口よりも多い携帯電話の通信記録なぞ残っていようがいまいが通信内容さえ残らなければ問題ありませんけどね」
「通信内容が保持されている可能性は?」
「ありませんよ。未だ『犯罪者使用携帯電話』には登録されていませんからね。いや、登録されていた可能性も0ではありませんから『無くなりますよ』と言った方が正しいですね。……総て破壊しますから」
男の表情から感情が落着いたのを見て取ってガーネットクィーンは席を立った。
「了解。じゃ私も……」
「期待してますよ。元上官殿」
「アクシデントには素早い対応をお願いするわね。元部下の策士さん」
美女の姿を見送ってから男は呟いた。
「戦略家といって欲しいんですけどね」
その言葉をまなじりを上げて老バーテンは男を見た。
「何か? 元上官様」
老バーテンは男が飲干したカップを取下げ、洗いながら応えた。
「証明すればいいだけですよ。今度の仕事で。現上官殿」
老バーテンは釈然としないながらも意気を上げて出て行く男を見送ると、溜め息をついてから仕事に取り掛かった。
「……ったく。今ひとつ覇気というモノが仕事の前にくじけそうになるクセはなんとかして欲しいモノだな」
老バーテンは後片づけをしてから店を出た。看板を『close』にして。
「あ゛ー。乗り継ぎがかったるい。アタシだけでも素直にバギーでくれば良か……」
かぎん
「そんなに不謹慎な言葉を言い続けると殴りますよ。瑠璃1」
いや、既に殴っているのだが。しかも、チタン合金が響かせた音に驚いた周囲の乗客の不審な視線を浴びてもいるのたが……
「乱暴はいけませんえ。瑠璃様」
「そうそう。仲間内で殴ってもお金にならないからね」
……いや、不審な視線の原因はボンデージドレス姿の瑠璃4と微妙に着崩しているようでよく見れば凜と和服を着熟している瑠璃5の所為かも知れない。
「何はともあれ、さっさと移動しましょう。不特定多数が居る空間に留まる時間は短い方がいいと分析致します」
比較的、無表情で眼鏡を上げる白衣姿の瑠璃10も……乗り継ぎ駅には相応しく無い。
「そだよ。さっさと行って待合室で遊びましょ。御主人様」
「だから、瑠璃2ってば、今日のは遊びじゃなくて仕事なのって言ってるでしょ」
フリフリのドレス姿の瑠璃2も、ごく普通のラフな格好の上に微妙に薄汚れた白衣を引っかけている瑠璃1もこの場には変だ。
「それにしても……なんで瑠璃3ちゃん達は来て無いの?」
無邪気に尋ねる瑠璃2の視線にS.Aikiは横目で瑠璃を気にしつつ、口に指を当てて質問に無言で応えた。
「さっ。人数も疎らになりましたし、会場へ移動致しましょう。御主人様」
S.Aikiの腕を取り、さっそうと歩きだす瑠璃の化粧はいつにも増して完璧に……清楚ながらも濃ゆい。ある意味、大企業の社長秘書よっというオーラを周囲数十mに発する瑠璃自身がこの場には全く合っていなかった。
「あ〜あ。護衛用アンドロイドが自宅待機なんて間抜けもいいとこだね」
「全くです。ちょっと羽目を外して銃を撃ち捲ったからといって、不相当な処分です」
眼鏡を外し、レンズを拭いてから再びかける瑠璃30は片目づつ眼鏡の性能を確かめながら瑠璃31の愚痴に付合っていた。
「アナタ達、自分のした事に対する処分なのですから納得しなさい」
瑠璃3は剥き出しの腕のフレームを調整しながら諌めた。
「3号機、アナタを巻込んだのは悪いと思っているわよ」
「1号機、今は私がチーフであり瑠璃3と御主人様に命名され、また仲間達にも呼ばれているのです。昔の呼称を使わないで下さい。2号機、窓の枠木に腰掛けるのを止めなさい。痛んでしまいます」
「そだよ。瑠璃30。瑠璃3チーフも私を2号機と呼ばないでね」
悪戯っぽく笑いながら瑠璃31は瑠璃30の隣に座り、尋ねた。
「その眼鏡は何? 画像処理装置に何か不具合でも?」
「いえ。瑠璃10に頼んでいたのです。私達の情報リンクでは空間認識処理回路にかかる負荷が不必要に大きいようなので、別な方法で認識するサブルーチンか専用処理回路の増設が出来ないかと。で、今朝方に渡されたのがコレです」
瑠璃30から手渡された眼鏡を手に取り、フレームから伸びるコードの先にあるコネクタを耳の後ろあたりにあるプラグに繋ぐ。
「へぇー。レンズに位置が投影されるのか。タイムラグはあるけど、頭はすっきりするわね」
「そう。自身の音波レーダーのみに処理が集中できるから敵に対する対応速度も向上する事が期待できます」
「でも、敵の総数とか全体的な動向とかの認識には今ひとつネ」
「リンクデータの認識が視覚に頼る事になりますからね。しかし……」
1度目を伏せ、そして刺すような視線となりで睨む。自身の過去を。
「個別の戦闘能力は向上します。各個撃破が本来の私達の基本コンセプトなのですから」
瑠璃30の無意味に発する気迫を全く気にせず瑠璃31は小さくパチパチと拍手した。にこやかな笑顔は……ちょっとだけ小馬鹿にもしているようだ。
その2人(?)の様子を溜め息で受止めながら、瑠璃3は窓から空を見上げた。
「……あの時と同じような青空だ」
自身の過去と現在の不安を確認するかのように。
「ちょっと……時間があるようだな」
「そうですね。待機に当てられた部屋が倉庫というのは少し戴けませんが」
S.Aikiは瑠璃の機嫌を伺うように顔を見る。そして腕時計を見ながら席を立った。
「ちょっとそこらを見て来る」
「瑠璃2も行くぅ」
「ちょっと瑠璃2……ひっ」
嬉々として付いて行く瑠璃2を諌めようとした瑠璃1だったが、背後のオーラを感じ、無言のままに意志を汲取り、言葉を換えた。
「えーと、アタシも付いて行きます。御主人様」
出て行く3人(?)を見送りってから瑠璃10は瑠璃に確認した。
「宜しいんですか? ただでさえ護衛の瑠璃3達は居ないし……瑠璃4と瑠璃5も入口の警備ゲートで引っ掛って居ないというのに」
「警備ゲートに引っ掛るような護衛は要りません。また、少なからず警備されている場内に居るのですから、対テロ用アンドロイドでは無い2人でも対応でき得るでしょう。それで瑠璃4と瑠璃5は?」
「『早朝出勤』にシフトさせて貰うと言ってましたから……勤務先に向かったのでは?」
「そう。ならば何も問題はありません。残っている問題といえば……」
「指示された時間に御主人様が戻って来るかどうかという事ですね」
瑠璃はちょっとだけ表情を緩めて瑠璃10を見た。
「その時は呼び出しに行って下さい。お願いします」
「了解。時間の30分前に行動を開始します。瑠璃様は?」
表情をきっと引き締めてからドアを睨む。
「ここで、此処の係のモノの対応を致します。それが秘書たるモノの勤めですから」
「了解」
素直に応えながらも瑠璃10は瑠璃自身が護衛という役目よりも秘書に勤しむ姿に微笑んでいた。
これはニフティのSFフォーラム内にあった「マッドSF噴飯高座」より派生した拙作です。
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