本編 28 〜トリニティ・タワー 2 〜
トリニティ・タワーで瑠璃達が……
45.上下の関係
「驚いたな。あの男なんぞを気にするとは……ん?」
男が美女の方を振返ると、その視線は自分の方を向いていた。
「……ん。終りかなと思ってね。アナタに狙われたんじゃ」
窓の下のショボい男に視線を流した美女の言葉の調子が気になったが、男は敢えて流した。
「ま、そういうコトだ。では、私めは準備の確認に参ります。監視役様は?」
「気にしないで。時間を潰してから、部屋に戻るから」
出て行く美女を見送りながら、男はカウンターの中の老バーテンに確認した。
「……失言したか?」
老バーテンはチラリと男を見たが、無言で顔を横に振って否定した。
「それにしても……」
カウンターで様子を眺めていた茶髪の美女が男に声をかけた。
「リボルバーなんて、似合わないモノを下げているのね」
皮肉めいた言葉に男は仕方なさ気に返す。
「これは元上司のガーネット・クィーン様。コレですと銃身と撃鉄を交換するだけで、銃の所持が禁止されているこの国でも持ち歩けますから」
「一々、交換して使うの? マメね」
「いやぁ、警官に止められそうな時だけ交換するのですよ。では、私めは……」
出て行く男、ビショップ・オブ・ルビーを見送ってから、茶髪の美女は老バーテンに声をかけた。
「……ジルコニア・クィーンも変ね」
「気にするな。色々と言葉と態度で揺さぶる事もあるだろう? 監視役なのだから」
「それだけかしら?」
茶髪の美女の視線を感じた老バーテンは視線を上げた。自分を見つめる瞳。深い茶色の瞳が何かを言いたげだった。
「ルビー・ポーン0さん。女はイロイロと複雑なのよ」
「戦場には不用だ。オマエも装備を確認したらどうだ? オマエ達もだ。今一度、装備と手順をチェックしろ」
老バーテンが美女と店内にいる客に指示を出す。客達は視線で返事を返して、それとなく数名ずつに外に出ていった。
最後に一人残ったのは茶髪の美女。彼女は、ちらと笑い、ゆっくりと席を立った。
「じゃ、私はサバイバー・ライフル達にサンドイッチを配給してから持ち場に行くわ。装備のチェックは……手伝ってくれるんでしょ?」
美女はカウンターの中の紙包みをひょいと持上げてから、老バーテンにウィンクした。
「おい」
「アイ・コンタクトは戦場には不可欠よ。じゃ」
美女はくすりと笑い、紙袋でバイバイと合図し、店を出て看板をクローズにして姿を消した。一人残った老バーテンはゆっくりと溜め息を吐き、肩をすくめて、店内の掃除を始めた。
「まったく……どいつもこいつも硝煙と血の匂いの期待に浮かれおって」
「はい。食料を持って来たわよ」
ガーネット・クィーンが訪れたのは……連結フロアの中階にあるサービスフロア。最下層の連結フロア自体は見た目には4階に見えるのだが、その2階と3階の間に空調や供給水、配電設備等が置かれた機械のフロアが在った。
当然ながらエレベーターも止まらないそのフロアの一角に非常階段からの狭いドアを開けてガーネット・クィーンは外には漏れても判らない程度の声で、誰に話しかけるともなく、来た目的を告げた。
「そこに置け」
機械音に混じって何処からか響く男の声。その声にガーネット・クィーンは呆れながらも、紙包みをそばにあった作業台の上に置いた。
「旧知の中なのに素っ気ないわね。まぁいいわ。で? 他に欲しいモノは? 装備で足りないものとかは?」
「ない。……いや。弾と……新しい的を用意してくれ」
壁や空調配管などに反射して届く姿を顕さない男の言葉にガーネット・クィーンは呆れた。
「もう撃ち尽くしたの?」
「ここは……オレの性に合わない。時間が……遅過ぎる。撃ち続けなければ……気が狂う」
ふぅ。とガーネット・クィーンは溜め息を吐いた。
(ジャングルでは……補給ナシで何日でも枯れ木のように気配を殺して標的を待ち続けて一発で仕留められる男が……ここまでイライラしているとはね)
声で相手の感情を理解する。馴れたモノ同士の気配の会話だった。
「判ったわ。ガロンで届けるようにする。的は……クレイ・バックのサイズは……ラージでいい?」
「……スモールでいい。小さく無いと……集中できない」
ふと……言葉の間に空気を突通す乾いた音が混じる。その音を……ガーネット・クィーンは目を閉じて確認した。
「ラージとベリースモールを数個届けるわ」
「なんだとっ! オレの腕をっ!」
「信用している。でもね……」
静かに笑う。獲物をみつけた餓えた豹のような凄味のある顔で。
「同じ場所を撃抜いてたら後ろにはクッションが必要よ。判るでしょ? C・ゾネド」
くるりと体を回し、配管の上を指差す。その先に……消音器付のライフルを抱えた細身の男がこちらに銃口を向けていた。
「玩具で遊ぶのは構わないけど……上官に銃口を向けるのは……イタイ目にあうわよ?」
細身の男が笑う。
「痛い目? 武器を持っていないアンタに何が出来る?」
「アラ。私の武器が目に入らない?」
「指鉄砲か? 今時のガキでもそんなモノに……え?」
男の耳をかすめて……後ろのコンクリートの壁に何かが突刺さった。
「な……に?」
「見た通りのフレシェット。いえ、フレシェストと言った方がいいかしら? ボウガンとは違うわよ」
見れば……ガーネット・クィーンの手首の内側、銃口らしきモノが男に狙いをつけている。
「ああ……アンタはサイボーグになったんだったな」
「そうよ。見た目に騙されない事ね」
男が銃口を下げるとガーネットクィーンも腕を下げる。が、即座に男は銃口を再びガーネット・クィーンに向けた。
「コッチは連射が出来るがそっちはどうかな?」
「……確認しないと気がすまないの?」
ガーネットクィーンは男が銃口を向け直す前に指を男に向け直していた。
「……上官に銃口を向けた罪に対する罰と知りなさい」
再び、男の後ろの壁に矢が突刺さった。男の耳をかすめ、いや、かすめるだけではなく皮膚に幾つかの傷を残して。
「あら。やっぱりアナタは強運の持主なのね」
矢が残したのは傷だけでは無い。通過の時に男の耳……いや、正確には鼓膜に破壊するまででは無いが、常人では堪えがたいほどの衝撃を与えていた。その衝撃は一瞬だけ、男の平衡感覚を失わせ、配管の上に跪かせた。
……見れば、ガーネット・クィーンの手首の外側に冷たい銃口が見えた。
「……なんだ? その銃は? 一体、幾つ仕込まれているんだ?」
「あら? 『敵』に秘密を聞くの? いいわ。教えてあげる。これは火薬のガス圧を利用した吹き矢といった方が正しいと思うわ。銃身は……5個以上とだけ教えて上げる」
「ガス圧? ならば普通の銃と……」
「違うわ。最初は圧縮空気ボンベで動かす予定だったのが、火薬を使った方が小さくできるという事でガスボンベの代りに火薬のカートリッジに変えたのよ。そういう構造の方が発射速度のコントロール……つまりは音速以下にしてサイレンサーを必要とせずに無音化を図れる……さぁ? 回答はこれまで。まだ反抗する?」
男は黙って銃から弾倉を抜き、排莢レバーを引く。薬室から弾き出された弾を空中で掴まえ、それを口に咥えると両掌をガーネット・クイーンに見せて抵抗しない事を示した。
「ふ。いい子ね。壊れる的と弾は多めに配給するようにしておくわ。じゃね」
片手で別れを告げながら、ガーネット・クィーンは部屋を後にした。
男は見送り、そしてドアが閉められる音を確認してから呟いた。
「……変らずにバケモノじみた度胸だな。……まぁ、昔からサイボーグじみた人だったが……本当にバケモノみたいなサイボーグになるとはね」
ふと……自分もそうなる? いや、そうなる事を願っている?
沸上る黒々とした感覚を自分で笑い消す。
「マシンにはなっても機械にはならねぇ……」
男は床に降り、小さな窓へと歩き、その窓から見えるビルを見上げた。
「標的を撃ち抜く。それだけだ……」
ニヤリと笑う男が見ているのはそのビルでは無い。鏡のような壁面に映るトリニティタワーだった。
その頃、ジルコニア・クィーンは真直ぐに地下鉄へと続く通路を歩いていた。が、ふと立止まると、横のウインドウに視線を投げた。
通路の向う。フル・リニア・エレベーターホールの人影の間から3対のウサ耳を確認したからだった。
「……わかった。わかったから。銃器の展示場には寄る。しかし……」
「瑠璃30、瑠璃31。立ち寄る事を認めて下さったのですから、『購入』、若しくはそれに類するコトは許可致しません。宜しいですか? 瑠璃3、アナタはこの子達のチーフなのですから。そんなに不安な顔をするより、指導をきちんとしなさい。では、御主人様、先に展示場の方へ……」
「いや、先に銃の方へ行こう。……その方が問題が少なくなりそうだ」
瑠璃30と瑠璃31の顔を伺いながらS.Aikiが瑠璃に指示を出す。
瑠璃は軽く溜め息をつきながら、仕方なさ気に指示に従った。
その様子をウインドウの反射で眺めていたジルコニア・クィーンは少し、考えていたが、微かに笑うと3体のアンドロイドとしょぼくれた男の後を追って行った。無邪気な……小悪魔みたいな笑顔で。
「おー。生きていたか、クエスト」
「そっちも強盗に襲われずに商売続けているとはな。ウォーター。とっくにガトリングガンの標的になっていると思ってたぜ」
「何言ってやがる。そっちこそ相変わらず宝探しか? っと、なんだ?」
二人の怪しげな男が挨拶をかわす店内。ここはトリニティ・タワー内の法令解放区。銃器の展示販売エリアの一角。……というか、夜店の如く並ぶ銃砲店の一つだった。一応、防弾ガラスらしきモノで仕切られてはいるが、共通の試射場が在る以上、商品を持っての移動は自由だった。
無論、このエリアに入るには出入り口に在る警備の厳しいチェックを受けなければならない。そのチェック場所を怪しげな男達が振返ったのは……そこで一騒動が起った故。その騒ぎの主は……言わずと知れた、瑠璃である。
「ですからっ! 私は御主人様の秘書で、この子達は護衛ですっ! ゲート・パスなぞ必要ありませんっ!」
理由にならぬ理由を叫ぶ瑠璃。警備達を……この際、撃破しようかとゆったりと構えている瑠璃30と瑠璃31。その二人をどうやって止めようかと身構えている瑠璃3。さらにその後ろでオロオロするだけのS.Aiki……に、声をかけた美女がいた。
「宜しかったら……コレをどうぞ」
美女が差出したのは……金色に耀くフリーパス。このトリニティ・タワー総ての法令解放区に通用するパスだった。
「あ、ども」
何気に受取るS.Aiki。……ちっとは警戒せんのかい? この男は。
「えーと。はい。どうぞ、お通り下さい」
パスを持ったS.Aiki達を何事も無かったかのように通す警備達。
……コイツらもコイツらだな。
「助かりました。……あれ?」
S.Aikiが礼を言うと、美女は目で流して、S.Aikiではなく瑠璃を眺めた。
瑠璃もまた、突然現れて助けた美女に対して……少なからず、訝しんでいた。
「アナタは礼を言ってはくれないの?」
何気に挑発的な美女の態度に、むっとしながらも瑠璃は頭を下げて礼を言った。
「どうも、助けてくださり、ありがとうございます。不躾ですが……どちら様でしょうか? 是非とも、私の御主人様共々、返礼を……」
「いりませんわ。実は私も秘書の経験が在りまして……不器用で不用意な未熟な秘書を見ますと、つい……助けたくなりますの」
満面の笑みで瑠璃に嫌味を言う美女。その美女に反論しようにも何も思いつかない表情が凍り付いたままの瑠璃。その間で……S.Aikiは瑠璃が暴走しないかとアタフタと慌てていた。が、フロアの片隅に珈琲コーナーが在るのを見つけると二人(?)に提案した。
「えーと。……あの、せめて珈琲を驕らせていただけませんか? 瑠璃、席の確保を」
美女の隣に座り、恐る恐る珈琲をすするS.Aiki。その隣で若干、不貞腐れたような顔で水を冷却タンクに補充する瑠璃。その後ろで予想しなかった事態に落着かない瑠璃3。その両隣で『なるようにしかならないわよ』と言わんばかりに落着き払った瑠璃30と銃の発射音に上の空の瑠璃31がいた。
とはいえ、周囲にしてみればバニーガール3人を従えて、しょぼくれた男を挟んで座る二人の美女。銃器の展示場には……理解に苦しむような情景であった。
「えーと。ちょっと聞いていいですか?」
美女は無言の笑みでS.Aikiに先を促した。
「先程、瑠璃も尋ねましたが……名前を教えては頂けませんか? それに、このパスは……戴いても宜しいので?」
美女は……暫し沈黙していたが、ゆっくりとした口調で応えた。
「……失礼致しました。私は……アラ?」
美女が投げた視線の先でイベントが始まろうとしていた。そのイベントとはワックス弾での早撃ち大会。待ちかねたと言わんばかりに気合いの入った厳つい男やカウボーイ姿のヤサ男達が集まりつつあった。
「早撃ちのイベントのようですね。勝者は……ここのフロアの永久パスのようですわ。どうです?」
美女がS.Aikiを怪しげに見つめる。
「参加なされては?」
小悪魔のような笑みとはこういう表情なのだろうなとS.Aikiは思った。いや、今考えるべきは断る理由だ。
「……すみません。私は……」
「御主人様はその様な危険な事はなさいません。折角の御提案ですが……」
瑠璃が冷たい語尾で丁寧に断ろうした。
「あら。……それでしたら、護衛の方々は如何です?」
「え?」
美女の言葉にちらりと後ろを見ると……既に乗り気の瑠璃31と『仕方ないわね』というようなワザとらしい科を作りつつも、さっさと立上っる瑠璃30。その二人に共通しているのは……『よもや、断りませんよね?』と言いたげな冷たく見下ろす視線だった。
「あ゛……そうですね。瑠璃30、瑠璃31。折角だから申し込んで……」
「わぁいっ!」
S.Aikiの言葉が終わる前に申込み受付へとダッシュするバニーガール達。
「妙な歓声、上げないでよ。瑠璃31。みっともない」
「アラ? そう? 瑠璃30も上げなかった?」
「私はきちんと、って……あれ? 瑠璃3は? 折角の射撃のチャンスを……」
ちらりと後ろを見ると瑠璃3は動かずに上目遣いに美女を睨んでいる。その前の瑠璃も横目でS.Aiki越しに美女を睨んでいる。
「……ま、アレだけ警戒されていたら、あの人間が何モノでも何もできないでしょ。瑠璃3には後で射撃データを渡せばいいワ」
「そうね。でも、誰かしらね? 御主人様に興味を示すなんて……変りモノ?」
「かなりの変りモノかもね。ま、私達がコンテストに優勝して此処のフロアのパスを手に入れたら、貰ったパスを返して……」
もう一度、後ろを見る。
いや、それは何かの気配を感じての事だったが……見ると、瑠璃が凄まじい気迫でこちらを見ていた。
「る、瑠璃姉ぇ様も同じ事を考えているようね」
「え、ええ。パスを返して帰って貰いましょ」
小生意気な瑠璃30と瑠璃31も瑠璃だけには逆らえないようだ。
その後ろで……瑠璃に気付かれないようにイヤリングを直すフリをしながら怪しげな美女はイヤリングに仕込まれたスイッチを操作していた。
これはニフティのSFフォーラム内にあった「マッドSF噴飯高座」より派生した拙作です。
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