Prolog 5
対テロ用アンドロイド Lapis Lazuliの戦い
「はっはっはっ。レーダーなんぞ無くとも軍曹の行動パターンは完全に読めている。はっはっはっ……はっ!?」
不穏な空気を感じて振向いたF.E.D.氏の顔面に錐揉み回転しながら飛び込んで来たのは雪だるま状物体SNOW WHITE。
「とるねーど・すとーむ・あたっくぅぅぅ」
「ぎぇえぇぇぇ…………」
ずどぉおぉぉぉぉぉぉぉ…………
盛大に吹き飛び砂煙をあげる二人。
砂煙が消えた時、Lapis Lazuliが目にしたのは砂に上半身が埋まって、ぴくりとも動かないF.E.D.氏の両足と、その向うの盛大な斜突クレーターの底に微かに見える雪玉だった。
「え〜〜〜と。……今回は掘ったほうがいいのかな?」
二人の行動の結果を予期して素早く身をかわしたLapis Lazuliは砂漠に佇み、状況を確認しながら今後の最良の対応方法の考察を始めた。
問題は「どっちから救出するか」と結論し、更に選択の思考を小首を傾げて開始したLapis Lazuliだったが、『非常識な行動』を『日常茶飯事』に行う方は後でいいとすぐに結論して、『常識的な反応』を『無差別かつ過剰』に行う方の救出を優先する事にした。
つまり、Lapis Lazuliは砂漠に両足だけを突き立てているF.E.D.氏を掘り起こすべく行動を開始したのである。
と、言っても突き出た両足を小脇に抱えてスープレックス宜しく強引に引き抜くだけであった。
「よいっしょ! えぃっ!」
ずぅざぁっと砂を巻きあげて引き抜かれたF.E.D.氏。
しかし、Lapis Lazuliの力は抜くだけにとどまらずに、F.E.D.氏の顔面を鮮やかな弧を描きながら砂漠に思いっきり叩きつける。
完璧なハイパー・フロント・スープレックスである。
「ぎゃぶぐぅふひぇっ!」
奇妙な声を発して再び顔を砂に埋めてしまうF.E.D.氏。
「……大丈夫ですか?」
大丈夫でない状況を作り出したLapis Lazuliが心配げに尋ねる。
砂からなんとか頭を抜き出し、ぶるっぶるっと砂粒を掃ってから事も無げな表情を無理矢理に気どってF.E.D.氏は状況を確認する。
「あ、あぁ。なんとかな……ところで、軍曹はどうした? ……げっ!」
砂丘にできた斜突クレーターを見て呆然とするF.E.D.氏。
「ラピス……掘り起こすぞっ!」
意を決して駆出すF.E.D.氏の後ろからひょいとスコップが出された。
「おっ! 用意がいいな。ラピス」
スコップを手に取り、凄まじい勢いで掘り出すF.E.D.氏。
「うぉおぉぉぉぉ!」
しかし、掘り出した砂は簡単に崩れ、再び底を埋めていく。
「きりがないぞ。旦那」
「それでも掘る……掘って掘って掘りまく……る……ん?」
振返り見ると、いつの間にか隣で一緒に砂を掘っているのはSNOW WHITE。
「貴様……いつから隣に?」
「なんだ? 掘るというからスコップを迅速に調達して手渡したのが不満か?」
にこやかに蟀谷をひくつかせて佇むF.E.D.氏。
次の瞬間には……約束の無制限一本勝負が始まった。
「くぉのぉ〜。一瞬でも心配した俺が馬鹿だったぞっ!」
「自分の才覚を悟るのは構わんが、それを理由に攻撃するのは反撃を期待しているとしか思えんぞぉ! おりゃあ!」
スコップを刀にしてチャンバラをやり合う二人を溜め息混じりに見つめて、先程手渡されたアクセサリー(光偏差波回析レーダー)をつけ、Lapis Lazuliは戦闘中の二人に一礼して戦闘会場に向かうトラックに乗り込んだ。
「まったく、マスターと軍曹さんって文字どおり『喧嘩するほど仲がいい』んだから……ふふふ。……え?」
この時、Lapis Lazuliは自分の変化に気づいた。
(私、……思いついた……思い出して笑った……つまり、発想した? …… 笑うって……感情だよね? え? 感情!? 感情がある!? どうして!?)
『発想した』 つまり自発的に思考した。
『笑っている』 それも状況判断ではなく。
アンドロイドとしての感情は周囲の人間の反応に合わせたモノである。
今、誰一人として周りに人間が居ない状況下で感情表現するという事は、少なくとも『自分』の行動ライブラリには無い。
あり得ない『行動』を間違いなく自発的に行動した。
『自発的な行動』もアンドロイドにはあり得ない。
命令された事を命令された条件下で実行するだけ。
『思考する』事は命令によってはあり得る。しかし、『自発的な行動』は、『自発的な思考』は、あり得ない『行動』なのである。
そして、それに『気づく』という事すらもアンドロイドとしては有り得ない。有り得るはずのない事であった。
(どうして!? ……恐い……『恐い』って何!?)
自分の記憶が自分の行動を否定している。
自分の思考が自分の存在を否定している。
不意に訪れた自分の変化に膝を抱えて、ただ脅え佇むLapis Lazuliだった。
(どうして? 誰か……誰か……助けて……)
16.古からの友人
「……参加するワ」
双眼鏡で移動するトラックを見つめていた少女型アンドロイド、ラプラス・バタフライは老研究者に呟いた。
「やはり、行くのか?」
老研究者N.P.Femto氏は覚悟していたように確認した。
「行かなくちゃ……また、一人になっちゃうかラ」
そう言うと『少女』は駆け出し、急に立ち止まると口笛を吹いた。
途端にエンジンルームから黒煙を上げてエンストするトラック。
「きゃっ! なに? どうしたの?」
トラックの荷台で転げたLapis Lazuliは辺りを見渡すと……砂漠の向こう、審査官達の居るテントの方、F.E.D.氏とSNOW WHITEがまだ殴り合っている方向から、ゆっくりと(しかし、凄まじいスピードで)歩いてくる『少女』に気づいた。
「え?」
驚き荷台でへたり込んでいる間に『少女』はLapis Lazuliが乗っていたトラックに乗り込む。
……と、エンジンは嘘のように動きだし、エンジンを点検していた運転手は忌々しげにバンパーに蹴りを入れて再びトラックの運転席に乗り込んだ。
「おい? そこのアンドロイド! 参加手続きは済んでんだろうな?」
いつの間にか乗り込んできた少女型アンドロイドに気づいた運転手は発車する前に窓から身を乗り出て尋ねた。
「大丈夫ヨ。ちゃっんとこの大会が始まる百年前から申し込んでるワよ!」
その言葉にちょっと吃驚した顔を見せた運転手だが、次の瞬間には大声で笑い出した。
「ぎゃははははははっはっはっはぁ! 気に入ったぜ、お嬢ちゃん。機械のくせにジョークをかますとは! そんなアンドロイドは始めて見たぜ! はっははっははは」
(ジョークを? ……まさか、さっき……え!? わたし……また考えてる)
頭を抱え込むLapis Lazuliの前にちょこんと座った『少女』はありったけの笑みで話しかけた。
「大丈夫ヨ。アナタは何一つ変わっていないかラ」
微笑みかける『少女』の目に……流れる涙。
それに気づいた時、Lapis Lazuliの不安は……少しだけ消えたような気がした。そして……少なくとも脅えることは無くなっていた。
「あなたは……何者なのです?」
その言葉に、涙を拭いて『少女』は自分の過去を語りかけた。
瞳に隠された赤外線点滅信号で……静かに、そして膨大な過去を……
17.睨む者
F.E.D.氏とSNOW WHITEは既に過激なじゃれ合いを止めてラプラス・バタフライが車に乗り込んでからの状況を双眼鏡で見ていた。
「……まずい」
「何がまずいんだ? 軍曹。今朝のハムエッグならば絶妙な味つけだったぞ」
同じく双眼鏡で見ていたF.E.D.氏は、絶妙(?)なボケで返した。
「おい! ふざけてるのか? 旦那」
双眼鏡を外し睨むSNOW WHITEの両目はしっかり青く縁取られている。
「ふざけてはいない。実際何がまずいんだ? 軍曹。どうも、あのアンドロイドやじいさん絡みだと無闇矢鱈にイラついていくように感じるが? 一体全体、何があったというんだ?」
双眼鏡を外し睨み返すF.E.D.氏の顔にも見事な青疸。
それ以外にも所々腫れた二人の顔が、それまでの戦闘の激しさを物語っていた。
「まあ、二人とも顔でも拭いて」
いきなり背後から現われたのはSNOW WHITE……ではなくN.P.Femto氏。
老研究者は何処からか出した虹色のタオルでF.E.D.氏の顔を力まかせにゴシゴシと拭きなぐる。
「な、な、な、何をするんですかぁぁぁぁぁ……って。 あれ?」
やっとの思いで拭きタオル地獄から抜け出したF.E.D.氏は顔の違和感に戸惑った。
「ほれ。腫れは引きましたぞ」
老研究者がさし出す手鏡に写る顔には青疸はもちろん、腫れ一つない顔に戻っていた。
「ありがとうございます。……あれ? 前にもこんな事があったような?」
暫し考えるF.E.D.氏の横で凄む雪だるま。
「おい! 爺ぃ、言ったはずだな? この世界に干渉するなと」
「今は干渉は加えておらんぞ。そうさな……どちらかと言えば、感傷的な過去の干渉の結果を鑑賞しているだけじゃよ」
「駄洒落のつもりかぁ! ……ぶっ」
いきなり殴りかかるSNOW WHITEの顔面にタオルを投げつけ素早く背後に回るとタオルの端を後ろ手に握り締上げる。
「ぶ……ぐ……ぞぉ」
タオルで頭を絞りあげられて、雪だるまの声は細切れに濁っている。
「ほい。さっと」
老研究者はそのまま雪だるまを腰に担いで前に落とす。
「これぞ、この世界の古武術に在るという石地蔵落としじゃ」
見事に脳天から突き落とされた雪だるま……は、しっかと両手で落下の衝撃を受止め、そのまま前方へくるりとまわって立ち上がった。
「ふんっ! そんなカビの生えたぬるいコンビ攻撃なんぞ……ぶげっ!」
勝ち誇ったようにピンポン玉のような手で指を突きたてる……(ピンポン玉のような手だぞ?)……ようなポーズを取った雪だるまの顔面にめり込んだのはF.E.D.氏の革靴の底。
「お前は静かにできんのかっ!?」
正確に眉間に入ったF.E.D.氏の靴の踵の衝撃はSNOW WHITEに暫しの安楽の時を与えるには十分だった。
「ところで、SNOW WHITEとはどこで……あれ?」
埃を掃ってF.E.D.氏は心中の疑問を尋ねようとしたが、老研究者は双眼鏡を手に戦闘会場の方向を睨んでいた。
「ふうむ。やはり会話を始めたか……問題は彼女が耐えられるかだが……」
「耐えられる? 何がです?}
尋ねるF.E.D.氏にN.P.Femto氏が尋ね返した。
「お若いの。彼女の記憶容量はどれほどかね?」
「えっ? えぇっと、ざっと計算して128ビットアドレス毎に1メガバイトの記憶容量があって1方向に10ギガバイト容量があり、その任意の繋がりで1要素を記憶できますから10G/128Mの階乗値になって…約1.95x10の115累乗メガ要素容量…… つまり、1方向だけで約1.95x10の112累乗テラ要素となりますけど? さらに実際には立体構造である以上、最低でもその3乗値で……約7.46x10の336累乗テラ要素となりますが?」
「ん〜〜〜〜まぁ、それぐらい在れば10秒ぐらいは耐えられるかもしれんが」
「10秒? 何がです?」
「ところで計算処理能力は?」
「メインの処理装置だけで、総演算能力は34.26EI/sだ。浮動小数点計算だけなら17.13Efo/s、それを通常時は8.56EI/sと12.85Efo/sで、戦闘時には6.83EI/s と13.70Efo/sに漸次変化する! 文句在るのか?」
いつの間にか復活したSNOW WHITEが会話に参加すると同時にN.P.Femteを物凄い形相で睨みつけた。
「いいか?今すぐ、あの『人形』と一緒に消えろ! 今すぐにだ!」
「いいのかの? 既に『干渉』は終了したんじゃ。後は『事象』が始まるのを待たなくてはならん。『事象』を待たずに居なくなっては……」
「なんだと?」
「二人とも何の話をしているんだ?」
割って入るF.E.D.氏にSNOW WHITEとN.P.Femto氏が声を揃えて言った。
『この世界の存続と終末の可能性の確率についてだ!(じゃよ)』
「なんか喧嘩してるぜ」
「標的のバレリーナとセルロイド・ドールの関係者の仲が悪いのは願ったりだな」
「何? ターゲットが増えたのか?」
「ああ、クライアントがお望みだ。もちろん、それなりのボーナスが出る」
「ボーナス? なんだ?」
「ふふん。何だと思う?」
「静かにしろ」
モニターを覗いて話し込んでいる二人を車内に入って来た男の静かな声が止めた。
ここは在るケーブルTV社の中継車。
モニターや様々なスイッチが並ぶ机の前に座っているのは不似合いなサングラスをかけた男が2人。本来その場所にいるべき人達は車内の一角に縛られ猿轡をされて恐怖に固まっていた。
「もうじきにショータイムだ。観客に舞台裏の会話を聞かせるのは失礼だと思わんかね?」
入って来た男もサングラスを取らずにモニターを眺め、会場の状況の確認を始めた。
「遅かったな、ヌーヴ1。コントローラーのセットは終わったのか?」
「ああ、終わったよ。これでここが殺戮ショーのディレクタールームになる」
「殺戮? 今度の仕事は『破壊』だけじゃなかったのか?」
「オプションツアーをクライアントが望んだのさ」
「つまり……地獄へのオプションツアーか?」
「くっくっくっく……そいつはスペシャルツアーだな」
喉の奥でくぐもった笑い声を立てる二人の男。
「いいや。案内するのは地獄じゃない」
「ん?」
「この世で地獄を味わって貰えるのに、また地獄へ行って貰うほどオレは悪人じゃない」
「ふふふふふ……つまり天国へ案内するんだな?」
「そうだ、聞けば酷く退屈な所らしい。そこでゆっくりこの世の地獄を思い出して貰うのさ」
後ろで脅えるTVクルーの視線を気にもせずに三人の男たちはモニターに映る『標的』達を睨んでいた。
「これでテロリストとしての借りが返せる……くっくっくっ……」
*蛇足 EI/s:エクサ論理演算/秒として使っています。
Efo/s:エクサ浮動小数点計算/秒として使っています。
エクサ:100京(10の18乗)。=100万T
これはニフティのSFフォーラム内にあった「マッドSF噴飯高座」より派生した拙作です。
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