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本編 22 〜増殖 8 〜

 瑠璃が増え始めた……

 瑠璃1が何やらぶつぶつと呟きながらも部品と格闘し始めた頃、制作部屋のドアを小さく叩く音が瑠璃1の耳に届いた。

「ん? どなた? 鍵なんかかかって無いから勝手にどーぞ」

 素っ気ない瑠璃1の声に導かれて入って来たのはS.Aiki。S.Aikiは何故か後ろを気にしながら入り、慎重にドアを閉めて瑠璃1に向直ると……驚きの声を上げた。

「実は……ぅおっ! 何だ? その格好はっ!?」

「何って……部品の動作確認よ」

 瑠璃1の頭にはうさ耳が2対、さらに猫耳が1対。首のあたり……一部、首周りのシリコンカバーを外して、そこから垣間見える隙間から伸びたコードの先に繋がる様々な腕や脚。それらが微妙に蠢いている。そしてそれらを見もせずに瑠璃1は卓袱台ので別の部品を組立てていた。ついでに言えば眼鏡もかけているのも微妙に変だ。

「……そんなんで……判るのか?」

「判るわよ。耳パーツは周波数別に感度を設定しているから元々の耳からの信号とパーツごとの感度で特性把握と動作確認。腕と脚の方は入力信号に対する反応で。その反応速度関係はそれぞれの部品からの感圧センサーの信号で位置と速度が判るから……んで、この眼鏡は赤外線センサー内蔵タイプ。軍用の派生品チップを内蔵しているから、特定周波数の電波発信源の探知能力内蔵……なんだけど動作と性能範囲が怪しいの確認中と……で、御用は何ですか? 御主人様」

 感情を交えずに平坦な声で尋ねる。だが……向けていない顔は紅潮していく。さらには声の調子を換えようする感情回路を無理矢理に押し止める。

(いや。違う……この反応は瑠璃姉ぇの……)

 その瑠璃は? うさ耳のマイク感度を上げる。足音はしない。先程から床の軋み音は人間一人分だけだった。つまり……

(やだな……二人っきりだ。……って何でそれが『やだな』という言葉になるっんのよっ。自分っ!)

 自分の回路の結論に自分で否定し、改めて素っ気ない声で尋ね直した。

「御用がないのでしたら……きゃいっ!」

 振返った時、眼前にS.Aikiの顔が接近しているのを確認すると同時に……何故か反射的に腕が動いた。

「……頼むから反射反応で殴るのはやめてくれ」

 顔に瑠璃1の正拳が突刺さった状態でS.Aikiは努めて冷静にかつ小さな声で懇願した。

「し、失礼しましたっ! ……それにしても丈夫になりましたね。御主人様」

 改めて見れば……解けた包帯の下、昨夜の瑠璃3の頭突きの跡も、瑠璃姉ぇ達と抱きついて粉砕骨折寸前で肋骨に亀裂が入り捲り、腫れ上がっていた胸にも今は何の異常も見られない。

「ん〜。なんとなく馴れてきたというか……痛さの加減が判ってきたというか」

 顔面に正拳の跡を残しながらS.Aikiは冷静に応えた。……涙目だったが。

 腕やら脚などの部品達を掻き分けて、その中に座るとS.Aikiは頭を掻きながら言葉を続けた。

「ま、馴れると傷の癒りも早くなるんじゃないのか? ま、そういう事にしておこう。で……」

(『馴れ』で癒るんだったら医者と病院は要らないってぇーの)

 引きつった笑いを浮かべながらも冷淡な声で瑠璃1は尋ね直した。

「あははは……は……で? 御用はなんでしょ?」

「じつは……」

 S.Aikiは瑠璃1にこっそりと耳打ちしようと……したのだが、どの耳でいいのか一瞬、たじろいた。それでも、まぁ、元々の耳でいいのだろうと思い直して片手で声が漏れないように用件を伝えた。

「……? それは何の為ですか?」

「それはな……」

 こっそりと耳打ちされるS.Aikiの言葉を興味深げに聞いていた瑠璃1は急ににんまりと悪魔のような笑いを浮かべた。

(なるほど……そういう事ならば……)

「判りました。では、私の方からも御願いがあります」

「ん? なんだ?」

 今度は瑠璃1からS.Aikiに耳打した。聞き終わるとS.Aikiは暫く悩んでいたが、自分をじっと見つめる瑠璃1の視線に気付くと、びくっとたじろぎながら承諾した。

「判った。それはオレが言った条件が揃った時に実行に移してくれ」

「了ぉ解ぃっ!」

 二人はにんまりと意味深げに笑って、心の中で侮蔑した。

(なんだかんだ言っても……我が身が可愛いのね)

(……そんなに自分の身体が嫌いだったら、その格好はどーなんだ?)

 乾いた笑い声を立てる二人の策略の時をドアを開ける音が引裂いた。

「御主人様っ! そんな身体で……ん? 瑠璃1何してるの?」

 総てを凍てつかせるような瑠璃の冷たい視線に問われて、改めて自分の身体を慌てて見ると……

「きゃいっ! 御主人様っ! 何故そこにっ!」

 見れば……瑠璃の声に驚いた瑠璃1がテストしていた腕や脚に動作信号を流してしまい……結果として、部品の中に居たS.Aikiは四方八方から殴れ、蹴られて、その場で……いつも通りに失神していた。

「御主人様っ! 御気を確かにっ! 瑠璃2っ! 包帯と布団の用意をっ!」

 機敏にドアから覗いた瑠璃2に的確(?)に指示し、S.Aikiを抱きかかえると瑠璃は瑠璃1に絶対零度のような視線を投げた。

「瑠璃1。今回の貴方の行為に対する罰則は御主人様が回復してから決めて貰います。……分解され、廃棄処分となってもいいように……荷物と記憶を整理しておきなさいっ!」

 荒々しい態度とは裏腹にパタンと行儀良くドアを閉めて立ち去る瑠璃に対して瑠璃1は閉めたドアに向かってべーと舌を出した。

「ふーんだ。私が分解されたら、御主人様の要望は実現できないもんね〜だ」

 ……しかし、心(記憶素子)の中に暗雲(最悪の結果の予測)が広がるのを否定できない。

「……取敢えず、記憶と新規アンドロイドの設計図とかは整理しておくか」

 瑠璃1は自分の心の不安を行動する事で忘れようとしていた。


38.静かに騒がしく笑え

 その日の夕方。

 ぐるぐる巻の包帯男と化したS.Aikiの前に神妙な面持ちの瑠璃3と投げやりな顔の瑠璃1。そしてS.Aikiの傍らに真剣な顔の瑠璃。もう一方の傍らには……何も考えてはいないが、取敢えず真剣な顔をしている瑠璃2が退屈そうに欠伸をしていた。

「……で? アナタ達が何をしでかしたのかは改めては問質しません。しかし、その事について何か申し開きしたい事象、若しくは理由、または根拠となる事柄について述べたければ、御主人様の裁定を伺う前に述べなさい」

 厳しく瑠璃が瑠璃3と瑠璃1に問い直した。

 何故にこういう事になったのか。簡単に説明すると……瑠璃1については前回のとおり、御主人様で在るS.Aikiを文字どおりにタコ殴りにした故。では、瑠璃3が何をしたのかというと……

「瑠璃3? アナタは」

「申し開きなぞ……ありません」

 神妙な面持ちのまま、項垂れる瑠璃3に代わって説明すると……単純に言って暴行罪。痴話喧嘩をしていたアベックを痴漢に襲われたのと勘違いして、男の方を撃退したのである。で、それを見ていた女性が悲鳴を上げ、付近を警戒していた警察官により、現行犯逮捕。……加えて言えば、昨夜の多数に渡る痴漢撃退により、表彰しようと捜していた所に嵌まった現行犯では警察としても如何ともしようがなく、行きすぎによる勇み足との情状酌量でS.Aikiにそのまま引き渡された……という所である。

「まぁ……そう悪いことをした訳では……ひっ」

 包帯の下から伺うような視線で瑠璃をなだめようとしたS.Aikiだったが……即座に気合いに気圧された。

「御主人様? そのように甘い事では、示しが付きませんっ! このような不祥事っ! それなりの裁定を御願い致しますっ!」

 厳しい表情と言葉の裏に更に抑えているであろう激しい感情を、何故か人間では無いアンドロイドの瑠璃に感じつつも、S.Aikiは自分の意志を通した。

「い、いやっ! 双方、咎めなしっ! 今後、其々の役目に精進せよっ!」

 ……気圧された分、言葉が時代劇のようになりながらも、言切ったS.Aikiに……瑠璃が泣きながら抱きついてきた。

「御主人様っ! 何故にそのように御優しいのですかっ! 私、瑠璃は御主人様にお仕え出来て幸せですっ!」

「ぐっげほっ……いいから離せっ! 頼むから離れろっ! 呼吸困難になる前にっ……ふぅ。……ひっ」

 S.Aikiがたじろいだのは、珍しく即座に離れた瑠璃の視線。何かを思い詰めたかのような……悲しさを彩った、深き思慮の色。

「……しかし、御主人様。いつもその様に御優しいのでは今後にも悪影響を及ぼしかねません。今暫く御考慮して、それ相当の処罰を……」

 物憂げとも表現できそうな瑠璃の瞳に吸込まれそうになりながらも、S.Aikiは自身の理性と戦っていた。

(いや、コイツは機械だ。アンドロイドだ。人間じゃないっ!)

 ……そんな事より考える事があるだろう?

(そ、そうだ。処罰。処罰を考えるんだったな……えーと)

 視線を瑠璃から無理矢理にずらし、他へと目を泳がせる。

 その視線の先に……いた瑠璃1が、にやりと笑った。


 ……翌日。紅葉原を歩くアンドロイド達が居た。

「何故に私の『処罰』が瑠璃1さんのお手伝いなんでしょうか?」

 不満げに歩く瑠璃3に何故かにこにこ顔の瑠璃1が応えた。

「ん〜〜〜? アンタのその顔が『処罰』だって物語っているわよ。護衛用アンドロイドが護衛をせずにアタシの手伝いをする。それが充分な処罰だってね」

 口に咥えたチタン製らしき細長いボルトを口端で揺らしながら悪戯っぽく笑う瑠璃1を不満げな顔で睨み返しながら、瑠璃3はおもむろに尋ねた。

「素朴な疑問なんですけど……瑠璃1さんの処罰は、処罰なんでしょうか?」

「ん? 何? どして? ちゃ〜んと罰として、アンタのコピーを造り上げる。それは今回以前の罰として命ぜられている以上、これはちゃ〜とした罰よ」

「私の妹達を完全体として造り上げる事がですか?」

「それだけじゃないでしょ? 瑠璃姉ぇのコピー……というか、低放熱改造体を完全な形で造り上げる為に事前に別の躯体を使ってテストする。しかも、それを1週間以内でよ? キツいと思わない?」

「はぁ……でも、もう一つ疑問が在るのですが……」

「何? はっきり言って」

「瑠璃1さんと瑠璃2さんは同じ身体ですよね?」

 確かに。瑠璃1と瑠璃2は同じゴチックドールである。

「そうよ。正確に言ったらバージョンは違うけどね。元々は同じモノよ。それが?」

「どうして、そこまで身長が違うんですか?」

「ん? 気の所為でしょ?」

 瑠璃1は素知らぬ振りを繕いながら軽く受流す。が、瑠璃3は更に言葉を繋げて問い直す。

「いいえ。頭一つは違ってますよ」

「頭1つ? 随分、具体的じゃない?」

「ええ。今、見比べてますから」

「はぁ?」

 思わず、瑠璃3を見た瑠璃1はその視線の先、つまりは今振向いた頭をそのまま180度、回転させて下を見ると……不機嫌そうな顔の瑠璃2が居た。

「ぅおっ。っと、アンタ、何でここに居るのさ?」

「……過去との決別」

「はぁ?」

 辺りを睨みながら、抑揚のない声で瑠璃2は呟くように応えた。

「この街への……不必要な記憶との決別をする為に来たの」

「……訳わからん」

 ふぅっと不可解な瑠璃2の言動を解析しようとして無限ループに陥り掛けたが故に上昇したCPU冷却水の温度と共に不用意に加圧された冷却水タンクの圧力を調圧バルブを解放する事で元に戻し、2度3度と頭を振る事で、冷却水の循環を促す。(もっとも、動かした所で効率は誤差程度しか良くはならないのだが)

「……ま、いいわ。で、その不必要な記憶って、何処に在るの?」

「現在、検索中……」

 極めてアンドロイド的な返事に眉を顰めて瑠璃1は真剣な顔できょろきょろと辺りを見渡す瑠璃2を凝視する。

(この子って……本当にアンドロイドなんだかね? 時々判らなくなるわ)

 その瑠璃1を瑠璃3は怪訝な顔で見ていた。

(やっぱり……身長が違う。昨日の記憶とも……数mmは違うようだし……成長している? そんな、アンドロイドが成長する訳ないし……)

 ふと、瑠璃3の視線を感じ振返った瑠璃1は振返り、瑠璃3に尋ねた。

「何をそんなに不可解な人間を見るような不思議な顔をしているの?」


 これはニフティのSFフォーラム内にあった「マッドSF噴飯高座」より派生した拙作です。


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