本編 21 〜増殖 7 〜
瑠璃が増え始めた……
36.帰還
「……ただいま、戻りました。……すみません御主人様ぁっ!」
帰って来るなり、S.Aikiに抱きついて謝罪する瑠璃3。その様子を吃驚した顔で見つめる瑠璃と瑠璃1。傍らで瑠璃2が羨ましそうな顔で見つめている中で瑠璃3は報告を開始した。
「周囲1〜2kmを索敵した結果、痴漢やストーカーと推定される不審者12名を発見。各個、遭遇接近と同時に殲滅致しましたが、先程の御主人様を攻撃したと思われる敵は発見出来ませんでしたぁ」
キツく抱きしめて泣きながら報告する瑠璃3の腕の中でS.Aikiは肋骨の軋む音に恐怖しながら(ついでに呼吸困難に陥りながら)瑠璃3に命令した。いや、懇願した。
「ぐ……げほっ。判った。判ったから、離せ。離せッ! 離してくれェっ!」
「いえッ! 私、瑠璃3はこの責任をとって解体処分を望みますッ! ならばせめてもう一時、御主人様の御側にっいっ……」
ぱきっん
軽い金属音は瑠璃が瑠璃3の頭部を軽く殴った故。
「御主人様はそんな事で解体処分なんてしないわよ。要らなくなったらどこか薄暗い場所でライフルで撃ち抜いて廃棄処分するかも知れないけど。その時は大人しく打抜かれなさいっ! ね? 御主人様?」
既に……頭部への衝撃でリセットしている(気絶している)瑠璃3を険しい視線で見下ろしながら、一転して、瑠璃は曇りの無い笑顔でS.Aikiに相槌を求めた。
「い、いや。そんな事は……少なくともライフルで撃抜くなんて事は(持って無いから)絶対にしないよ……ぐへっ!」
今度は瑠璃が抱きついて来た。
「御主人様ッ! なんて御優しいッ! 瑠璃は一生、この身体を構成する素粒子の寿命が果てるまでお仕え致しますッ!」
伸びている瑠璃3。S.Aikiに抱きついている瑠璃を羨ましそうに見つめる瑠璃2。その様子を呆れながら見つめる瑠璃1は自身の感情と戦っていた。
(い、否っ。羨ましく無い。羨ましくは無いッ! 決して抱きつくという状況が『羨ましい』という事は……私は『抱きつきたい』という行動選択は……)
「くっ……くそぉっ! 御主人様ッ!」
ぶるぶると震える身体の押えが弾け飛んだかのように突然、瑠璃1はS.Aikiに抱きついた。
「こ、この瑠璃1も瑠璃オリジナルから受継いだ記憶と能力を御主人様に捧げ、この存在が消滅するその時までお仕え致しますッ」
「瑠璃2もぉッ!」
続けざまに2体のアンドロイドに抱きつかれ……いや、それ以前に純粋な軍事用アンドロイドともいえる対テロ用アンドロイドである瑠璃に抱きつかれて既に呼吸困難になりかけていたS.Aikiは更なる拘束に呼吸を停止しかけた。
「リセット終了……再起動完了。あれ?」
きょろきょろと辺りを見渡す瑠璃3は瑠璃と瑠璃1と瑠璃2がS.Aikiに抱きついている状況を確認すると……羨ましそうに見ていた。
その頃、F.E.D.研究所では異変が起きていた。
「くっ。ばきゃろー。ただの偶然じゃないかぁっ! お嬢ちゃんッ! 氷、おかわりッ」
荒れているSNOW WHITEを呆れ顔でF.E.D.氏が諭した。
「何をそんなに荒れているんだ? ラピス、何か知っているのか?」
「さぁ? なんでも、予測不可能な事があったという事としか……」
グラス一杯のかき氷をSNOW WHITEに運ぶとLapis Lazuliは小声でF.E.D.氏に知っている情報を伝えた。
「不可能じゃない。アレはそういうアンドロイドだ。知っていたのに……知っていたのに、反応できなかった。いや、どうしてああいぅ反応を……くそっ!」
グラスのかき氷を煽ると、だんっと勢いよくテーブルに叩きつけ、再びLapis Lazuliに頼んだ。
「おかわりっ! おかわりだッ!」
F.E.D.氏とLapis Lazuliは顔を見合わせると、肩をひょいと上げて『やれやれ』と呆れた。
「どうして……ん?」
ふと、顔を上げてSNOW WHITEは暫く考え込んだ。
「どした?」
「かき氷のおかわりは洗面器か盥で持って来ましょうか?」
小首を傾げて尋ねるLapis Lazuliと疲れた顔で取敢えず尋ねたF.E.D.氏を無視してSNOw WHITEは絞り出したような声で呟いた。
「……そうか、アイツだ。アイツが仕組んだプログラムが……あのアンドロイドで発動したんだ。くそぉっ!」
それだけ言うと、SNOW WHITEは庭に飛び出して、天空の月に向かって叫ぶ……つもりだっが今宵は新月夜。二つの月は夕刻以前に地平に没して見えてはいない。だが、SNOW WHITEは叫んだ。叫ばずには居られなかった。
「くぉらぁ〜。爺ぃッ! 御前の悪巧みだろうッ! 手の込んだ悪戯をしやがってェ〜っ! 今度、逢ったらどうするかみてろよぉッ!」
その様子を庭に通じるドアに隠れるように見ていたF.E.D.氏とLapis Lazuliは小声で話し合った。
「……何の事でしょう?」
「さぁ? 何にしても近所迷惑だ。ラピス、軍曹を黙らせてくれ」
「了解しました。……ところでどのぐらいの時間にしましょうか?」
嬉々として腕まくりをしながらLapis Lazuliは確認した。
「……そうだな。取敢えず5時間以上でいいぞ」
F.E.D.氏は部屋の中のソファに向かいながら、適当に応えた。
「了解ッ!」
Lapis Lazuliが勢いよく外に飛出すと同時に一際の轟音がSNOW WHITEの悲鳴と共に響き、静寂が辺りを包んだ。
「……ふぅむ。ラピスの手際も鮮やかになったな。取敢えずコレで5時間は静かになる」
平穏な時の中でF.E.D.氏は束の間の安息を楽しんでいた。
37.依頼
「ふーん。良く瑠璃姉ぇ……いや、御主人様の許可が下りたわね」
訝る瑠璃1の前で瑠璃3は嬉々とした笑顔を隠さずに燥いで話を続けた。
「ええ! なんて心の広い御主人様なんでしょうかっ! 敵を逃した私をお許しになったばかりか私の部下の製造と配備を認めて下さるなんてっ! この瑠璃3は……」
延々と賛辞を述べる瑠璃3の言葉に瑠璃1は食傷気味の顔を隠さずに視線を空に投げた。
(認めるのは御主人様でも造るのはアタシなんだけどなぁ。それにしても……)
再び、視線を瑠璃3に戻して、ふと湧いた疑問をメモリーに記憶した。
(……なんで、この子はこんなに嬉しがるのかな? ま、後で選択ログを調べてみよぉっと。さて……)
「……で? 部下の製造にあたってのアナタの希望は?」
瑠璃1の言葉に瑠璃3は表情を凍らせて(感情表現を停止して)、無表情な人形らしい顔に戻ると、真面目な声で頼んだ。
「あの部品の中に……たぶん、私と同型の躯体が3体……いえ、完全体としての部品となれば……それでも少なくとも2体分はあるはずです。それを使って私の部下として製造して下さい」
(? 同じ場所で数体造られていた……。その記憶がある?)
疑問を言葉にはせずに瑠璃1はここ、製造部屋の半分以上を占めている様々なアンドロイドの部品の山を見つめた。
「……確かに、あなたと同型の部品は2、3体分は在ったわ。じゃ、それを使いましょ。他には?」
「出来ましたら……その、部下達は……」
何故か恥ずかしげな表情になり、瑠璃3は辺りを窺うと小さな声で瑠璃1に耳打ちした。が、言葉を聞いた瑠璃1は眉を顰めて大声で確認した。
「はぁ? グラマーにして欲しい? なんで? んぐむぅ」
「きゃあぁっ! そんな大きな声でっえっ!」
瑠璃1の声を掻き消そうとばかりにあたふたと腕を振るって、瑠璃1の口元を押え、背後のドアの方を恐る恐る窺う瑠璃3。その様子を瑠璃1は普段よりも一層、醒めた表情で考えていた。
(この子……。やっぱり変な記憶……人間でいう所の『トラウマ』に相当するような記憶があるな)
自分の口を押えている瑠璃3の手をずらすと瑠璃1は意地悪げな声で尋ねた。
「……御主人様ならまだ寝てるわよ。今日は休日だから……五体満足な時でも大抵は昼過ぎまでは寝てるわ。それに、昨夜もアレから遅くまで起きてたし……推測するに夕刻までは布団から出て来ないわよ。で、なんで?」
「なんでって……私、昨夜のあの幸せそうな顔を忘れる事ができません」
(は? 『幸せそうな顔』?)
疑問で顔を曇らせながら、昨夜の事を思い出す。
「瑠璃様を初めとして……お三方に抱きしめられた時の御主人様の顔。……あんな幸せそうな顔は……忘れる事が出来ませんっ!」
それは……瑠璃と瑠璃1と瑠璃2が抱きついた時のことだろう。
(……『苦しみのあまりに気絶寸前の脱力しかけた顔』だと思うんだけどなぁ)
がしがしと頭を掻きながら呆れ……かけたが、自分の感情表現回路が表情を変えて行く。
「……ほら、瑠璃1さんだってそんなに嬉しそうじゃないですか」
呆れるつもりの表情がいつの間にか照れ隠しの表情へと変り、そしてその変調を制御できない自分がここに居る。
「あ? あァ。いや、あれとこれは瑠璃姉ぇの記憶と行動選択に基づく結果であって不可抗力に近い……って、何でアンタに説明しなきゃならないのよっ! それにそれがなんでグラマーと結びつくのよっ」
悲しそうな顔になって瑠璃3は応えた。
「だって……私はグラマーではありませんから……。私が抱きついた時より、皆様が抱きついた時の方が嬉しそうなのは……たぶん御主人様の趣味の帰着である以上……せめて私の妹達には……妹達が抱きついた時には御主人様に嬉しそうな顔で居て欲しい……ですから」
「ちょっと待った」
片手で瑠璃3の言葉を遮って、瑠璃1は横を向いて暫く悩んでから、徐に尋ねた。
「……だったら、アンタがグラマーになったら? アタシ達はアンドロイドなんだから人間と違ってその辺のサイズとスタイルの変更は思いのままよ?」
瑠璃1の言葉に瑠璃3は少しだけ嬉しそうな顔を一瞬だけ顕したが、すぐに元の悲しげな顔になって応えた。
「私は……私はこの姿で造られて……その目的を果してはいませんから……目的を果すまでは……この姿でいたと思います。それに……この姿の方がX軸、Y軸、Z軸ともに慣性モーメントは小さく、戦闘能力という観点からはこのままの方が……」
「ん〜? んじゃ、なんでアンタの妹達……というか部下達はグラマーでいいのさ?」
瑠璃1の疑問に瑠璃3は思い詰めたような顔で応えた。
「望まぬ形で造られるよりは望まれる形で在った方が……それに攻撃は私が、妹達にはその時に御主人様の護衛と考えれば……」
瑠璃3は入口脇にある包み……それはS.Aikiが一昨日に持って来たモノ……を指差して言葉を続けた。
「御主人様が……会社から譲り受けたというあの防弾シリコンと流体シリコン素子で妹達のスタイルを形作れば……瑠璃さまと妹達2体でほぼ死角の無い防御が可能となります。理想的には6体以上で周囲を囲むのが一番と思いますが……」
「……そこまで増殖するコストとそのパフォーマンスを考えると3体で充分……そゆこと?」
自分が尋ねた問いと帰って来た応えにズレを感じながらも瑠璃1は追及をやめ、多分、共有しているであろう記憶を確認した。
「そうです。単純に総合的な防衛能力という点で有利ですから……」
護衛用アンドロイドというからには戦闘を前提とするのは判る。だが、何故に自分自身を攻撃専用とするのか? その疑問を再度、問掛けようかとも思ったが、瑠璃3の硬い表情から問うのをやめた。
「……ま、いいわ。判った。そういうスタイルで造るわ。他に希望は?」
呆れながら、卓袱台に頬杖をついて瑠璃1は問い投げた。
「特には。あ、出来ましたら1体は戦況把握。もう1体は迎撃専用として……」
瑠璃3の希望に瑠璃1は転けそうになった。
「迎撃ってぇ! さっき『防御専門』って言ってたじゃ無いッのっ!」
「ええ。迎撃は防御の基本ですから」
「はぁ? それだったら攻撃能力優先で防弾シリコンなん……て……」
罵声に真面目な声で返されてさらに罵声でとも思ったが、純粋な瑠璃3の瞳に対峙していると言葉尻がすぼまって行くだけだった。
(絶対、この子は何も考えて無い。……『トラウマ』なんて在り得ない。単純にその時々の事態で最善となる行動……言動をしているだけに違いないっ!)
考えれば……それは護衛用アンドロイドとしては極めて自然な思考回路かも知れないと即座に分析を終えて断定した瑠璃1はひくついた笑顔を隠さずに、それでも努めて冷静に応えた。
「……わかった。1体は流体シリコン素子を多めに詰めて。もう一体には……」
辺りを見渡して、部屋の壁に立てかけて在る奇妙な武器を見止めて応えた。
「……あの辺の近接戦闘用武器のマニュアルでも事前に入れておくわ。それでいい?」
「はいっ! ありがとうございます。それでは……」
晴れ晴れとした顔になって、勢いよく立上ると、瑠璃3は部屋を出て行こうとした。
「何処行くのさ?」
「取敢えず、する事がありませんので、周辺を索敵して来ますっ! ではっ」
瑠璃3は勢いよく、外に出るとあっという間に見えなくなった。
「……アンタの部下を造る私の手伝いをする。というのはあの子には思いつかない……よねぇ。はぁ……」
深く溜め息を吐くと瑠璃1は毒づいた。
「戦況処理に迎撃専用? そんなの完成してから打合わせりゃいいじゃないのっ! 造る前から造り方にそんな事を期待するなぁっ!」
瑠璃1の言葉に応えるモノは無く……もう一度深く溜め息を吐くと瑠璃1は部品の山に向かった。
「……私も部下が欲しひ」
これはニフティのSFフォーラム内にあった「マッドSF噴飯高座」より派生した拙作です。
宜しかったら、投票、感想など戴けると有り難いです。