本編 20 〜増殖 6 〜
瑠璃が増え始めた……
34.反撃するモノ
「待て、マテ、待てぇえぇぇいっ! 貴様ら、何をしている………ぶぉっ」
勢いよくドアを開け、中に押入ったSNOW WHITE。その顔には怒りと、焦燥とが混沌となって浮かんでいた。……のだが、今は両手に持っていた荷物を力なく床に落とし、そして……SNOW WHITEの言葉をつまらせた正拳が深々と突刺さっていた。
その正拳を繰出したのは……フレームが剥き出しのままのアンドロイド。後に『瑠璃3』と呼ばれるアンドロイドだった。そのアンドロイドの肘から先が異常に長い。そして……ゆっくりと縮み、一見して普通の長さ(それでも瑠璃1達に比べれば充分に長い)の腕に戻った。
「ふーん。肘から先が伸縮するんだ。動力は……なんだ、ただのコイルバネか。事前に縮めたのを解放するだけね……って、あれ? 何で反応したのかな?」
瑠璃1は不思議そうな面持ちで、瑠璃3の背中につけていた動作確認モニターを覗き込んだ。
……その前に、何故に玄関先でアンドロイドを組立てている?
「動いちゃいけないの? ちゃんと此処まで歩いて来たのに? 壊れてるの?」
瑠璃2も興味深げに覗き込む。
「ん〜。そういう意味じゃなくて……確かに立上げた途端に歩き出すの変なんだけど……んん? やっぱり、メインシステムはまだ起動中だなぁ……あれ? 挙動制御ユニットがオールグリーン……ふーん。論理回路がどうでも、反射回路は動くのか? いや……」
小さなボタンを色々と押して、瑠璃3の状態を確認する瑠璃1。その背後から頭部が変形したままの雪だるまが襲いかかった……
「無視するなぁつッっ……ぼげ」
語尾が変になったのは……未だ目を閉じたままの瑠璃3がドアの方を向いたまま、片腕の肘関節を不自然に回し(正確にいえば肘関節を逆に曲げたのではなく、肘上にある補助関節が動き、肘を逆に曲げたように見える動きだった)、雪だるまに裏拳を食らわした所為である。
「ふーん。言語処理とかより、反射反応……単純に攻撃を最優先にしたのか。……なんのため? まぁ、確かに関節は必要以上に自由度があるし……」
後ろで崩れ落ちる雪だるまを全く気にせずに、瑠璃1は瑠璃3の動作システムを解析している。
「変っているの?」
これまた、背後の状況を気にするはずもない瑠璃2が尋ねた。
「……う〜む。なんか歪なシステムなのよねぇ。戦闘能力だけ……しかも、先制攻撃というか突撃する事だけを前提に考えたシステム構築っぽいね」
背後で雪だるまが立上る。ふらふらになりながらも、その目に狂気を宿して。その手にチタン製らしい銀白色のハリセンをゆらりを構えながら……
「先制攻撃は先生こうげ……ぐぉっ」
ベタなギャグの語尾が再び乱れたのは……その頭上にハリセンが突刺さった所為。正面を向いたままの瑠璃3がこれまた不自然な股関節や膝関節の動きのままに爪先を背後の雪だるまの頭上に叩きつけ、その時、大上段に構えていたハリセンを雪だるまの脳天に突き刺したのである。
「ぐ……ま、まさか……幻の『爪先落し』を食らわされるとは……不覚」
ずさっと雪だるまは原形をとどめずにその場にシャーベットとなって崩れ去った。
「なるほどね……各関節の自由度を上げすぎて、挙動制御が立上らないと正常動作できないんで論理回路が動かないっていう設定なのか。んでも、何で此処まで挙動の自由度を上げたのかな? ……ま、戦闘能力は申し分なさそうだから、護衛にはぴったしでしょ。じゃ、これで……」
ぷちっと瑠璃1は瑠璃3の制御回路のスイッチを切って、瑠璃2に頼んだ。
「『この子』をあっちの作業部屋に戻すのを手伝って」
その瑠璃3は制御回路スイッチと連動した収束処理……単純に直立不動の姿勢に戻り、各関節を固定すると動力を切断した。
「うん。……んでも、この雪はどうするん?」
瑠璃3の足首を持ちながら、瑠璃2はシャーベットの固まりに視線を投げた。
「気にしなくていいわよ。そのうち無くなるから」
瑠璃1は気にもせず瑠璃3の両脇を抱え持ちながら、視線も投げずに言切った。
「そなの?」
「軍曹さんに常識は通用しないわ。ほら……」
瑠璃1が瑠璃2に目で後ろを見るように合図し、瑠璃2がその方向を見ると……シャーベットは何故か小さな蝶々になって、飛去ろうとしていた。
「うわぁ……綺麗ぇ」
瑠璃2の言葉にどんな形になったのかをちらりと確認した瑠璃1は思わず心(記憶素子)の中を呟いた(単語を音声化した)。
「……ふーん。そんなにショックだったとわね。そうなるのは……ん億年振り……ん?」
自分の発言に自分で疑問を持つ。
(億年? 人類ってそんなに前から存在して無いよね? じゃ、誰の記憶だ?)
誰かの記憶……そう思った事の根拠となるデータのアドレスを確認しようとは思ったが、今の自分にとってそれは大して意味のない事だと思い直す。
(……検索中止。それより……)
「御主人様が帰って来るまでにこの子をちゃんと仕上げないと。……手伝ってよね? 瑠璃2」
「はぁい。出来上ったら御主人様、誉めてくれるかなぁ?」
「当然! なでなでしてくれるわよ」
「わぁいっ! 頑張るっ!」
(この子のコントロールは簡単……と)
無気味にニヤリと笑う瑠璃1を無邪気な笑顔の瑠璃2が振返って尋ねた。
「御主人様に誉められるのは嬉しいよね?」
「うッ! う、うん」
反射的に反応した瑠璃1だったが、自分の中で自分の言葉に反応した回路が動き出し、顔の表情を変えて行く。
(う……。なんだ、この感じ)
戸惑う瑠璃1を瑠璃2が揶揄った。
「なぁんだ。瑠璃1ちゃんも嬉しいんだ?」
「なっ。いや、これは瑠璃姉ぇの記憶回路に因る反応であってだな……」
賑やかに会話する二人(?)のアンドロイドを天空の真昼の月達が見つめていた。
35.新たなる支出
「ただいまぁって……あれ?」
帰って来たS.Aikiを出迎えたのは……長身のバニーガール。どことなく表情が硬く、瞳に決意がこもっているような真摯な顔。高い身長の躯体に対しても異様に手足が長く、正座しているのが、なんとなく似合わない。そのアンドロイドが無意味にバニーガールの衣装を身にまとって、玄関先で三つ指をついて出迎えたのである。
「御初に御目にかかり恐悦至極で御座います。御主人様」
これまた容姿とは全く似合わない古風な言葉遣い……というか、『言上を奉る』といった方が正しい描写かも知れない挨拶をした。
「は? は、はいっ。恐悦至極とは至極にありがとうございます」
微妙に会話が成立してはいないのだが、そのアンドロイドはS.Aikiの返答を気にせずに自分の要望を続けて言った。
「願わくば、この試作品アンドロイドに所有者たる証として命名されたくお願い申し上げます」
深々と頭を下げるアンドロイド。その後ろで腕組みしてあきれ顔で立っている瑠璃1にS.Aikiの横で吃驚した顔で立っていた瑠璃が厳しい視線で説明を求めた。
「この……この子はどういうアンドロイドなの?」
「どう言うもこう言うも無いけど……どっかの研究所でLapis Lazuliタイプとして開発されたらしい……としか言いようがないんだけど。まぁ、戦闘能力は保証済みよ。ね? 瑠璃2」
「ん! だって、軍曹さんを寝ボケたままで撃退したんだよッ!」
「はぁ? そんな、銀河系がひっくり返っても在り得ない話……信じられないわ。……で、なんで、バニーガールスタイルなのっ?」
瑠璃の語尾が荒げたのは……何か嫌な記憶でもあるのだろうか?
「別に? 何の意味も無いわ。昨日、仕入れた衣装の中ではそれが一番この子の身体にフィットしたからよ。ついでにうさ耳にはこの子の躯体のオマケについて来たオプションパーツの超音波ドップラーレーダーを増設しておいたから、広範囲で敵の立体位置の把握が出来るわよ。プログラムは……記憶の中にあったプロトタイプのブルーレーザードップラールーチン。イヤリングじゃないから位置補正が必要だけど……替りに立体把握が簡単になったわ」
しれっとして応える瑠璃1。
「その範囲は? 応答速度と判別性能は?」
「発振器の性能を確認した限りでは応答速度は音波の速度……つまり、気温と湿度とかにも因るけど、音波発信がミリ秒単位で周波数移行方式らしいから……まぁ10ミリ秒程度でしょ?で、範囲とかは目視に因らなくても接近する対象を100m以内では95%以上。階上、階下の対象に対しては、そのフロアへの連結された開口部の大きさにも因るけど50%以上ぐらいかな。階上だったら対象の足音だけでもサーチ可能……らしいわよ」
瑠璃と瑠璃1の会話はその手の知識が無いS.Aikiにとっては呪文のようだった。理解できずに判ったフリをしながら頷くS.Aikiの視界に……無理矢理に瑠璃2が割込んで来た。無意味なまでに上機嫌な笑顔で。
「御主人様っ! この子の組立をねっ。瑠璃2も手伝ったんだよっ」
その笑顔の意味する所は……単純に誉めて欲しいのだろう。S.Aikiは笑顔を引きつらせながらも取敢えず瑠璃2の頭をポンポンと軽く叩いてから感情を込めずに誉めた。
「……えーと。偉いっ!」
S.Aikiの感情を気にもせず、瑠璃2はぴょんぴょんと部屋中を跳ねながら喜び回った。
「わーい。わーい。誉められたァっ!」
その姿を疲れた顔で眺めていたS.Aikiに瑠璃が冷たく言った。
「御主人様? 取合えず、護衛専用として造られたこの子に命名を……」
その視線の冷たさにたじろぐS.Aikiだったが、断る理由は何も無い。無いのだが……瑠璃と瑠璃1と瑠璃2に名付けた時の状況が思い出し、思わず脂汗が浮かぶ。
「じ、順番的には……る、瑠璃3になると思うのだが……どうだ?」
「ありがとうございますっ! この瑠璃3。私を構成する総ての原子の命に換えても御主人様をお守り致します」
ばきぃん……どさっ
無意味なまでに気合いが入っているアンドロイド……瑠璃3と名付けられたそれは瞬時にS.Aikiの直前で立上ると同時に意味不明な言葉と共に最敬礼をした。そして……その行為の当然の結果としてS.Aikiは音速を越えていたかも知れない速度の戦闘用アンドロイドのヘッドバットを食らい、入口のドア諸共、屋外へと叩き出されたのである。
「ごっ、御主人様っ! 誰だっ! 誰の攻撃だっ! おのれっえっ! 索敵し、遭遇と同時に瞬時に殲滅して来ますッ!」
勢いよく外へ飛出すと、居ないはずの敵を探す瑠璃3。
ちなみに誰の攻撃かというと御前の攻撃だ。瑠璃3。
「……で、申訳ないんだけど。御主人サマ? 聞える?」
今は瑠璃による過剰な手当てでぐるぐる巻の包帯男と化したS.Aikiに無表情なままの瑠璃1が尋ねた。
「ふぁい。聞えるよ……」
虚ろな瞳のままのS.Aikiが涙目で応える。
「昼間ね。大家さんが来て、コレを渡してくれって」
手渡された茶封筒に入っていたのは……賃貸契約書だった。
「あれ? 此処の部屋の契約更新は……まだ、先だよなぁ……ん?」
その契約書に書いてある部屋番は……今居るS.Aikiの部屋の両隣。更にはその下の部屋。つまり4部屋分だった。
「へ? 何で?」
「理由はこっちの封筒に認めてあるって言ってたけど……」
次に渡された白い封筒の中にあったのは……要約して述べるならば、S.Aikiの部屋が五月蝿過ぎて、左右の部屋の住民が出て行った。そして、今後の借手も騒音を理由に出て行くだろうから、原因者であるS.Aikiがその部屋を借りなさいっ! ……という命令というか横暴な理由に因る賃貸契約命令だった。
というか、誰も住んでいなかったんじゃないのか?
「そんなぁ……」
「で、確認しないで悪いんだけど。あっちの隣の部屋を組立工房にしたから」
「へ? あっち?」
「うん。で、そっちの部屋は……私達の待機場所でいいよね?」
「そっち?」
瑠璃1が指差し示す先。それは玄関脇のドア。……単純に隣の部屋へと続く扉が新たに造られていた。そして、恐る恐る振返ると……反対側の隣の部屋にへと繋がるドアが……玄関前の板張はそのまま廊下の如き様相となっている。
「つまり……既にリホームした? ……のだな?」
「うん。だって、大家さんと一緒に大工さん……この前、玄関のドアを直して、ついでに下の部屋との階段を作ってくれた大工さんが来ていたから。私が頼む前にささっと、ドアを作ってくれたわよ。あ、そうだ。あのドアはあんまり意味がないからさっき壊れた玄関のドアに付け替えよっと。その方がいいよね?」
「ふぁい……好きにしてくれェェぇぇぇぇッ!」
S.Aikiの叫びは瑠璃の感情を荒げさせるスイッチとなった。
「ちょっとッ! 瑠璃1ッ! 御主人様に一言も断りも無く、事態を変貌させるんじゃありませんッ!」
「なによっ! 変えたのは私じゃなくて大家さんよっ! それに護衛用アンドロイドを組立るように言ったのは瑠璃姉ぇじゃないっ!」
「それはそれとしても、新たな契約を御主人様の許可なく……」
瑠璃と瑠璃1の言い争いが続く中、S.Aikiは預金と支出の収支決算を始めていた。
これはニフティのSFフォーラム内にあった「マッドSF噴飯高座」より派生した拙作です。
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