本編 18 〜増殖 4 〜
瑠璃が増え始めた……
30.分裂
「ただいまぁ。瑠璃1っ! 喜んで。御主人様がね、アナタの交換用に……何これ?」
「う……くっ……ふぅ、重かった……へ?」
瑠璃とS.Aikiが部屋に見たモノは……部屋いっぱいの訳のわからない衣装となんだか判らない武器らしきモノ。そして……
「……これ、アンドロイドの部品?」
それらが部屋中に散乱しているのである。
「いや……あの……安い出物があったモノで……でもね。全部、Lapis Lazuliタイプのコピー品なんだ……よ。……たぶんね。プロトタイプのLapis Lazuli型アンドロイドを各メーカーが性能評価の為に……自社のテクニカル・テスト用とかに作ったヤツっぽいんだ……。でね……」
「瑠璃1。……その後ろに在る……大量の服と武器は?」
冷たい声で瑠璃が尋ねる。凄まじき気迫にS.Aikiも後退りした。
「いや……あの、だって私の服とかも買おうかなーって。だって……」
ちょっとだけ、間を置いて瑠璃1が叫んだ。
「私達、コピーだって、着替えたいんだもんっ!」
時が止まる。瑠璃と瑠璃1の睨み合い。S.Aikiにとって……瑠璃の素性とそのコピーである瑠璃1の睨み合いは竜虎の睨み合いに匹敵していた。
「あのー」
恐る恐るS.Aikiが割って入る。ギロリと睨む瑠璃。上目で助けを求めるように……それでも、邪魔だと言わんばかりに睨む瑠璃1。その気迫に引きつった笑いを装いながらたじろぐしかなかった。が、それでも、唾を呑み込みながらS.Aikiは声を出した。
「……その……服の中で蠢いているのは? 何でしょ……か?」
「え?」
瑠璃がS.Aikiが指差す方を見やると……確かに服の下で何かが蠢いている。
「……あれは?」
「え……あ、いや、あの……」
何故か焦る瑠璃1。その動きを冷たい視線で居抜きながら瑠璃は問質した。
「そう言えば……さっき『私達』って言ったわよね? 何故に複数形なの?」
「えーと。だから、それは……」
その応えは……服の下から突然現れた。
「にゃーんっ! 猫耳、発見っ! これで猫耳少女に早変わりっ……あれ?」
服の下から顕れたのは……もう一体のアンドロイド。アンドロイドとしてはベストセラーと言われたゴチック・ドールmark2。清楚でドレッシーな容姿で売れたアンドロイドに猫耳は……妙に似合っていた。
「瑠璃1。……あれは?」
その言葉に瑠璃1が応えるより早く、そのアンドロイドは意外な行動に出た。
「んにゃあぁぁん。御主人様ぁん。瑠璃2ですぅっ!」
服の山からダッシュしてS.Aikiに抱きついた。……が、小型アンドロイドといっても体重はヘタな大人よりも重い。その質量にかなりの速度で飛掛かられたS.Aikiは……案の定、後ろに転び、強かに後頭部を床に打ちつけて……やはり、御約束でいつものとおりに気絶した。
やがて、気絶から目覚めたS.Aikiの耳に飛込んで来たのは……瑠璃と瑠璃1の口喧嘩だった。
「何よっ! あの子はっ! どうしてそんな事をしたのっ!」
「だからっ! 私のデータのバックアップを取ろうとして、同じシリーズの機体も手に入れたからっ! それでバックアップしたのよっ! 流体シリコンメモリーも手に入ったから増設して、そして、データ整理用に最小限の動作ライブラリとOSの最少基幹部分もコピーしたら……人格……というか、アンドロイド格? を持っちゃって……ついでに自分を『瑠璃2』と判断してしまったのよっッ!」
「だからっ! どうしてあの機体に……」
どうやら、瑠璃は瑠璃1が何故にそういう行動をしたのかを問いたいらしいのだが、瑠璃1は事実として行った事を時系列に説明するだけ。
(データのバックアップって……瑠璃達が当然と思う行動なのだろうな)
S.Aikiは、まだ、ぼんやりとした意識の中で無根拠ながらそう思った。
(……結局は二人とも『機械』という事なのだろうな)
人間ならば、問い方を変え、応えを変えて歩み寄る事もできるのだろうが、二人はアンドロイド。いつまでたっても問いも応えも同じ内容だった。
「あー。そろそろ、二人とも止め……ん?」
S.Aikiは目を開けようとし……たが、目は開いていた。何やらぷよぷわしたものが視界を遮っている。それを除けようと手を伸ばすと、頭の上で妙な甲高い声が発生した。
「みゃーん。御主人様ったらぁ! 何処を触っているんですかぁん」
妙な声を発生させたのは……瑠璃2と名乗っていたゴチック・ドールmark2。つまり、S.Aikiはそのアンドロイドの膝枕で気絶していたのである。そして視界を遮っていたのは増設された流体シリコンメモリー。平たく言えば……人間で言う所の医学用語で「乳房」に相当する部位である。
「御主人様ぁ?」
「なんか、一人で勝手な事を……いたたた」
ギロリと睨む瑠璃とこれ幸いと便乗して話題を逸らそうとした瑠璃1とそれに気づいて、瑠璃1の耳をつねる瑠璃。
「御主人様。詳しい話は後で……瑠璃1っ! こっちに来なさい。一体全体、これだけのパーツを買っていいと何時、言いました? その行動根拠と選択基準を事細かく問質しますっ!」
瑠璃はそのまま、別室(階下の部屋)へと繋がる階段梯子の蓋を開け、瑠璃1を引きずり下ろすと、S.Aikiに……いや、S.Aikiにしがみつくアンドロイドに一瞥を投げた。
「アナタにも後で聞きたい事がありますっ!」
「ひ、ひゃいっ!」
S.Aikiとそのアンドロイドは声をハモらせて声にならない返事で応えた。
その様子をも睨みつけながら……ふと、悲しげな目の色に変った瑠璃は静かに蓋を閉じた。
「……ん〜む。で、一番古い記憶は?」
S.Aikiは階下の声に多少なりともびくつきながら、新しいアンドロイドの状況を確認していた。階下の言合いは既に数時間を過ぎている。何分にも手持ちぶさたで、暇ついでにS.Aikiは新しい(?)アンドロイドの解析を試みていた。
「ん〜みゃ。店で……梱包を解かれて……組立てられた時……」
耳の後ろのジャックから手持ちのノートPCにケーブルを繋ぎ、古い記憶ファイルのタイムスタンプとその内容を確認している。ゴチック・ドールmark2はスリープモードのまま。傍目には転寝をしているような様子でS.Aikiの質問に応えていた。
(しかし……どういうOSだぁ? 瑠璃達のは……)
ゴチック・ドールmark2のOSは扱った事がある。低機能ながらバクの無い汎用OSに多少、手を加えたモノ。少なくとも、以前に扱ったモノはその程度だった。
(……繋いだPCにファイルの種類は表示しても、開けない。内容は音声出力……しかも、本体から。……ファイルのコピーと削除は……機能設定ファイルとデータライブラリファイルの削除はできるようだけど、ログファイルのほとんどが削除不可。……まるで)
妙な高セキュリティ設定のサーバーの管理をしているような感覚に囚われる。
(……ログファイルにこんなに高いセキュリティをかけている!? ……そんなサーバーOSは無いよな)
大抵のサーバーOSが初期設定で高いセキュリティをかけるのは実行ファイルとデータライブラリファイル。ログファイルなぞ……
(……イベントログファイルは確かに蓄積する一方にしているOSも多いけど……一定期間以降は捨てているよなぁ)
厳重に保管したとしても、結局は捨てるだけのモノで在るはずだ。
(瑠璃達のOSって……かなり特殊なモノ……それしか言えないな)
瑠璃達のOS……少なくとも、今、目の前に在るアンドロイドを動かしているのはカーネルは瑠璃のOSのコピーである。そう判断せざるを得ない。そしてそのOSの極めて異質な特徴にS.Aikiは首を傾げる事しかできなかった。
(しかも……随時、整理してデータライブラリファイルに構築し直しているようだ……自己学習機能優先なのか?)
悩んでも答は出ない。S.AikiにはOSを扱う技能は在ってもOSを解析する技能は持ち合わせていなかった。
「御主人様ぁん……設定変更はすみましたかぁん?」
猫なで声……たぶん、猫耳モード用の言語設定なのだろう。一般用に戻そうとも思い、始めた作業だったが一般言語用のデータライブラリファイルは見当たらなかった。
「ああ。済んだ。暫くはそのままでいいよ。じゃ、ケーブルを抜くから……」
ジャックを引き抜くと、ゴチック・ドールmark2はそのままの姿で再起動を始めた。
「ハード状況確認。設定確認……猫耳ver2.362。行動ログ再読込……起動」
アンドロイドはゆっくりと起上がり、目をこすりながら起動し続けた。
「レンズ汚れ確認。除去……開始」
うるうると洗浄液を多めに出し、自分を見つめるその姿は……涙目の美少女そのものだった。……頭の猫耳を除けば。
「確認……確認。……御主人様ぁ……」
「な、な゛、なんだ?」
思わず後退りながら、問返す。
「私は……御主人様のモノでよろしいんですよね? 確認……所有者確認……」
「あ、あぁ。構わない……」
這い寄るアンドロイドは続けて確認した。
「名前は……私の記憶に在る……最初の名前の『瑠璃2』で宜しいですよね?」
確か、その名は瑠璃1に最初に付けた名。
(……そうか。瑠璃1のデータがそのまま……うをっ)
這い寄るアンドロイドはS.Aikiの上にのしかかり、首に手をかける。冷たいシリコン・ラバーの感触に首筋が引きつった。
「はいっ! アナタの名前は『瑠璃2』ですっ! 間違い在りませんっ!」
「よかったぁあっ!」
途端にそのアンドロイド、瑠璃2は笑顔に戻り、ついでに思いっきり抱きついて来た。
「私、ワタシねっ! また、名前を貰えないまま、どっかに運ばれるのかとッ! 心配だったのォっ! これから宜しくねッ! 御主人様ぁん! ……あれ?」
瑠璃2が気づいた時、S.Aikiは瑠璃2の抱擁に圧殺されかけて……正確には胸部をキツく抱きしめた為に呼吸困難となり、案の定、気絶していた。
「みゃあぁぁあん。また御主人様の電池が切れたぁあん」
……S.Aikiは人間である。アンドロイドでは無い。
31.不可能がもたらす不安と幸福
その日、何故か早く帰宅したH.Ider氏は夕食を終えると溜め息を深く吐いて、ごろりと横になり、後片づけをするうさをじっと見つめていた。
「……結局、無理だよなぁ」
その呟きにうさは食器を洗う手を休め、H.Ider氏の方を見て小首を傾げて問い直した。
「何ですか? なんでも行って下さい。料理不可能なモノでしたら諦めますが、出来うる限り……」
うさは料理の事だと思っている。その応えにH.Ider氏は思わず鼻白らんだ。
「ああ。そうじゃない。私が担当していた……いや、少しだけ関係していたプロジェクトが中止になったんだ」
「そうですか……。でも何が『不可能』なんですか?」
H.Ider氏はちょっとだけ深く息を吸込んで、ゆっくりと話し出した。
「Lapis Lazuliのコピーを造り、さらに高性能なアンドロイドを造る……それは不可能だと判ったんだ」
「えっ!?」
驚くうさ。自分自身がLapis Lazuliのコピーであり、そして造られたモノだ。何故、それが不可能なのだろう? 不可能ならば自分自身の存在は?
「あ、いや。うさのことじゃない。Lapis Lazuliがあの対テロコンペの大会でアレだけの活躍を見せた。ならば、同程度の機能を持ったアンドロイドは造れるはずだと……ウチの会社だけじゃなくて、他の会社もシノギを削って開発したのさ。でも……造れない。部品とか……まぁ、ハード性能ならば似たようなレベルに造れるけど……動作がね。それと学習、判断能力だな。これはやっぱりOSに因る所が大きい。で、まぁ……ウチは手を引く事になったのさ。低機能でも低価格でアルファ・T2が販売される事が判っている以上、商売としては開発研究費はそんなには掛けられないからね」
H.Iderの応えに少しだけ安心した。が……うさは別な悲しみが自分の中に湧いて来るのを感じていた。
「どうして……どうして、私を調べなかったのですか? 御主人様の……研究室で私を、……私を分解して調べられたらすぐに……」
震えるうさの手を押えてH.Ider氏は優しく言った。
「そんな事はしない。……まぁ、正直に言ってそういう事も考えなかった訳じゃない。でも、君の、Lapis LazuliのOSならばカイ・ロボット社から手に入れた。まぁ、市販用Lapis Lazuli型アンドロイドのモノだけどね。ウチもカイ系列パートナーの一つだから上のごり押しで、後で元の……F.E.D.研究所製のも手に入れた。でも……」
「でも……?」
問い続けるうさの目には涙……レンズ洗浄液が浮かんでいる。その感情表現に心の中で改めて驚きながらH.Ider氏は言葉を続けた。
「……解析不可能。……というか、原理は簡単なんだ。行動ログを自ら解析し、次の行動の優先順位を決定する。それを繰返す。それだけ。……でも、それをどういうタイミングで組込むか、どの時点で解析するか、また、解析結果をどのように判定するか……まぁ、そういうことのバランスが問題でね。結局は新たに別のOSを造り出すのは難しい……と判断するしかなかった。そこへ、低価格・低機能アンドロイドの登場だ。Lapis Lazuli型アンドロイド……つまり、高性能、高価格が市場のニーズとしてどれだけ幅があるモノか。さらには新製品が自分のイメージをどれだけ浸透させる事ができるか。……まぁ、そんなところで開発研究は中止。私ももう直に別の方へ配転……でも、基礎研究は別の所に生かせるさ。宇宙衛星修復ロボットとかね……また、低軌道コロニー開発計画も動き……ぅを」
H.Ider氏が驚いたのはうさが抱きついて来たから。抱きつきながらもうさは不安を感じていた。そして、その不安を口にせずには居られなかった。
「もし……もし必要でしたら……いつでも私を分解して……お役に……」
ぽんと頭を叩いてH.Ider氏はうさの言葉を止め、即座に否定した。
「そんな事はしない。もしLapis Lazuli型アンドロイドが必要だったら、もう直に市販されるモノが何時でも幾らでも手に入る。高いけど、開発して造るよりは遥かに安い。それに……さっきも言ったけど、君の……うさと同じハードとOSは手に入れて在るんだ。研究室じゃ巧くは動かなかったけどね。まぁ、F.E.D.研究所でないと巧く調整できないOSなのかも知れないし、その隠された部分に特許を取得しているのかも知れない。何れにしても開発は中止、それでこの話は御終い。判った?」
うさは笑いながら……いや、笑顔を作ろうとしながらも涙が止まらなかった。
「判りました。……それでは……」
俯くうさにH.Ider氏は戸惑った。
「……それで、明日の朝御飯は何が宜しいでしょうかァっ!」
努めて笑顔で明るく聞くうさにちょっとだけ吃驚し、そして微笑を浮かべてからH.Ider氏は、ワザと難しい顔を作り悩み始めた。
「そうだなぁ……たまには洋食……いや、中華風もいいなぁ。あ、でも皮蛋は朝からじゃ重いし……」
「ん〜。では、無国籍風で御作り致します。基本は……和風でよろしいですか?」
「ん。つまりは御飯と味噌汁という事ね。味噌汁の具は?」
「それは明日のお楽しみという事で……では、まだ片づけがありますので……」
にっこりと微笑み、台所に向かううさの姿をH.Ider氏は眩しげに見つめていた。そして、その視線をうさは隠しきれない……いや、消去しきれない、ほんの少しだけの不安をあるモノで受止めていた。それは言葉にはし難いほどの大きな喜びだった。
これはニフティのSFフォーラム内にあった「マッドSF噴飯高座」より派生した拙作です。
宜しかったら、投票、感想など戴けると有り難いです。