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本編 17 〜増殖 3 〜

 瑠璃が増え始めた……

28.自己確認

 部屋に戻った瑠璃1は、そそくさと道具箱を取出し、自分の左腕の肘関節から腕を外し始めた。

「……ん……んしょ……く……外れた。……で……ん……んっ!」

 外した左肘に買って来たパーツを取りつける。

「……ん……む……あ……でも……ついた」

 流石にサイズが合わずに、半分だけを接合する事ができただけ。データコネクタも動力コネクタも合わずに動かす事もできなかったが、それでも瑠璃1は満足げにその動かない腕を見つめた。

「コレよ……この腕……コレこそが本当の私の腕……」

 うっとりとした顔で腕を見つめ……ほろりと涙がこぼれた。

「いつか……私も……『瑠璃』である以上はこの腕……いえ。完全な対テロ用アンドロイドのフレームで……量産型でもいい。Lapis Lazuli型のフレームで……」

 それは自己認識を無矛盾とする為の必要不可欠な儀式だったのかも知れない。

 瑠璃1は涙を拭うと、取り付けた腕を外し、箱の中に大事に仕舞った。

「さて……と、腕だけじゃ如何しようもないわね。暫くは……低出力型のシステムでも考えて……いや、放熱器を増設した方がいいかな? でもそれだと……仕方ないか。最初は部品交換型の汎用機を作って、それから……」

 すっきりとした顔で紙にラフスケッチを描き続ける瑠璃1を天空から人形のような少女が見つめていた。静かに……微笑みながら。


 その夕刻。一緒に帰って来たS.Aikiと瑠璃を笑顔の瑠璃1が出迎えた。

「おかえり。夕食作っておいたよ」

 S.Aikiと瑠璃は顔を見合わせ……納得しないS.Aikiと得心したような瑠璃は瑠璃1に言われるままに席についた。

「ほい。瑠璃姉ぇ。冷却水の補充」

「姉ぇ?」

 瑠璃1の言葉に反応したのはS.Aikiだった。

「ん? 同じOSとデータで動いていて、先にできた機体なんだから、姉妹でいったら姉でしょうに。違う?」

「いや。合ってます」

 そうか? S.Aikiの常識が欠落しかけている……のは、これまでの出来事からすれば仕方ない事なのかもしれない……のだろうか?

「ん。じゃ、問題なし。で御主人様の夕食はコレね」

 差出されたのは……彩り鮮やかなパテ。添えたクラッカーは細長く……ちょっと変った香りを漂わせていた。

「で、スープはコレ。サラダは……」

 何やら物凄く野趣味に溢れ過ぎた料理が並んでいる。

「えーと。確認するが……これは?」

「シロゾウリムシとハガクレナナフシとハナモドキオオアリマキのパテとフタアシムカデの唐揚。シブタデの葉と根のスープとオオシブタデの若葉のサラダ。問題ないでしょ?」

「あるっ! 大いに在るっ。在り過ぎて問題な程に在るッ!」

 口角泡を飛ばさんばかりにいきり立つS.Aikiを冷やかに横目で見ながら、瑠璃1は尋ね返した。

「何が? 野戦料理としては上等な方だよ?」

「いいか? オレは兵士ではなくっ、ココは戦場でもないっ! 普通のアパート。この国の戦争なんぞ数十年前の敗戦で終わりだっ! それにオレは兵士でもゲリラでもなく普通のサラリーマンだっ!」

「首になりかけたサラリーマンだよね?」

「う゛……それはそうだが……いやっ。それはそうだとしてもこの料理とは何の関係も無いっ!」

「でも、対テロ用アンドロイド展覧会に来たよね」

 それは事実。そこで彼女達のプロトタイプであるLapis Lazuliと出会っている。

「そ、そうだが……それがなんの関係が?」

「で、テロリストとの戦闘に関係したよね?」

 それも事実。但し、一方的に狂乱の雪だるまことSNOW WHITE氏にテロリスト諸共、吹飛ばされただけであるが。

「そ、そうだ。それが……」

「で、私達、対テロ用アンドロイドのモニターに選ばれて、しかも好みを注文したよね?」

 それも事実。但し、S.Aiki本人は泥酔していて記憶には無い。

「そ、そうかも……まぁ……事実です」

 背後に瑠璃の視線を感じ、冷汗と共に渋々認めたS.Aikiに瑠璃1が止どめを刺した。

「つまり、対テロ用アンドロイドにメイドとしての機能を要求したことは認めるよね? だったら対テロ用アンドロイドが野戦用の料理を造るのは極めて自然かつ当然。判ったら……」

 がしっとS.Aikiの頭を掴み、皿に引寄せる瑠璃1。愛玩用アンドロイドだとしても、フレームは金属製。機械である以上、出力は常人の域を越えている。抗う術もなくS.Aikiの顔は皿の横に固定された。

「さっさと平らげんかァっ!」

「ぐもぶべぼっ……ぐべっ」

 無理矢理開けられた口に放り込まれる野戦料理を呼吸する為だけに飲込んでいくS.Aikiであった。

「(誰だぁ〜。こんなプログラムをしたのは〜。一生、恨んでやる〜)」

 声にならない叫びを天空の月だけが見つめていた。


 その頃、瑠璃と同じくLapis Lazuliのコピーであるうさはいそいそとテーブルに料理を並べていた。

「はいっ。白菜スープで鯵の和風しゃぶしゃぶです。御口に合いますかどうか」

「ん。んッ! んまいッ! いゃあ、うさちゃんは本当に料理が巧いなぁ」

「いえぇ。単にデータライブラリから引っ張り出しているだけですから」

 程よく暖まり、白菜の味をまとった鯵の切り身を薄めにポン酢をきかせた鰹出汁につけ、口に運びながらH.Ider氏はうさのデータベースに思いを馳せた。

「(そうはいっても……今日まで一度も同じ料理は無い。材料を買い込んで居る訳でもなく、上手に使い、無駄が無い……)」

 それは食材の購入費と週に数度、自分で出す生ゴミの量で判る。うさが来てからは、購入費は安くなり、ゴミは半減……いや数分の一にもなっている。

「(……それで毎回、こんなにも美味い)」

 H.Ider氏はただただにうさのデータベースを構築した人間を尊敬した。いや、同じ技術者として畏敬の念を抱かずにいられなかった。

「(……そんな事ができるのならば……人間とは思えん)」

 H.Ider氏が胸に抱く思いを他所にうさは明日の朝食と夕食をどう造ろうかを考えていた。微笑みを浮かべながら。


 その夜……H.Ider氏が畏敬の念を抱いた二人は……

 F.E.D.研究所でも、やはり美味しそうな薫りが部屋中に漂わせていた。

「マスター。サフランライスのハッシュドビーフ&ホワイト・ソースがけです。ハッシュドビーフには隠し味として鰹出汁を使って見ました。どうですか?」

 Lapis Lazuliが作った料理を美味しそうに頬張るF.E.D.氏。その横で薀蓄を講釈する雪だるま、SNOW WHITE。

「どうだ? お嬢ちゃんの料理レシピに和洋中の総てを叩き込んだ上に、それらの複合料理を捜索するルーチンを組込んで見た。無論、実際に造る前に、出来上りの味を推定し、補正する機能もある。どうだ? ん? んぎゅむっ」

 講釈するSNOW WHITEの顔面にスリッパキックをめり込ませてからF.E.D.氏はLapis Lazuliに厳かに命じた。

「ラピス……おかわり」

「はいっ」

 嬉しそうに空の皿を受取り、いそいそと台所に向かうLapis Lazuliの後姿を見ながらF.E.D.氏は思った。

「(予想以上に学習、応用能力が在る。これならば、コピー達も問題在るまい。……ん?)……えーと」

「どうした? 旦那。持病の政治家モノマネ病でも……ぐべっ」

 ボケているのか突っ込んでいるのかわからないSNOW WHITEに取敢えず裏拳をお見舞いしてから尋ねた。

「軍曹。コピー達全員に調理機能……データライブラリは渡したよな?」

「ぐぼっ……っと。んー。そうだが? それが?」

「和洋中の料理データも渡したよな?」

「渡したぞ。コピー全員が揃ってココを出る前にフロッピーディスクに入れた圧縮データをきっちり渡したぞ」

「じゃ。アレはなんだ?」

 F.E.D.氏がスプーンで指したのは入口横の棚の上。そこに何やらフロッピーが転がっている。

「ん……どれどれ。……あれ?」

「どうした? 軍曹。それはなんだ?」

「……No.24用料理データ。……そうか。あの一体だけ先に出ていったんだっけ」

「つまり、渡し忘れたという事だな?」

 背後に凄まじき殺気を感じながらも努めて明るくSNOW WHITEは応えた。

「いや〜。河童の質流れ。猿のキノコ取り。上手投げより下手投げというでは無いか。ちょっとした……ぎゃあーーーーー」

「そんな諺は無いわぁっ!」

 背後から抱え込み、そのまま飛上り背後に投げる。ジャンピング・バックドロップを決めるF.E.D.氏であった。

 ぐべしゃ

 頭部を床で砕き散らし、胴体だけとなったSNOW WHITEにF.E.D.氏は言放った。

「いいか? やっと、繁雑なコピー造りを終えたんだ。まったく、変な奴等のノゾキが終ったと思ったらメーカーに渡したOSが向うの製造サンプルでは動かないというわ。その微調整に徹夜は続いたわ。……もう沢山だぞッ! さっさとソイツを所定の該当者にさっさと渡してこいッ!」

「……断る」

 ころりと転がった胴体の下から何の脈絡もなく復活している頭部をピンポン球のような手で具合を確かめるように2度3度と左右に回しながら、雪だるまは応えた。

「なんだとぉっ?」

「旦那。そう怒るな。コレは確かに相手に送る。だが、出向くまでもない。明日にでも郵送しておく。それでいいだろう?」

 何故か冷静に応えるSNOW WHITE。その様子を静かに睨んでいたF.E.D.氏は椅子に座り直すと、Lapis Lazuliが持って来た料理のおかわりを平らげながら、ぼそっと一言だけ付け加えた。

「……渡し忘れたデータが他にも在るのならばまとめて小包で送るんだな」

 ぎくぅっ

 雪だるまは凍結したかのように静止してしまった。

「ラピス。なかなか美味だった。次も期待している」

「はいっ。ありがとうございますっ」

 二人の戦いを日常茶飯事として処理しているLapis Lazuliにとって重要なのは自分が作った料理の出来だけだった。


29.特売品?

「さて、と……」

 紅葉原から帰って来た瑠璃1はどんよりとした眼で卓袱台の上に買って来た部品を並べ始めた。剥き出しのフレームパーツながら、ほぼ一体分の部品。重さで卓袱台の足が軋む。

「おっと……下でいいか」

 床に幾つか部品を下ろし、改めて部品を並べ数える。

「えーと、コレで足りないのは……頭部ユニットに……仕方ない。まだまだ先だなぁ……全身交換は。……ふぅ」

 溜め息をついて部品を仕舞う。自身の頭部ユニットとLapis Lazuli市販品とは接合する事ができない。サイズが違いすぎるのだ。

「せめて接合部分が関節じゃなければなぁ……首だから動かない訳にはいかないし」

 無理矢理に繋げない事はない。だが、それでは正面を向いたままで極めて不自然な動きしか出来ない。

「アンドロイドとしては人間に近い動きが出来ないと……また、違和感を感じるだろうし……それにしても」

 片づけながらも部品の寸法を自分の腕と比べる。

「Lapis Lazuli市販品#3……このタイプがそんなに不評とはね」

 紅葉原の店の話だとLapis Lazuli市販品は全部で4タイプ。

 #1がLapis Lazuliより背の低い、少女タイプ。#2がLapis Lazuliと同型。#3はLapis Lazuliよりは背の高い中背、20代前半タイプ。#4が……

「もっとも……瑠璃姉ぇの長身タイプは製造されたかも判らないほどに不評だとは……ふぅ。交換パーツの入手に苦労しそう。……ま、いざとなったら……」

 玄関先に放り投げ置いた包みに目をやる。それは家庭用旋盤。それに使う刃をポケットから取出し、チタン合金加工用のナンバーを再確認しながも、その作業を思い、溜め息をつく。

「……チタンインゴットから削り出しかァ。性能は上がるけど……」

 紅葉原の外れに在る金属素材卸の店で確認した価格を思い出す。

「……高くつくなぁ。まぁ最少取引が100kg単位だから仕方ないか」

 その時、ポケットの中で何かが鳴った。

「ん? あぁ。今日、オマケで貰った携帯電話か……もしもし?」

「おぅ。お嬢ちゃんか? また、部品が手に入ったぜェ」

 相手はパーツショップから。例のパンクスタイルの店員である。

「……今日、買ったばっかりじゃない。そんなに本物がポンポン入る訳が……」

「それがな。街の外れに制服ショップが在るのを知ってるだろ?」

 確かその店は金属素材卸の店の斜向かい。ちゃんとした制服から怪しげなコスチュームまで売っているマニアックな店のはず。

「その店が業種替え。ま、早い話が閉店セールさ。それでな……」

「なによ。もったいつけないで言いなさいよ。服なら買わないわよ。ちょっとした店が開けるぐらいワークローブは在るんだから」

 瑠璃1のオリジナルである瑠璃の服は階下の別部屋が埋まるぐらいに在る。それは事実だが、瑠璃1が着れる服は少ない。サイズが合わないのだ。

(……そういや、ワタシの服も少しは欲しいよね……ん?)

 静寂な電話の向うで店員がゆっくりと息を吸うのが判る。瑠璃1はちょっとだけ携帯電話を耳から離して相手の声を待った。

「Lapis Lazuli型アンドロイド#1から#4タイプ、それぞれ完全体1体、棚卸し、捨て値セールだぁァぁぁぁぁっ!」

「何ですってぇェェェェえぇぇぇっ!」

 瑠璃1の返事は相手の大声を数十デシベルは上回っていた。

 キーンとなる耳を押えながら、店員は言葉を続けた。

「店のディスプレイ用に仕入れたのがそれぞれ一体。あ、悪いがOSは無い。オプションパーツも殆どない。ついでに……」

「ついでに何よっ! 早く言いなさいッ!」

 相手の言葉を急かす瑠璃1。だが、返事は瑠璃1の予想を上回っていた。

「……中身も無い」

「…………はぁ?」

 先程の気合いを何処かへ吹飛ばすほどの腑抜けた相手の応えに瑠璃1の思考回路もフリーズした。

「いや。なに、何分にもディスプレイ用だからなぁ。中身、つまりは動力用のモーターとか各種センサーとかは要らないってことで安く仕入れたんだとさ。だが、オーナーの意向で旧式軍事品のショップに衣替え。それで要らなくなったんで何処か高〜く引き取ってくれる所を捜してオレのところにお鉢が回って来たという訳さ。……どした?」

「あ……いえ。……旧式軍事品用品店ねぇ」

 そのオーナーはLapis Lazuli型アンドロイドを……いや、その名の元でもあるプロトタイプのLapis Lazuliそのものが対テロ用アンドロイドだという事を知らないのだろうか?

(軍事品といってもいい部類のアンドロイドなのに……????)

 しかも、ヘタな軍事用ロボットに余裕で勝てるのは確実。瑠璃1の思考はそこで引っかかっては何度も惚けてしまっていた。

(……中身が無いから? でもディスプレイとしては申し分ないだろうに……)

 だが、今するべき事は相手の行動根拠の断定では無い。

「……わかった。買うわよ。ただし……」

「本物だったらな? ぎゃはっはははは。ニセモンだったらおまけに特製チタン合金製三節棍を始めとするレアでマニアックな武器に倉庫に転がってた正体不明なアンドロイドもつけてやる……ん? うるせぇ! どうせ仕入れ値なんぞ知れてるだろ? 訳のわからんアンドロイドとか新装開店に仕入れた変な販促品も捌いてやろってんだ……」

 電話の向うで何やら口喧嘩が始まっている。

「……聞えてるわよ。内輪もめなら後にして。それじゃ今から行くから」

「おぅ。……だから、何でオマエの店の後始末にオレの店の商品を出さなきゃならねぇんだ? さっさと宣伝を兼ねてだな……」

 こっちの話を聞かずに恐らくはその閉店する店の関係者と口喧嘩を続ける相手に付合い切れずに瑠璃1は電話を切った。そして深いため息をついた。

「……偽物に決まってるじゃない。Lapis Lazuli型アンドロイドはフレームと関節自体が動力機構なんだから。ま、それでも付合いで買っとかないとね。次の本物の為に……」

 身仕度をした瑠璃1は出がけに玄関脇に置いた旋盤にちらりと目を置いた。

「……ま、削る手間は省けたってとこかな。どっちにしても……」

 ぱんと両手を合せる。

「買い叩くわよ〜。ついでに要らなくなった服とか、いざという時の武器も買い叩きってあげるわよ〜」

 勢いよくドアを閉める瑠璃1の両眼は獲物を狙う鷹の如く輝いていた。


 これはニフティのSFフォーラム内にあった「マッドSF噴飯高座」より派生した拙作です。


 すみませんが、次の更新は月曜日になる予定です。


 宜しかったら、投票、感想など戴けると有り難いです。

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