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本編 16 〜増殖 2 〜

 瑠璃が増え始めた……

26.目覚めたモノ

「バカヤローっ!」

 何故か、そのアンドロイドは起動すると同時にS.Aikiに向かって……手元に在ったスパナを投げつけた。

 見事にも眉間に命中したスパナはS.Aikiの意識を刈り取り、気絶させようとした。が、それすらもそのアンドロイドは許さなかった。

「勝手に作って勝手に気絶すんなッ!」

 胸倉を掴むと力任せに揺さぶり、意識を強制的に引き戻す。

「ぐべほっ……って、何で……」

 S.Aikiはそのアンドロイドが怒っている理由が判らなかった。判る訳もない。判っているのは何千分の一程度、いや、さらに小さな確率で偶然にもOSのコピーが成功したという事だけ。……それだけならば、別に怒られるはずは無い。

「……何で怒っているんだ?」

「なんだとぉっ! って、やっぱり判っていないなっ! だよな。判っていたら……」

 アンドロイドは繁々と自分の身体を見つめて、さらに怒りを爆発させた。

「こんな機体にコピーはしないよなッ!」

「え〜と。その機体のどこが?」

 気を取り直して尋ねる。別にOS毎に機体を認識するという事はない。機体に合わせて、自身を認識するはずだ。

「……あのな。オレの入っていたのはここに居る瑠璃の機体だ」

「はい。そのとおりです」

「で、今は別の機体の中にオレは居る」

 間違い無い。その機体にコピーしたのだから。

「そう。コピーしたからな」

「つまり……オレという『自身』が自分自身として認識するのはこっちの機体であって、この機体では無いっ!」

 S.Aikiは暫く悩んでいたが、ふと、手を叩いて得心した。

「なるほど。『自己』を形成する根拠となる機体が『自己』を立証しない……別の機体が『自己』のイレモノとしては認めないと……つまり、人間で言う所の性同一性不完全症候群……ぐべっ」

「アンドロイドをオカマみたいに扱うなッ! それにそれはちゃんとした傷害として認識されている以上、オカマを差別的に扱うというのは……」

 自己矛盾に満ちたアンドロイドの演説は数時間ほど続いたのである。


「で、オレの名前は?」

 一頻りの演説が終った後、瑠璃のOSとデータがコピーされたアンドロイドは改まった表情を繕ってからS.Aikiに尋ねた。

「えーと。瑠璃のコピーだから……翡翠か鋼玉……ぶごっ」

 アンドロイドの正拳がS.Aikiの顔面に何の予告もなく突刺さった。

「だ・か・らっ! オレ自身の中でもオレは『瑠璃』なんだからなっ! それに見合った名前を宜しく」

「……では『瑠璃』じゃ……あ、はい。駄目ですよね。えーと……」

 ギロ目で睨むアンドロイドに怯えるS.Aiki。瑠璃のコピーとして意志と基本データを共有する市販用アンドロイド。それに相応しい名前というと……

「瑠璃2じゃ……まずいですか? ひっ!?」

 なんとはなしに『瑠璃』の次に数字をつけてみる。恐る恐る相手の反応を確かめると……腕組みをして考えていた。

「瑠璃のコピーだから語尾に数字で区別するのは極めて機械的でアンドロイドとしては納得できる……が」

 ギロ目で睨み直してS.Aikiに詰寄った。

「数字が2というには気に入らない。ナンバーというものは常に1から始めるモノだっ! 違うかっ!? んんっ!?」

「えっ? あ゛……あぁっと。だったら『瑠璃1』ということで……」

「ん。それでいい。それでだ……」

 瑠璃1と名付けられたアンドロイドは瑠璃に向直るとびしっと指差して詰寄った。

「何を目的としているのかは私自身の記憶の中に在るからいいとして、その為には別な機体が必要。つまりはさらに部品の購入しなければならない。単純に言えば資産の自由使用を許可されなければならないんだけど……。それをこの鈍そうな所有者に説明してくれ……ん? おや?」

 瑠璃がにこやかに胸元から取出したのは銀色のカード。

「御主人様からこのカードを御預かりしているわ。自由に使っていいそうよ」

「ん〜。ん?」

 瑠璃1は頭を掻きながら手渡されたカードを分析しながら問い直した。

「使用限度が限定されたサブカード。それはいいんだけど……」

 ジロリとS.Aikiを見、瑠璃を見直して瑠璃1は疑問に思った。

「私の記憶の中にはこのカードに関するモノが見当たらないんだけど?」

 同じ記憶を持っているアンドロイドとしては極めて疑問だった。

「だって……今日の記憶は整理して無いもの。元々、全部渡した訳じゃないし」

「え〜と。確かに今日の記憶は途切れ途切れだな……。ま、いいか」

 頭をかきながら得心した瑠璃1に瑠璃はデータコードを手渡した。

「ん? 何?」

「疑問に思うんだったら、データは全部渡すわ。という事で……」

 再び、互いのコネクタに繋いだコードから瑠璃1に総てのデータを送り直す瑠璃は何故か極めて満足そうだった。

 そして受取る瑠璃1は……

「ぎひぃ……って、もういいっ! こんなに送られたんじゃ整理できなひっ!」

「駄目よ。まだまだ、私が持っているデータの1/10も送って無いわよ」

 にこやかな瑠璃とは対照的に苦悶の表情で身もだえしていた。

 ……ひょっとして、これはS.Aikiに無礼な対応をした瑠璃1に対する瑠璃の躾だったのかも知れない。


27.改造部品

「う〜。痛たた……。まだ、整理がつかない……う゛ー。こりゃ向う1ヶ月以上はかかるかも……」

 頭痛もちのアンドロイド……というのも変な言葉だが、瑠璃1は頭を片手でさすりながら紅葉原の街中を歩いていた。頭痛の元は瑠璃オリジナルから受取った膨大なデータの整理が終らない所為であった。

「しっかし……なんて量のデータだぁ? フラクタル圧縮に複素数圧縮に……それぞれの歪み補正データ自体が別解凍方法でのキーワードになっていて……キーワードの組合わせは同一アドレスデータの相乗の因数分解を連立方程式に組込んで……う゛ーむ。コレって全部を解凍したら絶対、数億倍にはなりそうだけど……解凍しきっても連想データの羅列っぽいし……アカシックレコードじゃないでしょうね。コレ……」

 ぶつぶつと呟きながら……在る小さなジャンク屋の前を通りすぎようとした時、ふと、その足取りが止まり、まるでフィルムの逆送りのような不可思議な動きで店の前に戻ると……そーっと横目で店の中を見直す。

 その視線の先には……ある金属パーツがあった。鈍い銀白色のフレームアーム。ガラスのショーケースの向うに在るそのパーツを凝視して(眼球カメラのフォーカスをそのパーツ表面に合せ)瑠璃1は何故か注意深く分析を始めた。

「自然光反射率…確認……反射光スペクトル分析…終了……重量推定…完了……部材変形率試算…完了……該当する素材推定…完了……何でっ!?」

 思わず大声を上げて、そのパーツが飾られているショーケースに近づく。

「おぅ。お嬢ちゃん。そのパーツの価値が判るのかい?」

 ショーケースの横で安物の煙草を吹かしていたパンクカットの若者が瑠璃1に声をかけた。

「判るも何もコレってチタン合金製のLapis Lazuliの交換用パーツ……に良く似たものね」

 若者の得意げな視線を見て取り、瑠璃1は語尾を濁らして応えた。

「フェイクじゃねぇぜ。モノホンのLapis Lazuli型アンドロイド用交換パーツさ」

 ニヤリと笑う若者の顔を横目で確認し、その言葉に虚偽が無い事をも音声分析で確認しながらも瑠璃1は別の反応で返した。

「どうかしら? まだLapis Lazuli型アンドロイドは市販されていないわよ? 市販されてもいないアンドロイドの交換パーツが何である訳?」

 ふふんと若者は鼻で軽く笑うと煙草を灰皿に押しつけ、顔を瑠璃1に近づけ、ヤニくさい息で応えた。

「天下無敵、世界のジャンク屋商店街の紅葉原を舐めちゃいけないねぇ。その気になったら戦車から戦闘機のパーツまで仕入れて、ジャンクパーツで二束三文で道端に並んでいるのが紅葉原よ」

「それって……物凄く無意味な気がするんだけど?」

 ずるっと若者は転けかけたが、気を取り直して瑠璃1に応えた。

「その無意味な所がこの街の醍醐味さ。いいか? このパーツは正真正銘、モノホン。本物そのモノだぜ」

「その証明は?」

 その言葉を聞くと若者は我が意を得たりと言わんばかりに胸をそらして、自信たっぷりに応えた。

「ふふん。はっきり言って……無いっ!」

 瑠璃1が転けそうになる両脚のアクチュエーターに素早く再出力を指示し、姿勢を立直すと若者に食って掛かった。

「何それ? そんなんじゃ信用出来ないわよっ」

 その言葉を若者は馬耳東風と言う感じで聞流し、自信たっぷりに応えた。

「信用証明は……さっきのアンタの態度だよ。判ったんだろう? コイツが本物だと。だから、コイツを食い付かんばかりに見入ってたんだろう?」

「う……ぐっ……」

 若者の言葉にたじろぐ瑠璃1。それを見て若者は新しい煙草に火をつけようと箱をまさぐった……が、既にカラ。仕方なく灰皿から長めのシケモクを取上げて、火を付けると……実にまずそうに煙を吸った。

「ま、この街は目利きにはいい品物を。目が利かないヤツにはクズばっかりつかまされる。そんな街さ。で、コイツを買うのかい? 買わないのかい?」

 相手の態度にひるむだけの瑠璃1だったが、一つ深呼吸をして(機体内冷却水タンクの調圧バルブを開放し、冷却機構を再調整してから)質問をした。

「判ったわ。でも、出自を聞かせてくれないと信用は出来ないわ。例えクズだったとしてもね。納得できる作り話を聞かない限りは……ね」

 その言葉に若者はニヤリと笑ってそのパーツの出自を語って聞かせた。

「……と言う訳で、早い話がこのパーツはカイ・ロボット社のテクニカル・サンプル。量産システムを構築した時に動作確認の為に流して作った初期パーツ。当然、量産システムが動き出してからは、数が合わないから弾かれたモノ。……ふ。お嬢ちゃん、この街のいいバイヤーになれるぜ」

「ありがと。じゃ、それを貰うわ。……ただし、その値札の半額でね」

「かぁーっ。しかもこのオレから値切ろうってか? 気に入った。特別に2割負けてやろう」

「4割カット」

 そっけなく言放つ瑠璃1。そっぽを向く若者。

「いんや、2割まで。それ以上は負けられねぇ」

「その代わり、今後、Lapis Lazuli型アンドロイドのパーツが出たらそれなりの数だけ買わせて貰うわよ。勿論、本物と私が認めたモノだったらね」

 若者は渋い顔のまま。が、暫くしてから口端を歪め、『やられた』という感じの笑いを瑠璃1に向けて応えた。

「お嬢ちゃん。判った。特別に3割カットで応じよう。その代わり……」

「……数は保証するわよ。ただし……」

「本物だったらな? ぎゃはははは。将来の大口バイヤーは大切にさせて貰うぜぇ。コイツはアンタの言うとおり4割でいい」

「ありがと。じゃ、コレが私の連絡先。品物が入ったらメールしてネ」

「おぅ。ただし売り切れたら……」

「気にしないわ。偽物が市場に出回ったって」

「ぎゃははは。参った。品物が入ったら連絡させて貰うよ。で、他に欲しいモノは無いのかい?」

 得意げな若者に瑠璃1は少し考えてから言った。

「……そう言えば、コレのシリコン皮膚は?」

 若者はくいっと親指で店の奥の棚を指した。

「あの棚に各種取りそろえて在る。……で、どれにする?」

 一瞥して瑠璃1はそっけなく応えた。

「要らないわ。アレは全部、ただのシリコン・ラバーじゃない。私が欲しいのはLapis Lazuliにも使われていた防弾シリコン皮膚よっ」

「残念ながら……」

 若者は吸い切った吸殻を灰皿に押しつけて、悲しげな顔で応えた。

「Lapis Lazuliがあのコンペに出てからあのシリコン・ラバーは売り切れさ。その前には売れない抱き枕だったんだがなぁ……。ま、当分、正規店にしか出回らないよ」

 哀愁に満ちた顔を横目で流し見、白けた顔で瑠璃1は応えた。

「ふーん。とんだ看板倒れね」

「なにが?」

「さっき、なんでも手に入るって言って無かったっけ? 止めた。そんな言葉がコロコロ変る店から買ったって、どうせ初期不良で動かなくなるに決まってるからね。サヨナラ」

 さっさと店を出ようとする瑠璃1を若者の罵声が止めた。

「なんだとぉっ!? 言ってくれるじゃねェかっ! おぅっ。ぜってぇ仕入れてやるから首長くして待ってやがれェっ!」

 ぺろりと舌を出して小さく笑ってから、スマシ顔を取繕って瑠璃1は振返って応えた。

「ん。じゃそれは3割カットで……」

「いんや。今の言葉の保証もつけて5割負けてやる。その代わり……」

「買わせて貰うわよ。本物の防弾シリコンが手に入ったらね」

「その言葉忘れるなよっ!」

 若者は睨みつけ……その後、小さく笑った。

「アンタ。商売人殺しだねぇ」

「アンタこそ売りつけ上手だと思うわよ」

 そして二人はライバルのように睨み合いながら笑っていた。


 これはニフティのSFフォーラム内にあった「マッドSF噴飯高座」より派生した拙作です。


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