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本編 15 〜増殖 1 〜

 瑠璃が増え始めた……

24.……の理由

「はいっ! これが3列目の棚の収納品の一覧表です」

「ん。じゃ、続いて4列目の棚を頼む」

「了解しましたっ!」

 忙しなく棚に収納された箱の中身をテキパキと整理し、その一覧表を作っているのは、言わずと知れた長身、長髪のアンドロイドの瑠璃。それを眠そうな顔で受取り、指示を出すだけのS.Aiki。

 先日から会社の大倉庫の倉庫番として席を暖めている。

 何故にそうなったかというと……極めて単純ながら、瑠璃が受取った株券にはある条件が付与されていた。その条件とは……譲渡禁止。会社役員会の許可なく譲渡した場合、違法な商行為を行ったとしてこの国の商法により処罰、つまりは犯罪として処理される。単純に言えば『売却禁止』である。

 結局、S.Aikiは会社の大口『雇われ』株主となり、受取るのはその株券の配当金のみ。その配当金も……

(ここ数年は……会社も赤字決済だからなぁ)

 故に……早い話が無配。0である。

 ただ、大口『雇われ』株主として、非常勤役員として任用され……めでたく、ここ大倉庫の管理専用、非常勤役員に就任した。……というわけである。

「……結局、収入は減ったもんなぁ」

 ま、雇われ役員なんぞ、その程度である。まして、彼を会社に繋ぎ止めているのは……

(……社長達があんなにアレに御執心とはね)

 遥か向うの棚の端まで調べ上げている瑠璃の姿をぼんやりと見やる。

(おかげで、失業はしなくてすんだけどね)

 瑠璃のおかげで失業しかけたという事を彼は知らない。

(ま、瑠璃にとっては知らぬが華という所か)

 そうそう。知らない方が幸せという事は世の中には多いのである。

(……取敢えずは、来週のコレか)

 目の前の葉書にもう一度、視線を投げる。

 先程、やたらと瑠璃を敵視している大坪音女史が嫌みったらしく、

「わざわざ持って来て上げたんだからね。感謝しなさいっ!」

 ……と、捨て台詞と共に持って来た葉書。その文面は……

『……と、皆様には厚く御礼申上げます。つきましては弊社が輸入代行致します世紀の大発明、対テロ用アンドロイド・コンペティション優勝作品でもあるアルファXT2の市販品、アルファT2の展示成約会をホテル・トリチュウム、トリトンの間にて行います。皆様の……』

 早い話が、社長宛に来た招待状がここに回って来た。つまりは社長を始めとして他の役員も全く行く気がない会合への出席の指示であった。

(……通称、木偶人形の展示即売会だぁね。そんなところに……)

 中身を確認し終えた箱を瑠璃が、棚の上段にしまう姿を見る。逆光に白いブラウスの中身が透けて……美しいプロポーションを呆然と見つめてしまう。

「あ。嫌ですわ。何を見つめているのですか?」

 ぽっと頬を赤らめて(いや、そういう機能があるとは思えないが、そういう仕草で赤くなったと錯覚してしまう)羞じらう瑠璃を見つめ続けて……頭を振って正気に戻る。

(い、いかん。アレはアンドロイド。機械。機械……)

 改めて葉書に視線を戻し……やはり呆れて視線を空に投げる。

(木偶人形の展示会に瑠璃……いや、瑠璃じゃなくてもLapis Lazuliのコピー達が1体でも来たら……)

 主催者側から叩き出されるのは確実なような気が……物凄くする。

 そんなS.Aikiの悩みとは別に瑠璃もまた悩んでいた。

 それは大坪音女史の瑠璃を呼止めて言った捨て台詞。

「アンタはあのウダツの上がらない男の秘書を気取っているようだけど? 秘書なら秘書らしく、パーティなんかじゃ和服も着こなすんでしょ? 丁度いいから今度のその葉書のパーティで着物姿を拝見したいモノですわっ。ほほほほ」

 念の為に記述するが、秘書たるモノは滅多に目立つ格好はしない。だが、正式に秘書としての知識を正確に入手していない瑠璃にとって、大坪音の言葉が総てだった。

(……今度のパーティまでにあの着物を着熟さないと)

 だが……瑠璃は躊躇していた。以前……あの、思い出すのも忌まわしい夜の『学校』で一度だけ和装した事がある。『指導官』(後で御主人様に『ママ』だろうと言われたが、瑠璃自身を作ったのは……F.E.D.研究所の方々であり、それ以外の人間を『親』と同意義の言葉で呼ぶのは疑問であるというか不可思議だと説明された時点で思うには思ったが、まだ御主人様に再確認していない。いや、こんな事は当面の問題には何の関係も無い。再記憶。再読み込み解除は……取敢えず、1ヶ月以上経過以降……で、なんだっけ? そうそう……『指導官』)の手に任せて所謂、『和装の髪型』にした所……後の記憶(正確には行動ログ)が無い。記憶しているのは、半壊した店の様子だけ。直後に『店に来なくていい』と言われ、『指導要員』(御主人様の解析によれば『客』)の言葉であの場所が『学校』ではなく……

 べきっ

 S.Aikiがその音に気づいて見上げると……瑠璃は箱の中に在ったロボット・アーム・ヒンジのサンプル品を握りしめ………圧壊させていた。

「……おーい。どした?」

 何を潰したのかを箱の横の表示で理解したS.Aikiが恐る恐る声をかける。

 その声で我に返った瑠璃はあたふたと握り潰したモノを箱の中へと戻し、極めて明るい声で応えた。

「つ、潰しちゃいましたぁ」

 S.Aikiは箱の保存区分を確認し、溜め息をついた。

「ふぅ。これは保存期間を過ぎているから廃棄処分だ。ま、販売品のサンプルだから、1個は展示品として……」

「長々期保存ですね。では、そちらの方へ……」

 そそくさと箱の中の壊れていないモノをつかみ出すと、別棟への保存専用倉庫へと駆出して行った。

 その後姿を見送りながらS.Aikiは……箱の中に在った商品説明書を見て青くなっていた。

「特殊装甲ロボット交換部品サンプル……って、軍事用かいっ!」

 しかも瑠璃が握り潰したのは関節部分。通常、もっとも硬い部分である。

「……良く保ってたな。オレの手……」

 過去の……余りにも多過ぎる想い出したくは無い過去を想い出さずには居られなかった。冷汗と共に……


 瑠璃は別棟の倉庫の保管用の箱にサンプルを収めると、天井を見上げて、先程までの思考データを並列処理回路に再送し……人間で言えば再考を始めた。

(……とにかく、この躯体では和装用の髪型は出来ない。髪は放熱器。和装の髪型に形成すれば放熱不足になって、オーバーヒートする。ならば、放熱効率を上げれば良い。……どうやって?)

 そこまで考えた時、壁のポスターが目に入った。

「……新型ヒートシンククーラーでオーバークロックも可能。改造は自己責任で……」

 それはアクリルパネルに納められたこの会社の創世期のヒット商品の販促ポスター。PCのカスタム部品の宣伝と簡単な使用方法とそれに伴う効果とリスクが書いてあった。

「そうだ。改造すればいいんだ。……でも、どうやって? ……え?」

 そのポスターの横。その部品が乗った雑誌の切り抜き記事と表紙が同じようなアクリルパネルに納められている。その表紙の謡文句の一つに瑠璃の視線が固定された。

「自作PCの第一歩。ショップブランドをコピーする……」

 コピー。その言葉と意味と自分が求める事と……総てが繋がった。

「そうだっ! まず最初に私のコピーを作って、改造して確実な方法を……」

 瑠璃は実に晴れ晴れとした表情で戻って行った。


25.増殖

 その夜。紅葉原に立ち寄った瑠璃とS.Aikiは一抱えもある荷物を解いては、組立て方法を確認していた。

「しかし……Lapis Lazuli効果だろうけど……こんなゴチック・ドール最新型がこんなに安いなんてな……流石は紅葉原というところか……」

 頭部ユニットを開け、並列処理CPUを増設しながら、S.Aikiは感慨深げに呟いた。

「そんなに……高いモノなんですか?」

 胸部ユニットの肩関節部分を緩めて、右腕を差込みながら瑠璃は尋ねた。

「あぁ……。元を正せば万能型アンドロイド……の市販品。とはいっても、何が出来るという訳でもなく……まぁ、会話を楽しむ程度……後は、簡単なお使い程度は可能だけどね……あんまり売れなかったようだけど……」

 実際、それがこのアンドロイドの売り文句だった。

「……で、なんで売れなかったんです?」

 尋ねる瑠璃の横顔をS.Aikiは鼻白んで応えた。

「誰が所有者か判らんモノにお金を預けても、誰かに取られて終りさ。個別認識レベルを上げると買物自体が成立しない。誰が店の主人かを判別できなくなるし、一々登録するのも面倒な話だ。で、単なる会話用の『御人形』だよ。たしか……」

 S.Aikiはふと、思い出したように呟いた。

「……なんだっけ? ラプラス……何とかってアンドロイドも後で部品から推察するに、このタイプだったらしいな。……あのテロ用コンペ……」

 ふと、S.Aikiは手を止めて瑠璃を見た。

(まさか……)

 瑠璃はあの……華々しく行われた対テロ用アンドロイドコンペで事実上の優勝機体であるLapis Lazuliの市販用コピー。その瑠璃がなんの理由かは知らないが、自身のバックアップコピー用としてアンドロイドを欲し、請われるままに帰りに買って来たのが、このアンドロイド。数ある中でも何故にこの機体を選んだのか?

(……コピー……というかバックアップ用なら、あの訳のわからんメンテ用カプセルで充分なんじゃ……)

 後ろの……床に空いた穴から垣間見る階下の部屋に転がってカプセルを見る。

(……ま、いいか。一人で瑠璃の相手をするよりは……)

 S.Aikiは瑠璃の相手をするというよりは、瑠璃の相手となるアンドロイドが居た方が、気楽になるのではないかと思っていた。

(……犬とかも複数匹飼った方が躾易いというしな……。まぁ、瑠璃自身も一般的なアンドロイドというモノを知った方が……)

 だが……やはり事態は彼の望む通りとはならなかったのである。


「完成と……あ」

「どうしました?」

 取扱説明書を見ているS.Aikiの顔が青ざめる。

「なんだぁ? 『OSは別に御買い求め下さい』? 適合OSバージョンは……ゴチックVer4.013以降……って、フリーOSじゃ駄目なのか……駄目らしいな。はぁ……どうりで……」

 取扱説明書を空に放り投げて、後ろに倒れ込む。

「……安いと思った。コイツは展示用テクニカルサンプル品かぁ」

「何ですか? それ?」

 繁々と瑠璃は出来上がったアンドロイドを見つめながら、尋ねた。

「単純に言えば、展示用の部品の塊。動作確認用というか、交換用部品を一式揃えただけの文字通りの中身の無い御人形さんだよ」

「OSは?」

「別に保守用部品で取り寄せになるだろうけど……高いなぁ。というか、このバージョンが何処かの倉庫に眠っていたら御慰みだな」

「どういう意味です?」

「このバージョンは幻のバージョンだよ。リリース予定でその後で会社が潰れた。正確には彼のアルファ・ゼネラル・アンドロイド社に吸収合併。その後は……」

「その後は?」

「……サポート放棄。正式ユーザーにはアルファT0.95を破格の値段で御提供……。ま、激動のアンドロイド業界の徒花の一つという訳さ」

 瑠璃はひらひらと落ちて来た取扱説明書を拾上げるとハードウェアの状況を確認し始めた。

「……CPUの性能的には、私と同じ程度ですね」

「ん? あぁ。あくまでハードの性能的にはな。問題はOSだよ。いかにCPUの処理速度が上がっても、重いOSじゃ無意味だし、いろんな事を淀みなく並列処理できなけりゃ、折角の並列処理チップも宝の持ち腐れさ……」

 ふと、起上がりS.Aikiは瑠璃を繁々と見た。

(……そういや、コイツのOSは何でこんなに並列処理が巧みなんだ?)

 まるで、人間と同じか、それ以上の滑らかな並列思考処理。S.Aikiは周囲が瑠璃を人間と見間違う理由を改めて確認した。

「……じゃ、私のOSをコピーして見ませんか?」

「ん?」

 一瞬の判断の元に『動く訳がない』と断定出る程度の設問。

 百花繚乱のアンドロイド業界で他社のOSで別の会社のハードが動くなぞ、聞いた事もない。

「ん〜〜〜。まぁ、やってみるか」

 腰を上げ、データコネクタを探り……瑠璃と繋ぐ。

 瑠璃のデータコネクタは耳の後ろにユニバーサル・ミニ・ジャックの形式で存在している。なんでもオプションのレーダー接続端子をも兼用しているらしい。もう一つの、いま造り上げた機体のデータコネクタは……

「ん? なんだ。同じ場所に在るよ」

 同じ場所にコネクタの位置を確認すると、手早く繋ぐ。

「さて……こっちの本体のハードイニシャライズを……ん。コレだな」

 胸元の点検リッドを開けて、電源を入れる。同時にLEDが点滅して、在るパターンで停止する。

「はいはい。OSが無いのは判ってますよ。CPU、メモリーは問題なし。運動制御ユニットにも問題は無しと……瑠璃。準備はいいか?」

 幾つかのボタンを固定して、点検チェックボタンをリセットし、ハードの状況を再確認してから、瑠璃に声をかける。瑠璃は何やら楽しそうな面持ちで、S.Aikiの指示を待っていた。

「はいっ! 準備万端ですッ!」

「こっちのをハードリセットするから、媒体点検信号がこのコネクタを通じて、そっちにも届くはずだ。そしたら、OS部分と基本データをバースト転送してくれ。それでこっちの流体シリコンメモリーに強制的にコピーされる。後はもう一度、リセットしたら……」

「リセットしたら?」

 楽しげな瑠璃の表情にS.Aikiはたじろぎながらも、言葉を続けた。

「……運がよければ、起動する。いいか?」

「はぃっ!」

 程なく、コピーが終り、何度かリセットすると……アンドロイドはゆっくりと目を開けて辺りを見渡し……S.Aikiの顔を見て、にっこりと微笑んだ。



 これはニフティのSFフォーラム内にあった「マッドSF噴飯高座」より派生した拙作です。


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