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本編 14 〜狂乱の日々 14(完結) 〜

 対テロ用アンドロイドが秘書となるために来た。

22.失業者

(さて……これからどうするかね……)

 どこぞの売店で買ったらしいサンドイッチを力なく一口、二口、食べてからしょぼくれた男は視線を空に放り投げた。

 視界に在るのは楽しそうにランチを食べるOL達。何かに執着するように一点を見つめて一心不乱にハンバーガーを食べるリクルートスーツのサラリーマン。何処からか来た子供とその母親らしき人。規則正しく水を噴上げる噴水。人の御溢れを啄ばむ鳥達。……何処にでも、いつまでもあるようなビジネス街の公園の昼時の風景だった。

(……異邦人はオレだけか)

 首になった。

 それだけで見慣れた風景がどこかの異国の風景のように感じる。

(蓄えは……在ったな)

 瑠璃のバイト(本人(?)は学んでいるつもりだった夜のバイトである)で、既に幾許かの蓄えは在る。

(失業保険と……あ)

 そういえば、退職金を貰っていない。

(……ま、明日でも貰いに行くか)

 今日は行く気が起きない。

(どっちにしても……次の仕事を探さなきゃな)

 残りのサンドイッチを頬張って、牛乳で流し込んだ時、誰かに背中を、……思いっきり叩かれた。

「ぶほぉっ! 瑠璃っ! ちっとは加減しろといつも言ってるだろうっ!」

 あまりの衝撃に口の中のモノを吐出し、振向きざまに怒りをぶちまけた相手は……予想どおり瑠璃だった。

「すみません。ごめんなさい。居なくなってしまわれて、捜していたモノですから……」

「すとっぷ」

 口を拭い、瑠璃のここまでの行動を予想する。

(……たしか、社長達が話が在ると言ってたから、瑠璃だけを残して会社を出たんだよな)

 それから、ここに来て昼飯を食べ始めた。

「……つまり、社長達の話が終って、オレを捜して、見つけたので、背中を叩いたと?」

「そういうことです。御主人様」

 小首を傾げて、次の言葉を待っている瑠璃。その仕草は……夜のバイトで仕込まれたのだろうが、今、この場では思いっきり愛しさを感じずには居られなかった。

「んー。状況は判った。で、社長達の話って何だった?」

 ワザと横を向き、瑠璃に尋ねる。

「私を秘書として雇いたいという事でしたけど、御断り致しました」

「なんで?」

「私は御主人様の秘書となるためにアンドロイドとして造られたのですから。他の方の秘書となる訳にはいきません」

 極めて単純な応え。だが、今、失業した身にはその言葉が心にしみた。

「……ありがとう」

 思いも寄らぬ感謝の言葉に瑠璃の思考回路が……ショートしかけた。

「え……いえ。それが私の存在理由ですから」

 思えば……いや、これまでの行動ログを総て読み返しても自身の所有者、S.Aikiから誉められたことは一度も無かった。いつも怒られてばかり。それだけに今の言葉が瑠璃の思考回路に不必要な負荷を与えた。

「あ、あの……」

「なんだ?」

 尋ねてみたものの、何を尋ねるつもりであったのか。予定行動ログには当然、何もない。

「え、えっと。あのですね。そうだっ! 会社に何か忘れ物はありませんか?」

 無理矢理に用件を想定して尋ねる。

「何も無いよ。まぁ、ロッカーに在る予備の背広と……ああ。退職金を貰い忘れたな」

「了解しましたぁっ!」

「え!?」

 振返った時、瑠璃は既に視界の片隅で小さく、凄まじい勢いで走去っていた。

「おーい。車を撥ねるなよー」

 対テロ用アンドロイドにして自分の秘書アンドロイド、瑠璃の勢いとこれまでの経験から在り得ない事を思いついてしまうS.Aikiだった。

 ……いや、ひょっとして現実に在り得るのかも。


23.美しき乱入者

「げほ……大変な目に合いましたな」

「まったく。……しかし、あんな無能の何処がいいんだか?」

 S.Aikiに首を告げた社長室は半壊の様相を呈していた。ソファは壁に突刺さり、机はひっくり返り、何より社長と専務がアザだらけの顔で力なく見合っている。

 転げた椅子を向直してどさりと座って、これからの対処を考え始めた。

「で、どうするね?」

「と、申しますと?」

 肝心な所で素知らぬ素振りをする専務に心の中で舌打ちしながら社長は先を促した。

「確かに君がいうとおり、彼女は実に得がたい。私の残り少ない人生において最期の彩りだろう。いつも明るく、機敏で、丈夫で、拙いギャグやひとときの触合いにもきちんとリアクションもしてくれる。多少……というか、無闇というか、かなりオーバーだがな。それでも叫んだり、逃げたり、訴えたりはしない。実に……」

「実に素晴らしき『部下』ですな」

 いつもどおりの専務の素知らぬ対応に社長は言葉を荒げた。

「君が毎朝、身体中に傷負いながらも痴漢をするだけは在ると言っているんだ」

「げほっ。げほっ。し、社長。何処でそんな噂を……」

 咽せながらもシラを切る専務に社長は黙って冷たく言った。

「私も乗り合せたんだがね。あの電車に。ここ数日……」

「げほっ。げほっ……どうも埃がすごいですな。彼女があんなに力持ちだとは……思いもしませんでしたな」

 立上り、両手で大袈裟に埃を払う仕草をしながら、専務はあることに気がついた。

「……ところで、何故に社長は乗合わせていたので?」

「げほっ。それは気にするな」

「は? あ、はい」

 専務はすぐに気づいた。社長も自分と同類だという事に。その専務の醒めた視線を感じ、社長は立上って窓から外を見下ろした。

「願わくば、彼女だけが我が社に戻ってくれる方法は……お?」

「ないでしょう。あの暴れようでは……あっ!」

 社長とともに窓の外、眼下の通りを見下ろした専務は信じられないモノを見た。

「彼女だッ!」

 瑠璃が勢いよく走って来る。その足音が聞えるかのような勢いで……いや、100kgを越える躯体であるのだから足音が響いていたのかも知れない。道行く人々も驚いた顔で瑠璃を見送っている。

「戻って……来てくれたっ!」

 瑠璃が社屋の前で直角に急転回し、自動ドアも吹飛ばすかのように入って来たのを確認して、二人は喜びのあまり抱き合った。

「さ、さぁ。社長。威厳をもって彼女に対応しましょう」

 喜んだ専務はすぐにインターホンのボタンを押して秘書長に命じた。

「私だ。いま訪れた瑠璃君を社長室に通すように。そうだ。会議の予定なんぞキャンセルだっ!。そう。それで、瑠璃君が部屋に居る間は誰も通さない様に。そうだっ! 何が起ろうとも通すなっ!」

 その僅かな間に社長は装いを直し、豪奢な机を前に座り直した。毅然とした態度で……いやらしき笑いを口端に浮かばせて。

「専務。戻って来たという事は、私達の『特別秘書』となる事を彼女は納得したという事だな? ん?」

 『特別秘書』という単語が何を意味するのかは……改めて説明する必要はないだろう。

「そうです。それに間違いありません」

「ん。やはり、金の力には勝てんという事だな」

「そうですよ。我が国は資本主義。彼女もそれに従うまでです。……お」

 世間の垢に塗れた会話を途切れさせ、勢いよく部屋に入って来た瑠璃は高らかに宣言した。

「私は認められたのですっ!」

「……は?」

 暫く……社長と専務の思考は思いっきり停止した。

 自分達が考えていた言葉とは余りにも懸離れた瑠璃の言葉と態度に。

「なんのことで?」

「認められた以上、私は秘書として要求します」

 やっと自分達が考えていた単語が出て来て社長達はにこやかに……いや、かなりだらしない笑顔を零した。

「ん。そう、それで何を要求するのかな?」

「御手当てならば幾らでも……」

 だが、アンドロイドとしては矛盾した文法で瑠璃が要求したモノは二人の期待をあっさりと裏切った。

「我が御主人様の退職金の支払いを即刻、即座に、ビタ一文の間違いもなく、とっとと、現金で支払いなさいっ!」

「……は?」

 再び思考停止に陥り、対応しない社長達に瑠璃は即断し、警告した。

「御主人様の正当な財産である退職金の支払いを拒否するのですか!? 即ち、御主人様の財産を横領する気ですねッ!? わかりました。アナタ達を経済テロリストと認定します。警告します。投降しなさい。投降しない場合は……」

 暫く……社長室から悲鳴が途絶える事はなかった。


「あの秘書長……」

「なんだね?」

 社長室へと繋がる廊下の入口にある秘書室で新人の秘書が上司に確認していた。

「ほっといても……大丈夫ですか?」

「大丈夫だ。社長室に誰も居れるなとの指示だ」

「警察は……? 呼んだ方が……」

「不用だ。さっきも傷害と器物破損で充分に告発可能だったが、社長自身が拒否なさった」

「でも……今度は生きてますかね?」

「心配無用だ。悲鳴があるうちは生きている証拠だ」

 ここの秘書長は鋼の意志をもって忠実だった。ただ、その対象は仕事だけで、上司に対するモノではなかった。


「なんだ? その包みは?」

 並び歩く瑠璃にS.Aikiは尋ねた。何やら心底嬉しそうな表情が眩しかった。

「さぁ? 御主人様の退職金代わりという事で受取りました。価値は保証するというので中は確認してませんが……確認しますか?」

「いや、いい。確認するのは帰ってからでいいだろう。それより……今日は疲れた」

「それはいけません。御夕食は疲れをとれるような……」

 瑠璃の料理の食材を予想して即座にS.Aikiは指示を下した。

「いや、野菜のシチューでいい。スーパーで売っている野菜と肉でいいからな」

「お肉は何にしましょう? スタミナが付くのは……」

「ごく普通の鶏肉でいいっ! いいか、特にオレが指示しない限りは、食料品店で売っているモノだけで作ってくれ。頼むっ!」

「判りました。それにしても……」

「なんだ?」

 問返すS.Aikiの顔を嬉しそうに見つめて瑠璃は言葉を濁した。

「……いえ。あ、それにしても、この中身は何でしょうね? 金庫から出してましたから価値はあるとは思うのですが、質量と体積からは紙の束と推定せざるを……」

「さぁ? それよりメシだ。頼むから……」

 今、この時のS.Aikiにとって瑠璃が持っている包みの中が首になった会社の株券の束という事を確認するよりも夕食の方が遥かに重要な問題だった。

「……イモムシとかは入れないでくれ」

「でも、ジャングルでの作戦では重要な蛋白源ですよ。今から舌を馴らした方が……」

「オレはサラリーマンだっ! 傭兵じゃないっ!」

「……失業してもサラリーマンなのですか?」

 素朴な瑠璃の問いに言葉をつまらせてしまうS.Aiki。

「だ、だからなっ……」

 S.Aikiとの取留めの無い会話が瑠璃の笑顔をまた誘っていた。




 これはニフティのSFフォーラム内にあった「マッドSF噴飯高座」より派生した拙作です。

 第1章 〜狂乱の日々〜 は今回で完結です

 次話より 第2章 〜増殖〜 となります。

 宜しかったら、投票、感想など戴けると有り難いです。

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