本編 13 〜狂乱の日々 13 〜
対テロ用アンドロイドが秘書となるために来た。
20.陰謀の策略
「……そちらの要望は判った。だが、それに従うことは躊躇いを感じずにはいられない」
豪奢な広い部屋に置かれた長いテーブルの両端に二人の男が座っている。
一方は老人。だが、その声には重々しいながらも張りが在り、近づき難い雰囲気を醸し出している。その目は鋭く、猛禽類を想像させ、老体のそれまでの経歴を悟らせるには充分過ぎるほどだった。
対して……相対するもう一人は……
「そうは言われましても……ねぇ? コレは当初から計画されていた事ですから……従って頂かないと」
軽薄な物言いの中に鋭い棘を感じさせるのは……ウェスト・ゴォーム。またの名を……
「『キングの意志に反する』か? ビショップ・オブ・ルビー君? 策謀家らしい君としては当然の指摘だな」
老体の丁寧な口調の中に微かな侮辱を感じ取った若き策謀家は感情を泡立たせ……冷静を装いながらなるべく丁寧な言葉を選んで返した。
「判って頂けているのならば、何故に『木偶人形』の量産に手を貸して頂けないのです?」
若き策謀家の感情の動きを感じ取り、口端で微かに笑いながら老体は厳かに応えた。
「『木偶人形』は所詮、木偶。売れもしないモノに投資する気は無い。経済的に損害を受けてしまう。それもまたキングの意志に従う行動だよ。『組織』に経済的損害を与える君の行動こそ、キングの意志に反するモノだ。違うかね?」
老体の指摘に策謀家は苛立ち、言葉を荒げた。
「……『木偶人形』の量産はオニキス議定書で組織全体の意志として確認されているはずだっ! 従わぬと言うならばっ!」
「私が報告するとでも?」
老体の背後のドアが開き、部屋に入って来たのは……薄衣に身を隠したプラチナブロンドの美女。胸に抱え持つ黒きハードカバーのペパーホルダーで胸の膨らみを隠しているだけで薄衣に包まれた裸身を二人の男の視線に曝け出している。……だが、焦らすように羞じらいを装いながら老体の膝の上に座り、対面する若き策謀家を嫉妬の海へと誘う美女。顔を隠すメタリックシルバーのサングラスが異様な雰囲気を放っているのは……
「……ジルコニア・クィーン? 何故、此処に……」
呆気に束縛されている策謀家、ビショップ・オブ・ルビーの表情を楽しみながら妖艶な美女は残酷な……策謀家にとって残酷な言葉を事もなげに放った。
「こちら……オニキス・ビショップが創り上げた議定書修正案はキングに認められたわ。私はその報告に来たの。ですよね? リアル・ビショップ?」
美女の言葉に感情を沸き立たせ、爆発寸前となっている若き策謀家に老体が止どめを刺した。
「所詮、『仮のビショップ』では組織に対する信頼が薄いのだよ」
「なにぃっ!?」
普段のビショップ・オブ・ルビーには似合わぬ、あからさまな感情の滾りを隠そうともしない若き策謀家の表情を楽しんで、老体……オニキス・ビショップは静かに、極めて厳かに言った。
「私が上程した議定書ならば私が修正を加えても問題は在るまい? まぁ、そう怒るな。君に対するキングの期待は充分判っているつもりだ。それでだ……」
オニキス・ビショップはジルコニア・クィーンから黒きハードカバーのペーパーホルダーを受取ると、長きテーブルの上を滑らせて策謀家に投げ渡した。
「……私はあの素晴らしき対テロ用アンドロイド、Lapis Lazuliの外見のパテントを購入した。君の所の木偶人形のシステムに被せて売り出そうと思う。実のところ……Lapis Lazuliのシステムそのものを購入したかったのだが高価すぎる。初期ロット分しか捌ける見込みはない。それにだ……アレのパテントを所持しているカイ・ロボットC.C.ですら自社技術として所有して居るのは外見と首から下、胴体と四肢の動作機構だけらしい。ま、動作調整システムは既存のロボットのモノでも支障は無い。演算能力ではLapis Lazuliより優れたモノがこの国の紅葉原には石ころよりも多く転がっている。OSはカイ・ロボットのモノが市販品には搭載されるようだ。従ってだ、手に入れる価値があるのはだ……」
「利用できるのは……外見だけ。と言う訳ですか」
修正された議定書の文面を確認し、落着いた様子を装う策謀家の心を見透かしたような面持ちで老体はゆっくりと、厳かに言った。
「そういう事だ。中身となる木偶人形の量産自体には何の問題も無い。無論、君の方へ支払うパテント料金は……多少は割り引かせて頂くがな。判ったら……」
「……判ったら?」
ぱたんとハードカバーのペーパーホルダーを閉じ、テーブルに投げ足を組み上げた無礼な策謀家に老体は言放った。
「この国で不必要に暴れるのは止めるんだな」
老体の視線は鋭く……もしここに部下達が居たら萎縮して平伏するのだろうと思い、ビショップ・オブ・ルビーは苦笑いした。
「お言葉ですが……必要でしたら宜しいのですね?」
「なにぃ?」
「これを……」
背広の内ポケットから一片の紙を取出し、ホルダーに挟むとそのまま、テーブルの上を滑らせて老体へと投げ返した。
「私への指示書です。トリニティ・タワー・プロジェクト。承認されました」
平静さを取り戻した策謀家と受取った一片の紙の文面を見比べて、老体は苦虫を噛みつぶしたような顔を一瞬だけ浮かべ……そして元の厳かな面持ちへと戻り、若き策謀家を賞賛した。
「おめでとう。これで君もリアル・ビショップに成れそうだな。期待している」
「どうも」
老体は一片の紙を美女に渡して、そのまま席を立った。
「残念だが、君への指示も書いてある。彼の監視役だそうだ」
「残念ですわ。もうひととき、お相手したかったのに……」
「ふ。年寄りを揶揄うモノじゃない。そうだ、念の為に言っておくが……」
老体は振向き、鋭き視線を若き策謀家に投げた。
「不必要には暴れるなよ? 司法関係者に渡すアメにも限度が在る。私の怒りも……いつまでも抑えている訳じゃない」
「承知しております」
「ふん。ならば、アノ研究所関係者には喧嘩を売らん事だ。彼等を怒らせたら、我等の組織といえども無傷では……」
老体の言葉を待たずに策謀家は言放った。
「老体。随分と臆病になられたようで」
「誰も好んで猛虎の尻尾は踏むまい?」
一瞬の対峙。凍てついた視線だけが刃を交わす。
造り笑顔で策謀家は老体に宣言した。
「私は踏みますよ。どんな猛虎だろうと。……必要と在ればね」
射貫くような策謀家の視線を老体は軽く言葉で受流した。
「踏抜いて食い殺されんようにする事だな。ま、骨ぐらいは拾ってやる。喰い千切られた後でな」
言葉を残し、部屋を出ていった老体を苦々しい顔で見送ってから、策謀家は美女に視線を移した。
「君とはいつも見られたく無い場所で出会うな」
「あら? そういう場面だった?」
自分への指示書の紙をひらひらと動かしながら、美女は策謀家に近づくと改めてわざとらしい挨拶をした。
「よろしくね。キングに期待されているリアル・ビショップ候補さん」
「ふん。君には私の総べてを見透かされているようだな」
「あら? 貴方も私の全てを知っているくせに」
「残念だが、君の素顔は見た事がない」
策謀家は美女に深い口付をした後で、冷淡に言放った。
「早く服を着ろ。作戦を開始する。……その前に面白いモノを見せてやろう」
「何かしら?」
「後のお楽しみだ」
こうして2人の狼は普段の世界へと戻っていった。テロリストとしての謀略に満ちた世界へと……
21.狼達の感傷
ビルの半地下の喫茶店のカウンターに座り、策謀家と妖艶な美女は窓の外を見ていた。
見上げる格好では在るが通りの様子は総べて見通せる。昼前のビジネス街は活気に溢れたサラリーマンやOL達が行き交っていた。
「世界的な不況といわれてもこの国は元気ねぇ」
「ふっ。違う。何処に行けばいいのか判らずにただ闇雲に進んでいるだけだ。……いずれ、この国の経済も風邪を引く。あのベータ・イプシロン病が蔓延するさ」
「そうかしら? 少なくともロボット技術やアンドロイドに関しては造詣が深いわよ」
「ふん。そんなモノは泡沫の夢に過ぎない。アルファ国の自動車産業のようにな……」
自嘲気味に話す策謀家、ビショップ・オブ・ルビーの横顔に感傷的な影を感じ、相手をしていたジルコニア・クィーンは戸惑った。
「で、見せたいものってナニ?」
何故か……極めて明るく……普段の彼女には珍しく戸惑いを隠し切れない明るさで美女が尋ねた。
「大丈夫。ランチには間に合うさ。……ほら、来たよ」
策謀家が指示すのは通りの左。やがて……闊歩するサラリーマンやOLの中に一人のしょぼくれた男が呆然とした面持ちのまま、ふらふらと歩いて来た。
「誰? アレが見せたいモノ?」
「世界で最初のアンドロイドに仕事を奪われた哀れな男。珍しいだろ?」
喉の奥から込上げる笑いを抑えながら、策謀家は冷たい視線の美女に向直った。
「ああ。君が言いたいことはよくわかる。既にロボットが普及して職を失った人間は数知れない。だが……ロボットは監督する人間を必要としている。そして…」
丁度、喫茶店の正面に差掛かったしょぼくれた男を指差して、笑いをこらえながら策謀家は嬉しそうに言った。
「コイツは自分が所有するアンドロイドに職を奪われて今朝方、首になったんだ。お笑いぐさだろう?」
「どういう意味?」
美女はまだ訳が判らずに憮然としている。
「あ……いや。ヤツが所有して居たのはあの『踊り子』、Lapis Lazuliの市販用の試作品。こちらのナンバーでL.L.24と呼んでいるコピーなんたがね、ソイツに彼の社長達が御執心なのさ。……で、」
「……唆したという訳ね。悪い人」
事態を納得した美女を抱き寄せて、軽薄に口付けようとした策謀家の口を人差指で窘めて、美女は先を促した。
「それで? 無職になっただけじゃ面白く無いわ」
「ふ。……だが、所有権は彼に在る。しかし、彼は無職だ。しかも……」
大袈裟な仕草で胸ポケットから手帳を取出して、パラパラとめくり、情報を確認してから策謀家は高らかに言った。
「彼の貯金は限りなく0に近い。いや、既にマイナスだと断言しよう。その彼が失業したんだ。彼に残っているのは……アンドロイドの売却」
「呆れた。たかがアンドロイド1体を手に入れるのに無職に追込んだの?」
「そうだ。これであの『踊り子』のほぼ総てが手に入る」
邪悪な顔で通り過ぎる男を見送る策謀家を見つめながら美女は溜め息を……何故か嬉しそうに、しかし、しっかりと呆れながらついてから、問い直した。
「オニキス・ビショップに止められたというのに貴方って人は……」
「ふん。老体の要望は総て充たしている。暴れないし、あの研究所そのものにも手を出してはいない」
「そうね。……でも」
妖艶な微笑みを浮かべる美女に向直って策謀家は尋ねた。
「でも?」
「あのアンドロイドのOSとか、コントロール・システムはカイ・ロボット社のモノじゃないの?」
したり顔で策謀家はニヤリと笑った。
「ところが……最初の50体はあの研究所から出荷されている。そして、カイ・ロボット社に最終生産サンプル品が届けられたのはその後だ。……調査では、当初に提出されたシステムを市販に向けて改造した所、カイ・ロボット社で動かせなかったらしい。それで基本設計から見直して、同じ動作をするプログラムを最初から創り上げた……当然、販売されるモノに使われるシステムはカイ・ロボット社のモノさ」
「見た目が同じで、普段の動作は同じ。でも、中身は全然違う……というのはオニキスからも聞いたわ。それで?」
策謀家は先程の遣り取りを想い出したのか、凍りついた顔になり美女を笑いながら睨みつけた。……たぶん、想い出したのはそれだけでは無いだろう。
「……簡単にいうとだ。サンプル出荷された50体だけがLapis Lazuliの正統なコピー、欲しいのはそれだけだ。そのコピーを分解し、得られた情報を木偶人形に組込む……もちろん、スペシャルタイプにだけ。これで……」
「アンドロイドの世界征服が成立すると……」
邪悪な笑みで美女の言葉に頷く。
「そう・スペシャル品を手にするのは我々だけ。他のモノ達は市販品しか手に入らない。総ては我々がコントロールするんだ。それが……」
「トリニティ・プロジェクトの全貌でしょ? そして手始めに……」
「その一部、トリニティ・タワー・プロジェクトが承認された。……老体は気づいて無いようだがね」
「どうかしら?」
美女の訳在りそうな問掛けに、策謀家は冷徹な顔に戻って問質した。
「どういう意味だ?」
「御老体は薄々には気づいているようよ。カンだけどね……」
「気づいていたとしても関係無い。老体には止める理由がない。止めたとしても……」
左手の拳で右手を叩く。乾いた音が喫茶店内に響いた。
「潰して見せるさ」
野心に満ちた男を見下して美女は微かに微笑んだ。……これまで見せた事もないほどの怪しい笑みで。
「さぁ。それじゃ承認されたタワー・プロジェクトの詳細を教えてくれない? できたら……二人っきりでね」
美女の申し出を快く受入れて、策謀家は立上った。
「喜んで。だが、ここでも構わんが?」
「駄目よ。貴方の邪推を少しでも早く晴らしたいの。判って。それに……」
美女はくるりとその場で回ってから、策謀家に枝垂れかかった。
「あの二人がつけている同じ香水がキツくって……早く出たいの」
「ん?」
策謀家が改めて店内を見渡す。ここに居るのは……彼の部下であるバーテン、ルビー・ポーン0と彼の配下に入ったと報告のあった美女。その二人だけ。
「そうだ。ガーネット・クィーン。私の配下に入ってくれたそうだな。歓迎す……」
「断る」
「なにっ!?」
儀礼的な挨拶とはいえ、途中で拒絶するとは少なくとも組織では上位に対するモノへの態度では無い。いや、同位の者だとしても無礼な態度だった。
「悪いけど。私はルビー・ポーン0の監視役。監視ついでに配下に入っただけ。立場的にはフリーよ。それに……」
「なんだ?」
苛立ちを隠さずに策謀家は問返した。
「……貴方は、元々は私の部下。しかも下っ端。アタシがこの身体になった原因を忘れるとでも?」
「……う」
過去の遺恨をあからさまにつき付ける元上役の美女に策謀家はたじろいだ。
「それに貴方はまだ正式に……」
「止めておけ」
老バーテンの厳しい表情にガーネットクィーンは言いかけた言葉を飲込み、不貞腐れた格好で椅子に座り直した。
「ビショップ様、これが所望されていたディスクです」
恭しくデータディスクを渡そうとするバーテンの手を腹立ち紛れに突き返した。
「それは研究所に転送してくれ。行こう。ジルコニア・クィーン」
先に席を立ち、外に出た策謀家を追って美女が外に出ようとドアに手をかけた時、立止まり、店内に残る美女に声をかけた。
「ごめんなさいね。まだ、貴女が過去に捕われているとは思わなかったわ。でも……」
視線を老バーテンに投げてから、微笑んだ。
「……『機能』の総てのチェックは済んだようね。その機械の身体も中身も」
「うるさい。……なんだったら、この機械の身体の機能をその生身の身体にレクチャーしようか?」
立上り、テーブルに置いてあったぶ厚いクリスタルガラスの灰皿を片手の親指と人差指の2本で粉々に砕いた。ごくあっさりと。
「あら。恐い、恐い。さっさと退散しましょ」
そそくさと立ち去ったジルコニア・クィーンを見送ってから、老バーテンは店に残った美女、ガーネット・クィーンに掃除をしながら声をかけた。
「そう、居切り立つな。その腕の関節は完全に癒った訳じゃない」
「どうして? どうして、そんなに服従できるの? 本来は貴方が『ルビー・ビショップ』となるべきはずなのに……」
掃除し終えた老バーテンはカウンターに戻り、グラスを洗い出す。
「私は……私には司令官は似合わない。それだけだ」
「私は認めないわ」
ヒールの音を響かせて老バーテンに歩み寄ると、美女はカウンター越しに老バーテンに向合った。
「『優れたモノが上司となるべきだ。さもなくば部隊は全滅する』……貴方が私に言った言葉よ。憶えてる?」
「……ああ。教育係の時にレクチャーした。それで?」
「あの男が『優れたモノ』? 到底思えないわっ!」
激昂するガーネット・クィーンに老バーテンは静かに、諭すように言葉を繋げた。
「……戦術には劣っていても戦略は確かだよ。戦術をサポートする人間を常に必要とはするが、戦術だけの人間が百人揃ってもヤツの戦略には敵わない。……つまり、ヤツの戦略は千人中数百人を屍にするだろう。だが、全滅はしない。そして目的を確実に達成する。戦術だけの人間は全員を残す事もできるが、全滅する可能性も否定できない。それだけだよ……」
「認めないわ。絶対に認めないっ!」
カウンターを叩き、自らを静めようとするためか頭を掻きむしる美女の肩を優しく叩いた。
「適所適材。私もヤツが『現場』に出て来た時は即刻逃げだすさ。生延びてこその傭兵だからな」
「そうよ。……そうよね」
気を静める美女に老バーテンは指示を出した。
「さぁ。気が静まったら手伝ってくれ。もう直、昼時だ。こんな店でも客達で満員になるからな」
「悪いけど……」
ガーネット・クィーンは席を立って、ドアに手をかけた。
「モーターの動作音が響いたら後々問題になるから……1、2時間消えてるわ」
「了解」
立ち去る美女を見送りながら老バーテンは深く溜め息をついた。
(まったく……いつまでたっても手のかかる『部下』達だな)
だが、その横顔はなにやら楽しげだった。
これはニフティのSFフォーラム内にあった「マッドSF噴飯高座」より派生した拙作です。
宜しかったら、投票、感想など戴けると有り難いです。