本編 12 〜狂乱の日々 12 〜
対テロ用アンドロイドが秘書となるために来た。
18.それぞれの顛末
「御主人様ぁっ! 只今戻りましたッ! ……あれ? どうしたんです?」
出迎えた疲れ切ったS.Aikiの様子を見て、瑠璃が尋ねた。
「いや……なんでもない。で、学校はどうだったんだ?」
補修費が来月からの家賃に上乗せされるという事を知らされ、どっと疲労感の海に浸りきっていたS.Aikiは事情を説明する事を止め、瑠璃の就学を確認した。
「あ゛……学校は……休みでした。でも、でもですね。新しい学校を見つけたんです。しかも、授業料は免除でしかも奨学金も下さるんですよ」
「はぁ?」
疲労感に浸りきった頭でも『そんな事は有り得ない』と瞬時に判断できる。が、反応するのにも疲れている。
「……そ。で、奨学金って幾ら? いつ貰えるの?」
口を合わせて相手に駒を回す。
「はいっ。日払いで今日はこれだけですっ! 後は行った時に同じく日払いで貰えるそうです」
瑠璃が両手で差出すそれは……最高額紙幣が数枚! いや、十数枚だった!
「へっ!? なにこれ? 何でこんなに? え?」
事情が呑み込めずに目を白黒させるしかないS.Aikiに瑠璃は事の次第を説明した。
「……と、いうことで学校を紹介してくれたんですよ。いい学校です。毎日行きたいくらいですから」
浮かれているのは……何か誉められたのだろうか?
「……つまり。……いや、学校の名前は?」
「はいっ! これです」
S.Aikiは瑠璃が差出したカードを見て、総ての事情が予想通りだったと確認した。カードに書かれているのは「Ber 秘書室」。つまり、瑠璃はホステスとしてスカウトされたのである。
(……暫くは……いいか)
純真無垢に水商売を秘書への修行だと大きく勘違いしている瑠璃に真実を告げなかったのは……単にS.Aikiの財布の事情であった。
「何がそんなに嬉しいんだか……」
楽しげにフライパンを振るうSNOW WHITEの後姿をあきれた顔でF.E.D.氏は見ていた。
「旦那には判るまい。最高のオイルで最高の料理を作る。これぞ、料理人としての最大の醍醐味。ふふん〜ん」
やれやれ、と心の中で呆れ、窓辺に顔を向ける。
すっきりとした笑顔のLapis Lazuliが楽しげにギターを爪弾いている。
(ふむ。……データは後で再解析しよう。彼奴らがそれほどまでに欲しがるとは……一体、どんなデータなのか。どんなアンドロイドの設計図なのか……)
「ぅわっちぃ」
急に鼻先に出された皿から撥ねた油に思わず悲鳴を上げる。
「ん? すまん。撥ねたか? さぁ。食べてくれ。これぞ最高の聖ホルトの果実油料理。さぁ、熱いうちにかぶりついてくれっ!」
SNOW WHITEが差出す皿を見て、F.E.D.氏は呆れた顔で尋ねた。
「……軍曹? これはなんだ? ただの目玉焼きじゃないのか?」
「タダのとは、随分だな。これぞ聖ホルトの果実油料理の最高峰。プレーン・フライド・エッグ。さにぃさいどあっぷ仕立てだ。本来は両面焼き、つまりはターンオーバーが本流とされるがさにあらずっ! 片面焼きであるサニィサイド・アップ、俗世間にいう目玉焼きこそが聖ホルトの果実油料理の最高峰だとここに宣言させて貰おう。さぁっ! 食してくれぃ!」
呆れ返りきって返す言葉も無いF.E.D.氏の事を全く目もくれずに、調理のコツであるタイミングと塩加減、胡椒加減を延々と演説するSNOW WHITEを他所にLapis Lazuliが優しげな瞳で夜空の二つの月を見上げていた。
「ただいま。……ん? なんだ? この野菜の山は?」
「は……ははは。こ、コレはですね……」
問われたうさは笑って誤魔化しながら昼の顛末を話した。
「……という事で商店街の皆さんに貰ってしまったんです。すみません」
ぺこりと頭を下げるうさの髪を撫でながら、H.Ider氏は軽く溜め息をついて注意した。
「わかった。でも、次からは気をつけてくれ。君がアンドロイドだと知られたら大騒ぎになる」
小首を傾げてうさは問返した。
「どうしてですか? 私がアンドロイドだと知られたらまずいんですか?」
「ん。そうだ。特にウチの研究所に知られたら実験材料にされてしまうよ」
「え? 御主人様は……どちらに勤められているんですか?」
「別のアンドロイドを造ろうとしている企業のしがない研究者さ。親のコネで入っただけのね」
「コネ? うどんかちらし寿司を作るのがお上手なんですか?」
なんでも料理や家事に関連づけるうさの解釈に笑いながら否定して、H.Ider氏はうさに夕食のメニューを聞いた。
「ん! それは美味そうだ」
「では、早速。あ、温め直す間に御風呂に入って下さい」
「はいはい」
H.Ider氏の夕食を温め直しながら、今、此処に居る事を幸せに感じているうさであった。ほんの少しの不安を抱きながら……
「ふぅ……ん?」
店に帰った老兵、いや老いた狼は店の片隅で一人、キーボードを叩いている美女に気づいた。
「あぁ……チーフ。いえ、ルビー・ポーン0。何でもないわ」
応えたのは自身の元部下、今はガーネット・クィーンという呼称の美女。何やら言葉の歯切れが悪い元部下の背後に回ってモニターを覗いた。
「……壊れたのか」
「うん……まぁね。それで被害報告と補修部品の申請しているの。わかった? ……わかったら、あっちに行ってっ!」
剥き出しの感情をぶつける元部下は余りにも弱々しく、そして哀れに見えた。
「完成したと思っていたのに……また、研究所の檻の中に戻るのよ。また、アイツらに好き勝手にいじくられて……絶対、絶対に戻って見せるわ。戦場に。アタシは……」
何も言わずに老兵は元部下の肩に手を置き……そして、シリコン皮膚の下に在るスイッチを押した。
「えっ? あっ! 何するのよっ!」
肩から機械のフレームが展開し、美女の身体から生身……人間部分を押し上げていく。
「見ないでっ! 見ないでよっ!」
「レディの身体なら総て知っている。あの戦場で……レディの四肢を切断したのは私なのだから」
「それは……アレはアタシを生かしてくれる為に……」
「そうだ。敵弾に砕かれた四肢をそのままに撤退することは……。だが、その状況を招いたのは私のミスだ。それに今苦しんでいるのなら……」
「……ん。ううん。生きているから、こうして……こうして逢えている」
「ならば、総てを私に任せて欲しい。レディを私の部下にするよう申請するよ。ここで壊れた部分を直し、調整すればいい。それに元々、サイボーグ・フレームの動作レポートのチェックは私の責任のはずだ」
後ろから優しく抱きしめられ、ガーネット・クィーンは涙を零しながら黙って頷いた。
「いい子だ。フレームは私が直す。これでも工兵としての腕は落ちてはいない。任せてくれ。総てを……」
二人の狼が抱き合っていた。数年間の心の空隙を埋めるかのように。激しく。
19.とある日記
年甲斐もなく日記なんぞを書いてみる。
いや、どうにも頭の整理がつかないのだ。最初は……たぶん総ては対テロ用展覧会に社命で行ったのが始まりなのだろう。あの後、あの展覧会を襲撃したテロリストを殲滅したLapis Lazuliと握手したのが始まりだと思う。たぶん。
その後、テロリストと共に不可思議な砲で打たれ、発電器の山に突っ込んだ。それからは記憶が無い。気がついた時はベッドの上だった。そのベッドに横たわりながら、Lapis Lazuliが対テロ用コンペティションで事実上の優勝だったと聞いて納得したモノだ。何故に失格だったのかは……良くは知らない。
ま、何かの手違いだろう。
それから……何がなんだか判らないうちに……あの瑠璃が来た。正式名称は……なんだっけ? 取扱説明書が燃えて無くなったので確認のしようがない。本人……瑠璃のメモリーにあるらしいのだが、聞くと怒る。型式を聞いても「私は瑠璃です。そう名付けて下さったでは無いですか?」と涙目で訴えるだけである。
こういってはなんだが、アンドロイドだと判っていても美女の涙というものは絵になる。それを見たいがために時々……いや、止めておこう。暴走して頭を気絶するまで叩かれたり、呼吸困難になるほど……いや、肋骨が折れるほどに抱きつかれたりしても寿命が縮まるだけだ。うん。止めておこう。
ま、最近は「Lapis Lazuliの量産タイプ 近日発売!」と紅葉原にチラシが乱舞しているから、売り出されたら何か仕様が判るかも知れない。それにしても……高価いなぁ。あんな価格で数が捌けるのだろうか? それでも、「予約数、完売」と張って在る店もあるから売れているのだろう。
そうそう。Lapis Lazuliの市販版の型式はATA-1500-χXXXXXとなるらしい。
χはカイ・ロボットの記号らしい。だったら、瑠璃はATA-1500-FED…かな? ま、最初は……なんだかメイド服とかついて限定1万台らしいのだが、アンドロイドなんて千台も売れたらヒット商品。そんなに売れたら大したモノだ。
今度、商談を持ちかけてみようかと思う。いや、仕事なんて上から指示が来る前に動いても後で恨まれたり、煙たがれたり、疎まれるだけだ。数年前のあの仕事なんて……いや、止めておこう
そうそう。瑠璃の話を書いておかないと。
最近の瑠璃は相変わらず、朝の通勤電車で痴漢を退治している。お蔭で最近はOL達とか、女子大生らしき方々が瑠璃の姿を見ると同じ車両に乗ろうと近寄って来るようになった。……ついでに私をジトーッとした目で睨むのは止めて欲しい。そりゃ、釣合わない……いや、少なくともどこぞの女子大専用車両みたいな場に居るのは似合わないのは判っている。でも、なぁ……瑠璃は、私の近くから離れない。その瑠璃にそっちから近づいて来るんだから、私を除外する、「さっさと何処かへ消えて」みたいな雰囲気を発散するのは止めて欲しいモノである。化粧品の匂いで窒息しそうな時もあるんだから……
昼は私の仕事の手伝い。いゃあ、いいものである。お茶やコピーを頼んでも何一つ文句を言わずに処理してくれる。伝票の入力なんぞは得意中の得意。何せ入力ミスが無い。計算ミスも無い。……もともと機械、アンドロイドなのだから当然といえば当然であるが。
そして夜は……最近まではあのバイトをしてくれたのだが、今はしていない。とある客が働いていた店を『秘書の学校では無い』とバラしてしまったらしいのである。全く余計な事を……。いや、それまで気づかなかった瑠璃も瑠璃なのだが。兎に角、その夜は手がつけられなかった。
「訴えてやるぅ!」とか「詐欺罪だぁっ!」とか、更には「あんな店はテロリストと同じだ」とか。
『テロリスト』という単語が出たら要注意である。その言葉に該当する対象人物には所謂、ロボット3原則が解除されるらしい。……元々、ソレが入っているのか物凄く疑問ではあるのだが……テロリストと瑠璃に認定された人間は人間として扱われない。殴るし蹴るし……ま、それは痴漢達が毎朝合っている目では在る。最近は手加減が判って来たらしく、報告は「全治1ヶ月以内の損傷に終ってしまいました。残念です」とか言っている。……語尾のニュアンスが気になるが、気にしないでおこう。どうせ、そういう目に遭っていい輩なのだから。
……私も同じ目に遭っているような気もするが……気にしないでおこう。
そんな事を気にしていたら、瑠璃を所有していることは……到底、出来ないような気がする。
それにしても……何故に周囲は瑠璃を人間と思っているのだろう?
よく見れば、関節の動きとか、顔の表情とか……ま、瑠璃より人間離れした化粧をした方々が街を歩いているから顔つきでは判らないのかも知れない。
関節は……服の上からじゃ判らないし。下着姿は……私しか見ていないのだから……その辺の経験の差だろうか。
先日、あのウチの社に侵入した不明者を追い払ったのが瑠璃だと判って、警察に表彰された時も、誰も判らなかった。犯人達を追詰める職業の方々が判らないのだから、一般の方々が判らないのも……無理はないのだろうか?
まぁいい。判ったとしても別に問題は無いのだから。
話は変るが、明日、社長室に呼ばれている。何の話だろう?
これはニフティのSFフォーラム内にあった「マッドSF噴飯高座」より派生した拙作です。
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