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本編 11 〜狂乱の日々 11 〜

 対テロ用アンドロイドが秘書となるために来た。

17.ふぁいとっ!(2)

 夕暮れ間近のF.E.D.研究所のドアを叩くモノがいた。

「はぁい。どなたでしょう?」

 無警戒のLapis Lazuliがドアを開けるとそこに立っていたのは黒いコートに身を包んだ老いた男。

「お嬢ちゃん。すまないが、軍曹……いや、SNOW WHITEがこちらに居るはずだが取付いて貰えないかね」

「はい……失礼ですがどちら様で?」

「『透明な烏』と言えば判るはずだ。それから、出来たらドアの後ろに隠し持っているモノを下げて貰えないか?」

 老いた男が指摘したとおり、Lapis Lazuliは後ろ手にフライパンを構えていた。連日連夜の不審者の侵入に備えて装った無警戒さと警戒していたフライパンを見破られてLapis LazuliはSNOW WHITEの知合いと判断した。

「あ……すみません。暫しお待ち下さい」

 慌ててSNOW WHITEを呼ぼうと振返った時、そこには既にSNOW WHITEが踏反り返っていた。

「久しぶりだな、インビジブル・クロウ。昔話でもしに来たのか? それとも……戦いに来たのか」

 不敵に微笑み合う雪だるまと老人。

「ふ……交渉をしに来たのだよ。すまんが上がらせて貰う」

「え……、ちょっと……」

 Lapis Lazuliの静止も聴かずに屋敷の中へと一歩足を踏み入れる。途端に警報システムが作動し、老人の所持武器を解析して警報を発した。

「警告、警告、侵入者は武器を所持しています。推定武器、拳銃、短剣、爆薬……警告、警告……」

「素晴らしいな。これでは誰も侵入に失敗する訳だ」

「何の騒ぎだ? ラピス。警報を止めろ。お? ……おぉ、密林の鷲。久しぶりだな。5年振りか?」

 奥から出て来たF.E.D.氏が老人に懐かしげに声をかけるのをLapis Lazuliは警報システムのアラームを遮断しながら不思議な顔で見ていた。

「いろんな名前を持っているのですね」

「ははは。お嬢ちゃん。お二人とは旧知の仲だ。もっとも3人一緒に戦ったのは……確か無い筈だけどね」

 老人の言葉にSNOW WHITEとF.E.D.氏は顔を見合わせた。

「ほぅ。旦那もコイツを知っているのか?」

「ん? なんだ、軍曹も知っているのか」

 顔を見合わせる二人をにこやかな顔で眺めながら老人は近くの椅子に座った。

「はははは。傭兵として名高い御主達を知らない傭兵なぞ居るものか。もっとも、最近はお二人共に戦場にはあまり顔を出していないようだから、最近の若い奴等は知らんだろうがな。この老兵にとって二人は英雄だよ」

 老兵は懐から葉巻を出そうとして手を入れた。が、その手を出す前に二人の顔を注視した。いや、3人の顔を見ながらゆっくりと葉巻を握った手を引き出す。その場に居る3人、F.E.D.氏、SNOW WHITE、Lapis Lazuliは老兵の動きに俊敏に反応し、瞬時に戦闘態勢の用意をしたのである。F.E.D.氏は白衣のポケットの中の拳銃を握り、安全装置を外した。Lapis Lazuliは瞬時に脚部、腕部のアクチュエーターを引絞り、飛掛かる準備を。SNOW WHITEは……何も動きはなかったが、その動かない事自体が無気味だった。そして3人とも取出したのが葉巻だと判ると警戒を解いた。……ほんの少しだけ。

 老兵は葉巻に火をつけると紫煙をゆっくりと吐出した。

「なつかしいな。この緊張感。まるで一人で戦車隊に立向かうようだ」

「ふぅん。老体にそう言われるとは私も出世したモノだ」

「ま、旦那の実力は知れているがな」

「なにぃ?」

「私がここに来たのはだ……」

 F.E.D.氏とSNOW WHITEが過激なドツキ漫才に走りそうになったのを老兵の声が制した。

「……在る物とこれとを交換して貰う為だ」

 再び、老兵が懐に手を入れて、ゆっくりと緊張感の中に出したのは……小さな硝子瓶。中に何やら薄緑色の粘度の高そうな液体が入っているのが見て取れる。

「なんだ? それは?」

 尋ねるF.E.D.氏には応えずに老兵は硝子瓶をSNOW WHITEの方にかざした。

「軍曹ならばコイツの価値が判るだろう?」

 F.E.D.氏がSNOW WHITEを見やると……何故か大汗をかいて硝子瓶を注視している雪だるまが居た。

「軍曹? 溶けているのか?」

 F.E.D.氏の問掛けに応えずにSNOW WHITEは絞り出すような声で瓶の中身の液体を言当てた。

「そ、それは……聖ホルトの果実油。……しかも」

「17年前のモノだ」

「なにぃっ! 食通の間で幻といわれるビンテージイヤー物だとっ!」

 緊張する二人の横でF.E.D.氏とLapis Lazuliは顔を見合わせ小首を傾げあっていた。

「だからなんなんだ? それは?」

「これは……」

 応えようとする老兵を制してSNOW WHITEが一気に捲し立てた。

「アレはオリーブオイルの中でも最高級といわれるホルト島の十年樹、10年に一回しか実を付けない老木の果実から取ったオイルだ。その芳醇な芳香と滑らかな味わいと酸化しない性質はありとあらゆる料理に合い、しかも新陳代謝を活性化させ、死掛けの病人でも食べた途端に健康になり、10年以上は生きられると言う伝説の果実油。しかも、17年前のモノといえば油質が飛切り良いとの評判で闇ルートでも滅多にお目にかかれないレア物だ」

 息も荒く、ただ、ただに瓶を注視するSNOW WHITEの言葉をF.E.D.氏とLapis Lazuliは再び呆れた顔を見合わせた。

「つまり、単なるオリーブオイルだな?」

「台所に買置きがありますけど?」

「うるさい。うるさいっ! あんなモノはコイツに比べたら合成油にも劣る。いや、いや、いや、比べる事自体、愚劣極まる行為に他ならん。……それで、なんと交換すると言うのだ? これほどの品物に見合うモノなぞ……。わかった、お嬢ちゃんの設計図か? よし、待ってろ。今すぐ……ぐばぁぼっ!」

 研究室に駆け込もうとした雪だるま、SNOW WHITEをF.E.D.氏の踵落しと、まるで大リーガーのフルスイングのようなLapis Lazuliのチタン製ハリセンが襲い、その場に強制的に留めた。

「ん。悪いが御老体。誰の依頼かは知らないが、それには応じられない」

 静かに気を張詰めるF.E.D.氏に老兵は笑って応えた。

「はははは。そんなモノ……いや、渡されても利用不可能なモノはいらんさ。それに、そちらのお嬢さんは日々改良されているのだろう? 部下達の報告でも日に日に俊敏さと的確さが増しているのがよく判るさ」

「……部下?」

 F.E.D.氏の眼が険しくなる。そして、理解した。最近の身の回りで起きる出来事の元凶を。

「……で、何が欲しいんだ?」

 静かに……両手を組んだまま近くの壁に寄り掛かる。それが、F.E.D.氏の臨戦態勢の一つだという事は老兵は身に染みて理解していた。

「そう居切り立つな。欲しいのは……」

「何だぁぁぁあっ! 早く言えっ! 早くっ! 多弾頭長距離核ミサイルでもなんでも用意するぞっ! ぶっ……」

 不躾に話に割込むSNOW WHITEを再び踵落しで黙らせて、F.E.D.氏は老兵に言い切った。

「悪いがアナタと取引する気は無い。早々に引き払ってくれないか?」

 老兵はその言葉を片手を上げて受流した。

「申訳ないが取引するのは君では無いよ。軍曹、アンタとだ」

「軍曹と?」

 踵落しを見舞われ、床に這いつくばっていた雪だるま、SNOW WHITEは勝誇ったように立上り、二人、F.E.D.氏とLapis Lazuliを小躍りしたようなステップで制してから老兵に向き合った。

「で、何が欲しいんだ? ……できたら、後ろの旦那が引鉄を引かないようなモノだと嬉しいんだがね」

 戦闘体制のレベルを上げたF.E.D.氏のオーラを背中一面に浴び、冷汗を垂らしながら雪だるまが尋ねる。口端に笑みをこぼしながら。

「欲しいモノは他でもない。ディスクだよ。データディスクだ。軍曹がベガス・シティーでかんざしにしていたヤツだ。正確にはその中身だがな。持っているんだろう?」

「でーたでぃすく?」

 意外な応えにSNOW WHITEとF.E.D.氏は顔を見合わせ、暫し考え込んだ。……本当に忘れているらしい。

「……はて?」

「そんなモノが?」

「ありますっ!」

 存在を否定する中で唯一肯定したのはLapis Lazuli。凛とした表情で老兵に駆寄り……ついでにSNOW WHITEを突飛ばし……向き合い、そして尋ねた。

「一つ質問があります。それは……それを必要としているのですね?」

 老兵は驚いた感情を隠せずにいたが、やがて、ゆったりとした顔持ちになり、約束した。

「そうだ。私達はそれを必要としている」

「アレは……捨てた。そうだろ? ラピス」

 やっと想い出したF.E.D.氏の問いにLapis Lazuliは黙って悲しげな頷いた。老兵を見据えながら。

「さて? そこのお嬢ちゃんは『ある』といった。部下達もデータディスク自体はここのゴミ箱から回収している。フォーマット済み……つまり、何も入って無かったがな。私達が欲しいのはその中身だ。あるんだろう?」

「ありますっ。ありますが……」

 Lapis LazuliはちらとF.E.D.氏の顔を見た。

 その所作からF.E.D.氏はLapis Lazuliの言葉……『ある』といった言葉の意味を理解した。

(持っている……いや、まだ『記憶して』いたのか)

「……それで何の為に?」

 両手を無造作に白衣のポケットに突っ込んで尋ね直した。

 老兵の蟀谷がぴくりと震える。その動作の後で無事で居られた人間の数を想い出しながら沈黙を数えた。次の言葉を探す為に。

 床に転がったままのSNOW WHITEも動作を凍らせたまま、対峙する二人を見守っているだけだった。

「何の為に? 消去する為ですか?」

 場の雰囲気を読まずにLapis Lazuliが真剣な表情のまま、尋ね直す。

 老兵の顔が緩み、笑顔で応えた。

「ははは。消去する為だったら、何もこんな事はしない。必要として、そして活用したいからこそ、こうして来たんだ」

 Lapis Lazuliは老兵の顔を注視していた。暫しの沈黙の後、静かに言った。

「貴方の音声、表情、発汗量、呼吸リズム、心音から虚偽では無いと判断します。判りました。データをお渡しします。いいですよね? マスター、軍曹さん?」

「もちろ……ぐべっ」

 狂喜しかけた雪だるまをたたみ込むような上段回し蹴りで黙らせてF.E.D.氏はLapis Lazuliに確認した。

「いいのか?」

「はい。必要としているのならば……私が記憶しているよりは……」

「わかった。老体。データを渡そう。ラピス、ディスクに落してこい」

「はいっ!」

 足早に奥に下がるLapis LazuliをF.E.D.氏は懐かしげに見つめていた。

(いい顔をするようになった。久しぶりだな)

 その足元でただ単に望みの物が手に入る喜びを小さく腕だけの踊りで顕す雪だるまが居た。


 3人に見送られ、深夜の街に立ち去った老兵は街角の闇に身を隠してから、思いっきり深呼吸をした。

「ふぅぅぅぅ。あの二人を一度に相手にするのはこの身には少々荷が過ぎたな。……これほど疲れるとは」

 膝を手で抑え、胸を押さえる。鼓動は早鐘のよう。冷汗は滝のよう。研究所を出るまでに装っていた平静さが嘘のようだった。

「物理法則を無視するヤツと非常識に俊敏なヤツ。当分は相手にしたくないな。……はははは。強がっても、ワシも老いたモノだ」

 老いた狼が、自身が老いた悲しみと、それでも確実に仕事を仕上げた喜びに身を震わせて……夜の闇へと消えていった。



 これはニフティのSFフォーラム内にあった「マッドSF噴飯高座」より派生した拙作です。


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