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本編 9 〜狂乱の日々 9 〜

 対テロ用アンドロイドが秘書となるために来た。

13.それぞれの思惑

 昼過ぎのオフィス街を歩く不釣り合いな二人を物見高い野次馬が見送っていた。襲撃されたという噂は光速を上回るかという速度であっという間に広がり、会社は野次馬と遅れてやってきた警察と消防隊に蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。その会社の裏口からそっと出ていく二人を野次馬達は目敏く見つけたのだが、すぐさま、正門の方の総務部長らしき人と警察との遣り取りに気を取られ、二人の事をそのまま見送った。

「御主人様……すみませんでした」

「気にするなって。秘書かどうかがそんなに……ひっ」

 慰めようとしたS.Aikiは瑠璃の怒りと悲しみと……いろんな感情が入乱れた表情を見て言葉を呑み込んでしまった。そのS.Aikiに瑠璃は言葉を荒げて、詰寄った。

「秘書がどうかだなんてっ! とんでもないですッ! 私は、ワタクシは秘書として……秘書用アンドロイドとして造られたのですっ! 秘書でないというのならば私は私ではなくただのスクラップも同然っ! 暗い倉庫の片隅でライフル弾に撃ち抜かれた方が数倍マシですっ! どうぞっ! 一思いにっ!」

「わをわわわわ、わかった。判った。判りましたっ! オマエは秘書だっ! 誰がなんといってもオレの秘書だっ! だから……」

 S.Aikiは振返り、野次馬達の視線が……少なくとも数分の一程度の視線がこちらを向いているのを確認すると小声で瑠璃に命じた。

「今後の事は部屋に帰ってから考えよう。なっ?」

 S.Aikiの提案に瑠璃は何故か素直に応じた。

「判りました。今後の作戦指示を後方基地にて賜ります」

「はぁ!?」

 さっきの感情は何処に行ったのかと思うぐらいあっけらかんとして腕を引っ張り駅へと急ぐ瑠璃に引き摺られながらS.Aikiはやれやれと瑠璃の本質を理解した。

(やっぱり……コイツは対テロ用アンドロイドだよ)


 その二人の姿を道路の対岸から……半地下となった薄暗い喫茶店の中から見送る3人が居た。

「まったく……アレも戦闘能力には手に負えない。が、L.L.とは全く違う。芸術性のかけらもない」

 着替えを済ませ、うそぶく男をカウンターに座ったままの美女がたしなめた。

「その相手から逃げ帰って来たのは誰かしら? しかも、こんな騒ぎまで起して」

「うるせぇっ! R.P.0。作戦はこれで終りのはずだ。これで帰還するぜ」

 男が話を振ったのはカウンターの中でクラスを拭いていた老バーテン。

「わかった。帰還を承認する。それにしても……」

 老バーテンは黒い布を刻み、ゴミ箱に捨てながらカウンターの中のモニターを眺めていたが、ちらっと視線だけを男に向けていった。

「この爆発で何事も無いとは……いつでも『職場』にいけるな?」

「ふん。その手には乗らねェよ。このミッションが終ったら10日間の『休暇』の筈だ。それにだ……」

 男は椅子から立上ると力を誇るかのように片腕を掲げていった。

「ドラフターがひっくり返って難聴になる程度の爆発じゃオレは死なねぇよ。ま、A.T.2なら動作停止だろうがな」

「わかった。それ以上、無駄口叩かないで。はい、チケット」

 美女が胸元からするりと長い指先に絡めて取出した航空チケットを後ろを通りすぎながらすっと取上げた男は捨て台詞を残して出ていった。

「ふん。あばよ。ガーネット・クィーン。出来たらアンタが出て来る仕事にはもう二度と絡みたく無いがね。アンタの胸元はそれを忘れさせてくれるぐらい魅力的だぜ」

 扉を開けて外に出た男に老バーテンが命じた。

「無駄口叩く暇があるなら札を変えていけ」

 男は両肩をひょいと上げて、指示されたままに入口の札を『準備中』に変えて立ち去っていった。

「……全く。品性のカケラも無い男の監督は飽きたんじゃない? ダイヤモンド・ナイト?」

 美女の言葉に手を止め、ちょっと睨んだ老バーテンは出ていった男が残したコーヒーカップを洗い始めた。

「その名はとうに捨てた。R.P.0、ルビー・ポーン・ゼロが今のワシの名だ」

「ふっ。ごめんなさい。ちょっと昔が懐かしくなってね」

 横目で美女を見つめる老バーテン。その視線をブラウン・グラスのサングラスを外して受止める美女。茶褐色のロングワンレングスの髪を指先に絡め……そして、視線を落としてサングラスを掛け直し、サングラスに繋がったジャックを繋げ直した。

「悪いけど、もう一度、再生し直してもらえる?」

 老バーテンは何もいわずにカウンターの中のモニターの横のスイッチを弄り、画像を最初から再生し始めた。その画像信号をビデオ・サングラス・スクリーンで眺めながら美女は老バーテンに問い直した。

「これでレポートは終了ね。で、どうする? どれか一体……『搬送』するの?」

 美女の問いに老バーテンはカップを洗う手を止めずに応えた。

「さぁな。決めるのはビショップだ。だが……」

 老バーテンはカンターの上の新聞を指差して言い直した。

「Lapis Lazuliのコピーが市販される以上、今は必要ない。必要以上のリスクは避けるのが戦場の掟だよ。レディ……」

 老バーテンが言いかけた自分の昔の名を聞いて美女は妖しく微笑んだ。

「そうね。元チーフの箴言も聞けた事だし、今、暫くは我らがチーフ、ビショップ・ルビーのペーパーに従いましょ。来月来るようだしね」

 美女がビデオ・サングラスを外し見る新聞の片隅にアルファ・ゼネラル・アンドロイド社の若きエンジニアの姿が飾られていた。『A.T.2(世界初の市販家庭向け汎用アンドロイド、アルファ・T2)があなたの日常を未来に変える』という見出しと共に。

「でも……」

「ん?」

「……レポートに不備が在るのは感心しないわ」

 その時、流れていたのは50体在るLapis Lazuliの市販用モニター品の調査リストインデックスが流れていた。

「……L.L.18の事か?」

 インデックスの内、要調査となっていたのはL.L.18とL.L.24。そして、老バーテンの指がモニター横のキーボードを叩き……L.L.24の欄に「要再調査」と記された。

「50体中2体の詳細が不明だが……ま、問題は無い。誤差の内だ」

「残念ね。私のモットーは……」

「『完璧』。だが、不必要な事を……」

 きつく戒める老バーテンの言葉を美女は指先で唇に触れる事で閉じ込めた。

「わかってる。でも、私にも『リハビリ』は必要なのよ。わかって。御願い」

 老バーテンは暫く美女の瞳を悲しげに見つめていたが、黙って頷いて同意した。

「ありがと。これで、私の『リポート』も完成するわ」

「……無理するなよ」

 老バーテンの言葉を伏せ目で受取り、美女は席を立った。

「サポートが必要な時は連絡するわ。じゃね」

 カラン……とドア鈴の音を残して美女は都会の中へと消えていった。


14.平穏な日々

 その頃、ATA-1500-F0018、うさはH.Ider氏のマンションの中で寝転がりながらカタログ誌を眺めていた。

「ふふん。ふん。コレも可愛いな……。でも、ちょっとサイズが……ん。ちゃんと在るのね。でも、買物にはちょっとね〜。まだまだ夏には遠いしねぇ〜。でも、夏になったら必要だよねぇ〜」

 窓の外には洗濯物が春風に揺れている。今日の晩ご飯の材料は既に配達された。うさの所有者であるH.Ider氏は先日の泥棒捕り物騒ぎを聞いて、うさが買物に出なくてもいいように夕食材料の宅配を契約したのだが、うさにとってはそれは不満の材料にしかならなかった。

「やっぱり、ちゃんと鮮度を確かめて買わないとダメだよね〜。今日の材料だってカットされて時間が経ってるみたいだから乾燥気味だし……栄養も抜けちゃってるよね〜。……たぶん」

 そのうさの不満を晴らすべくH.Ider氏がうさに与えたのはファッション雑誌、通販専用のカタログ誌だった。

「よしっ。これとコレを買って貰おう。あ゛……帽子も選ばなきゃ。ウサ耳は外では出すなって言われてるしねぇ〜」

 うさは再び雑誌に没頭した。このゆったりとした時間……平和で退屈な時間を満喫するかのように……

「それにしても……カタログ誌でサイズがある体形で良かったぁ。服を買うのに出掛けないですむんだから。これでサイズが無かったら外出を禁止されてたね。絶対っ! んっ!」

 何故か……誰かの不幸を知っているかのように気合を入れるうさであった。

 しかし……H.Ider氏は出掛けるのを止めていたんじゃないのか?

 何時間もかけて、いや、その雑誌を受取ってから何日もかけてやっと一つだけ選んだ服と帽子を何回も確認して葉書に書いたうさは高く葉書を掲げて高らかに叫んだ。

「おしっ。この服、届いたら買物に出掛けよっとぉっ!」

 おいおい……

「あっ。もう夕方……いけないっ! 洗濯物取込まなきゃっ!」

 こうして平穏なうさの一日は暮れようとしていた。まるで嵐の前の静けさのような穏やかな日が……


 一方、平穏無事とは縁遠いF.E.D.研究所でも在り来たりに物騒な日常が繰返されていた。

「ふぅ。これで御終いか? お嬢ちゃん」

 純白の二つの球形、何処からどう見ても雪だるまそのものであるSNOW WHITEが人類初の完全女性型(対テロ用)アンドロイド、Lapis Lazuliに声をかけた。

「はい。これで倉庫の中の本は御終いです。……でも、何ですか? この本」

 二人(?)の足元には数百冊もの本がうずたかく積まれていた。

「これはお嬢ちゃんのコピーの資料だ。看護婦、メイド……ネコ耳、ウサ耳。いろんなタイプを求められたからな。その手の本を集めてコピー達に資料として読ませたのさ。ま、データベースを構築する必要が無いから楽だったが、本を集めるのは苦労した。それもコレで御終いだ」

「へぇ……そうなんですか」

 Lapis Lazuliは足元に崩れた本を集めて縛り直そうとかがんだ。その時、何かがLapis Lazuliの頭上を通過して、雪だるまに突刺さった。

 かこん。

「ぅおっとぉ。なんだ、旦那。そっちの始末も終ったのか?」

 見れば……F.E.D.氏が片手を頻りに振りながらこちらを睨んでいる。その足下には何人かの不審者らしきモノ達が転がっていた。

「終ったのかじゃねぇっ! なんだ、そのスタンガンはっ! こっちまで感電したぞっ!」

「ん? あぁ、これか……」

 何事も無かったかのように雪だるまは頭に突刺さったくの字型の棒を抜くと暫く調べていたが、やがて、にこやかな笑顔で応えた。

「すまん。端子の繋ぎ方を間違えてた。ぶぉっ」

 雪だるまの脳天にF.E.D.氏の踵落しが決まり、SNOW WHITEの頭は砕け散った。

「『すまん』の一言ですませるなっ!」

「だから誤っているだろう?」

 胴体がゴロンと転がると、胴体の下から頭が顕れ、元の完全体へとあっさり戻った。が、再び、その脳天に踵落しが炸裂した。

「『謝っている』だ。御丁寧に誤字で応えるな。一々、突っ込むのも疲れる」

「だったら、マンネリの踵落しを決めてからいうのは止めてくれ。ところで、それで全員か?」

 踵の形に凹んだ頭部のままSNOW WHITEは真面目に聞いた。

 F.E.D.氏は心底疲れた顔で、無愛想に指を後ろに投げた。

「残りは向うで伸びている。警察に連絡してくれ」

「近頃は警察も弛れてしまってなかなか来ない。丁度いい。明日は古雑誌の回収日でもあるが生ゴミの日でもある。一緒に放っておこう。ぶべっ!」

 無表情なままのF.E.D.氏の跳び回し蹴りが決まって雪だるまは器用にもその場で一回転して伸びた。

「不審人物にも人権は在る。それにアイツらへの過剰防衛で御縄になるのは馬鹿らしい。さっさと連絡しろ。……こんなんじゃ、倉庫の方付けの方がよかったよ。あ〜ぁ。じゃんけんで負けるんじゃなかった。なぁ、ラピス……ん?」

 F.E.D.氏が足元でかがんでいるLapis Lazuliに声をかけたが、反応がない。不審に思って視線を投げるとLapis Lazuliは一心不乱に本を読んでいた。

「ラピス? 何の本を読んでいる?」

「ん? あぁ、お嬢ちゃんが読んでいるのはコピー達の資料だ。で、その本は……『秘書達の昼下がり』という……ぐぉっ!」

 怒りに震えた表情のF.E.D.氏の前蹴りが雪だるまの喉元にアッパーカットのように決まった。

「なんだそれはっ! 発禁本じゃないかっ!」

「発禁本にこそ文化が凝縮されているんだっ! ぐぼっ」

 がぎぃん

 反論するSNOW WHITEの顔面にF.E.D.氏のストレートパンチが炸裂して、頭部の中心に在る核を打抜き、弾き飛ばし……胴体が崩れ落ちた。

(球形の胴体がどうやって崩れ落ちるのだ?)

「要らん事を教えるなッっ。……ふぅ。ま、コレで暫くは静かになる。ラピス……ラピスっ! 即座にその本を読むのを……えぇいっ!」

 がぎぃぃぃん

 しびれを切らしたF.E.D.氏がLapis Lazuliの頭部を思いっきり殴った。が、鈍い金属音が響いただけで情勢は変らなかった。数秒たってLapis Lazuliが瞬間的なスリープ・モードから立上り直して辺りを見回すと片手を抱えて痛みに耐えるF.E.D.氏と溶けかけている雪だるまが自分の両脇に在った。

「どうしたんですか? マスター。軍曹さんが溶けかかってますけど……」

「き……気にするな。それより、その本を縛りまとめて、ゴミの場所に出しておけ。いいか!? 絶対、中を見るなっ!」

「はい? 判りました」

 ふぅっと深く息を一つ吐いてからF.E.D.氏はLapis Lazuliの頭を撫でた。

「? なんでしょう?」

「ん。気にするな。それよりメシだ。そこの雪だるまが復帰したら飯にしよう」

「はい。了解しました」

 指示された事を処理したLapis Lazuliが研究所の扉を閉め中に入ると、夕暮れの幕が閉じ、色を増す夜空の下でなかなか復帰しない溶けた雪だるまが時に身を任せていた。

「軍曹はまだ復帰しないのかっ!? 腹が減って死にそうだぞぉっ!」

(たまにはこっちの存在意義を実感しろ……)

 溶けたままの雪だるまの顔の練炭の眼とピンポン玉の手があっかんべーをして、ふたたび溶けるに任せていった。

 その様子を見ていたのは夜空の二つの月だけだった。



 これはニフティのSFフォーラム内にあった「マッドSF噴飯高座」より派生した拙作です。


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