表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/74

本編 7 〜狂乱の日々 7 〜

 対テロ用アンドロイドが秘書となるために来た。

11.秘書たるモノのツトメ

 会社に着いたS.Aikiと瑠璃を待っていたのは、驚愕と羨望と嫉妬と呆気と……ありとあらゆる感情で迎えられていた。

 蛍光灯と隣接するビルの谷間から染み出る太陽光のカクテル光の下。液晶モニターの明りに照らされながらテキパキと仕事をこなしている瑠璃と……その後ろで包帯を巻いた両手で支え持つ缶入り珈琲をストローですすりながら周囲の視線に耐えているS.Aikiが居た。周囲の視線が物語っているとおり……当然、S.Aikiは何もしていない。敢えて言えば指示しているだけである。

「御主人様。次は何を致しましょう?」

「あ……あぁ。その書類のチェックと見積書と契約書の作成……」

「えぇっと。コレですね。元のファイルは……」

「その『様式見本』というフォルダにある。セーブするのは『○△商事』のフォルダ……」

「了解しましたぁっ!」

 目にも留まらぬスピードでキーボードを叩く瑠璃。最初こそ、いろいろと躓いていたが、コツを掴んだ今は常人の数倍のスピードで仕事をこなしている。

「S.Aiki君……ちょっと」

「は? あ、部長。瑠璃、ちょっと行って来る。その仕事が終ったら、そのまま待機して……あ、似たような書類は総て今までパターンで処理して……で、処理不明な書類等は手をつけずに待機してくれ」

「了ぉ解ぃっ!」

 嬉々として仕事をしている瑠璃を残してS.Aikiは部長室(磨りガラスのパーティションで区切られた同じフロアの一角でしかないのだが、ちゃんとドアで仕切られている。)に行くと部長に首根っこをつかまれて、小さな声で叱責された。

「(なんなんだ? あの女は? どうしてここにつれて来た?)」

「何と言われましても……私はこのとおり仕事が処理できま……」

「そういう事じゃないっ! どうしてっ……と」

 周囲の視線を感じて部長は小声になった。

「(どうして君は愛人を会社につれて来たんだっ!? ん!?)」

「ですから、瑠璃は『秘書のアンドロイド(流行の隠語で『愛人』を意味する)』じゃなくて、『アンドロイドの秘書(アンドロイドを秘書として使っているという意味をS.Aikiは表現したいらしい)』なんですってばっ!」

「いいやっ! あの感触はロボットモドキのモノじゃなく間違いなく人間だっ!」

「は? 感触? いつ触られたので……あ」

 ゴホンとあからさまに咳払いをした部長は何故か異様に汗をかいている。

「いいかっ! 今日だけは認めてやるが、明日からは絶対につれて来るなっ! いいな? では、私は幹部会議があるので……」

 そそくさと立ち去る部長は何故か片足を引きずっていた。

「ふぅ。……あ、ドア」

 既にバタンと閉められたドアのノブに両手をかけて回して……見たのだが、案の定、包帯を巻いた両手では滑って巧く回せない。

「……ま、いいか。今日の仕事はさっきので予定分は終了しているし……。追加発生分は部長が戻って来てからでも充分間に合うだろ……」

 幹部会議は昼前には終る筈。S.Aikiはパーティション越しに壁の時計を見た。

「……あと、1時間と20分ぐらいか。それまで寝てよっとぉ」

 部長の椅子に座り、大きく背伸びするS.Aiki。そして、数分も経たずに眠りに落ちて行った。……考えて見れば、この男にとって随分と久しぶりな束の間の休息だった。


 その頃。あっさりと仕事を処理した瑠璃はついでにと机の上を整理して……書類の山から未処理の書類を発見し、周囲の者(何故か鼻の下を伸ばした同僚(当然、男である))に聞いては処理し……1時間後にはS.Aikiの机はきれいさっぱりと片づいていた。そして瑠璃は手持ちぶさたのまま、壁の時計を見上げた。

(御主人様……遅いな。……きっと重要な会議で長引いているのね)

 瑠璃は重要会議に出席しているS.Aikiを想定したが……事実は重要な会議に出席している部長の部屋に閉じ込められて、眠っているだけである。

「……瑠璃さん、と仰ったかしら? ちょっと宜しいかしら?」

「はい?」

 振返った瑠璃の前に立ちはだかっているのは、ひっつめ髪の眼鏡をかけた……俗に言う御局様そのままの容姿をもつ女性。名を大坪音望おおつぼね のぞみである。

「こちらに来て下さる? お話ししたい事があります」

「はぁ……!?」

 冷たい視線を細長い眼鏡の奥に宿して、踵を返して先を進む大坪音について行こうとした瑠璃を若い女子社員が呼止めた。

「ちょっと瑠璃さん」

「はい。なんでしょう?」

「あの人が何を言っても気にしないでね。あの人……」

 何か伝えようとした女子社員の機先を制して大坪音の声が響き渡った。

「アナタ達っ! 御自分の仕事を総て終えてから他人の仕事に関与なさいまし」

 ゆっくりと振返る大坪音の顔はカエルを睨むヘビのよう。怯えたカエルの如く若き女子社員達はそそくさと自分の席に跳び帰って行った。

「瑠璃さん? どうぞこちらに……」


 大坪音が瑠璃を連れて来たのは、事務用品倉庫。コピー用紙やボールペン等の箱に混じって数年前の契約書やら古い商品のサンプルやらリーフレットが雑多に置かれている。その倉庫に入ると大坪音は瑠璃に扉を閉めるようにいった。が、瑠璃は何故か閉めようとはしなかった。

「瑠璃さん? 何故、閉めないの?」

 既に……というより瑠璃に声をかけた時から帯びている怒りの感情は爆発寸前へとボルテージを上げていた。

「……いえ。大坪音さん以外に呼吸音が察知されました。警戒レベルを1ランク上げます。退避路の確保はレベル1では必要事項となります。気をつけて下さい」

「はぁ!? 私以外の呼吸音っていったら貴女しか居ないじゃない。さっさとドアを閉めるっ!」

「はぁ……。対応レベルを1ランクあげる事で対処します。ところでお話しってなんでしょうか?」

 閉めたドアの前で奇妙な構えをする瑠璃を訝しげに見ながら、大坪音は一つ咳払いをし、気を取り直して話し始めた。

「瑠璃さん? 貴女があのうだつの上がらないS.Aikiさんの何処に惚れたかは……はなはだ疑問ですが、この際、不問と致します。私が言いたいのは貴女は仮にも『秘書』としてこの場に居られるのでしたら、少しは秘書らしく振舞って下さいまし。さもなければ即刻、お帰り下さいませ」

 腕組みし、仁王立ちする大坪音を気にせずに(つまりは、周囲に注意しながら)瑠璃は反問した。

「『秘書らしく』って私は秘書として御主人様のサポートを……」

「『秘書』? 『秘書らしく』? 貴女の何処が秘書として仕事をサポートしていたと?」

「では、聞きますが、何処が秘書らしく無いのですか?」

 その反論を待っていたかのように大坪音は不敵な笑みを口端に浮かべてゆっくりと決め台詞を瑠璃に叩きつけた。

「全部。総て。頭の先から爪先まで、総て秘書らしく無いのですっ!」

 瑠璃は吃驚して思わず何かの構えを解いて大坪音に向直った。

「全部って!? 何処がですっ!?」

 軽くウェーヴのかかった長き黒髪が揺れ、瑠璃の体温を解放った。……何故か、かなり上昇していた瑠璃の体温を放熱するが故の動作であった。が、その仕草を眼鏡の奥から鋭く睨みつけて、大坪音はびしっと指差して言放った。

「まずっ! その髪っ! いいですか? 秘書たるモノはまず清潔感あふれる容姿を保たねばなりません。そのように髪を振り乱している事自体、秘書として失格です。その次にっ!」

 大坪音は指先を瑠璃の足に向けた。

「……ハイヒールは秘書として御法度です。いいですか? ハンプスはローヒール。少なくともそのようなピンヒールに近いものを履く事自体、秘書としての自覚にかけます。そして、その服装っ!」

 指先を瑠璃の胸元に向けようとした……が、膨らみに邪魔されて指先が弾かれてしまった。

「くっ……プロポーションがいいのは認めますが、それをこれ見よがしに強調するスーツは秘書としてどうかと思いますよ? さらにっ! そのスーツの下のブラウスは明らかなミスチョイスっ! 何ですか!? そのバストコンシャスなブラウスは? 即ち、貴女のコーディネートはまるでホステス。ここは会社であって場末のキャバレーじゃありません。秘書はまず、清潔感を相手に与える服装を……」

 瑠璃は泣きそうな顔で反論した。

「……服装が間違いなのは判りましたっ! 明日から気をつけますっ!」

 つまり、服を全部買い直すという事なのだろうか?

「服装が間違い? 貴女、さっき秘書として有るまじき事をしでかしたのを判っておられないのかしら?」

「秘書として有るまじき事? なんです?」

 オドオドとして瑠璃は聞き直した。

「貴女のボス……あのうだつの上がらないとはいえ貴女のボスであろうS.Aikiさんが指示した事を越えてなさった事を憶えて無いの?」

「……え? ……なんです?」

 大坪音はまるで勝利宣言のように高らかに言放った。

「『その仕事が終ったら待機してくれ』って指示されたのに貴女は周囲の者に聞いてS.Aikiさんの机の上に在った総ての書類を処理してしまいましたわ。例え、その書類の中に期日スレスレの化石化しかけた重要書類を見事に発掘し、処理したとしてもそれは秘書として重大な越権行為っ! 秘書失格の烙印を貴女は自ら御自分自身に押されたのですっ! ……どう? これでも貴女は御自分を秘書だと言張るのかしら?」

 ふぅと一息ついた大坪音の前に居るのは……先程までの何事にも動じない瑠璃ではなく、ショックを隠し切れずに、ただ、呆然と立っている瑠璃が居た。

「私が秘書失格……失格……失格……どうして……」

 瑠璃にしてみれは予め記憶して在る情報に従い……その情報こそが秘書として為すべき事として行動してきたに過ぎなかった。が、今ここにその総てを否定されたのである。(その情報を入れたのは……たぶん、あの白くて丸い悪魔に違いない)

「ま、反省しているのはよく判りました。明日からこの国際秘書検定AAAをクリアした大坪音の指示通りに動いて下さるかしら?」

 国際秘書検定AAAとは……この国、カィ国秘書検定の他にアルファ/ベータ・イプシロン共通秘書検定、ズィータ国の国際秘書検定の総てでAランクを修めたモノが自称するこの国だけに通用する技能ランクであった。(しかし、少なくともアルファ/ベータ・イプシロン語、ズィータ語を理解し、通訳としての技能を持ち合せなくば称する事は敵わないのであるが)

「……秘書検定?」

 瑠璃の呟くような問掛けに大坪音の眉がぴくっと上がった。

「……信じて無いのかしら? 判りました。では、この場で少なくとも秘書らしい格好にしてさしあげますわっ! まずっ! その鬱陶しい髪からっ! くっ! やけに硬くて太い髪ですわねっ! くっ……おっ……とりゃっ!」

 まだ惚けている瑠璃の髪をむんずと掴み、力任せにその場に在った綴じ紐で髪を纏め上げて行く。大坪音はそれがアンドロイド、瑠璃の放熱器だとは考えもしなかった。

 当然である。彼女は瑠璃をアンドロイドだとは考えもしていないのだから。

 そして、その行為が対テロ用アンドロイドである瑠璃の体温を上昇させ、危険な事態へと導く、スイッチだとは微塵にも思わなかったのである。


 まさに時は破壊的な事態へとカウントダウンを進めていく。……そして、その一部始終を刺すように覗き見る邪悪な瞳の存在を誰も知らなかった。

 誰一人として……


 これはニフティのSFフォーラム内にあった「マッドSF噴飯高座」より派生した拙作です。


 宜しかったら、投票、感想など戴けると有り難いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ