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本編 6 〜狂乱の日々 6 〜

 対テロ用アンドロイドが秘書となるために来た。

9.修復する者

 その夜。

 二つの月、紅き月と蒼き月は眩いばかりに輝き、夜中には重なり接しようとしていた。その二つの月の輝きの下、S.Aikiの部屋では、ベッドにぐるぐる巻きに固定されたS.Aikiとその傍でスリープモードに入って微動だにせぬ瑠璃が居た。

 誰一人として身動きしない時の中で、S.Aikiの指先から茶褐色の……チョコレートクリームのような物が床に滴り落ち……塊となって、中央部分が盛上がり、そこに……二つの輝きが開いた。まるで、目のように。やがてひょいと頭をもたげて、月明かりの下へと移動した。空を見上げ……疲れたように頭を下げて、S.Aikiの方へと移動して行った。その茶褐色のアメーバのようなモノは瑠璃の近くを通り過ぎようとした時、瑠璃の身体……肘のあたりから白い液体……粘性度の高そうな液体が滴り落ちるのを見つけた。やがてその白い液体が白いアメーバ(その茶褐色のアメーバとと同じような。違うとすれば色だけだった)となったの嬉しそうに見つめ、そして抱き合った。白いアメーバは茶褐色のアメーバの後ろに周り、その背中(?)を何箇所か押していたが……やがて悲しそうな顔をして見つめ合った。

 その時、夜空の二つの月が重なり始め、月の間に虹の橋が出来上った。

 僅かな時間に二つの月の間に渡る虹の橋……二つの月の輝きが大気に干渉して創られる光の橋から一筋の虹色の輝きがS.Aikiの部屋の窓に突刺さり……二つのアメーバがその輝きを見やった時、開け放たれた窓の上桟に一人の少女が……正確に言えば少女型アンドロイドのような姿が上下逆さまに腰かけていた。無表情な顔の……まるで人形そのままの「少女」が。

 まるで重力が反転したかのように上桟に腰かける「少女」は呆れたように一つ息を吐く仕草をすると、肩から下げたポシェットから二つのキャンディー、赤いキャンディーと青いキャンディーを取出し、二つのアメーバに投げ与えた。キャンディー達は上下逆さまの放物線を描いて、床から伸び上がったアメーバ達の口(目の下にでき上がった孔)で見事に受止められた。

「大変ダろうけド、頼むワね。オマエ達にしカ、できないンだから」

 『少女』の声に嬉しそうにうなずいたアメーバ達は元の場所、S.Aikiと瑠璃の身体の中へと戻って行った。

「全ク。修復ナノマシーンが粘菌タイプにまで進化させテも追付かナいなンて暴れ過ぎヨ。ふゥ。あノ時の『揺らギ』がこんナ形で顕れるナんて……。もう暫ク……たまに来テ、『修復』作業ガ必要かもネ。全く、未来っテ……」

 『少女』はくるりと身を翻して上空の虹の橋へと「落下」していった。

「……『だかラ、人生は楽しイ』んだったワね」

 くすりと僅かな微笑みを口端に浮かべて。


 翌朝、目が覚めたS.Aikiは……前日と同じように、自分自身の身体が全快しているのを、前日と同じように息苦しさの中で気がついた。

「瑠璃っ! 起きろっ! スリープモードを解除しろっ!」

「え……。あっ! 御主人様ぁっ! 修復完了したんですねっ!」

「……人間の場合は治癒だ! 完治だっ! いいから手を退けろっ! 包帯を解けっ!」

 ベッドから開放し、立上ったS.Aikiの全快を確認した瑠璃は再び感極まった。

「御主人様って頑丈ですのね。この瑠璃、身体のチタンフレームが錆となるその日までずぅっと御側に仕えさせて頂きますっ!」

 自分の手を握り締める瑠璃をS.Aikiはあきれた顔で見つめていた。

(チタンが錆びるなんて……そんなに長生きする人間はいねぇよ。まったく、少しは常識というモノを教えこまない……い、い……)

「い、痛っ。瑠璃っ! 握力を緩め……ぎゃあぁぁぁぁ!」

 S.Aikiの言葉に我に返った瑠璃は……運動系統への指示を最大感度にしてしまい……連動した手首のモーターが主力を上げた結果……事実だけを言えば、S.Aikiの両手の指骨は再び複雑骨折してしまった。

「……あ」

 激痛に気を失ったS.Aikiを瑠璃は抱きかかえ……たのだが、まだ、運動系統への出力指示はMAX状態だった。ま、その結果は御判りのとおり、全肋骨骨折である。

「御主人様……案外、脆いんですね」

 アンドロイドより頑丈な人間は存在しない。……たぶん。


 そして、その夜。2つのアメーバの溜め息を2つの月だけが見ていた。


10.サイレントノイズが騒がしい

 翌々日。

 週末から目覚めた都市へと向かう人々の流れが駅から吐出されている。その喧騒と混雑を極めるターミナル駅に奇妙な二人の姿が在った。

 一人はしょぼくれた男、S.Aikiである。その容姿で変った点をあげるとすれば、両手にぐるぐる巻きにされた包帯。まるでグローブと見間違えんばかりに厚く巻かれた包帯はその下の手が尋常ならざる状況である事を一目見た総ての人間に語っていた(実際、全指骨が複雑骨折状態であったのだが)。

 そしてもう一人。長身の美女。ハイヒールの音を周囲に高らかに響かせると同時に美しいメゾ・ソプラノの声を無遠慮に響かせているのは元来は対テロ用アンドロイドであり、今はS.Aikiの秘書として仕えている瑠璃であった。

「御主人様っ! 次の電車に乗れば間に合いますっ!」

 瑠璃に片腕を引っ張られ、振回されるS.Aikiは周囲の視線を諦め顔で受流していた。

(もう。どうにでもなれ)

 ここに来るまでにも……最初の駅の自動改札口のフラップ扉を蹴破り(瑠璃自身が切符を買い忘れたが故の出来事。そしてその謝罪と説明で遅れたのである。)、閉じかけた電車の扉を無理矢理こじ開け乗込み、乗換のこの駅で自分自身を地面につかせぬ勢いで振回している。人目を気にしていたら、到底、このアンドロイド、瑠璃を所有することは適わないのだろう。

(所有し続ける事にも……疲れそうだけど……なぁ)

「御主人様っ! この電車ですっ!」

 閉じかけた扉を片手で止め、S.Aikiを満員電車に無理矢理に押込め、自身も開口部の上に手をかけて力のままに乗込んだ。……結果としてS.Aikiは瑠璃と他の乗客に挟まれて、呼吸困難な状態となってしまった。

「……ふぅ。コレで会社に遅刻しませんわ。ん? あれ!? 御主人様? 呼吸してませんけど? 生きてますか?」

 瑠璃の言葉に一斉に引く乗客達。急に開放された空間(当然、薄汚れた床)に投げ出されたS.Aikiはやっと吸う事ができた空気の味に生きている事の素晴らしさを実感していた。……心の底から。

「あぁ……生きてるよ」

「良かったァ。御主人様が御亡くなりになったら私、野良秘書アンドロイドになってしまいますわん」

 ぎゅうぅぅぅぅぅ……

「あ、止めっ! また、肋骨を砕くつもりかっ!」

 抱き寄る瑠璃を制止して、S.Aikiは反対側のドアに寄りかかった。こちらのドアは目的の駅まで着くまでの間は開く事がない。通勤客にとっての特等席というヤツである。一息ついたS.Aikiの後ろに瑠璃が寄添い、首から腕を回して胸の前で両腕を交差させ、入口脇と座席横(壁側)の鉄棒を握りS.Aikiと自分の身体を固定させた。

「これで呼吸できる空間は確保致しました。御主人様」

 耳元で囁く瑠璃の声は非常にくすぐったく……周囲の冷たい白い視線を無視させる効果を……余り在るほどに持っていた。

(……無視、無視。気にしてたら身が持たん)

 それにしても……改めて自身の身体と瑠璃とを見比べて見ると、瑠璃の方が確実に頭一つ高い。履いているハイヒールのせいもあるだろうが、この格好はどう見ても、どこぞの愛人に甘えられている旦那である。

(……無視っ! 周りを気にしていたら心臓が持たんっ!)

 幾つかの駅を過して入代る乗客達の氷点下の視線に耐えながらS.Aikiは……背中にあたる瑠璃の感触を楽しんでいた。

 ……だったら瑠璃を所有して居ていいんじゃないか。この男は。

「御主人様……」

 小さく囁く瑠璃の声は何処かしら気色悪そうだ。

「ん? どした?」

 ちょっと身体を動かし、何故か瑠璃からほんの少しだけ離れてS.Aikiは問い直した。

「私の腰椎部下部後方部分を執拗に撫でている人が居るんですけど……どの様に対処したら宜しいでしょうか?」

「……誰か判るか?」

「……中年男性。……推定年齢40代後半。頭髪被覆率40%以下……。今はそれしか判別できません」

(痴漢だな)

 沿線に女子校と女子大が多いのでも有名であるこの路線は、その手の輩が多い事でも名を馳せている。

「瑠璃、その輩の爪先の位置は判るか?」

「ちょっとお待ち下さい。……私の踵から右後方……4時30分方向、距離は40cm±5cm。誤差5%以内と推定されます」

 S.Aikiは少し考えてから瑠璃に指示を出した。

「瑠璃、そいつは敵だ。次に電車が揺れた時にその男の靴を踵で踏みつけろ。……骨折しない程度に」

「骨の間をヒールを貫通させ、歩行機能を奪うのですね。靴の皮の厚さが不明ですが、頑張ります」

「違うっ! 皮に損傷を与えずに内部にだけ損傷を与えるのっ! 骨折させない程度にっ!」

「命令を受領しました。……御主人様って敵にも御優しいんですね」

 瑠璃の甘く囁くような声の後ろで、ヒキガエルが踏まれたような悲鳴を上げる中年男が居た。

(ま、自業自得というヤツで……)

「すみません。電車の揺れが想定以上だったもので御主人様の指示を若干越える損傷を敵に与えてしまいました」

(……骨折していない事を祈る)

 心の中で謝罪してS.Aikiは瑠璃に念を押した。

「……次はミスの無いように」

「了解しました。実行します」

「はい!?」

 そのS.Aikiの疑問の声より早く、左後方から別のオヤジの悲鳴が響いた。

「御主人様の指示を確認している間に、別の敵も出現しましたので。……あ」

「どした?」

「別の敵が……」

 S.Aikiは溜め息をついた。

(このままでは痴漢全滅だな……ま、仕方ない。自業自得……あ、でも……)

「攻撃しろ。攻撃手段は『踏みつけ』『肘打ち』……」

「つまり、打撃系全般ですね」

「そう。但し、あくまで電車の揺れなどを利用して故意と思われぬ事……」

「攻撃を悟られてはいけないという事ですね」

「……与える損傷は打撲程度以下に抑えること。以上」

 これで、傷害罪で訴えられることは在るまいとS.Aikiは心の中で一息ついた。

「了解。失礼します」

 S.Aikiの前で交差していた瑠璃の腕が一瞬、消えると、2、3人離れた位置に居たオヤジが瑠璃の裏拳を蟀谷に受け……こっちを軽く睨むとそそくさと離れて行った。

「……? 瑠璃、今のは?」

「側方……3時方向。御主人様からの距離1m50cm程に位置してらっしゃる推定年齢20代前半の女性の臀部を撫でていましたので。……電車内で女性の臀部を撫でている男性は『敵』で宜しいんですよね?」

 適用範囲の指示を忘れていた……のだろうか?

「……まぁ、そうだ。但し、女性が嫌がっている場合に限る」

「了解しました」

 それから暫く……正確には目的の駅に着くまで瑠璃の周囲では不埒なオヤジ達の声なき悲鳴が響いていた。



 これはニフティのSFフォーラム内にあった「マッドSF噴飯高座」より派生した拙作です。


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