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Prolog 3

 対テロ用アンドロイド Lapis Lazuliの戦い

 9.不穏な会話

「おい! 止めろ。軍曹!」

 F.E.D.氏はSNOW WHITEを制したが、それが無意味なのはこれまでの経験から確かだった。

「ほっほっほっ。気にしなさんな。『彼』が私を傷つけることは『不可能』なのだからして」

「それは、どうかな? コイツは本物の鉛玉が出る!」

「試したのかね?」

 N.P.Femto氏に挑発されてSNOW WHITEはゆっくりと銃口を傍らに転がっていた空缶に向けて、引き金を引いた……軽い発射音の直後に小さく金属の悲鳴が響き、跳ね飛び転がった空缶には無残な穴が空いていた。

「……本物だろ?」

 SNOW WHITEが再び銃口をN.P.Femto氏に向けようとした時、老研究者が忠告した。

「すまんが、それをこっちに向ける前に『花』を取ってくれんか?」

「何ィ?」

 見ると……銃口からプラスチックの『花』が咲いている。

 いつの間にか雪だるまの手の中の拳銃は場末のマジックで見る玩具に変わっていた。

 SNOW WHITEが振り向きざまに睨んだのはラプラス・バタフライ。

 いつの間にか『少女』は無表情のままケン玉で遊んでいる。

「くそぉ!」

 瞬時にSNOW WHITEは理解した。『少女』がこの世界に干渉した事を。

 砂の地面に玩具を叩きつけるとSNOW WHITEはくるりと背を向けてF.E.D.氏とLapis Lazuliに努めて感情を抑えて言った。

「気分が悪い! ちょっと散歩してくるから先に会場に行ってくれ」

「ああ、判った……」

 足も無いのに何故か腹立たしいと言わんばかりの足音を立てて雪だるまは砂丘の向こうに姿を消した。

「ほっほっほっ……すみませんの」

 悪びれずに老研究者はF.E.D.氏達に謝った。

(どうして、謝るんだ? コイツは)

 不審な目で睨むF.E.D.氏に老研究者は破顔して声高く笑った。

「ほぉーほっほっほっ。そう睨みなさんな。儂が『殴れる』のは『接点』であるアイツだけじゃよ。他のモノには『干渉』できるだけじゃ」

「はぁ?」

「では、また後で会いましょうぞ」

 老研究者はくるりと振り向いて、『少女』の手を取ってテントの影に消えていった。


「なんか、変だな。なぁ? ラピス……ラピス?」

 Lapis Lazuliは即座に反応しなかった。

「え? ……マスター。何か用ですか?」

 ちょっと瞬断した蛍光燈のように目をぱちぱちさせて、Lapis Lazuliは慌ててF.E.D.氏に答えた。

「どうした? どこか故障でもしたのか?」

「いえ……その……あの子の話が意外だったもので……」

「話? いつしたんだ?」

「え? マスターはあの子が笑ったのを見てないんですか?」

「え? 笑った? あのアンドロイドは感情表現なんかできたのか? いつも無表情だぞ?」

「ええ、そうなんですけど……笑ったんです。私に……」

 怪訝な顔で二人が消えた方を見つめる二人だった。


 その頃、1台の技術サービス車両で男が殴られていた。

『馬鹿野郎! 試し撃ちなんぞ、こんな所でやるな! 気づかれなかったからいいようなものの、あいつらに騒がれたらどうする気だ?』

 努めて小声で、しかし威圧的な声で男がライフル銃を持った男に掴み掛かった。

「その時はあいつらの人生の幕を引くだけですよ。この引金でね……」

 殴られた男は口の端から血を流して静かに笑った。

 凍りついた笑顔で。

 それは、男がくぐって来た修羅場の数を物語っていた。

 そして、男がその修羅場で演じた役割をも……

 不意にインカムに声が流れた。

「こちらヌーヴ4。『広告塔』は占拠した。指示通り一枚も天国への切符は切らずにすんだ。……もっとも相手が無傷という訳ではないが」

 それはあるケーブルTV社の中継車を占拠した仲間からのものだった。

「OK。ケガ人はちゃんと手当てしておけ。少なくとも『ショー』が終わるまでは生きているようにな」

 殴った男はインカムで指示すると、ライフル銃を持った男の襟を掴んでいた手を放してカーゴ室のドアに手をかけた。

「大層なもんだな……砂漠の死神と恐れられ数万人の政府軍を手玉に取ったアンタが、此処じゃ誰一人殺そうとしない……何故だ?」

 殴られた男が、唇の血を拳で拭いながら聞いた。

「必要があれば『処理』する。だが、此処での目的は人間じゃない。それを勘違いするな。判ったらちゃんと見張れ! ……いいな?」

 男は振向かずに背の迫力だけでライフル銃を持った男を黙らせると、カーゴ室に乗りこんだ。

「どうだ? 『コントローラー』の取付は終わったか?」

「もう少しだ……それよりこんな旧式の『鉄人形』でいいのか?」


 彼らがいう『鉄人形』とはイータ国製重装備軍事ロボット。

 通称「ガンアーム」と言われている機種である。

 両腕に装備された25mmバルカン砲と45mmロケット砲、キャタピラ構造の両脚に支えられた胴体は弾丸と動力部を分厚く保護する強固な装甲で被われている。

 しかし鈍重で常に人間のサポートを必要としたため市街地紛争制圧か突撃にしか使われない旧式の軍事ロボットだった。


「コイツの重装備と重装甲が必要なのさ。あの『バレリーナ』を壊すためにはな……」

 男は口端で笑いながら鋼鉄の人形を眺めていた。


10.無限な有限

 F.E.D.氏達がテスト控え室に行くと雪だるまは葉巻をふかして椅子に座っていた。

「ラピス。テスト前に動作確認チェックをしておけ。特に指先のな」

「判りました」

 Lapis Lazuliは少し離れて、傍目にはラジオ体操にもみえる動作で四肢の動作状況を確認しはじめた。

 F.E.D.氏は雪だるまの隣に椅子を並べて置くと、どかっと座った。


 重苦しい空気が二人を包んでいる。


 時折、SNOW WHITEの口から昇る葉巻の煙がそれに拍車をかけていく……。

 F.E.D.氏はいきなり立ち上がり手で煙を大げさに払って……

 一つ溜め息をついてから椅子に座りなおし……

 ………………そして、天井を見ながら尋ねた。

「なぁ? 軍曹。さっきの爺さんと知合いなのか?」

 問いに答えず、SNOW WHITEはゆっくりと紫煙を吐出してその流れる様子を見ている。

「ま、言いたくなけりゃいいんだ」

 椅子に浅く座り直して足を組み、F.E.D.氏は頭の後ろで手を組んだ。


「……昔」

 風がテントの中の紫煙を砂漠に連出した時……

 不意にSNOW WHITEが話しだした。

「……昔、『不可能』に挑戦した学者、というか技術屋が居た。……そいつは『不可能』を可能にする糸口を発見したんだ。……だが糸口はいつまでも糸口でしかなかった……」

「壁か?」

「そう。壁にぶち当たって一歩も進めない。糸口から繋がる糸は壁の向うに確かに繋がっているのに……壁を乗越える方法もぶち壊す方法も見つからなかった……」

「……」

「……その時、妙な爺ぃが現われて糸をロープに変えてくれた。それからはとんとん拍子だ……なんで、こんな簡単な事がわからなかったんだと思うぐらいにな……分厚い壁と思っていたモノが、ただの紙一枚に思えた……そして『向う』に行けたんだ……」

「……向う?」

「そう。文字どおり別世界。そこで技術屋は爺ぃに礼の代わりに『無限理論計算機』を作ってやった……無限を有限な要素に分解し、有限な手法で無限に計算する機械を……」

「どういう意味だ?」

 雪だるまは砂漠に目をやって紫煙を吐出した。

「あの砂漠には無限に思えるほどの砂がある。しかし、それは形容しているだけで実際には砂は有限だ。そして、いま吐出した煙の粒子もな……」

「……確かに」

「……だが、この煙の1秒後の姿も『予測』できまい? 『予測』と言うからには1秒以内に無限に近い要素を計算を全て終わらせて結論しなけなければならない……」

「……うむ」

「……だが、この有限な世界の中に無限が潜んでいる……」

「何処に?」

「この世界は数千億年の宇宙の卵の爆発から始まった……」

「……そう言われて居るな」

「では、爆発前はどうだ? 爆発する前の『卵』の周りには何があった?」

「それは不可知だ」

「そう不可知だ……では、この宇宙はどうだ? この宇宙の外には何がある?」

「……それも不可知だ。我々は『そこ』を知ることができない」

「だが『推測』はできる」

「それは『憶測』でしかない」

「こう考えたらどうだ?」

 雪だるまは、F.E.D.氏の言葉に耳を貸さずに声を続ける。

「この『宇宙』の外側には空間がある。そしてその空間からはこの宇宙が『素粒子』に見える……と」

「……素粒子?」

「そう。実際、この世界の全宇宙の質量がブラックホール化した時の直径は……いま観測できるこの宇宙の直径にほぼ等しい。つまりは漸等径粒子と同じだ……」


 漸等径粒子とはその質量がブラックホール化した時の直径よりもわずかに大きい素粒子の事である。


「……前提が正しければ、その結論は正しいかもしれんな」

「そう考えると……この世界の素粒子の中にも『世界』があってもおかしくはない……」

「なに?」

 眉間に皺を寄せて問うF.E.D.氏の顔を見ずに雪だるまは砂漠の彼方を指差して尋ねた。

「この先には何がある? 砂漠の向こう、その先の海の向こう、その海の先の大陸をも越えて……その先には何がある?」

「そこまで言うのならば、答えは「無限の彼方」か?」

「そうだ! 有限な球の表面に『端』はなく表面に引いた直線は何者に遮られる事はなく、いつまでも伸び続ける! つまりは無限だ」

「それは……そうだな」

「もし、これが『世界の構造』だとしたら?」

「?」

「素粒子の中に『別世界』があり、この宇宙の外にも『別世界』がある……それが無限に続く……」

「……なるほど」

「『この世界』が『外の世界』に取って『素粒子』ならば、『この世界』から『外の世界』をみたら酷く退屈な事だろう……何も動いてないに等しいからな……つまり『この世界』を『素粒子の中の世界』は同じく『酷く退屈な世界』に見えると言う事だ……」

「……ふむ」

「そして、その『世界』の壁を通り抜けられたら……『壁』を通り抜けて『中の世界』の時間で『外の世界』の事象を計算できたら……どんなに手数のかかる計算でも『外の世界』から見ると一瞬で……いや、『一瞬』という形容自体が無意味と思える時間で終わる……」

「つまり……」

「つまり、『この世界』の事は全て計算可能だということだ! この世界の『未来』はすべて確定しているという事になる!」

「そうか?」

 F.E.D.氏は不機嫌そうに足を組みなおし、椅子を後ろに傾けた。片足と斜めになった椅子だけで水平になった体を支えて天井を見上げている。

「何が不満だ?」

「前提となっているのは『世界』を自由に移動できるという事だな?」

「そうだ」

「では今の話は不可能だ」

 あっさりと否定するF.E.D.氏を意外そうな声で雪だるまが邪悪な笑みを浮かべながら聞き直した。

「何故だ?」

「『世界の壁』を物質が越えることはできない。それが現実だ」

 当然だと言わんばかりに澄ましきった顔でF.E.D.氏が答える。

「ならば『情報』ならばどうだ? 純粋な『情報』ならば移動可能だろう?」

「不可能だ。何故ならば『情報』は常に『媒体』を必要とする。『媒体』は『物質』だ。だから『壁』を越えて情報が移動することは不可能だ!」

「ほほぅ」

「それに確定された未来なんぞに用はない! 不確定だからこそ未来だ! 解らないからこそ人生は楽しいんだ」

 F.E.D.氏が断言すると、SNOW WHITEは高らかに笑った。

「ははははははははは……・旦那はシンプルでいい! はははは・・・」

 そして、肩を軽く叩くと……F.E.D.氏は見事に椅子の足を支点にして砂の地面に頭から突き刺さった。

「ぶふぉあっ! ぺっぺっ ……何をするっ! って……・・はははは、おい。痛いって。 ははははは」

 まるで憑き物が落ちたように、会心の笑みで肩を叩き続けるSNOW WHITE。

 F.E.D.氏も重苦しい雰囲気が消え、いつものSNOW WHITEが戻って来たのが嬉しく砂だらけの顔で一緒に笑いはじめた。

「ははははは……旦那は本当にシンプルだ。シンプル過ぎて感心する。はははははははははははははははははははははあっはっはっはっは……」

 なんか馬鹿にされたようだが、F.E.D.氏も声高く笑っていた。

「はははは……って、痛いぞ。 痛いって……」

 雪だるまはまだ肩を叩き続けている。

「……痛いって。 をい……」

 肩の痛みが限界に達したとき、雪だるまの顔面をF.E.D.氏の靴の底が襲った。

「痛いってつってんだろが!」

「すまない。あまりにもシンプルだったものでな」

 にこやかに笑いながら、SNOW WHITEの右手が F.E.D.氏の鳩尾に叩き込まれた。

「ぐぼっ じゅん……粋に痛ぇぞ! コラぁ!」

「なんだ喰い過ぎか? それとも国営TVの見過ぎか? ぐぇお!」

「んな訳が……ねぇだろうぐわ!」

 ……そして有限数の最少の方に位置する『2』という人数(?)は無限ループの殴り合いに入っていった……・。


11.非常識な日常光景

「そろそろ、準備を……もしもし? あのぉ……大丈夫ですか?」

 係員が呼びに来た時、二人は殴り合いに疲れて地面でのびていた。

「あ゛……あぁ、やっと木偶人形のプレゼンが終わったのか?」

 目の周りに蒼く縁取りをつけて、F.E.D.氏が立ち上がった。

「……なんか、酷い格好ですよ。医者呼びましょうか?」

「それには及ばん!」

 かなり歪なデザインになったSNOW WHITEが何処からかクリームパイを取出して、F.E.D.氏の顔面にぶつけた。

「ぶわっ……何をする!」

 クリームだらけの顔で怒るF.E.D.氏を放ってSNOW WHITEは叫んだ。

「放水用意! 放水っ!」

 いつの間にかSNOW WHITEが手にした高圧放水ノズルから凄まじい勢いで水が飛び出しF.E.D氏の顔面のクリームを吹飛ばした。

 ……ついでに、F.E.D.氏をも数m吹飛ばす。

「なんだなんだなんだぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「ほれタオル」

 吹き飛んだF.E.D.氏の背後から非常識に出現したSNOW WHITEは有無を言わさずに彼の顔面をタオルで無茶苦茶に拭き取る。

「何をするっ!」

 再び臨戦態勢のファイティングポーズを取るF.E.D.氏の顔面にぶつけんばかりにSNOW WHITEが差出したのは……手鏡。

「どうだ。瞬間顔面治療クリームと治療固定洗顔水の威力は?」

 いつの間にか、怪我だらけの顔は傷一つ無い普段の顔に戻っていた。

(どういう理論のどういう製品だ?)

 F.E.D.氏は口に出かかった疑問と腕の正拳突き行動を取りやめた。

 それは非常識な現象を認めたくないという常識と、また殴り合いのループに入る事の無意味さを悟った良識からだった。

 そしてSNOW WHITEはタオルで体中を拭き取ると、歪なデザインは無くなり、球形二つのシンプルなデザインに戻っていく。

「あーーーー。ラピス、もう準備運動はいいぞ……ラピス?」



 これはニフティのSFフォーラム内にあった「マッドSF噴飯高座」より派生した拙作です。


 宜しかったら、感想など戴けると有り難いです。


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