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本編 3 〜狂乱の日々 3 〜

 対テロ用アンドロイドが秘書となるために来た。

5.記憶に潜むモノ

「さて、洗濯終了っと」

 日当たりの良いベランダに洗濯物を干し終わると、うさは満足そうに空を見上げた。風は冷たいが、乾いている。空に浮かぶ雲も雨の気配を伝えてはいない。

「念には念を。情報は……の基本です。……え? あれ?」

 自分が言いかけた言葉を想い出そうとしたが、何故か想い出せない。

(何の基本だっけ?)

 だが、何かがそれを思い出すのを止めている。自分の記憶の中の何かが……

「……なんだろ? ま、いっか。取敢えず、天気予報っと」

 電話をかけ、天気予報を確認すると、うさはにっこりと笑った。

「降水確率0。明日の朝まで0っ! 御主人様が……あ、いえ。H.Iderさんが帰りに濡れる事も無いっ! いぇいっ! さあっ! 買い物に出かけよっと」

 そそくさと支度を整えて、買い物に出かけようと外に出た途端、うさは慌てて中に戻った。

「あっ。と、帽子、帽子」

 玄関先の帽子掛けにあった毛糸のニットの大きめの帽子を軽めに被ると、うさは嬉しそうにスキップして出かけた。

(ふふん。御主人様に帽子貰っちゃったぁ。でも、ウサギ耳を隠すなんてね。なんでかな? 恥ずかしいのかな? ま、いっか。人間耳もあるし、聴覚には不自由しない。それに『アンドロイドであることは知られないように』って御主人様に命令されたしね。あ゛……『御主人様』って言わずに『H.Iderさん』って呼ぶんだったね。気をつけなきゃっと)

 スキップするように出かけて行くうさは……まだ頭部に生えているウサギ耳が放熱器である事の重要性を理解してはいなかった。


「消化の良いもの。消化の良いもの。……鍋がいいかな? でも、呑んで来るからそんなに食べられないって言ってたし……」

 近くの商店街を見て回りながら、献立を考える。

「ん! やっぱり鍋物にしよう! 白菜と人参と椎茸と白身の魚の切り身で少しだけ作って、少な過ぎたら御飯入れておじやにしたらいいよね。そうと決まれば先ずは八百屋ひゃん……はぁれ?」

 ふらりと視界が揺れる。

「なんだゃろん?」

 放熱器である耳が毛糸の帽子で被われたが故に熱暴走しかけている事をうさは気付かない。

「まひぁいひやぁ(まぁ、いいや)。ひぃやひょくなひ(いいや、よく無い)」

 両手でぱちんと頬を叩く。……アンドロイドとしては全く意味のない行動だったが、怪我の功名、叩いた事で帽子がちょっとズレて春先の風が帽子の中に入り込み、熱気を運び去った。

「おしっ! 気合い入れて買うぞォ!」

 しかし……元に戻った帽子は再び、放熱器であるうさぎ耳を覆い、熱暴走へと誘って行った。


「おじさん。この白菜、1/4くださいな」

「あいよっ! あれ? 奥さん、見ない顔だね? 引っ越して来たのかい?」

 八百屋の主人は見知らぬうさを近くに引っ越して来た若夫婦の奥さんと勘違いした。

「ひぇ。私は奥さんじゃあまひぇん……ひぁれ?」

「どうしたい? 風邪かい? 熱あるんじゃ……あつっ!」

 うさの額に手を当てようとした主人は微かに触っただけで手を引っ込めた。

「凄い熱だね。そんな熱じゃ出歩いちゃ駄目だよ」

「ひゃい。でぉも、白菜下ひゃい」

「判った。判った。白菜でもなんでも持っていって早く帰って寝とくれ」

 その時、背後で叫び声が響いた。

「きゃあああ……泥棒っ!」

 見ると、サングラスにマスクをつけた怪しげな男が老婦人のバックを引ったくってこちらに逃げてくるところだった。

「野郎っ! わっ危ねぇっ!」

 男は出刃包丁を振回しながら逃げて来る。捕まえようとする者も居たが、危なくて近寄れない。男の周囲、逃げようとする方向の道にはあっという間に人が居なくなった

「お、奥さん。危ないよっ! はやく隠れなよっ!」

 主人が注意するのを聞流して、ぼおっとした表情のままで、うさは男を指差して突然、宣言した。

「ひぁなぁたをテぇロんリぃストぉと断定ひぃまふ。抵抗ひぃた場合にひゃ、攻撃しまふ」

 うさは宣言し終わると八百屋の店先の野菜をひょいと両手に持って構えた。

「……奥さん。気は確かかい?」

 周囲の呆れかけた心配をよそにうさは迎撃しようと道の真ん中に仁王立ちしている。

「どけっ! どきゃがれ! ぶっ」

 逃げ来る男は行く手を邪魔するうさに切りかかった……が、包丁はうさの手に持った南瓜で受止められ……南瓜に見事に突刺さり……素早くうさが南瓜を捻り動かしたことによって包丁は男の手から奪われた。その直後に男の顔面に大根が思いっきり打ちつけられ……衝撃で飛散った大根の破片と共に地面に男の身体は道に崩れ落ちた。

「おぉぉぉぉ!」

 周囲の人々の感嘆の声をよそにうさは八百屋にひょこふらと戻ると一礼した。

「すみまひぇん。売り物を傷物にしてひまいまひた。これも買わせて下ひゃい」

「いいよ。気にしなさんな。この際、どれでも持って行きな。しかし、大したモノだねぇ。なんか武道とかやってたの?」

「ひぃえ。葡萄酒を作ったことは在りまひぇん。では、これぇとこれぇを……」

 ちぐはぐな受答えをしながら、うさは野菜を買い込み、その場を取繕うと逃げるように商店街を後にした。

 部屋に戻り、帽子を取って……荷物を放り投げて、目を回して床に倒れ込んでしまった。

「あぅ……ぅ。もっと涼しい帽子が必要ですぅ……」

 うさの周りには放り出した荷物……大量の野菜が散らばっていた。けっこう、気前のいい八百屋だったらしい。


6.ちょっとした誤差?(或いは初期値の設定ミス)

「できました。スープに仕立ててみました」

 出かけたままの瑠璃を待ちくたびれて寝こんでいたS.Aikiは何やら怪しげな香りに目を覚ますと、側で瑠璃がスープを丼鉢によそっているところだった。

「……ん? 随分、寝てしまった。今、何時?」

「夕方の6時です」

「……そんなに寝てたのか」

 退院してから……何故か深酒をした時とか、体調が思わしくない時は何故か眠りが長い。

(変だよなぁ……歳の所為かな?)

「ま、いいや。……で、これは? 何のスープ?」

 怪しげな香りに眉を顰めて尋ねてみる。

「ヨツメマダライモムシとシブタデの葉と根のスープです」

「……なにそれ? 何処かの漢方屋で仕入れて来たのか?」

 S.Aikiの問いに瑠璃はにっこりと笑って応えた。

「いいえ。近くに河川公園が在ったものですから。その水辺で採って来ました。材料費はタダですから、御財布は傷んでおりませんわ」

 瑠璃の姿をよく見ると、端正なスーツは泥や枯れ草で薄汚れている。

「はひぃ? つまり……それは……いや、この匂いは……」

 言葉を挟んで、それを味わう時を先に伸ばそうとするS.Aikiの思惑を知らずに……いや、知っているからこそ先回りするかのように瑠璃は言葉を繋げた。

「ヨツメマダライモムシは打撲傷に、シブタデは火傷によく効くんですよ。野戦用サバイバル料理です。さぁ、どうぞ」

「いゃぐわ……ぐべっ。けぼっ」

 片手で頭を押さえつけられても、口を開かずに抵抗していたS.Aikiだったが、瑠璃の掌と長い指がS.Aikiの蟀谷を押さえつけ、親指と人差指でこじ開けられた口に怪しげな緑色の液体が注ぎ込まれた。

「はい。御終い」

 丼鉢の中身を注ぎ終わると瑠璃はポンと背中を叩いた。が、絶妙な力加減でツボへのピンポイント攻撃となった打撃にS.Aikiは口の中のモノをゴクンと飲込み……布団に突っ伏して気絶してしまった。

「まぁ? もうお休みですか?」

 掌底で額をポンと叩くと、S.Aikiの体は勢いよく仰向けに布団に倒れ……その身体にふわりと布団をかけると瑠璃は恭しく頭を下げた。

「それではお休みなさいませ」



「んまいなぁ。これは何の鍋?」

 深夜遅く帰って来たH.Ider氏は暖房の効いた部屋でうさの作った鍋のおじやを美味しそうに食べていた。

「いえ……あの……『砕け野菜のおじや鍋』です。あ、おかわりしますか?」

 取繕うように笑うとうさはお椀を受取り、キッチンにそそくさと引き上げた。

(い、言えない。帰りの道であちこちぶつけて買った野菜をぐちゃぐちゃにしてたなんて……とても……)

「いゃあ、うさは料理が巧いな。来て貰って助かったよ」

「いえ。あ、そ、そうですか?」

 照れながら、うさはあることを後悔していた。

(……しまった。この鍋のレシピを記録しておくんだった。どうやって作ったっけ? やら……思い出せなひ……ひゃれ? あ゛暖房効かせ過ぎきゃも……)

 うさはまたもや熱暴走気味となっていた……らしい。



 翌朝、S.Aikiは何やら妙な息苦しさで目を覚ますと……頭の包帯が解けかけ……顔にたれ落ちていた。

(あ〜あ。腫れは引いたんか……な。……ん? あれ?)

 腫れどころか、痛みは総て引いている。

(おっ! 確かに効いているよ。良薬は口に苦しとかいうけど本当だな。ん?)

 首を回して、部屋を見渡すと……窓から差込む朝日に部屋中が眩く見える。

 頭からずり落ちた包帯越しでも眩く光る台所や板の間。TVや卓袱台も奇麗に掃除されているのが判る。コップや皿もきちんと洗われて奇麗に並んでいる。

(……寝ている間に掃除してくれたのか? 瑠璃が? こんなに奇麗に……)

 その瑠璃はと首だけ動かして捜して見ると……ベッドの傍らに座り、自分の胸元の布団を枕に上体をベッドに預けて寝ている。

 S.Aikiはふっと微笑み、瑠璃を起さないように起上がろうとした。……が、起上がれない。そういえば、さっきから息が苦しい。胸が痛い。見た目は眠れる美女であっても機械仕掛けのアンドロイド。体重は百kgをはるかに越え、上半身、いや首だけでも十数kgは在るだろう。そんな重量物に押さえられては起上がる事はできない。いや、今まで呼吸できていたということが奇蹟かも知れない。

「おひぃっ! 起きろっ! 瑠璃っ! アンドロイドのくせに寝るなっ!」

 焦って叫ぶS.Aikiの声にぴくりと反応した瑠璃は一つ大きく背伸びをすると、朝の挨拶をした。

「ん〜〜〜。あ、おはようございます。消費電力を抑える為にスリープモードに入ってました。……あれ? 御主人様、何を目を白黒させているのです?」

 瑠璃はまだ完全に起動できていない所為か状況判断が確実にできていないらしい。手に絡まった包帯の端を掴んだまま背伸びをしたために、緩み落ちていた包帯がS.Aikiの首を絞めている事に気付いたのは……S.Aikiが気絶する寸前だった。

「こ、殺す気かぁぁぁぁぁぁ!」

 当然の如く、怒りに任せて叫ぶS.Aikiに瑠璃は何事も無かったかのように微笑んで応えた。

「いえ。私達、ATA-1500シリーズのアンドロイドの行動プログラムに殺人はありません。対人攻撃はありますけど」

 しれっと微笑んで答える対テロ用アンドロイド市販用サンプル品、完全無欠(予定)の秘書アンドロイドにS.Aikiは乱れた息のまま問掛けた。

「……そ、その……対人攻撃と殺人の違いは?」

「死に到るか否かという事です。これは確率で表現でき、次のように規定されて……」

 延々と続く瑠璃の説明を疲れた様子でただ聞き続けるS.Aikiだった。

 これがすべての騒乱の日々の始まりとも知らずに……


 これはニフティのSFフォーラム内にあった「マッドSF噴飯高座」より派生した拙作です。


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