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本編 2 〜狂乱の日々 2 〜

 対テロ用アンドロイドが秘書となるために来た。

2.命名

 もう一体のアンドロイド、ATA-1500-F0018はどうなったのであろうか?

 彼女もまた徒歩で所有者の所を目指していた。大きな荷物を抱えて。

「えぇっと。あ、ここだ。すみません。こちらにH.Iderさんはお住まいでしょうか?」

「うん? アンタは……」

 眠そうな目で、アンドロイドを見る管理人。茶色のロングコートに大きな荷物を軽々と肩にさげ持つ二十歳前後の女性の容姿を持つアンドロイドを繁々と見ながら管理人は尋ねた。

「……親戚の方かい?」

 にっこりと微笑むアンドロイドをマンションの管理人は人間と判断した。無理もない。既にロボットやアンドロイドが実用化されているとはいえ、人間と見間違うほどの表情や動作、仕草、会話機能を持つアンドロイドは皆無であった。

「いえ。違います。この度、H.Iderさんのお世話する事になったモノです」

 『モノ』を『物』と思わず『者』と判断した管理人は手元のボタンを押してエントランス・ドアのロックを解除した。

「301号室だよ」

「どうも、ありがとうございます」

 ぺこりと一礼して部屋へと向かうアンドロイドを管理人は溜め息と共に見送った。

「……はぁ。いくらいいとこのボンボンだからって身の回りをしてもらう人間にあんな若い娘さんをねぇ。ま、間違いがあってもここは独身専用じゃないからいいけどさ。それにしても随分と大きい荷物だね。羽毛布団でも持参したんかね。……ま、どうなっても私の仕事に関係無し。それにしても変な髪飾りだね。最近はあんなのがはやっているのかねぇ」

 管理人が妙に感じたのはアンドロイドの頭部に生えた二つの大きな耳。まるでうさぎのような大きな耳(それは放熱器も兼ねている)を流行の髪飾りと見たのである。だが、本当に驚くべきなのは彼女が持っていた荷物。もし、その荷物の重量を知ったら管理人は腰を抜かしただろうか。軽々と肩に掲げ持つ荷物は点検用ポッド。重量は……実に120kgである。

 その夜。

 H.Ider氏は遅く帰って来た。転勤となった同僚の送別会があり、2次会、3次会と飲み歩き、千鳥足となっての帰宅であった。

「たらいまぁ……っひっくられもひなひんだぁよぉねっとはぁれ?」

(意訳)「ただいま〜……って、ヒック。誰も居ないんだよな。あれ?」

 誰も居ない筈の自分の部屋に明りがついている。

 扉を開けて、部屋に入ると玄関先で一人の二十歳前後の少女が三つ指ついて出迎えている。

「はぁあぁぁぁ?あぅなぁつぉわぁどぉれでぅかぁ?」

(意訳)「はぁ? 貴女は誰ですか?」

「お帰りなさいませ。私は製造番号ATA-1500-F0018。まず最初に私に名称を与えて……きゃいっ!」

 H.Ider氏は突然! 彼女に襲いかかっ…たのではなく、睡魔に堪えられずにその膝元に崩れ落ち、……そのまま眠り込んだ。

「……うぅさぁちゃん」

 寝言にH.Ider氏か発した言葉は最後に立ち寄ったバーのフロア・レディの姿を想い出した故だろうか。それとも彼女の姿からだろうか。兎に角、H.Ider氏が発した言葉をアンドロイドは自分への命名と受取った。

「……『ちゃん』は名称の後ろにつける言葉だから……私の名前は『うさ』ですね。了解しました。では、わたくし、『うさ』の機能について説明します。私はH.Iderさんの身の回りをお世話するメイドアンドロイドとして……」

 自分の膝枕で眠りを貪るH.Ider氏の背中をぽんぽんと軽く叩きながら延々と説明を続ける『うさ』だった。微笑みながら。


3.たぶん研究所での日常的出来事

「それにしても、安くあがった。うん。アンドロイド達に自分で歩いて行かせたお蔭で運送費がただですんだ。これもあのアンドロイドを最初にテストした自分の勘と発想の賜物だな。うん。……ぐべっ!」

 ロッキングチェアでくつろいで自画自賛している雪だるまことSNOW WHITEを椅子ごと蹴飛ばしたのは若き天才技術者F.E.D.氏である。

「ただですんだじゃねぇっ! お蔭で近所に何と言われたのか知っているか?」

 確かに約50体ものアンドロイド……いや、事情を知らない人から見れば約50人もの美女、美少女達が一斉に一つの建物からぞろぞろと出てくれば不審に思うのも不思議では無い。

「知らん」

 しれっと応えたSNOW WHITEにF.E.D.氏は怒りに震えながら言放った。

「不法労働の仲介所だとか、人身売買の闇市だとか……。見ろッっ! お蔭で警察から出頭要請が来たわいっ!」

「ほぅ。それは目出度い。ついでに刑事あたりに張り込んで貰おう。近頃、変な奴らがうろついているからな」

「なにぃ!? 『目出度い』だとうぅ!?」

 反省の色が一切、見えない雪だるまに怒りが頂点に達したF.E.D.氏は傍らでギターを爪弾いていたLapis Lazuliに命じた。

「ラピス! 近所で不審者がうろついているそうだ。この部屋を中心に50m以内の通常のごくありきたりな一般人ではない者に攻撃を加えろ。即座に! 無制限にだ!」

 F.E.D.氏が意図したのは雪だるま、SNOW WHITEへの攻撃。だが、当の雪だるまは目を白黒させて吃驚している。

「旦那、気は確かか? そんな条件だと……」

「ウルサイ! 当然だっ! ラピス、早くしろっ!」

 Lapis Lazuliは暫く小首を傾げて考えていたが、ギターを置くと命令の条件を確認した。

「了解しました。優先順位は近距離の者からでいいですね?」

「当然っ! ぎぉいっ!」

「ぐぎゃあっ!」

 Lapis Lazuliの攻撃対象はF.E.D.氏とSNOW WHITE。Lapis Lazuliにとって二人(?)は自分を造ってくれた特別な人。……それを置いたとしても……少なくとも二人は「ごく普通の一般人」ではない事だけは明確だった。


 その時、研究所の塀の外から中の様子を窺う怪しい男達が何かをカメラで撮っていた。無表情な顔のままで……


4.翌朝の風景

「いってらっしゃぁい」

 にこやかな笑顔のうさに手を振られて見送られるH.Ider氏はニヤついた笑顔を禁じえなかった。

「いいもんだね。見送ってくれる人……いや、例えアンドロイドでも、見送られるってのは……いいねぇ」

 足取りも軽く、駅へと向かうH.Ider氏を見送ったうさは軽く一つ息をついてからH.Ider氏の命令を復唱した。

「え〜と。他人にアンドロイドだという事を話さない。ここに住んでいるという事も知られないようにする。今日はお酒を飲んで来るから、あっさりした物を。部屋の方付けと、洗濯と、掃除した時に本とビデオは捨てないこと……今日に関してはそれだけかな?」

 部屋へと戻ってぱぁんと両手を叩いて気合を入れる。

「おしっ! さぁて。掃除に洗濯っと。その後、買い出し行ってお料理ね」

 メイド(対テロ用)アンドロイド、うさは自分の仕事の段取りを決めると、てきぱきと始めた。嬉しそうに。



「つまり……貴女はLapis Lazuliの市販品だということ……ね」

 両手と頭部をぐるぐる巻きの包帯で飾ったS.Aikiはベットに横たわったまま、アンドロイドに介抱されていた。

「ええ。御要望通り、『完全無欠の秘書アンドロイド』となる為に参りました。では、私に名前をつけて下さいませ」

 S.Aikiは暫く考えていたが、考えるのも疲れたように名前を告げた。

「……瑠璃でどうだ?」

「素晴らしい名前です。ちなみに由来は? お聞かせ願えますか?」

「ラピス・ラズリは碧き宝石の名だと聞いている。瑠璃も碧き宝石の名だ」

「ありがとうございます。私の製造由来も汲取って下さるなんて」

 感激したのか、瑠璃はS.Aikiの両手を思いっきり握り締めた。結果は……言わずとも御判りのとおり、凄まじき激痛に声も出せずに気絶するS.Aikiであった。


 数分後……気絶から目覚めたS.Aikiは両手を大事に抱え持ち、怯えながら尋ねた。

「……確認するが、君の出力は? Lapis Lazuliと同じか?」

「幾分、出力的には増加されているとの事ですが基本的に同じです。ただ……」

「ただ?」

「私はプロトタイプ(たぶん、Lapis Lazuliの事だろう)より長身のため、腕や脚も長くなっていますので……単純に申せばギア比を変えて初期動作時のトルクが出易いようになっているとの事です。総合的に動作能力はコンペ参加時と同一レベルを維持しています」

 つまりは……対テロ用アンドロイドとしての能力はLapis Lazuliと同程度の性能を維持しているという事なのだろう。

「はぁ……(対テロ用アンドロイドの秘書ね。思いっきりミスマッチだな)」

「何かおっしゃいました?」

「いえ、何も。それより……休むって会社に連絡してくれたか?」

「はい。S.Aiki様のアンドロイドの秘書としてきちんと連絡致しました」

 ふと、瑠璃の返事に引っかかるS.Aiki。

「え〜と。……自己紹介したのか?」

「はい。まだ私の名前を伺う前でしたので、『S.Aikiの秘書でアンドロイドで

す』と名乗りましたが? 何か?」

(……絶対、誤解されたな。いや、間違いなく、積極的に誤解しているな)

 『(人間の)秘書をアンドロイドと呼ぶ場合は、その秘書は愛人である』という自分を取巻く世界で流行り始めた隠語を同僚達が知らぬ訳は無い。同僚達の驚き、嘲る姿が目に浮かぶようだった。

「……ま、いいさ。それより何か造ってくれないか」

「何を造るのでしょうか?」

 目をぱちくりさせる瑠璃にS.Aikiは思わず怒鳴った。

「メシっ! この手じゃ料理できないでしょ? それに箸も持てないでしょ? 外食も金欠でできないのっ! だから何か食べるものっ! メイド機能もあるんだろ!?」

「はいっ! 判りました。でも、冷蔵庫には……」

 瑠璃が言わんとしていることはS.Aikiにもすぐに判った。その中には確かに麦酒とツマミのイカ薫ぐらいしか入って無い。

「……財布を預けるから、何か買って来て」

「でも、先程、『金欠』だと……」

 S.Aikiの言動の矛盾に小首を傾げて戸惑う瑠璃。その仕草に何故か苛立ったS.Aikiは大声で指示した。

「いいから、何か材料を仕入れてこいっ! 出来るだけ安くっ! それで料理して食わせろっ! 火傷と打撲傷に効く料理を望むっ! 以上っ! 何か疑問は在るかっ!?」

「いえ。ありません。では、行って来ます」

 すっきりとした笑顔ですっくと立ち上がると足早に出て行く瑠璃。その後姿を見送るS.Aikiは深い溜め息を吐いた。

「はぁぁぁぁ……。あの子の市販品か……時が流れるのは早いモノだな」

 ふと、展示会で出会った『少女』、対テロ用アンドロイドLapis Lazuliの姿を想い出した。そして握手をして危うく手を砕かれそうになった事も。

「あの子の握力も凄かった……ん? 『も』?」

 自分の両手の包帯を繁々と見る。

「……ひょっとして、オレは対テロ用アンドロイドに手を砕かれる運命なのか?」

 その問いに答える者は誰一人としていなかった。ただ……壊れたドアから吹き込む風が昨夜、水びたしとなった部屋の床に冷たさを運んで来るだけだった。



 これはニフティのSFフォーラム内にあった「マッドSF噴飯高座」より派生した拙作です。


 宜しかったら、投票、感想など戴けると有り難いです。

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