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本編 1 〜狂乱の日々 1 〜

 対テロ用アンドロイドが秘書となるために来た。

101人の瑠璃(本編)


0.前夜(……たぶん6日前)

 その日、S.Aikiは荒れていた。安酒をあおり、くだを巻き、もつれた足で家路を歩いていた。

「バカヤローっ! 何がアンドロイドだ。人間じゃねェかっ!」

 足を取られて道端に倒れるように座り込み、自動販売機にもたれて、その日の出来事を思い出しては文句をたれた。

「人間の秘書だろっ! 秘書が愛人なんじゃなくて、愛人を秘書にしたんだろうがッ! それを『アンドロイド』だ? アンドロイドの立場も考えろってんだ。なぁ……あれ?」

 ポケットの中の小銭を探り、自動販売機に入れては見たが……10円足りなかった。

「……なんだよ。珈琲が飲めねェじゃねぇか。なぁ? あれ? アンタ誰?」

 S.Aikiが肩を叩いていたのは……季節外れの雪だるま。

「久しぶりだな」

 何故か雪だるまは声を発した。しかも何故か幾分、緊張した声で……

「あれ〜〜? 何処で御会いしましたっけ?」

 酔った男の軽い反応に軽い頭痛を憶える雪だるま。

「ふぅ……。何で荒れてんだ?」

 雪だるまはピンポン玉のような手を眉間に当てて、溜め息を一つついてから薄汚れたサラリーマンに問掛けた。

「いゃあね……。話せば長い事ながらだっ。今日、接待してたと思いねぇ……」

 S.Aikiの話は長いので要点だけをまとめると……今日、取引先の重役の接待をした所、同席した相手の秘書がその重役の愛人だと言う事。そして、それを示す隠語として『アンドロイド』という言葉が使われて居た事等を長々と何回も繰返して話した。

 事実、その隠語は完全人間型アンドロイドが世間を賑わしてから、夜の世界では使われ始めた言葉であった。

「……だからねっ。思うんだけどさ。アンドロイドはアンドロイドでしょ? 秘書は秘書でしょ? 愛人は愛人だよ? 愛人の『隠語』として『アンドロイド』なんて使っちゃ駄目でしょ? いやっ! その前に秘書を愛人にする……いやいや、愛人を秘書として採用しちゃ、真面目に働いている秘書の皆さんやちゃんと愛人している美女の方々に申し訳立たないでしょ? それをあのタヌキオヤジは……」

「判った。もう5、6回ほど聞いた。それで用があるのだが……」

 雪だるまは緊張した面持ちのまま持っていた袋から何かを取出そうとゴソゴソと探り始めた。

「なんでしょ? 雪だるまさん」

「喰ってみろっ!」

「ふげっ!」

 酔った男の口に無理矢理押し込まれたのは……芳しい香りも鮮やかなシナモンクッキー。男は目を白黒させながら咀嚼し……ごくりと呑み込んだ。

「んまいね〜〜。どうも、歳の所為か、酔っぱらった後は甘いモノが欲しくなってね〜」

 雪だるまは何故か満足そうに満面の笑みを浮かべ、袋の中から携帯ポットを取出しながら男に言った。

「そうか。ついでにブラックコーヒーがあるのだが……」

「ゴチになりやす。ん! んまい珈琲だね。やはり、甘いモノにはブラックコーヒーだねぇ」

「そうかそうか。やはり、酔っている方が味覚も欲望も実に素直になる。あの時のクッキーへの感想は、やはり疲労に伴う味覚異常だったんだな。ところで、聞きたい事があるのだが」

 雪だるまは満足そうに頷くと、袋の中からメモ用紙とペンを取り出し……ついでに古いドラマに出て来る新聞記者のようなハンチング帽と腕章をつけて問い質した。

「好みの女性のタイプ、若しくは好きな動物、或いは好きなアニメのキャラクター、さもなくば好きなコスチューム。それらに興味が無い場合のみ、欲しいアンドロイドのタイプを応えろ。……で、何が好みだ?」

 泥酔している男はその質問の意図を深く考えずに……いや、『深く』以前にまったく思慮せずに問われるままに総て応えた。

「……そうか。これで総てのデータは揃った」

「なんのです? 旦那」

「『旦那』はオレじゃない。……造るのは『旦那』だがな。まぁ、これでテロリストと一緒に吹飛ばした借りは返すぞ。じゃあな」

「えっ!? 借りを返す? それじゃついでに10円貸して……あれ? 居ない」

 男が見上げた時、雪だるまは姿を消していた。男は暫く見回していたが、やがて、そのまま眠り込んで行った。


1.「待つ人」来たる

 その日、S.Aikiは早々と帰宅の道についていた。

 10数週ほど前にテロリストと共に吹飛ばされ、高圧発電器の中に埋もれた割には無傷に済んだ。と言っても病院に運び込まれた時は全身打撲と捻挫の嵐だった。しかし、医者も驚くほどの速さで完治し、10日ほど前には仕事に復帰したのである。が、流石に営業マンとしての仕事、接待に連日連夜、耐えられるほどではなく、この日は仕事(やはり接待)を同僚に頼み込み早々の帰宅であった。

(……春とはいえ、今日は冷えるなぁ。それにしても……)

「へっくしっ!」

 花冷えの風が傷痕にしみる。

(誰だろね? ケーキ爆弾をくれたって女の子は……)

 入院した翌日、誰からか判らないケーキが届けられた。そして包みを開けた途端、中に仕掛けられた爆弾……といっても大型カンシャク玉程度の爆発だったのだが、見事にS.Aikiはチョコレートクリームだらけとなり、ついでに同室の患者達や看護婦達も巻き添えをくらってクリームだらけとなった。

(……お蔭で、怪我人だというのに婦長や医者に説教くらっちまったい。こんな歳になって……。でもな……)

 立止まり、身体をポンポンと叩いて見る。

(あのチョコレートクリームを浴びてから急に傷が痛まなくなったんだよな)

 暫く考えて見たが、考えて判る訳は無い。

(ま、いいや。今日は風呂に入って早めに寝よ)

 カンカンと安アパート「シャトー・野洲武神」の錆ついた階段を登り、自分の部屋の鍵を……

「あれ? 開いている」

 朝、出がけに閉めなかったのかと思い、よく見ると……

「壊れてる!? いくら安普請たって……」

 今朝までドアノブは壊れていなかった。ところが今見るドアノブはまるでハンマーで殴ったかのように、見事に破壊されている。

「……泥棒?」

 いや、部屋に取られるモノなぞ何も無い。それでも一応、用心して扉を開けると……

「お帰りなさいませ」

 ロングヘアーの美女が三つ指ついていた、シックなスーツを着こなし、端正な身のこなし。隙の無い化粧、整ったプロポーション。驚愕のあまり開きっぱなしになった口と瞳孔の割には確りと観察するS.Aiki。自分の部屋に妙齢の女性、もとい美女が居るということは、少なくともそれまでの彼の人生には全く縁の無い出来事であるが故の観察だろうか?

「あのぅ……どちら様で?」

 部屋を間違えたと言うオチも浮かんだが、こんな安アパートにこういう美女が住んでいる居る訳がない。いや、住んでいたらとっくに気がついている。

「わたくし、アンドロイドのATA-1500-F0024と申します。宜しく御願い致します。御主人様」

「はあ??? えーてぃーえーいちごーぜろぜろえふぜろぜろにーよん!?!?」

 未だに事態が呑み込めないS.Aikiに美女は傍らの鞄から虹色のファイルを取出してS.Aikiに渡した。

「これが私のマニュアルです。御一読下さい」

 訝しげにファイルを受取り、ゆっくりと開くと……総て白紙だった。

「……あのぉ……何も書いてませんけど……え!?」

 開いた白紙のページがS.Aikiの言葉を待っていたかのように輝き出し……あるホログラフを白紙の上に浮かび上がらせた。

 それは大小二つの白い球。浮かび上がった球は互いに相手の周りを回り出し、徐々にスピードを上げ、同時に回転半径を狭めて行く。そして白紙の中央付近で衝突した瞬間! 凄まじい輝きを発した。

「ぅおっ! えっ!? ……あ?」

 輝きの中から顕れたのは……雪だるまの姿ホログラフ。片手を眉間に当てて前傾姿勢の雪だるまは何故か工兵ヘルメットを被っていた。そしてすっくと立上ると何処からか紙とマイクを取出して、言葉を発した。

『えー。只今、マイクのテスト中。本日は晴天なり。時々曇りのち雨。若しくは暴風雨。所により一時的にコロニー落しがあるでしょう。……ぶっ』

 空中から飛出した足が雪だるまの後頭部を蹴飛ばした。

『早くしろ。下らん冗談につき合うヒマは無い』

 何故か声だけが響くと雪だるまを蹴飛ばした足はホログラフから消えて行った。

『せっかちなヤツだな。まぁいい。ミスターS.Aiki。貴様は運良く、我々の最高傑作である史上最高、天下無敵(現時点および未来永劫)の対テロ用アンドロイド、形式名称ATA-1500、一般名称Lapis Lazuliの市販用サンプル品の1体であるATA-1500-F0024のモニターに選ばれた。このモニターの選考には一切、過去の事象……例えるならばテロリストと共にソニック・ハウリング砲で吹飛ばしたこととか、高圧発電器の山に埋もれて九死に一生を得たと言うような不幸な事故とは全く関係が無い。……おごぉっ!』

 またもや、突如顕れた白銀色のハリセンが雪だるまの後頭部を張り倒し、ホログラフの説明が一時中断した。

『いいから、先に進め』

 また、声だけが響き、ハリセンはホログラフから消えた。雪だるまは後頭部を撫でながら不満げな視線で後方を見やりながら、ぶつぶつ呟いていたが、急に姿勢を正して説明を続けた。何やら緊張しているようだ。

『……兎に角、貴殿はモニターに選ばれた。事前に得た貴殿の趣味嗜好から、アンドロイドは二十代半ば。長身のグラマー。ロングヘアーの秘書という容姿にして在る。言語も嗜好に合わせて『大屋敷メイド用(当研究所調べ)』に設定して在る。その他の細かい設定はそっちで勝手に変えてくれ。なお、モニターにあたっての報酬はそのアンドロイドだ。無論、無償で提供する。但し、維持に関する費用、またはそのアンドロイドを所有する事で発生する諸費用、手早く言って総ての支出、言換えて総ての歳入歳出は、完全にそちら持ちだ。なお、蛇足だがモニターは全員で50名居る。モニターとしての報告は特に要らない。つまりは50名に最高級のアンドロイドを提供する事が事前広告として市販用製品の製造販売メーカーが納得したのだ。別に応接室で対戦車ライフルを分解掃除したとか、脅したという訳では……』

 雪だるまの声は銃声と共に突然途切れた。何故ならば頭部が吹飛んだからだ。

『……不必要な事を晒してどーする』

 雪だるまはやれやれと何も無い肩で語り、後ろにひっくり返ると何故か完全体に戻った。

『……という事でだ。重ねて言うが、貴様の欲望……いや、要望通り、長身でグラマーな完全無欠の秘書アンドロイド(メイド機能付)を渡したぞ。その機体に貴様の所有物になる事を告げたら、何故か自分で歩いていくと言ったので、取敢えず本体のみだ。付属品は別送する。これで必要最小限の説明は終了する。後は、アンドロイドに聞いてくれ。いいか? 貴様は幸運な人間だという事を肝に銘じてくれ。モニターに選ばれると同時にこのホログラフビデオペーパーの唯一のモニターにも選ばれたのだからな。なお、このホログラフビデオペーパーは試作品につき……終了と共に爆炎する。手に火傷を負わないという幸運を祈る。……では』

 ぼぉっ!

「ぎゃあぁぁぁぁっ!」

 ホログラフが終ると同時にS.Aikiの両手は炎に包まれ、燃え出したファイルは床に落ちる前に灰となって消えてしまった。

「大変っ!」

 ぐぃっ……べき! ばきん! しゃぁーーーーー……

 美女は……いや秘書アンドロイドは素早くS.Aikiの両手を掴むとそのまま台所……ただの玄関脇の流し台だが……に行き、蛇口をあっさりと破壊して、ほとばしる水で両手を冷やした。その間、実に0.2秒。S.Aikiは両手の火傷の痛みと……脱臼しかけた肩の痛みと、台所の壁に打ちつけた頭の痛みで気絶していた。

「これで、応急措置は……あら? どうされました?」

 無邪気に微笑む秘書アンドロイドは何故か人間の気絶というものを全く理解していなかった。

「……フリーズしてしまいました。えーと。こういう時は頭部に打撃を加えるとリセットするんでしたね……」

 それはアンドロイドである自分自身の設定であり、人間へのモノでは無い。

 ばきっ!

「ぎゃあっ!」

「あれ? また、フリーズしてしまいました。では……」

 ……その後の出来事を記述するのは控えさせて頂きたい。



 これはニフティのSFフォーラム内にあった「マッドSF噴飯高座」より派生した拙作です。


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