Prolog 23
対テロ用アンドロイド Lapis Lazuliの戦い
少し離れた場所で総ての様子を眺めていた二つの影があった。砂漠を渡る風が巻き起こした砂埃の影に映る影……まるでスクリーンに映る映写機の映像のような……
「……終ったの」
「ええ……。ほんの少しダけ『誤差』が多かっタけど……良かったワ」
満足そうな少女の顔を見て老人が尋ねた。
「逢って行くのかの?」
「……うウん。『誤差』ガ多くなってしまうワ。残念だケど……」
「よいのか?」
「こレ以上、『破滅』に好キ勝手さセる訳には……行かないカら……」
くるりと背を向ける少女は老人の手を取って急かした。
「さァ、行きマしょう。余韻に浸ル分だケ『破滅』のヤツが近づいて来ルかラ」
「そうじゃの……今、立ち去れば……もう一度ぐらいは逢えるかも知れん」
立ち去る二人を映す砂埃は……一陣の風と共に消え去り、二度と二人を映す事はなかった。
そして二人……N.P.Femto氏とラプラス・バタフライは二度と人目に顕れる事はなかったのである。……永遠に。
80.望まれぬ結末
ラミアは……自分の技術サービス用テント、テントと言っても鋼板で造られた仮設倉庫のような比較的しっかりした造りのテントに戻って、分離していた。
Lapis Lazuliに教えられたエレベーターの残骸から見つけ出したラミアA、自分が地下で回収して来た、ラミアBからDをそれぞれのメンテナンスカーゴに納め、それぞれの触手もその本体の前に並べ、ラミアEの数少ない触手で砂埃や汚れを払い、各種チューブやプラグを接続しておく。自分自身もまた自分専用のメンテナンスカーゴに戻り、チューブやプラグを接続して待っていた。
それは彼女を作った人々が彼女を『伯爵夫人』と呼ぶ理由。
出来るだけ人々の手を煩わさせないラミアEのいつもの所作だった。
そして、ラミアEは待ち続けた……自分達を仲間をメンテナンスしてくれる技術者達を……あの若き設計者を。ただ、1体で待ち侘びた。
長き時間が流れ、不意にテントの扉が開いたのは……夜も更けた頃だった。
そして入って来た者は……チーフエンジニア。しかも、酔っていた。この男がラミアEは『嫌い』だった。何かにつけて若きエンジニアを悪く言い、自分自身では何もしない。いや、邪魔ばかりしている。ラミアEはこの男を自分を作ってくれた人間とは認識しなかったのである。そして、その男のラミアE達に対する感情もまた、それに相応しいものだった。
「ふん……よくやったな」
言葉に愛情が無い。いや、嫌悪の感情が判断できる言葉の抑揚。ラミアEは顔を伏せ、聞いていないフリをした。
「ふん……そうやって待っているのか? アイツを? あの変人にはオマエは愛想がいいよな?」
ラミアEには言葉を発する機能がない。感情を表わす機能もない。総て「不要」としてこの男が、チーフエンジニアが認めなかったのである。職権として。
「だがな……くっくっくっ……」
腹の底から薄気味悪い声で笑う男はラミアEにある悲劇を告げた。
「アイツは……死んだよ。そうだ、オレがこの手で殺したんだ。いや、ほんの少しだけ押しただけだがな。……あのテロリスト達の軍事用ロボットに轢かれて死んじまったんだよっ! ぎゃはははははは……。他のメンバーもここには来ない。葬式の準備で忙しいのさ。はははははははは……」
男の言葉を聞いた瞬間。ラミアEの行動処理回路に不意に「ある処理要求」が飛込んで来た。だが……動けない。体を震わせるだけ。行動を命ずる要求とそれを停止する命令の狭間で体を震わせる事だけがラミアEに赦されていた。
「くやしいか? オレを殺したいか? でも、無理だよなあ。あ? オマエにはロボット三原則がちゃんと組込んで在るからなぁ? ぎゃはははははは……」
男は笑いながら、ラミアE達のメンテナンスカーゴの電源スイッチを入れた。
カーゴは所定のプログラムに従い、ラミア達の損傷レベルや行動ログを取込んで、修理すべき箇所や必要な部品をリストアップして行く。
男はカーゴの操作盤に虹色に耀く円盤をセットして、あるスイッチを押した。
「オマエ達は本当に御苦労さんだよ。この情報は高く売れるんだ。そうだ、オマエ達はもう用がないんだ。オマエ達の情報だけが価値があるのさ」
冷たく笑う男に為す術もなくただ、記憶を写し取られて行くラミアEの状況処理回路はある言葉を探していた。
「さて、コレで終りか。そうだ、最後にオマエ達を『洗って』置かなきゃな」
男は薄気味悪く笑い、操作盤の別のスイッチを押し……壁のロッカーからライフル銃を取出して構えた。
「くくくく……優勝するのがオマエ達じゃ都合が悪いんだとさ。これはオレからオマエ達に送る優勝メダルだっ!」
男はライフル銃を連射した。撃ち出された弾丸は……容赦なくラミア達を打砕いていく。ロッカーにある予備弾をも撃ち尽くした時には……カーゴの液晶に『修理不能……記録消去完了……』と寂れた酒場のイルミネーションのように延々と映っているだけだった。
「……ふん。さらば『伯爵夫人』様。うっ!」
不意にラミアEの触手が動き、男の首を絞めようと蠢いた。が、首にぐるりと巻付いただけで締めつける動きはない。しかし……男の感情を逆撫でるには充分だった。
「野郎っ!」
男の拳銃が火を噴き、ラミアEの頭部を破壊して行く。拳銃のスライドが固定された時、触手の動きは止まり、ラミアの総てが破壊された。
「……ふん。なんだ? やけに記録が長いな。……まぁ、オレには関係無いさ」
記憶量を示す表示を妙に感じながらもラミア達のログを記録した虹色の円盤を無造作に取出し、男は廃墟のようなテントを後にした。その円盤に刻まれた長い記録。その最後にはラミアEの選んだ言葉、『悲しい』という言葉が延々と記録されている事を男が知る事はなかった。
「コレだ」
バーのカウンターに座った男は隣の男の前に虹色の円盤を置いた。
コンペが行われた砂漠近くの都市。賭博と夜の享楽だけで構築された都市のあるバーで男……ラミアの開発チーフであった男は、ラミアの全てを記録した虹色の円盤をある男に渡そうとしていた。
「……確かに。貴方の望む口座に振り込んでおきましたよ。どうぞ、金額を確認して下さい」
円盤の内容を確かめもせずに男は大袈裟な所作で元チーフに入金の確認を促した。元チーフはそそくさと携帯電話で口座の金額を確認し、立ち去ろうとした。
「じゃあな。もう、逢う事も……」
「無い……と、おっしゃるなら、カクテルぐらい楽しんだらいかがです? チーフさん。いや、元……チーフさん」
男が大袈裟に指を鳴らすと、元チーフの前に茶褐色……少し緑を溶かし混んだカクテルを老いたバーテンダーがコトリと置いた。
「ちっ……」
元チーフは忌々しげに椅子に座るとそのカクテルを口に運んだ。
「……そのカクテルは」
不意に男が声をかけたため、元チーフは咽せそうになってしまった。
「ほぅ? どうしたのです? そんなに人生を急いても仕方ないでしょう?」
意味ありげに笑う男。元チーフは感情に任せて立上り、言ってはならぬ事を口にした。
「何だって言うんだ? ビショップ? アンタの望むモノは渡した。金は受取った。コレで契約は……」
「しー。私がビショップだという事は言ってはいけない事でしたでしょう?」
ニヤリと冷たく笑うビショップに元チーフはゆっくりと座り、飲み直した。背筋に冷たいモノを感じながら……
「なんだ? 何が言いたい?」
カクテルを飲干し、急かす元チーフにビショップは意味ありげに笑いながら言葉を続けた。
「そのカクテルはブランデーとペパーミントを使ったカクテルで名を『デビル』というのです。……アナタに相応しいと思いませんか?」
「……何の話だ?」
訳が判らず苛ついている元チーフを気にもせずにビショップは言葉を続ける。
「……殺人を犯したアナタには相応しいと思ったのですがねぇ。お気に召さないのでしたら残念です」
ぎくりと元チーフはビショップの顔を見た。
「よりによって彼を……私達がヘッドハンティングしようとしていた彼を……ねぇ? 御陰で、大変な手間をかける事になりましたよ」
元チーフは何の事か判らずに……ただ、嫌な汗をかいているだけ。
「このニュースは御存知無いので?」
ビショップが指を鳴らすと、老いたバーテンがTVのスイッチを入れた。
「……では、次のニュースです。ヅィータ国の点検用ロボットメーカーの……」
ニュースの内容は元チーフの会社が多大な不渡りを出して事実上、倒産したという事を告げていた。
「……それが? なんだと言うのだ?」
悲しそうな顔をしてビショップは元チーフに舞台のサブ・シナリオを話し始めた。実に悲しそうな顔をして……
「私達はある機種以外の優勝を望んでいません。いや、それ以上にある才能を望んでいたのです。そしてその『才能』に持ちかけたのです。もっと善い環境、もっと善い給料、そして何より……」
「なんだと言うのだっ!」
「……無能な上司の居ない環境をね。彼に持ちかけたのですよ。そう、アナタが殺した若き技術者にね。私達がアナタに望んだのは彼を失望させる事……理不尽な何らかの指示や失敗で優勝を逃す事であって、彼の命を奪う事では無いのです」
「……う……ぐ」
「『優勝した機種、若しくは優勝に準ずる成績を修めた機種は速やかに戦闘ログと設計図書を運営委員会に届ける事。それが満たされない時は成績は取消される。』……と、参加条件に書いてありましたよね? そう……もう御判りでしょう? アナタは決して殺してはならない人間を殺したのですよ。私達が望んでいた若き『才能』を。その手でね。……従って」
「……従って? 何だッ!?」
「……罰を受けて貰わなければなりません。こういう風にね……」
ビショップが指差すTVは倒産した理由を告げているところだった。
「……倒産したのは特定の社員が会社の資産を不法に横領したものと思われ……」
「え……じゃ……この……金は……? 何処から?」
青ざめる元チーフにビショップはにこやかに笑って答えた。
「ええ。少なくとも私達の『財布』ではありませんよ。横領犯さん」
元チーフはこの時、始めて理解した。目の前に居る男、闇の世界で蠢く力の一つを支配していると言う男の言葉の意味を……
「お、オマエも共犯だ。し、証言してやる。このオレが! 法廷で……。そうだ! この店の客達も証人だ。ここてオマエと騒いでいる事が……」
喚く男を他所にビショップは大袈裟な所作で悲しんだ。
「悲しい事です。貴方が生きて法廷で証言できないなんて……。この店の全ての客が私の部下である事に気付かない愚かなアナタが……本当に」
「えっ!?」
ビショップが指を鳴らすとバーの客が一斉に立上り、無表情な顔を元チーフに投げかけた。
「……さらには……既に毒を飲んだが故に、もう叫ぶ事もできないアナタが本当に可哀想で……」
「え……ぐっ……ぐぉっ!」
突如、床に崩れ落ちもがく男をビショップの部下達が抱え上げ……そのまま外に連れ出して行った。
「……随分と今回は失点を重ねましたわね? ビショップ様」
奥の席から艶めかしい容姿の美女がビショップの横に座って囁いた。
「ふん。随分と歯車が狂ったのは確かだが、あの会社は最初から倒産して貰う予定。人材の一つを失ったのも大した事では無いさ。始末もつけた。キング様の御機嫌を損ねたかもしれんが………な。それとも何か決定的なミスをしたとでも?
監視役であらせられるジルコニア・クィーン殿?」
ビショップは妖艶な美女を軽く睨みながら言葉を続けた。
「……ところで、報告はいつ? できる事なら今晩は報告書の内容について確認したいのだが?」
「何の事? もう二度とベッドの中で確認作業はしたくありませんの。お生憎様。じゃ……あ」
美女はビショップの狙いを軽く躱して席を立とうとした時、彼女のロンググローブに虹色の円盤のジャケットが一瞬だけ絡まり、すぐにカウンターに転げ落ちた。
「この証拠はいかがなさるの?」
小首を傾げて尋ねる美女にビショップは小鼻を膨らまして答えた。
「こんな昔のモノは知らないさ」
円盤にハンカチを乗せて摘まみ上げたビショップはそれをフリスビーのように開いていた窓の外へと放り投げた。
「あの男の指紋しか付いていない。後は誰かが見つけて終わりさ」
「誰も見つけなかったら?」
「さぁね。あの中身には何一つ興味は無い。アレは提出されなければそれだけでいいんだ。さぁ……無粋な仕事の話はコレぐらいにして、私達の未来を語り明かそうじゃないか」
「未来って……いつまでの?」
「取敢えず……明日の朝までの」
二人のテロリスト……武力よりも謀略を得意とする狼達が仲良く出ていった時、バーの明りが落ち、扉にはある看板が下げられた。
『閉店……セール中。この店を買いたい人はZZZ不動産まで』
看板の日付は数年前。この店の今夜の出来事を知っているのはテロリスト達と翌日、運河に浮かぶ……物言わぬ死体だけだった。
81.悲しみの記憶
「おおぃ! 大漁だぞ! パチンコで開放台を4台打止めに……ん? どうした? 旦那。葬式みたいな顔だぞ?」
勢いよく扉を開けてホテルの部屋に入ったSNOW WHITEは異様な雰囲気に先程までの昂揚を忘れて、F.E.D.氏に耳打ちした。
(どうした? お嬢ちゃんはまたあの事を?)
その問いにF.E.D.氏は声を荒げ、新聞紙……分厚い号外を振りかざしながら叫んだ。
「そんな事じゃない! コレを見ろっ! 正式にラピスが『失格』だと認定されたんだっ! まったく! テロから観客達を守ったてぇいうのに頭の固い審査官達は口々に『戦闘会場から出た時点で失格』だとさ! いいか? この事実が何をもたらすのか判っているのか?」
「……さぁ? ぐべっひ!」
思いっきり……瞬時に棍棒のように丸め固めた新聞紙で思いっきり雪だるま……いや、SNOW WHITEのドタマを思いっきり叩いた。
「……さっき、連絡があった」
「何の連絡だ?」
F.E.D.氏は取敢えず……先程の一撃で床に転がっている雪だるまにストッピング・キックを数発浴びせてから……苦々しげな顔で答えた。
「……優勝できなかったが、宣伝にはなったという事で……情状酌量で50体のレプリカ製作を依頼されたよ。Lapis Lazuli型量産タイプのロールアウトを兼ねてなぁ」
「それは目出度い。さらに製作費を分捕れ……ぐはっ!」
蹴り上げられたSNOW WHITEは虹色の反射光を輝かせながらソファに吹飛んだ。
「……まさか。軍曹……自分が何をしたのか忘れた訳では在るまいな?」
雪だるまは暫く考えていたが、可愛く小首を傾げて尋ねた。
「何の事?」
その仕草にぶちっと幾つかの血管を破断させてF.E.D.氏は襲いかかった。
「オノレが勝手に約束した事だろうがぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「だから何の事だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
暫し拳を遣り取りする二人。だが、互いに完全に防ぎあう為にまるで決まった組手を演じているように見える。
暫く組み合った後、息を切らせながら二人は額を突合わせ、確認し合った。
「……本当に忘れたのか?」
「それより、旦那。当然あるべき『過剰な静止』つっこみが無いのだが……?」
二人は額を突合わせたまま、窓辺を見た。
そこには物憂げな表情のLapis Lazuliがじぃっと外を見ていた。
「……ずぅっとあの調子だ」
「あのガラクタは?」
「組立てて、そのままだ。……あの少女型アンドロイドの実体がただの子供向け玩具ロボットだと知ってから……」
Lapis Lazuliは砂漠に飛散った破片……ラプラス・バタフライの破片を集め、組立てた。それを無駄な作業だと……知っていたのはLapis Lazuliだったのかも知れない。組み上がったのは……ただの玩具用ロボット。何の変哲もない、ただの組立てロボットだった。
「……まぁ。仕方あるまい。アレも……(ただの『映像』だったんだからな)」
後の言葉を呑み込んだSNOW WHITEにF.E.D.氏が不意に尋ねた。
「……で、思い出したか?」
ぎくりと青ざめるSNOW WHITEをF.E.D.氏はニヤリと……悪魔の如き笑顔で指を鳴らした。
「やはり……な。軍曹が勝手に『優勝宣誓』契約をしてくれた御陰で、50体もタダで造る羽目になっただろうがぁっ!」
これはニフティのSFフォーラム内にあった「マッドSF噴飯高座」より派生した拙作です。
宜しかったら、投票、感想など戴けると有り難いです。