Prolog 22
対テロ用アンドロイド Lapis Lazuliの戦い
Lapis Lazuliの遥か頭上で二つの物体は交差して……そのまま目の前のアルファXT2を薙ぎ倒した。
まるでゼリーでできた人形のようにチタン製フレームを引き千切らせたのはラミアの触手。背後を追いかけて来た巨大アンドロイドの攻撃だった。
直後! 頭上から襲い来る数条の鋼鉄の鞭。
(くっ!)
即座に側方に転げ逃げ、ナイフを構える。
鋼鉄の鞭がすぐ脇の砂を叩き……辛うじて逃げたLapis Lazuliは次の攻撃に構えた。
(……えっ!?)
何故か次の攻撃が来ない。ラミアを見ると……女性の上半身を摸した本体はこちらを見ていない。別の方向……周りを取巻くアルファXT2を見ていた。
(どうした……の?)
ゆっくりと振返るラミアの顔。表情を顕す機構を持たない文字どおり冷たい人形の顔だった……が、不意に口端を歪ませて笑った様に見え……次の瞬間、ラミアは踵を返して凄まじい速度で立ち去った……いや、砂丘の彼方にいる数体のアルファXT2達に向かって行った。敵であるLapis Lazuliを背にして。
「……ん!」
Lapis Lazuliもまたラミアを背に駆出した。向かうは砂丘の上の3体のアルファXT2達。戦場の場で瞬時に生れた共闘関係。それは……奇蹟だろうか?
奇蹟では無い。
ラミアの思考回路に組込まれたある一つの指令。
『Lapis Lazuliを倒せ。だが、他の機種に倒される可能性が大きい場合、さらに、その時に他の機種が自分自身が攻撃対象となっていないと思われる時は、その機種を先に攻撃せよ』
繁雑な条件下での優先攻撃対象の変更指示。それを組込んだのは自分自身を造り、文字どおり『育ててくれた』若き技術者。その言葉を思考回路に展開し、再生するラミアは、ふと、今、此処に居る自分自身の……若き技術者の指示を的確に実行している自分という存在が例えようの無い感覚に包まれるのを感じていた。
(これは……人間の言葉ではなんと表現するのだろう?)
戦闘判断を終えた思考回路……並列処理する回路の一つが彼女の記録の中から在る一つの言葉を選択した。
(そうだ。『誇り』だ。私は今、自分自身に誇りを持っている。誇りとはこれほどまでに心地よい物なのか)
彼女達……ラミア達に指示を与えた技術者は彼女たちがその指示を的確に処理すると『是』という評価を与えた。無論、失敗した時は『非』という評価を。そして『是』という評価を記録し、出来うる限りそちらを選択するように行動する事をプログラムしていた。それがラミアにとってどういう再構築が行われたのか? 複雑に並行処理する思考回路の中でそれはある『モノ』へと変化していたのである。
(さぁ。醜き人形達。アルファXT2達よ。オマエ達にはこの感覚が……この行動処理原理が存在するのか? 存在するならばこの私に立向かって来るがいい。どちらが……どちらかが勝っているかはこの戦いが証明する。誇りが勝っている方が生き残れるだろう。さぁ!)
充分な間合いから繰出されるラミアの攻撃にアルファXT2は自分自身の行動を選択し得ないまま、……ただ、薙ぎ倒され、屑鉄となり果てた。
「えぇいっ! まだ、命令解除の指示処理は終らんのかっ!?」
「リセット中です。再ロードまで、あと、10秒。9、8、7、6、5……」
モニターは3体のアルファXT2に迫り来るLapis Lazuliを映している。ビショップ達の眼に無表情に見えるLapis Lazuliの顔が、眼が美しくも恐ろしく見えた。
「……2、1、再ロード完了。攻撃します! あ……」
モニターに映っているのは……的確に踊るように流麗な連続攻撃で木偶人形、アルファXT2を行動不能状態へと破壊する『踊り子』、Lapis Lazuliの姿だった。
ぎこちない攻撃しかできない3体のアルファXT2を簡単に打倒したLapis Lazuliは即座に次の敵を探した。
(残りの敵は? ……あそこだっ!)
二つ向こうの砂丘に2体のアルファXT2が居る。ロケットランチャーを構え、こちらに狙いを定めようとしていた。
(させるかっ!)
Lapis Lazuliは彼等、アルファXT2に対する先程の疑問を解消する為に地下での戦いの記録を再構築する事で……『クセ』を完全に把握していた。
(2、1、それッ!)
アルファXT2のクセとは……対象物がある一定の時間、定まった運動法則に従って移動した場合のみ、長距離攻撃武器の引鉄を引く。というクセだった。それは行動解析回路の処理能力の低さ……いわば、最初から消耗品として設計され、造られたアルファXT2の致命的な欠陥といえよう。正に『木偶人形』という味方から付けられたハンドル(あだ名)に相応しい性能ではあった。そして、その設計思想そのものがLapis Lazuliを救い、アルファXT2の歯牙にもかけられぬ実力を物語っていた。
「撃てッ! なんだ!? 何故、撃たない?」
モニターの前で騒ぎたてるビショップに部下の一人、技術系と思われる男が感情の無い声で返答した。
「行動決定回路の遅延処理です。一言で言えば原因は処理能力不足です。さらに申上げれば……」
「なんだッ!?」
部下が指差さすモニターに映しだされているのはアルファXT2から送信されている行動処理ログ。その一つの変数の値を指差しながら男は呟くようにいった。
「行動決定の閾値が過大でした。閾値に達する前に敵が行動を変える為に処理が追付かないのです」
「その原因は?」
「は?」
「その閾値を決定したのは何処のどいつだッ!?」
「私の記憶が確かならば……」
「確かならばっ!?」
掴み掛からんばかりに詰め寄るビショップを指差してその男は飄々と答えた。
「ビショップ様です」
「……へ?」
部下に言われてビショップはその瞬間を思い出した。まるで走馬灯のように。
(あ゛……あぁっ! そうだ。『棺桶』に入れていたのは対Lapis Lazuli用では無く、無制限戦闘試験で生き残ったロボット共を掃討するための機体。端っから、動きの鈍い相手用だった……)
無論、対Lapis Lazuli用に設定していたとしても、アルファXT2が引鉄を引く事はない。それは閾値の半分にもカウントダウンされる事なくリセットされる変数のログが物語っている。
だが、ミスはミス。正確にはミスの駄目押しで在る事は間違い無かった。
「い、今からでも遅く無いっ! 遠隔操作に切替……て……。あ」
言葉が途切れさせたのは、モニターに映る絵。1体のアルファXT2があっさりとLapis Lazuliに倒され、残る1体が逃げだした情景だった。
(蛇足だが……最後のアルファXT2は逃出したのでは無い。敵が仲間と戦闘している間に距離を取り、ロケットランチャーで攻撃しようと決定したが故の行動。「消耗する機体」として仲間を犠牲にする事を前提としての判断だった)
「……あ……ぁ」
「……あ〜〜ぁ。遅かった……わ、ねぇ。ざ・ん・ね・ん……でした」
落胆するビショップを楽しそうに眺めながらジルコニア・クィーンが美味しそうにカクテルを味わっていた。
少しだけ時を戻して……
砂丘を駆け上がるLapis Lazuliに、至近距離での戦闘を決定したアルファXT2はロケットランチャーを放り出し、もう一つの武器、モーニングスターをLapis Lazuliの脳天に目掛けて振り下ろした。
だが、結果は見えていた。
単純な円軌道で振り下ろされる鉄球なぞ、Lapis Lazuliの処理能力の前にはゆらゆらと落下する紙風船のように緩慢なものでしかない。ひらりと身を躱すと右拳の指を伸ばしながら敵、アルファXT2の胸に向けて繰出す。ある一点を狙って……ある事を想像して撃ち出された貫手は見事にそのポイントを突き抜けた。
それはこれまでの映像記録……ラミアやガンアームの砲弾に砕け散るアルファXT2の映像記録を再構築し、内部構造までを把握したが故に判った最も脆弱なポイント。前面装甲の継目に設けられた点検用リッドの位置だった。そして、その後ろにある物は……
アルファXT2を突き抜けたLapis Lazuliの手に握られているのは……エネルギーユニット。燃料電池をコアに変電装置を内蔵したユニットを鷲掴みにして突き抜けていた。引き千切られた電線と燃料パイプがアルファXT2の動作の統制を奪い、無意味に手足をばたつかせている。傍目には……生延びようとするかのような悲しげな動きだった。
「……ごめんね」
Lapis Lazuliは睨みつけるような表情から、ふっと悲しげな顔に変って呟いた。
「……もう少し、ちゃんと造られてたら……」
顔を伏せ、目を閉じて、奇しくも人差し指の指先に、あるモノの感触を確認して告げた。
「……待ってるから。今は……眠って」
言葉と共に指先のスイッチを切る。途端に動きを止め、足元に崩れ落ちる敵、アルファXT2を悲しげに見つめていた。
(! そうだっ! もう1体は?)
砂丘を駆降りて行ったとしても、この場所、砂丘の頂上を視野に捉えるにはまだ時間がある。ロケットランチャーで狙うにはまだ余裕がある。故に逃出すのを見逃した。無視した。でも、位置を把握しなければ! 何処に居る!?
だが……Lapis Lazuliの予測は裏切られた。
アルファXT2を探すLapis Lazuliの両眼が捉えたのは……木偶人形を無残に引き千切り、砂丘をゆっくりと登り来る巨大アンドロイド……ラミアの姿だった。
「そう……。最後の敵は……やはり貴女なのですね」
ラミアは憤っていた。
何故に彼奴らは容易く倒される? 誇りは無いのか? 誇り無き者達と戦ったのか? ならば……ならば……そう! 『惨め』だ。彼奴らも。彼奴らと戦った私も……。……ん? 其処に居るのは誰だ? おぉ! オマエか! そうだ。オマエこそが私が戦うに相応しい相手。さぁ! 何を戸惑っている? 邪魔するモノはもう何一つ居ない。さぁ、構えろ。私の攻撃を躱して見ろ。
Lapis Lazuliの脳天目掛けて数十条の鋼鉄の鞭が音速を越えて撃ち下ろされた。……その背後で鳴らされるサイレン。無制限試験の終了を告げるサイレンをも掻き消して……
79.終幕を飾るエピソード
そのサイレンは観客達が実行委員に詰め寄った成果だった。
「どうした? 何故に終らせない!?」
「そうだ。既に決着は付いている。終らせない理由は何だ?」
「あの……人類史上最高傑作のアンドロイドを傷つけるな! 我々は彼女を目指す権利が……いや、義務がある。アナタ方は彼女を残す義務がある筈だ」
「そうだ! これ以上、彼女を傷つけるなっ!」
観客達の声には自分達を救ってくれたモノに対する恩義が……恩義故の殺気があった。そして、テロリストの出現に泡を食って逃げていた実行委員達は観客達の殺気じみた声を無視する気力は無かった。
慌てふためき、マイクを捜し、有りったけの声で指示した。
「試験終了っ! 優勝はLapis Lazuliぃッ!」
「おぉぉぉぉぉ!」
地を揺るがすような歓声が崩れ落ちたテントを中心に響き渡った。
そして誰かが気がついた。
「ラピスは?」
「そうだ。あのラピス・ラズリは?」
「……あの素晴らしきアンドロイドは何処に居る?」
ざわめく観客達をよそにLapis Lazuliを開発した二人(?)の技術者はただ黙って砂丘の格闘の結末を見守っていた。
Lapis Lazuliは……砂に塗れていた。
頭上から振り下ろされた鋼鉄の鞭が元居た場所に衝撃波と共に撃ち下ろされた時、Lapis Lazuliはラミア本体に駆寄っていた。衝撃波が巻き起こす砂と風を自らの行動の助けとしてラミアに瞬時に接近したのである。
そして右腕のナイフの切先がラミアの喉元に突付けた状態で静止していた。
ラミアもまた、接近したLapis Lazuliを破壊すべく横に薙ぎ払う触手の先を砂に撃ちつける事で静止させていた。
……もし、サイレンが鳴響くのが一瞬でも遅かったら……
2体のアンドロイドは損傷……いや、互いに破壊していたのだろうか?
「……フェアなのね。貴女は。……たぶん貴女を開発した人は……」
思わず発したLapis Lazuliの言葉に応えるかのようにラミアは短く細い触手(たぶん、自己メンテナンス用なのだろう)を本体から数本出して、今まで戦っていた敵、Lapis Lazuliの砂を払った。まるで貴婦人が子供に接するかのような優しく、たおやかな触手の動きだった。
「ありがとう。きゃいっ! そこはくすぐったいって! きゃははは……」
まるで人間のように振舞うLapis Lazuliを眩しそうに暫く見つめて、ラミアは不意に離れて行った。
「あ……。……さよなら。また……」
触手を蠢かしながら離れて行く巨大なアンドロイド、ラミアを寂しげに見つめるLapis Lazuliは在る事を思い出した。
「そうだ! あのねぇっ! あっちの砂丘の向こうに鉄の箱、エレベーターの残骸があるからぁっ! その中にアナタの仲間が居るわよっ! ……壊れてるけど…………ごめんなさい」
戦うことは試験で運命られた事。謝る必要は何も無い。
ラミアは吃驚したように振返り……そして、ゆっくりと砂に潜り、姿を消した。砂の中に消える時、数本の触手がまるで手を振るかのようにゆっくりと蠢いた。そして……Lapis Lazuliもまた手を振っていた。
「……私達はどうして、アンドロイドなんだろう? ……ね。……きゃあっ!」
悲鳴を上げたのは、不意に抱えられたから。数十人もの観客達が駆寄り、歓喜の言葉と昂揚した感情の赴くままLapis Lazuliを胴上げしたのである。
「おぉぉ! を!?」
……ただ、150kg程もあるLapis Lazuliの重さに胴上げは一回だけだった。
「ぐひゃあぁぁぁぁ!」
「だ、大丈夫ですか!?」
自分の下敷きになった数人に思わず声をかける。だが、砂の地面故か、数人に分散した故か、誰も怪我はしていなかった。そして、再び笑い声と歓喜の声の中にLapis Lazuliは包まれて行った。
「旦那。我々は何を作ったんだろうな?」
「……決まっている。対テロ用アンドロイドだ」
「只のアンドロイドがああいう風に迎えられるのか?」
「さぁな。……たぶん、最高傑作だという事だけさ」
「そうか?」
「そうだ。ラピスは最高の対テロ用アンドロイドだ。それが証明された。それだけさ。そう……それだけだ」
自分達の作った対テロ用アンドロイド、Lapis Lazuliが他の人々、しかも、倒そうとこの場に集まった人々に囲まれて賞賛されている光景を満足そうに見つめる天才技術者F.E.D.氏と正体不明の雪だるまSNOW WHITE。
その二人をLapis Lazuliが見つけ駆寄って来る。
夕日を背にとびきりの笑顔で……
「マスターぁ! 軍曹さんん! 終りましたぁ!」
顔を崩し、片手を軽く上げて迎えようとした二人は……在る事に気がついた。
(旦那。まさか……お嬢ちゃんはあのまま飛込んで来ないだろうな?)
(歓喜の表現は……どこまで教えていた?)
(……先日、スポコン系少女漫画をしこたま読んでいたぞ)
(……という事は……ひょっとして)
(……あのまま飛込んで来るぞ! ……最高スピードで!)
小声で情報を交換し、現状と、ほんの少しだけの未来を確認した二人は、どちらともなく、ちょっとだけ後退りした。
(おいっ! 下がるなっ!)
(自分を衝撃のクッションに使おうとする悪知恵は御見通しだ!)
「それは軍曹もだろうがっ! ぐわっ」
「ぐおぉっ!」
言い合いしている間に、総重量150kg程のアンドロイドが両手を広げて飛込んで来た。……ちょうど二人にフライング・ラリアットを食らわすような状況となって……
「……あれ? どうしたんです? 寝るのにはまだ早いですよ?」
仲良く気絶した二人を見て、とんちんかんな事を言うLapis Lazuliだった。
これはニフティのSFフォーラム内にあった「マッドSF噴飯高座」より派生した拙作です。
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