Prolog 21
対テロ用アンドロイド Lapis Lazuliの戦い
(……予定外なのは、あの『踊り子』……Lapis Lazuliめっ! いつか必ずスクラップにしてやるっ! だが……今、やるべき事は……)
「試験会場には何体残っている?」
その問いの答えは……彼、ビショップの期待を裏切った。
「全滅です。試験会場で動いているのは……ラミアタイプの不明機……ただ1台です」
「……そうか」
判っていたかのようにビショップはカクテルを喉に流し込んだ。そして言葉を続けた
「『棺桶』は無事か? 何個在る?」
「『棺桶』は12個、無事に存在しています!」
それはアルファXT2……チタン製フレームで作られた特別製の木偶人形。まさかの時の為に残していた最後の切札だった。
「……ふふっ。(ルーク達も知らない最後の切札。それこそが木偶人形を優勝させる切札さ)……4体、『蘇生』。それでラミアタイプを攻撃させろ。それで片が付く」
「はっ!」
(Lapis Lazuliは……放っておく。……残念だが、今は木偶人形を優勝させる事が大事だからな)
ビショップは心に残る苦味をジンの芳香の中に包んで呑み込んだ。
75.決意
「……行かなくちゃ」
Lapis Lazuliは凛とした表情のまま、静かに歩き出した。
拳銃をホルダーごと外し、脱捨てる。手にしているのは2本のナイフ……鉈のような幅広のナイフ。1本は途中から折れ、もう一本も刃こぼれが激しいナイフを片手に重ね持ち、歩きながら肩や肘の関節の損傷を確認するかのように押え、伸ばしながら歩いて行く。……まるで闘技場に向かう戦士のように……ストレッチをしながら歩く。戦う事が生まれながらに課せられたかのように……しっかりと踏みしめながら歩いて行く。
「……やめろ」
「どうして行くんだ? もう決着は付いているだろう?」
「そうだ。行く必要はない。君はこのコンペに勝ち残ったんだ」
「最後の5機に残っているんだ。それにテロリスト達にも勝った」
「もう戦う必要はない」
「ナイフだけじゃ負けに行くようなものだぞ? ……どうして行く?」
「後は此処で私達と試験のタイムアップを待っていれば……」
人間達……Lapis Lazuliを倒す為に来た技術者や、その場面を見る為に集まった観客達……それが今は口々にLapis Lazuliを止めようとしている。無謀な戦いだと口々に諭そうとしている。たが、Lapis Lazuliは凜として耳をかさずに歩き、そして砂漠へと向かった。
「……おい! 聞えないのか? ぅおっ!」
ずきゅゅゅゅん……
Lapis Lazuliに触れようとした……(たぶん、無理矢理引止めようとした)観客は一発の銃声で我に返った。
その銃声は……砂丘の上で、空に向かって発射したF.E.D.氏の拳銃の音。
F.E.D.氏はじぃっとLapis Lazuliを見つめていた。Lapis Lazuliもまた自分自身の開発者であるF.E.D.氏を見つめていた。
ふっとF.E.D.氏の顔が崩れ、自ら作った対テロ用アンドロイドに命令した。
「ラピス……行ってこい」
「はぃっ!」
F.E.D.氏は駆出すLapis Lazuliの後姿を見つめながら……ふと呟いた。
「何処でどういう戦いをして来たのか……随分と自信有り気な顔をするようになったものだ……ん?」
F.E.D.氏が、ふと、足下を見ると伏臥姿勢で狙撃手さながらに彼方のラミアに対戦車ライフルの狙いを定めている雪だるま……SNOW WHITEが居た。
「……何をしている?」
蟀谷を軽く引きつらせて、笑顔のままF.E.D.氏はゆっくりと尋ねた。
「気にするな。旦那。あの正体不明の化物アンドロイドを一発で仕留めて……ぶぎゃあっ!」
奇声を発したのは……脳天にF.E.D.氏のエルボードロップが炸裂したからだった。
「何を考えている!? 最終試験、つまりアンドロイド同士の戦いに介入した時点で俺達は失格。つまり、ラピスが失格するんだ! 何の為にラピスが戦って来たと思っているんだ!」
砂に埋もれたまま、SNOW WHITEが尋ねた。
「……いいのか? 旦那。今のお嬢ちゃんの兵装じゃあの化物には……」
「ラピスは大丈夫だ。……そういう顔だったよ」
砂から顔を上げて訝しげな表情でSNOW WHITEは尋ねた。
「旦那……。いつから論理より直感を信じるようになったんだ?」
「……さぁな。アナログもたまにはいいものさ」
「アナクロ? そんな歳だったのか? ぐぶっ!」
突っ込む代わりにSNOW WHITEの頭をげしげしと砂漠に踏みつけるF.E.D.氏の表情には一抹の不安と確かな期待が顕れていた。
(……ラピス。頼んだぞ。あの化物をさっさと料理してこい)
76.戦いの相手
辺りの残骸を破壊していたラミアの視角に動くモノが感知された。
触手を振るうのを停止して、そのモノを分析し始める。
(二脚歩行型……武器……短刀……2本、1本は著しく破損、容姿……人間に酷似……人間? ……否!)
ラミアの記憶に残るその姿は……
光の加減か、無気味に笑ったように見えた次の瞬間、ラミアは無数の触手を振るい始めた。
(……対象物確認。XATA-1500。通称「Lapis Lazuli」……最重要攻撃目標!)
万難を排しても破壊すべき目標。一度は追詰めて仕留め損ねた相手。いや、回収した仲間の記憶を再生するに幾度となく追詰めていた相手。戦うべき相手。
そうだ!
オマエを倒す為にワタシは造られここに来た。何度も逃げられた。だが、もう逃場は無い。邪魔をする余計な機体も、もう居ない。オマエとワタシと砂漠だけだ。総てはオマエとの戦いに今この時が存在するのだ。………判っている。オマエもワタシと戦う為にここに来るのだ。
さぁ、戦おう。
オマエの存在理由もまた、……戦う為に、戦う為だけに存在しているのだから。
ゆっくりと間合いを計り、Lapis Lazuliは歩を進める。
その動きを待ち侘びているかのように、ラミアは触手を残骸達に振るう。戦いの場を整地するかのように。
「……戦い慣れしているな。あの化物」
「ああ。ラピスの隠れる場所を事前に破壊してやがる」
二人並んで双眼鏡で戦いの場を見つめるF.E.D.氏とSNOW WHITE。今は見つめる事しか二人にはできなかった。
その双眼鏡の視界の端、砂丘の向こうの砂が蠢くことに気付かずに……
「……4体起動完了。『棺桶』から出ました」
「よし、ゆっくりと砂から出させろ。いいか? ゆっくりとだぞ。ゆっくりと照準を合せて行け。最後の……本当に最後のファンファーレになるんだからな」
椅子に斜めに座り、2杯目のギムレットを飲干したビショップはこれからの舞台を思い浮べるかのように目を閉じて息を深く吸った。
「……砂からの排出完了。武器……ロケットランチャー異常無し。照準……不明機……命中確率10パーセント……20パーセント」
ふと、薄目を開けてモニターを見る。
「ん? ……アレはなんだ?」
疑問の声に部下は命中確率のカウントアップを止めた。
「……40パーセント え? 何ですか?」
モニターの角、ビショップが指差すポイントに映っているのは……
「ああ。え〜と XATA-1500タイプ。通称「Lapis Lazuli」ですね。アレは観客達に人気なんですよ。どうです? あの形のパテントを取って見たら……ぎゃんっ」
無言のまま、部下を蹴倒す。
「……誰が買うか! ふふふふふふ……。くっくっくっくっ……飛んで火に入る夏の虫とはこの事だ! 照準対象変更! あの『踊り子』! えぇいっ! 全『棺桶』を叩き起こせっ! 総ての木偶人形に攻撃させろっ! ……くっくっくっ。ぎゃあっはっはっはっはははははははははは。この場で借りを返せるとは夢にも思わなかった!」
「……夢で? 何処で寝てたんですか? ぐぼっえっ!」
間抜けた返事を返す部下の眉間に振返りもせずに裏拳を打ち込み、ビショップは他の部下に命じた。
「いいか? 全機が起動し、照準を固定した後、一斉攻撃を仕掛ける。そういう風にプログラムを送信しろっ!」
「はっ!」
盲目的に命令を実行する部下達を満足げに見てビショップはモニターに映るLapis Lazuliに微笑んだ。
(ふふふふふ……機械ごときに人間が負ける訳にはいかない。そこでスクラップに為るんだな。最後に笑うのはワタシだっ!)
モニターに映るLapis Lazuliは今まさに最後の戦いを始めようとしていた。
倒すべき相手の存在に気付かずに……
77.好敵手
最初に攻撃して来たのはラミアだった。
セオリー通り、遠距離からの攻撃。遠距離攻撃能力を持つモノが敵の攻撃が届かない距離から自分の攻撃を仕掛けるのは、戦いの初歩である。
当然、Lapis lazuliも判っている。
彼女自信が持つ総てのセンサーと過剰なまでの演算能力を駆使して、ラミアの行動を予測し、行動する。遠距離から振るわれる……鋼鉄を脆き土器のように打砕くラミアの触手達を紙一重で躱し、鉈のようなナイフで受流して進む。
ラミアの本体を目指して。
そして、そのLapis Lazuliの行動もまたラミアは判っている。
Lapis Lazuliを目掛けて振るう触手の外に、自分自身を防御する為の触手、つまりは仕掛けた触手を躱し、接近して来るのであれば、次の触手が当たるように連続した攻撃を仕掛ける。それはLapis Lazuliも判っている。無闇には接近せず、相手の攻撃パターンの解析を続け、ミスを待つ。
つまり……この時、ラミアとLapis Lazuliは同じ事を同じように演算し、行動していた。違いが在るとすれば、攻撃を支配していたのは手段と能力に勝るラミア、次の行動演算では人知を越えた演算能力を持つLapis Lazuliが支配している。そして、2体の攻撃と演算は微妙なバランスの上に平衡していた。
まるで断崖絶壁に渡された一本のロープの上で踊る剣の舞。
ほんの……ほんの少しだけの……空気の揺らぎ、舞い落ちる木の葉、一葉で戦いが決せられてしまうような危うさ。
しかし……不用意に近づく者達は刹那より早く滅せられてしまうような猛々しさ。
観客達……Lapis Lazuliを倒そうと願った技術者やその資金提供者達は、ただ……息を呑んで、2体のアンドロイドの動きを見つめていた。見つめるしかできなかった。
……いや、魅入られていた。
それは、最高の舞……クラシックバレエか能。観客達に息を呑ませる事さえ忘却の彼方に吹飛ばすかのような旋律の中で踊る戦慄の舞。
大気さえ動くのを躊躇うかのように、風が止まってしまった。
ただ……触手が切裂く空気の音。受流すナイフの金属音。その音だけが大気を震わせる事が赦されている。
だが……その音に、僅かな不協和音が混入した事に気付く者は居なかった。
12体のアルファXT2が砂中から立上り、2体のアンドロイドに照準を定めようとロケットランチャーを肩に掲げ持った無粋な音には誰も気付かなかったのである。
78.舞台の終焉
異変を告げたのはLapis Lazuliのバレッタ。光偏差波回析レーダーが内蔵された蒼き髪飾りが新たな敵の存在と位置を行動処理回路に報告したのである。
その時、Lapis Lazuliはラミアの連続攻撃、足払いを意図したと思われる地を這う様な触手の攻撃と、跳ね上がった処を狙う横殴りに振るわれた触手の攻撃を側方に回転する事で逃れた瞬間だった。
「いけないっ!」
即座に論理回路が結論を出す。
(構えているのは……ロケットランチャー。アイツらを先に倒さないと……)
側方回転から後方回転に推移し、空中で体を捻って着地すると、脱兎の如く走去るLapis Lazuliをラミアは驚きの目で見つめた。
(何故だ? 何故、戦いを放棄する? ……待てッぇっ!)
即座に追撃するラミア。だが、砂上では触手を丸く固めて回転移動しても速度は出ない。触手を振るいながら追いかけるしかできなかった。
「ほぅ。願ってもない展開だな」
モニターを見つめながらビショップは冷静に状況を分析しているが、その声には歓喜の震えが宿っている。
「『踊り子』の慌てる姿も見る事ができるとは……ふふふ。オレは運がいい。後は……絶望の表情を記録したいモノだな。なぁ? ジルコニア・クィーン?」
呼ばれたのはモニターの前に座っている女性。黒のスーツを身に纏った銀髪の美女。振返ったその顔はシルバーメタリックのサングラスで飾られている。
「相変わらず悪趣味ですわね? もう少し密林に居られて世俗の垢を落とされたほうがよろしかったのでは? ビショップ・オブ・ルビー様」
艶やかな真紅の口紅で彩られた唇から放たれる刺のある言葉にビショップは口端を歪ませて応えた。
「それは我らがキング様の趣味を悪く言うつもりかね? 忠実な部下である私はキング様の御喜びを切に願っているだけ。……なのだが? 監視役殿」
銀髪の美女は微かに笑うと、ビショップの隣に進み寄り、老バーテンダーにカクテルを頼むと、ビショップの耳元で囁いた。
「嫌ですわ。私ごときの戯れを本気になさっては…… 監視役を願ってまで御会いになりたかった私の心を汲んで下さいまし」
美女に言い寄られて、悪く思う男は居ない。だが……
「ふっ。何度その言葉に騙された事か……。まぁ、いい。今回は望みの絵が残せそうだ」
「頼もしいですわ」
運ばれて来た白いカクテル、プリンセスメリーを一口含んで美女は囁いた。
「これで次のキングの座を狙い易くなりますわね?」
「ふん。私はキングの忠実な部下。そのような事は考えた事もない」
「本当? 野心の無い男はつまらないわ」
ビショップと美女は微かな笑顔を交わし、何も言わずに互いのカクテルグラスを触れ合わせて軽く鳴らした。
「さて、そろそろ……」
ビショップはモニターの前に美女を誘い、その瞬間を待ち望んだ。
「……引鉄を引く頃合いだ。ははははは……」
勝誇る男の横顔をメタリックグラスの奥の眼が冷たく見つめていた。
「どうした? まだ攻撃せんのか?」
少しだけ苛ついたビショップの声。それが部下達の焦りを叫びに変えた。
「プログラムのミスです! 奴らは『全員が照準をロックするまで攻撃しない』という命令を保持しています!」
「なにぃ!」
モニターに映っているLapis Lazuliは凄まじい勢いで駆けている。その『標的』に対して側方に位置するアルファXT2が照準をロックできずに、細かく射線を変えている。当然ながら正面と後方に位置するアルファXT2は既にロックを完了しているにも拘らず……
「命令解除! 各自の自由行動にモードチェンジ! 急げっえぇ!」
ビショップの指示は悲鳴に近かった。慌てふためくビショップの後ろで、カクテルを静かに味わう美女は、見慣れた光景を楽しんでいた。
「男って……ほんとバカで……可愛い生き物ね」
Lapis Lazuliがジグザグに駆寄る方向には3体のアルファXT2が居た。
(他に……9体。全部で12体。こんなに残っていたの?)
疑問は当然だった。あれほどに……地下での戦いでアルファXT2の実力が解っているLapis Lazuliには地上で行われていたであろう凄まじい戦闘、大混戦で12体も生延びたとは思えない。今、ここに存在している事自体が不可思議だった。
(それより……何故、撃たないのかしら?)
狙いを逸らす為にジグザグに走ってはいる。だが、ロケットランチャーの照準を逸らすほどのスピードでは無い。
(?……何はともあれ、まず、一体づつ……あっ! ……え!?)
イヤリング・レーダーが左右からの高速移動物体の存在を告げた。そして、その移動方向も……
これはニフティのSFフォーラム内にあった「マッドSF噴飯高座」より派生した拙作です。
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