Prolog 20
対テロ用アンドロイド Lapis Lazuliの戦い
記憶は正確にテクニカルマニュアルどうりの順番で展開する。Lapis Lazuliは頭を振り、記憶の展開を一時中止した。
(検索中止。「回避方法」再検索……確認。回避方法……内部操作卓による指示、外部よりの無線による指示、……無線信号……任意の事前設定。あぁっ! もうっ! これじゃ間に合わない! ……え!?)
ふと、Lapis Lazuliの内部演算装置に別の情報が展開された。それはこのコンペティションが始まる前、F.E.D.氏とSNOW WHITEに時限爆弾の無効化処理を教わっていた時の情報だった。
(いいか、ラピス。爆薬は起爆させない限り危険じゃない。問題は如何に起爆装置を無効化させるかどうかだ)
(お嬢ちゃん。そんな悠長な事は憶えなくていい。起爆装置と爆薬を切離せば絶対に爆発はしない。げぼっ!)
(をい! そう言って昨日、雷管を引っこ抜いて爆発させたのは誰だ? 正確な情報を教えてや……ぐぉっ!)
(引抜かれる事を前提とした雷管なんぞ、最近はテロにしか使わんぞ……あれ?)
(……語るに落ちたな。Lapis Lazuliは対テロ用アンドロイドだっ! おりゃっ!)
楽しそうに(?)殴り合う、自分の開発者、F.E.D.氏とSNOW WHITEの情報。
その会話は走るLapis Lazuliに不意な微笑みと、ある決断を与えた。
(爆弾は起爆装置と雷管と爆薬で出来ている。そしてそれらを切離したら爆発しない。……でしたね)
Lapis Lazuliは自分の記憶から在る一つの情報を検索し始めた。爆薬と起動装置の装着位置を。そして、それを破壊する方法を。更に覚悟した。
失敗した時の……現実を。
迷走するガンアームを追いかけるLapis Lazuliの姿を訝しげに(横目で)眺めていたF.E.D.氏とSNOW WHITEは互いに確認し合っていた。
「……さっき、ラピスは何と言っていた?」
「自分の記憶が正しいのならば自爆するって言ってたぞ」
「何が?」
「あの旧式の軍事リモコンロボットだ。今はコントロールが切れて勝手に迷走しているようだがな。なぁに。気にする事では……ぐべぼっ」
接近した位置から繰出されたF.E.D.の上段前蹴りがSNOW WHITEの何も無い顎にクリティカルヒットした。緩やかな弧を描き、後方月面宙返りを決めて砂漠に頭から突刺さる雪だるま……いやSNOW WHITE。
「さっさと援護しろっ! 俺の拳銃じゃ遠すぎる。軍曹の対戦車ライフルで……ぐおっ!」
突然、何故か後ろから何かに小突かれて砂に突っ伏したF.E.D.氏が砂から頭を抜き見たのは……対戦車ライフルを構えるSNOW WHITE。小突いたのはその銃床? 振返り、雪だるまが突刺さっていた辺りを見るとそこにはただ、窪みが在るだけ。相も変わらず常識を逸脱する相方に反撃をとも考えたが今はその時では無い。が、反撃の準備をしながらF.E.D.氏はSNOW WHITEに言った。
「何している? 早く撃てっ!」
「判っている。見てろ……」
冷静な声で応えながらSNOW WHITEはスコープの中にガンアームの姿を捉え、引鉄を引いた。
がきぃん!
「なにっ! ミスファイヤだとっ!」
慌ててレバーを引き、排莢する。弾かれたように排出された弾丸は、何かの意志が宿っているかのようにSNOW WHITEの眉間の雪に、さくっと突刺さった。
「くっ! ……何だ? これは……」
突刺さった弾丸を引抜くとそこに描かれている「あかんべー」の顔。子供の落書が何故か薬莢から弾頭にかけて描かれている。
「(ラプラス……爺ぃ……撃つなという事か?) ぐぉつっ!」
どういう訳か、懐かしげに弾丸を見つめるSNOW WHITEの後頭部を襲ったのはF.E.D.氏の横回し蹴り。
「何している! さっさと撃たんかっ! げぼっ」
ピンポン玉のような手の裏拳(ピンポン玉に裏があるのか?)を鳩尾に食らい崩れかけるF.E.D.氏を見もせずにSNOW WHITEは静かに呟いた。
「もう既に精密射撃の射程は外れた。ここは爺ぃの言う『確定された未来』が訪れる確率に賭けるしかない。とんだ博奕を残しやがる……あの小娘。ぅをっ」
不意に後ろから抱え上げられ、そのまま後ろに脳天から落下するSNOW WHITE。それはF.E.D.氏が放ったハイポジションバックパイルドライバー。
「何、すかしてや……が……る……」
技を放ちながらも先程の裏拳の威力に崩れ落ちるF.E.D.氏であった。
Lapis Lazuliは走る自分の運動エネルギーが敵、ガンアームの装甲を破れるかどうかを計算していた。
(……装甲の破損状況96.2パーセント以上。亀裂は装甲板の殆どを破損させていると推定。……でも、破壊成功率9.3パーセント以下……破れない。……あっ!)
Lapis Lazuliは小さく驚き、『偶然』という幸運に感謝した。
その偶然とは……後部に展開された操縦用コクピットへの扉。半壊した扉がガンアームの挙動に従い、閉じたり、開いたりしている。
(コクピットへの扉……乗降口が開いている……シミュレーション開始。……このままの速度で扉をすり抜けて内部に……あの場所に衝突すれば……起爆装置を破壊できる!)
自分の出した結論の実現確率を無視してLapis Lazuliは確信した。そして、その未来へと駆出して行った。
実現確率……実に13.7パーセントの未来へと。
72.最後の爆発
脚部のセンサーが悲鳴を上げている。ラプラスから貰った修復ナノマシーンも砂地を高速で駆抜け、跳び、踊り、ガンアームと戦い続けたLapis Lazuliの脚部の損傷……1歩毎に発生する歪みを完全に取除く事はできず……累積した歪みが悲鳴を上げていた。
(大丈夫。この『処理』が終るまでは……保つっ!)
Lapis Lazuliは再び速度を上げてガンアームを猛追して行く。後部の追加装甲の役目をも持っているであろう機具箱に手をかけて、ガンアームに蹴上がる。
そのまま、乗降口に向かおうとした時、ガンアームが何かに乗り上げ体勢を崩し、大きく跳ねた。飛乗ったLapis Lazuliを空中に跳ね飛ばして。
「きゃっ! あ……」
その勢いで扉が……ガギンと閉まってしまった。乗り上げた時の反動が扉に過大な速度を与え、扉は留金の歪みを勢いで打破り、歪んだまま……まるで無理矢理填め込まれたように閉じてしまったのである。「幸運」への扉が。
「……ままよっ!」
Lapis Lazuliはくるりと空中で体勢を整えて、在る一点に向けて自分の全体重を架けるべく回転し始めた。ガンアームの最も脆弱な部分、ロボットの身体とキャタピラ駆動の車体の接合部、上空からの攻撃に最も弱い部分を蹴破る為に。図らずも……その場所の近くに起爆装置が設置されている。
Lapis Lazuliの記憶では。
回転する動きすらも破壊力に変えるべく、Lapis Lazuliは前後の回転軸を身体を捻って、上下軸の回転、つまりは錐揉み回転へと変えて、落下する。
衝突の瞬間!
音速を遥かに越える速度で脚部を伸ばし装甲板を蹴り落とす。ひび割れた装甲板が歪み、鈍い悲鳴を上げて、ひしゃげ、支持部材ごと砕け散り……Lapis Lazuliをその内部へと受入れた。飛込んだLapis Lazuliは素早く起爆装置を探る。自分の位置座標と回転速度、そして起爆装置の想定座標からその位置を割り出し、視覚センサーとイヤリングに仕込まれた光偏差波回析レーダーを総動員して。
内部の闇の中に見える無造作にばら撒かれた部品……いや元部品の破片。今までガンアームが受けた攻撃に飛散った幾多の装置の破片。その様子を見た者はこの機械が今まだ動いている事に驚きを憶えただろう。だが、Lapis Lazuliにそういう余裕は無い。飛込んだ次の瞬間に目指す物を見付けた。
(あれだっ! ……くっ! 回転が合わないっ!)
装甲を打破る為に自らの身に与えた回転。確かに装甲を破る為には有効だっただろう。だが今……その回転が起爆装置とLapis Lazuliの腕と装置との間を隔てさせていた。
(ええぃっ!)
肩の関節を無理矢理回し、背後となった位置……後手で装置を掴もうとする。が、掴めたのは装置から出ている幾つかの配線。無造作に置かれた起爆装置からはみ出た二色の配線。……当然、トラップ線の可能性は高い。
(ぃやっ!)
Lapis Lazuliは無造作に配線を引き千切った。
そして……分厚い前面装甲……ただ、今となっては無残に破壊されかけた装甲板のひび割れを蹴破り、外に転げ出る。
傍目には……Lapis Lazuliがガンアームを蹴破り、貫通したように見えた。
打破った勢いをそのままにLapis Lazuliは砂を転がり出来るだけ距離をとりながら、対爆姿勢を取った。
直後、砂漠に爆発音が響き渡った。
最期の爆発音が……
爆発音は砂漠。試験会場の砂丘の上だった。
「……えっ!?」
驚き振返るLapis Lazuliの眼に映るのは……今、正に崩れ落ちるガンアームの姿。Lapis Lazuliに内部に残った支持材を破壊されてしまい、姿を保つ事ができずに崩れ落ちるガンアーム、その最後の姿だった。
「……間に合ったんだ」
引き千切った配線の先にぶら下がる小さなデジタル時計の表示部。0.18秒を示したまま、まだ、ぼぉっと光る液晶を、装甲板の中で光を失うモニターを満足げに見つめるLapis Lazuliだった。
(人間が乗っているから……事故の可能性のある……トラップは仕掛けていなかったんだ……よかった)
では、先程の爆発音は?
Lapis Lazuliはすぐさま、崩れたガンアームの残骸に飛乗り、彼方を見た。
「アレは……」
その場に見えたのは……幾多の触手。砂の中から蠢き出る巨大な触手の塊。やがて……ざぁっと砂から本体を顕した本体。それは女性の上半身に似た姿。……血のような黒き赤で禍々しい化粧を施されたかのような、その姿は神話の中の半身半獣の邪神の如き姿。
「……ラミア?」
最後に残ったガンアームの2台の内の1台、砂漠へと彷徨い出た軍事用ロボットをその触手で無残に破壊したラミアEの姿だった。
73.F……残り得た者
ガンアームは自爆したのでは無い。
自分が逃げた場所をキャタピラーの抵抗と駆動力のロスから砂漠と判断し、二脚歩行のLapis Lazuliの走行速度との差から逃げ切れると判断していたのである。だが……
突然、顕れた触手の一撃……充分な間合いから放たれた、しなやかな数条の触手の鞭は空高く舞上がり、音速をも越えた速度で振落とされ、ガンアームに凄まじき衝撃波と共に叩きつけられたのである。
その衝撃はガンアームの頑強な装甲……既にLapis Lazuliの攻撃で、かなり草臥れてはいたが充分な強度は保持していた装甲をまるで紙細工の人形を引き千切るかのように無残に砕き……残っていた弾薬、爆薬を誘爆させたのである。
無論……襲った触手も無傷では無い。
衝撃と爆発で千切れ、飛散った。……だが、破片達……関節で切り放たれた部品は、一片一片に意志が在るかのように、蠢き集まり……元の触手へと復元して行く。自己修復機能を持つラミアの触手は如何に飛散ろうとも再び元の触手へと戻って行くのである。動けないほど酷く損傷した部品は触手の先端に集められ、錘として使われる。無駄の無い自己修復……まして、仲間の殆どの触手を集め、振るう、巨大な容姿を得たラミアEは今、強力な敵となって顕れたのである。
……弾丸の切れた拳銃を持つLapis Lazuliの前に。
ラミアEは辺りを見渡し、次の敵を探した。
動く物を……砂漠を動くアンドロイドを。
周囲にあるのは……コンペで戦い壊れた幾多のアンドロイド達の残骸。その向う……人間達が居たあたりに放置されている様々なロボットの残骸。
それらを叩き、破壊し、敵を探す。
(残骸に隠れて居るかも知れない)
その疑問がラミアEに動かぬ骸と化した周囲の残骸に攻撃を加えさせた。狂ったかのように周りの残骸を叩き、壊し、千々の塵芥へと変えて行く。その姿は……神話の中の悪霊、いや、荒れ狂う魔獣の如き狂態の様。
「まだ居たの? それとも……別の?」
仲間の触手を総て集め、振るうその姿はLapis Lazuliが知っているラミア達とは明らかに違っていた。
ラミアが同形機5機で参加していたのはLapis Lazuliの記憶にもある。それらの識別にAからEの記号で識別して居た事も。だが……今、目の当りにするラミアの姿は……明らかに違っていた。
「……ラミア……F?」
観客達は響めきと共にただ呆然と見つめ、Lapis Lazuliは静かに……凜として荒狂うラミアを見続けていた。
74.隠されていた切札
「ふぅ……戦闘会場でまだ動いているヤツは居るか? こほっ。げほっ」
会場に来ていた数社のケーブルTVの中継車、その内で数人の男達が忙しくモニターを睨みながら様々な機械を操作している車両の一台に乗込んで来た男はウェスト・ゴォーム。アルファ・ゼネラル・アンドロイド社の技術者にしてアルファXT2の開発責任者。だが実体は……
「おかえりなさいませ。ビショップ様。こちらにギムレットを用意してございます」
迎えたのは、観客達に酒等を振舞っていた老バーテンダー。恭しく掲げ持つトレイには薄く緑色に染まった液体を湛えたシャンパングラスが置かれていた。
ウェスト、いや、紅鋼玉の僧正の識別名を持つテロリストは無造作にグラスを掴むと一気に飲干して、老バーテンダーに注文を告げた。
「うん。美味い。煙幕にやられた喉に程よく染込む檸檬の香りが絶妙だ。もう一杯頼む」
「檸檬? ……ですか?」
老バーテンダーは少しだけ眉を顰めてギムレットとジンフィズの区別も付かない上司の舌を嘆きながらも、笑顔で注文に応じた。
「畏まりました。では、もう一杯、ジンフィズを御作り致します」
ビショップは怪訝な顔をして老バーテンダー……かつての自分の上司に注文し直した。
「何を言っている? 欲しいのはギムレットだ。早くな」
老バーテンダーは溜め息と共に元部下の注文に応じるために小さなカウンターに向い仕事を始めた。この男の舌には贅沢過ぎる仕事を。
「ところで……ルーク達はどうした?」
尋ねたのは双子の弟である紅鋼玉の城将の識別名を持ち、戦術の才に恵まれ、戦場を駆け巡る亡霊と恐れられたテロリストの事。先程までお互いに自分自身の代役を演じていた同士でもあった。
答えたのはモニターの前に坐り、様々なレバーを操作しているTVディレクターらしき男。煤けた顔をしているのは……何かの爆発に巻込まれた所為だろうか?
「無事に離脱しました。予定通り偽装した救急車で」
「怪我人は? 何人出ている?」
「……それが0です」
「ナニぃッ!?」
「不思議なんです。誰一人として死人も怪我人も居ないんです。あ、……すり傷程度の怪我人なら何人かは……」
ビショップは無表情のまま、部下の襟首を掴み、睨みつけた。
「オレが驚いたのはそういう事じゃない。怪我人がいない場所からどうして救急車がサイレンならして出て行くんだ? ん!?」
「……あ、そうですね」
思わず殴ろうかとも考えたが、その思考を老バーテンダーの声が留めた。
「ビショップ様。ご注文のギムレットでございます」
ビショップは襟首を離すと大仰に両手の埃を払ってから、シャンパングラスを摘まみ上げ、ゆっくりと口に含んだ。
「ん〜。絶妙だ。この味に免じてオマエの馬鹿な答えは赦してやる。確認するがルーク達は既に離脱したんだな?」
「はいっ!」
怯える部下を一瞥しながらビショップは幾つかのモニターを眺めながら心の中で状況を再確認した。
(ふ……戦闘バカとの交代も巧くいった。新参者のテストも……まぁ、適性は把握した。……使えないという結論だがな……。後は予定通り……木偶人形を優勝させるだけだ。総ては……予定通り……)
自分を納得させる為に予定の計画どおりに総て進んでいる事を……無理矢理に納得していた。
これはニフティのSFフォーラム内にあった「マッドSF噴飯高座」より派生した拙作です。
宜しかったら、投票、感想など戴けると有り難いです。