Prolog 2
対テロ用アンドロイド Lapis Lazuliの戦い
5.予定調和?
不意に鳴った携帯電話が審査官達と老研究者の議論を止めた。
「はい? あ、そうです……え?……判りました」
携帯電話の電源を切り、審査官は老研究者に断言した。
「あなたの主張は……未だ理解できませんが、時限爆弾の阻止能力をテストします。準備はいいですか?」
そのテントの外、耐爆ガラスに囲まれた小部屋の中に、黒い石油缶が一個置いてある。
その上に、これが爆発物ですよと言わんばかりに、幾つかの電線と時計がぐちゃぐちゃに繋がったその先にダイナマイトに模した『花火』が繋がっていた。『花火』といっても火薬である。人に火傷をさせるぐらいは出来る。
それを密閉した部屋の中に置くという事は……失敗したら、少女型アンドロイド、ラプラス・バタフライの服に燃え移るぐらいのことは予想できる。
間違いなく『人型アンドロイド』の存在を無視したテストだった。
「あれが『爆弾』です。時間は10分。では開始して下さい」
審査官が時計やモニターに注視し始めると、ラプラス・バタフライはため息を一つして、ぴょんと椅子から飛び降りて小部屋に向かった。
そして、そのガラスの手前で立ち止まり……・
「え゛?」
審査官達は、あいた口を塞ごうともせずに状況を見続けていた。
ラプラス・バタフライが何をしていたかと言うと……小部屋に入らずに周りの防爆ガラスに油性マジックで落書きをしているだけであった。
へのへのもへじやらヒマワリらしき花、猫だか犬だか判らん動物を好きなように書きなぐっている。
「……すみません。あれは何をしているのですか?」
審査官の一人が、我慢できずに老研究者に尋ねた。
「見て判らんかね? 爆弾の『無効化処理』をしているのだよ」
「あれが……ですか?」
審査官達が呆れている間に『処理』が終わったラプラスは、てくてくと帰ってくると審査官の前でぺこりと一礼して宣言した。
「もう、終わっタ」
「え?」
呆ける審査官達。
(何がどう終わったと言うのだ?)
(まさか、あの絵を審査しろと言うのじゃ有るまいな?)
(此処を落書きコンテストと間違えているのでは?)
審査官達は顔を見合わせ、小声で皮肉を言いあっている。
「いいかラ、あの爆弾はもう爆発しなイ。疑うのなラ、自爆スイッチでも押して見たラ、いイでしょ?」
ラプラスは無表情の顔のまま、審査官を挑発した。
「いいのかね?」
「どうゾ」
ぴくっと蟀谷を痙攣させて、審査官は手元のスイッチを押した。
……………………何も起こらない。
「そんな、馬鹿な!」
審査官の一人が慌てて席を立ち、小部屋に駆け寄りドアに手をかけた瞬間、突然『花火』が爆発した。
いや、爆発はしていない。閃光とともに『爆弾』は大量のヌイグルミに変わってしまったのである。
つまり、小部屋の中はクマのヌイグルミだらけになってしまった。
「はひ?」
事態が飲み込めない審査官達は口を菱形に開けたまま呆けていた。
「……あなた方の『常識』では、誰かが『爆薬』と手品の『仕掛け』を取り違えた……そんな所ですかな?」
無言で口を開けたまま審査官達は頷いている。
「まぁ、なんにしても『爆弾』は爆発してませんですな? これがこの子の能力ですじゃ。おわかりかな?」
確かに彼らの『常識』では爆発したのは『爆弾』ではなく『仕掛け』となる……のか?
暫し審査官達は固まっていたが、気を取り直して小声で話し合った。
(なんですか? これは?)
(何でもいい! 意味不明で不合格だ!)
(しかし、『爆発』を阻止したのは確かなのでは?)
(いや、しかし……)
ざわめく審査官達をよそにラプラスはじっと砂漠の彼方を見ていた。
が、不意に後ろを見て声を上げた。
「来タ!」
その声に促されて審査官が前を見ると、次のアンドロイドが立っていた。
6.無礼な者たち
それはアルファXT2。そして後ろから現れたのはアルファ・ゼネラル・アンドロイド社の開発者達。
「まだ、その『人形』のテストは終わらんのですか?」
開発者の中で一際背の高いオールバックの若い男が、勿体ぶった言い方で審査官を見下しながら言葉を続けた。
「そんなに時間に余裕が有る訳じゃないでしょう?
早くして頂けませんかね? こっちの準備は終わっているのですから」
彼はアルファ・ゼネラル・アンドロイド社の若きチーフ・エンジニアであり、この会場での社の代表者でもあるウェスト・ゴォームである。
このコンペ、対テロアンドロイド・コンペの最大スポンサーであるアルファ・ゼネラル・アンドロイド社に正面切って逆らう者はこの場には居なかった。
それは取りも直さず、この男に逆らう者が居ない事を示していた。
「で、では、最後に……そのアンドロイドの中を見せて下さい」
「えっ? それは……」
その場しのぎで出た審査官の言葉に狼狽える老研究者を見て、審査官達はにやりと笑った。
「見せて戴かない事には……審査を終了できません」
それは老研究者 N.P.Femto氏に向けたものではなく、後ろで苛立っているウェスト・ゴォームに対する言い訳だった。
「いいヨ。ほラ」
苦悩する老研究者をほっといて、『少女』はおもむろに上着の前を開けた。
そこには……
覗きこむ審査官達は、再び顎が外れたかのように口をあけて冷汗をだらだらと流しながら固まってしまった。
「……また、理解できん者に『それ』を見せるとは」
「なんだ?」
「いいから。さっさと、撮れ!」
その中を撮影しようとTVカメラが横から回り込む前に「少女」は前を閉じて尋ねた。
「他にハ?」
「……ありませんでス。はイ」
蒼ざめた審査官達が変な声を揃えて答えた。
「……では、お引き取りを」
「まだ、このテストの結果を聴いておらんが?」
老研究者は、横目で後ろの苛立つアルファXT2の開発者達を眺めながらゆっくりと尋ねた。
それは、明らかに後に控えている無礼な開発者に対する行動だった。
「……ともかく、『爆弾』が爆発していない以上、このテストは合格とは判断します。それでよろしいですか?」
涙目で断言する審査官達に静かに微笑んで老研究者はゆっくりと少女型アンドロイドに確認した。
「いいかの?」
少女型アンドロイド、ラプラス・バタフライは無表情の顔を審査官に向けたまま、ぴよんと席を立った。
「サよなラ。元気でネ」
7.コスト&パフォーマンス
老研究者と『少女』が立ち去ったあと、アルファXT2の開発者達は大声で説明を始めた。
「皆さん! この完全な対テロリズム用アンドロイド、アルファXT2は皆さんの生活に潤いと豊かさを提供し続け、それを社是としているアルファ・ゼネラル・グルーブの一員であるアルファ・ゼネラル・アンドロイド社が、総力を傾けて開発した画期的な能力を持つ……」
それは審査官達にではなく、TVカメラを意識してのパフォーマンスだった。
(そうだ。『本当の審査官達』はそいつらじゃなく、TVカメラの向う。このコンペを注視している『国民』なのだからな)
薄黒い考えが顔に出ないように先程とは完全に違う、さわやかな造り笑顔でウェスト・ゴォームは、『商品』の説明を仕切っていた。
「……つまり、世界に先駆けて『アンドロイド』を開発した、我がアルファ連邦ロボット研究所での成果を逸早く商品化したのがアルファ・ゼネラル・アンドロイド社なのです。その技術、最高のアンドロイド制作技術と最良の素材で作りあげたのが、この画期的な対テロリズム用アンドロイド、アルファXT2なのです。つまり……」
「すみませんが……ウェスト・ゴォームさん?」
呆れ顔で、審査官の一人が声をかけた。
「なんですか! 此処からいい所なのですから、止めないで下さい!」
「審査官は私達なのですから、TVカメラに向かって説明しないように。それに、そんなに近づいては映らないと思いますよ」
いつの間にかウェスト・ゴォームはTVカメラと言うよりはカメラレンズに鼻がくっつかんばかりに接近していた。
「……失礼を致しました」
「もう、説明はいいですから。この爆弾除去テストを行いませんか?」
審査官達は弛れた表情で、分厚いアルファXT2の説明書を閉じた。
「はっ! では、その……あまり芸術的でない絵が描かれている部屋を取り外し願いたい」
彼の希望通り、防爆ガラスの小部屋が移動され、後には『爆弾』だけが残された。
「そして、その『爆弾』の火薬を本来の物に変えて下さい」
その言葉に吃驚したのは審査官達だった。
「そんな事をして、大丈夫なのかね?」
「大丈夫です! 我がアルファ・ゼネラル・アンドロイド社の技術と能力を信じて下さい!」
「それならば……しかし、安全を期して『爆薬』はせいぜいドラフターを引っ繰り返して難聴になる程度にしておくよ」
「どういう基準か判りませんが、それで構いません」
指示された作業員が手際よく爆薬を交換し、審査官に合図した。
「では、これよりテストを開始致します。審査官の方々、スイッチをお入れ下さい!」
テストを仕切る若造に眉を顰めながら、審査官は『爆弾』のスイッチを入れた。
「はい。これで後9分と45秒であの『爆弾』は爆発します。では、この画期的な対テロリズム用アンドロイド、アルファXT2に指示します」
ウェストはアンドロイドの正面に立ち、命じた。
「アルファXT2。あの爆弾を『処理』せよ」
命じられたアンドロイドは金属製特有の作動音を響かせて首を爆弾に向け、暫く沈黙してから徐に行動を起こした。
その行動とは……『爆弾』をひったくる様に掴むと一目散に砂漠の彼方へ走り去る……というものだった。
「え?」
審査官達が目を丸くしている間にアルファXT2は砂丘の彼方へと消え……そして爆発音が響き渡った。
「……? は? ……何?」
やがて、砂丘の向こうからゆっくりと金属音を響かせて姿を現したアルファXT2は…………体のあちこちから冷却水を吹出してばたりと倒れた。
頭に疑問符を飾りたてて審査官達はウェストに尋ねた。
「良かったら……今の行動を説明してくれんかね?」
戸惑いながら尋ねる審査官にウェストは自信たっぷりに答えた。
「つまり、あのアルファXT2には『状況判断』回路を内蔵しておりハードレベルで常に稼働致します。そして『状況判断』回路は常に正しい答えを瞬時に導きます。今回の場合、『爆発回避』の達成確率と『爆発が無効』となる状況の達成確率を比較し、瞬時にかつ正確に『爆発が無効』となる事を選択したのです」
「つまり?」
「つまり、いかなる爆弾であろうと無人の荒野で爆発させるとした場合の被害は常に、常に0。いっつ・なっしんぐ! なのです」
「はぁ?」
感心とも呆れたともとれる返事をして審査官達は顔を見合わせた。
「……それでは、爆発物毎にアンドロイドが必要となるが……不経済なのでは?」
「問題有りません!」
ウェストはTVカメラに向かって大げさにポーズをとる。
「この画期的なアンドロイド、アルファXT2の他のアンドロイドと決定的に違うポイント、際だつ特徴は『安価である』と言う事なのです!」
「……」
「つまり、このように対テロリズム用アンドロイドとは基本的に消耗が激しい状況が活動の場となります」
「……それで?」
「アルファXT2は常にバックアップされ複数台で稼働する事により、対象となるエグゼクティブを完全にガードする事が可能ととなるのです。これは常に皆様の生活を第一に考えるアルファ・ゼネラル・グループの……」
既に審査官達を完全に無視してTVカメラに向かい延々と演説するウェストにつける薬は無かった。
8.旧知の理論
テントを出たラプラス・バタフライと老研究者の目に3人(?)の姿が映った。
それは人間と雪だるまとアンドロイド。
F.E.D.氏、SNOW WHITE、Lapis Lazuliの3人が彼らにとって次のテスト、今、老研究者と『少女』が出てきたテントに向かう所であった。
「久しぶりじゃの。……今はSNOW WHITEと名乗っているんじゃったかの?」
にこやかに笑う老研究者に対して不機嫌な声で雪だるまは答えた。
「……此処のキナ臭い空気に少しカビ臭さが漂っていると思ったらアンタか」
「ご挨拶じゃのう。相変わらず『可能性』を追求するつもりか?」
「ああ、アンタのように『不可能』を除去するよりも面白い」
「ほほほ。まぁ、『こっち』に来たければいつでも歓迎するぞ」
「『そっち』には行くつもりがない。皆無だ! 待ちぼうけて干物になりたけりゃ勝手になってくれ……ああ、もう干からびてたか?」
「ほぉっほっほっほっほほほ……相変わらず面白いジョークだのう」
「そうか?」
睨むSNOW WHITEと老研究者N.P.Femto氏との意味不明な会話にF.E.D.氏が溜まらず口を挟んだ。
「すまんが軍曹。知合いならば紹介してくれ」
「あ? あぁ、旦那。こいつらは紹介する価値がない。気にするな」
「ほほほほ。こういうヤツじゃ。苦労かけてすみませんな。では自己紹介ということで、私はN.P.Femte。時空の狭間で『不可能』と『可能』の相関について永遠の研究をしていますのじゃ。この子はラプラス・バタフライ。この次元では史上2番目の『完全人間型』アンドロイドとなりますのぉ」
「嘘をつくな。そいつはもっと前から……」
ガズッ!
口を挟んだSNOW WHITEの顔面に老研究者の正拳がめり込み、次の瞬間には雪だるまは数十メートルの先に転がっていた。
「……お年に似合わず、お元気で」
F.E.D.氏はN.P.Femte氏の老人とは思えぬ動作に感心した。
「ほほほほ……なに、単なる年寄りの冷や水。このとおり腕が折れました」
差し出す老研究者の右腕は途中であらぬ方向に曲がっている。
「だ、だ、大丈夫ですか? 今すぐ手当てを……」
「心配いりませぬ。ほれ、こうすると……」
近づくF.E.D.氏を抑えて、N.P.Femte氏は左手で右腕をしごいて伸ばすと……元に戻ってしまった。
「ほれ、このとおり。多元無限理論では『不可能』は存在しませぬ」
「『可能』も無くなるがな」
「うわっ!」
不意にF.E.D.氏の後ろから現れ、F.E.D.氏を驚かしたSNOW WHITEは老研究者の襟元を鷲掴みにして睨んだ。
「もういいだろ? これ以上、この世界に干渉するな! これは警告だ」
老研究者の鼻先にSNOW WHITEが突きつけたのは……45口径拳銃。
そして、ゆっくりと安全装置を外した……
これはニフティのSFフォーラム内にあった「マッドSF噴飯高座」より派生した拙作です。
宜しかったら、感想など戴けると有り難いです。