Prolog 19
対テロ用アンドロイド Lapis Lazuliの戦い
「くぉのっ」
「ぬぁにをっ!」
何故か被っている者に無傷の結末を与える不可思議な工兵ヘルメット。傍目にはそれを奪い合っているように見える。だが……
「ヘルメットが弾かれたら痛ぇだろうがっ!」
「この痛みを旦那にも味わせて何が悪いッ!」
「軍曹にもしっかり味わって貰おうっ!」
「最初に仕掛けたのはそっちだろうがッ!」
単に……意地を張合ってドツキ合い(小突き合い喧嘩とも言う)をしていただけであった。辺りに跳弾を撒き散らして。
……傍迷惑である事、極まりない。
68.終焉への序曲
Lapis Lazuliは前後から迫りくる鉄人形、軍事用ロボットであるガンアームの対処に苦しんでいた。
自分だけを攻撃対象としていたのであれば然程の問題は無い。現実に6体のガンアームの攻撃を凌いで来た経験もある。その経験は既にLapis Lazuliの行動データベースに再構築されている。もう一度行うことは容易い。しかし……
「そっちじゃないっ! 敵は、わたしは此処よっ!」
時折、人間達に向けて銃口を構える鉄人形の注意を引く為に拳銃弾を撃放つ。当然、それは鉄人形達の急所には当たる事はない。出来るだけ、関心を引く為には光学センサーや地上用レーダーに感知され安い場所に当てなければならない。結果として……ガンアームを倒す事なく……ただ弾丸が浪費されて行く。
それが無ければ……先程のまでのガンアームだったら倒せただろうか?
否。彼女に残された弾丸は最初に確認された10体の内、6体までを倒せる弾数だった。4体をラプラス・バタフライから貰った『びっくり箱』で倒し、残った6体でぎりぎり。それらの中から3体を破壊した。つまり「ラストダンス」が始まった時の残弾数は3体を破壊するだけで精一杯。だが今はそれらに加えて5体のガンアームが目の前に居る。
Lapis Lazuliは今……明らかな結末、絶望的な結末に向かって進んでいた。
人間達をテロから守る為に。テロを行う鉄人形と戦うが故に。
健気に頑張るLapis Lazuliにとって何処からか飛んで来てはガンアームの注意を逸らす銃弾がとても邪魔だった。(それが何処から飛んで来ているのかは……敢えて言うまい。だが、警備兵達や観客達の無駄な行為も少しは合った事だけは此処に書き記しておく)
(……もう一発)
それでも弾丸を1体のガンアームに集中させて、急所を撃抜こうとした次の瞬間、……その時が訪れた。
がしぃん……
弾丸を発射した拳銃のスライドが後退したまま固定された。弾切れ。予備の弾倉は既に無い。
判り切っていた絶望がLapis Lazuliに訪れ、無機質な音が砂漠に響き渡った。
最後の弾丸は……粘着弾だった。急所に当たり自らに課せられた仕組み……変形し、衝突した物に粘着する事で運動エネルギーの総てを費やして破壊をもたらす仕組みは……急所周辺の草臥れかけていた装甲板に数条のひび割れを生じさせた。だが……最後の弾丸はガンアームを破壊するまでには至らなかった。
「ふぅ」
Lapis Lazuliは……息を……正確には冷却液リザーブタンクの余剰圧を……静かに吐いた。
そして……すっきりとした表情で状況を確認した。
Lapis Lazuliは自分の未来を覚悟している。
8体ものガンアーム達は既に何一つ自分達の障害となる事が発生しない状況だという事を理解しているかのように周りを取巻き、銃口をLapis Lazuliに向け、ゆっくりと照準を合わせていく。
周囲を囲まれ逃場は無い。
見やれば人間達は遥か遠くでこちらの方を窺っている。祈るように、息を殺して。Lapis Lazuliの数分後の未来を悲しむように……何かを祈っているように、判り切っているその未来が訪れない事を懇願しているように見えた。
(……取敢えず、わたしが参戦してからの死傷者は……0なのかな?)
風前の灯となった自分の存在。対テロ用アンドロイドであるLapis Lazuliにとって、テロに因る死傷者が出ていないと言う事実が、自分自身の存在意義を存分に発揮した……証明する事実だった。
(少なくとも、テロリストの最終目標は阻止できた……のかな? できたよね。……たぶん)
ふと……微かに笑う。
砂漠の風がLapis Lazuliの髪を撫でた。
いつの間にか、ガンアーム達はLapis Lazuliに導かれて人間達が居るテントの残骸辺りから最終試験会場である砂漠へと誘い出されていた(何処からか飛んでくる弾丸もその結果を導く一役を担っていたのは……皮肉だろうか?)。敵であるガンアームの次の攻撃、Lapis Lazuliを粉々に打砕くであろう砲撃が人間達に及ぶ事は……少なくともその可能性は彼等が出現した場所よりは数桁以上は小さいだろう。
(……最終試験には合格した……よね。今、動いているのはわたしと……さっき居たアルファXT2。合格条件は最後の5体に残る事。この……ガンアームは試験参加機種では無いし……わたしは自分の……自分への命令を総て果した。……達成したんだ)
目を閉じて、数刻前の自分自身に課せられた命令を全うした事を確認する。
「Lapis Lazuliぃ。逃げろォ。逃げるんだぁ!」
誰かが叫んだ。何故か悲痛な声で叫んでいた。
だが、Lapis Lazuliは……その叫び声にちょっとだけ吃驚したような表情を浮かべ……そしてにっこりと微笑んで、いや満面の笑みで手を振った。
「……え!?」
その動作は別れの挨拶。笑顔で手を振るLapis Lazuliを見た観客達、彼女を倒すがためにこのコンペティションに参加した技術者達は……不思議な感情に包まれた。敵と決め、狙い、破壊すること、砕け散る事を願った相手が自分達を救い、精一杯戦い、そして今、正に壊されようとしているこの瞬間に挨拶をしている。とびっきりの笑顔で。
人間達は自分達の存在を……いま此処に居る理由を、Lapis Lazuliの笑顔の理由を問質さずには居られなかった。
(何故、此処に居るのだろう)
(どうして……あのアンドロイドは笑っていられるのだ?)
そして、人間達は……ゆっくりと手を上げ……振りはじめた。
それは彼等の……贖罪の証しなのだろうか。
Lapis Lazuliはその様子を……人間達が、ほんの数刻前まで冷たい視線だけを自分に投げかけていた人々が手を振る姿を見て……再び微かにくすりと笑い、満足げに息を静かに吐いた。
「ふぅ……。ん!」
そして……覚悟した。
突如、機関銃の動作音と発射音が響き渡り、鉄片が、破片が飛散り、爆発音が砂漠に響き渡った。
終焉の序曲として……
69.おっとり掩護射撃
正確に言えば、最初に響いたのは……拳銃の発射音だった。
続けて響いたのは、プローバック式の対戦車ライフルの連続発射音。
拳銃から発射された数発の弾丸はガンアームの諸センサーを的確に破壊し、自動操縦状態の鉄人形達を暗黒の暗闇へと導いた。対戦車ライフルの連続射撃は……言うまでもなく、数体のガンアーム達の装甲を簡単に撃抜き、内蔵された弾薬を破壊し、誘爆させた。
二人の男(?)達の見事な連続攻撃は、瞬時に数体のガンアームを葬り去ったのである。
「待たせたな。ラピス」
「これでフィナーレだ。お嬢ちゃん」
自分を呼ぶ懐かしい呼び方。その声の主達は……
「マスター! 軍曹さん!」
言わずと知れたLapis Lazuliの開発者、天才技術者のF.E.D.氏と狂乱の雪だるまことSNOW WHITE。二人の顔は何故か……いつものようにぼろぼろででこぼこだったが。
いつも喧嘩している二人が、ひとたび手を組めば向かう所に敵は無く、ただ通り過ぎた後には残骸と戦闘不能になった敵兵達が道の敷石となっている……二人(?)の自慢を信じていなかった訳では無いが、Lapis Lazuliの眼に映る光景はそれを信じさせるには充分だった。
「ありがとうございます!」
Lapis Lazuliの感謝の声に何故か二人は顔を見合わせて苦笑いした。
(それにしても間に合って良かったな。旦那)
(ああ。誰かが叫んでくれた御陰で俺達の傑作品を壊されずに済んだな。軍曹)
小声で話す二人の表情は実に晴れやかだった。……でこぼこだったけど。
「それにしても旦那の地獄耳には驚くよりも呆れてしまうな。流石は数km先のコビトアマガエルの寝返りの音を聞き分けるだけ在る」
ぴく……
「……そんな事はした記憶がないぞ。それより軍曹の射撃の腕も凄すぎて笑ってしまうな。数km先の戦闘機を撃ち落としたという割には、腰が引けていたぞ」
ぴくくっ……
「これは『引けていた』んじゃなくて『溜めていた』と言うんだ! そんな事だから眉間を狙った弾丸がヘルメットに擦るように為る……んだ……ぞ」
言葉が途切れたのはF.E.D.氏の55口径ロングバレル拳銃の銃口が雪だるまこと、SNOW WHITEの眉間に押しつけられ、発射ガスで熱せられた銃口が音を立てて雪を溶かした直後だった。
「……この位置では腰がどうとかこうとかも関係無いよな? ぐぉわっ!」
「てぃっ!」
ばしっ!
対戦車ライフルの銃身でかち上げられ、弾き飛ばされたF.E.D.氏に再び銃身を叩き落とそうとするSNOW WHITEの攻撃を靴の底で受止める。
「……『仕事』は済んだ。さっきの決着をつけようじゃないか? 旦那」
「ふんっ! 返討ちにしてやるわぁ!」
「やめて下さいッ。二人ともっ。ここは研究所じゃないんですからっ!」
二人の喧嘩を止めようとするLapis Lazuliの声は何故か歓声に近かった。
だが……
歓声をあげるLapis Lazuliの背後で2体のガンアームが再び蠢き始めた。
それはF.E.D.氏の弾丸で総てのセンサーを破壊されながらも、SNOW WHITEの対戦車ライフル弾に撃抜かれなかった機体。SNOW WHITEの位置から見てLapis Lazuliの背後に居た為に撃抜けなかった機体だった。
そして……ゆっくりと腕に仕込まれた25mmバルカン砲の銃口が動き……再び、ぴたりとLapis Lazuliの後頭部に向けられた。
70.眼に見えぬ危機
ガンアームのセンサーは全て死んでいた。
しかし、寸前に入力した敵、Lapis Lazuliの座標と自身が受けた攻撃に因る挙動を内蔵されたジャイロが総て記録していた。そして、体勢を修正した結果として(極めて偶然だったが)銃口がLapis Lazuliの後頭部に向けられたのである。
そして……引鉄が引かれた。
飛散る弾丸。破壊され砕け散る機械部品。崩れ落ちる……長銃身のバルカン砲とロケット砲。
破壊されたのはガンアームの両腕。
撃抜いたのは……言わずと知れたSNOW WHITEの対戦車ライフルとF.E.D.氏の55口径マグナム弾。Lapis Lazuliの眼に映る二人は顔をくっつかんばかりに接近させ、今にも殴り合わんとする体勢だったが、二人の持つ大口径拳銃と対戦車ライフルの銃口はLapis Lazuliを避けて的確にガンアームの両腕に向けられたまま硝煙を燻らせていた。
「マスター! 軍曹さん! ありがとうございます!」
思わず感謝の言葉を述べるLapis Lazuliを振返る事なく二人(?)は言った。
「後は任せたぞ。ラピス」
F.E.D.氏の声には抑揚がなく、冷静に眼前の雪だるま、SNOW WHITEを睨みつけている。
「遠慮無く、そいつらを鉄屑に戻してやれ。故事にもある、『目には目を。アンパンはアンパンに。旧式機械は鉄屑に』とな……。おっ!」
「そんな故事は無いわァっ」
訳のわからん事を真面目に言う雪だるま状物体SNOW WHITEに攻撃を加えたのはF.E.D.氏の右脚。空気を引裂かんばかりに鋭く蹴り上げられた前面蹴りだった。が、ひらりと避けるSNOW WHITE。しかし、軸足の足首を素早く捻り、重心を移動させて蹴り上げた脚の踵を雪だるまの脳天に蹴り下ろすF.E.D.氏。
「はっ!」
その足首をピンポン玉のような両手で受止め、雪だるまは高らかに笑った。
「はっはっはっは。そんな蹴り下ろしでは餅も付けんぞ。……ぶっ!」
「甘いわっ!」
笑う雪だるまの顔面に突刺さるF.E.D.氏の左脚の爪先。受止められた右脚を支点にして飛上るように左脚を蹴り込んだのである。
「……ぉをぅっ!」
堪らず後ろに回転しながら転げ去るSNOW WHITE。余力でくるりと宙で回転し、着地しようとするF.E.D.氏をガシッと受止めたのは……今、転がり去った筈のSNOW WHITE。
「なっ! 軍曹っ! いつの間に戻った? ぐぉっ」
そのまま、バックドロップのように脳天から砂漠に打ち下ろす。
「転がり去った者が瞬時に戻る事を完全に否定できる物理法則は無いっ」
「ぶぅふぉっ!(頭を砂から抜いた音) 証明できる法則も無いわっ!」
訳のわからない……と言うよりは相変わらず常識を無視するSNOW WHITEとの喧嘩を飽きもせずに繰広げるF.E.D.氏は振返らずにLapis Lazuliに声を送った。
「ラピス。何をしている? さっさと旧式ロボットを鉄屑に変えちまえッ」
「はいっ!」
「同じ事を偉そうに言うなっ! お嬢ちゃん。危なくなったら何時でも援護してやる! 遠慮は無用だ!」
「判りましたっ!」
喧嘩する二人に励まされてLapis Lazuliは敵の姿を探した。既に攻撃する術を失ったガンアーム達は何処に?
一体はすぐに見つかった。砂漠の方へとふらふらと逃惑っている。総てのセンサーを破壊され、地形を確認する事もできない鉄人形は砂丘の凹凸にキャタピラの方向性を失いながらも懸命に逃げていた。
(もう一体は? ……居た。いけないっ!)
残りの……最期の一体は、テントの残骸の方向へと逃惑っていた。その方向に居るのは……観客達。迫りくる壊れかけた鉄人形を見ようと物陰からぞろぞろと出て来る人間達が居た。
(ガンアーム……自爆装置搭載型が……最後に生産されている!)
Lapis Lazuliの記憶が……記憶だけが眼に見えぬ危機を理解していた。
「逃げてぇ! そのロボットは爆発する可能性が、危険が在ります。逃げて……即座に逃げて下さいっ!」
71.確定される未来の確率
(……センサー破損。ビジョン確認……不可能。レーダー確認……不可能。音響サーチ……不可能。行動選択……退避。退避。退避。退避。退避。退避……)
ガンアームに内蔵された情報処理装置……自動操縦時の行動を決定する為に付けられたコンピューターが自己の状況も周囲の状況も何一つ確認できずに、ただ……逃げる事だけを選択し、実行していた。
不意に……ある処理要求が飛込んで来るまでは……
(処理要求……「自爆処理」確認。状況確認開始。周囲状況……確認不可。自己の状況……確認不可。補給の可能性……非。支援の可能性……非。敵からの逃走完了の可能性……皆無。自爆を選択する為の情報……3/5確認。自爆を選択回避する情報……皆無。「自爆」選択。……自爆装置稼働。装置の動作……確認。爆発まで30秒……29秒78……)
ついにカウントダウンが始まった。誰一人として知る事の無い破滅の瞬間をガンアームの内部……コクピットのモニターだけがその瞬間を知っていた。
Lapis Lazuliの声に一瞬びっくりした人々は、彼女の表情からそれが事実と感じ取り、奇声をあげて逃惑った。だが、既にガンアームとの距離は近く、人々が逃げる速度と、ガンアームが迷走する速度は、ほぼ一緒。今、自爆されたら相当数の死傷者が出る事は間違い無い事だった。
「逃げてっ! ……くっ」
Lapis Lazuliは走りながら自爆を回避する方法を記憶の中から検索し始めた。
(ガンアーム後期型、最終生産タイプ。自爆機能付。自爆装置は製造後、改造され付加された。自爆……自爆の起動方法、無線による外部操作。他に自動操縦時の内部演算装置の選択。選択基準の設定……)
これはニフティのSFフォーラム内にあった「マッドSF噴飯高座」より派生した拙作です。
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