Prolog 18
対テロ用アンドロイド Lapis Lazuliの戦い
「……なんだ? どうしたんだ? 銃声が止んじまったぜ? お開きか?」
「ふん。これから最終幕さ。オレがそっちに行くまでに鉄人形のコントロールを回復させろ。いいな? それから……終幕のファンファーレを鳴らせ。曲は例の……『Metal Dole Press(バレリーナ潰し)』だ」
62.目覚めうる者
Lapis Lazuliの悲鳴は崩れたテントの中で失神している二人(?)の耳にも届いていた。
「……ん!?」
ぴくり、と耳を欹てて、むくりと気絶していた筈のF.E.D.氏が起上がった。
「どうした? 旦那」
下に居た筈の雪だるま、非常識の具現者であるSNOW WHITEがぬっと眼前に上から覗き込んでもF.E.D.氏は驚きもせずに冷静に裏拳で叩き落として、呟いた。
「ラピスの悲鳴が聞えた……。つまり、何かが許容値を越えた……壊れた?」
Lapis Lazuliの身体に仕込まれた各種のセンサー。それらが許容量を越えた時、悲鳴を上げる。別にプログラムしたのでは無い。Lapis Lazuliが人間の感情表現をそのように解釈し、自分自身に当てはめて選択した表現。その悲鳴が今、氏の耳に届いたのである。
だが、此処は崩れ落ちたテントの中、外の様子は判らなかった。
「……おい。銃を」
振向きもせずに、片腕をSNOW WHITEに向けてF.E.D.氏は武器を求めた。
「……ほい」
SNOW WHITEはF.E.D.氏の行動を訝りながら、先程、渡し損ねた……いや、殴り渡しかけた銃を拾い、放り投げた。
人間が持つ銃にしてはやけに銃身とグリップが長い銃……Lapis Lazuliが装備する銃の試作品として造られた55口径ロングバレル、ダブルカラアムロングマガジン、赤色レーザーサイト装備のスペシャルガンが緩やかな弧を描いて……自由落下の曲線を水平に変化させてF.E.D.氏の頭部に命中した。
ばきっ!
「ぐおっ」
「あれ? ああ、そうか。ブーメランとしても使えるように設計したんだっけ……忘れてた」
「忘れてたじゃねぇっ!」
痛みに思わずしゃがみ込む姿勢から伸び上りながら水平回転をして、雪だるまの頭部を蹴り跳ばす。
が、雪だるまは見た目に似合わぬ素早さで、ひょいと身を躱す。
「そんな蹴りでは蝿も殺せんぞ。腰を入れてだな……だんな?」
振返り見るF.E.D.氏は……ぐっと腰を落し、両手で銃を確りと持ち……その銃口はSNOW WHITEの眉間を確実に捉えている。
「判った。腰を据えて冷静に軍曹を狙ってやる」
「げっ」
結局、二人は常軌を逸したドツキ漫才の世界へと再び足を踏み入れようとしていた。
……漫才か? これ?
63.地底の復讐者
その頃……正確に言えば、Lapis Lazuliが数体の鉄人形と戦っていた時、地の底で蠢く物がいた。
壊れて、無造作に水を噴出すスプリンクラーの下、無数の触手の塊がゆっくりと動いていた。
ラミアE。
Lapis Lazuliを少なからず窮地に陥れた触手の塊のアンドロイド。
鉄人形が放った砲弾はラミアEの触手を全て吹飛ばしたが、本体には然程の損傷を与えなかった。奇蹟のような偶然。だが……ラミアEはその事に何一つ感謝してはいなかった。仲間の吹飛んだ触手を繋ぎ合わせ、自分一体だけが動いている。そして……今、自分がしていることは……
何一つ動いていない闇の地下道を彷徨い歩き、探し……ラミアEは在る通路の突当りでやっと目指す物を見付けた。
ラミアC。Lapis Lazuliの銃弾に破壊され倒された仲間。ラミアEの触手はその本体に確りと抱きついた。降注ぐスプリンクラーの赤茶けた錆を溶かした水がラミアEの頬を伝う。
まるで血の涙を流しているかのような……
やがて、本体と触手とを切り離し、自分の触手の中にラミアCの身体を隠す。本体から切り放たれ触手を自分の触手として取り込みながら。
そして……ラミアEは最後の仲間、ラミアAの身体を求めて蠢き始めた。
地下は……この幾多の残骸が無造作に散乱している地獄のような地下は総て探し尽くした。Lapis Lazuliの破片も確認されてはいない。
残るは地上。
そこに最後の仲間、ラミアAの身体があるかも知れない。そして……
戦うべき相手。Lapis Lazuliもそこに……
ラミアEは憎悪を内に秘めたような形相で……(無論、それは錆水が施した偶然の化粧だが)……ゆっくりと地上への道を探し始めた。
仲間の触手を繋ぎ合わせて、一際、巨大になった身体を蠢かしながら。
64.舞台裏
「ファンファーレは終ったか?」
技術サービス車両の扉を開けて入って来たのはヌーヴ1。彼は極めて冷静な気迫で仲間達を気圧しながら、状況を確認した。
「……ああ。だが、なんで『バレリーナ』は踞っているんだ?」
ヌーヴ1は冷徹な面持ちのまま口元だけを引きつったように歪ませて微かに笑いながら応えた。
「……どんな物にも許容値という天井が在るのさ。機械ならば尚更、明確にな。そのポイントを突っついただけだ。……だがな、見てな。『バレリーナ』はすぐに立直るさ」
「……そうか? あのまま動作不良になるんじゃないのか?」
ヌーヴ1はポンと男の頭を軽く叩いた。
「……だと、いいけどな。ところで……」
即座に男の顔が苦痛に歪む。
「いたっ。いてぇ うぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっっっっ!」
ミシメキと軋む音が周囲の人間達にも聞えるかのような、凄まじい握力で
ヌーヴ1は男の頭蓋骨を握り締めていた。
「……いつからオレの言葉を疑っていい事になったんだ? あぁ?」
「わ、わかった! 判ったから……」
「『判りました』だろ?」
「わ、わ……ぁう」
男は言葉をいい終わる事なく、気絶して果てた。
「……ヌーヴ1。出来たら教えてくれ。どうしてこんな低い音で『バレリーナ』は踞っているんだ?」
ヌーヴ1は静かに仲間達を睥睨して椅子にゆっくりと座り応えた。
「アイツのセンサーの位置に音波の波が重なるように会場総てのスピーカーから音を出しているだけ……だが、重なった音波はアイツの音響センサー以外にも震動を発生させる。それがこのプログラムの効果だ。解るか? オレ達はこの場に居るだけで、あの戦闘会場に居る総ての機械人形共に好きなようにダメージを与える事ができるのさ」
「……それでスピーカーシステムを乗っ取ったのか?」
「そういう事だ」
「……スゲェ。流石はヌーヴ1だ」
仲間達の賞賛を心地よく聞きながら、ヌーヴ1……ルーク・オブ・ルビーは兄、ビショップ・オブ・ルビーに感謝した。
(流石は兄貴。ボンクラ共はこんな簡単な手品で感謝してくれているぜ)
このシステムそのものを考えた兄に心の中で感謝しながらヌーヴ1は次の指示を出した。
「鉄人形の用意。オレ達の力を見せつけてやれ」
「オゥ!」
仲間……テロリスト達は最後の舞台のためにそれぞれの持ち場に散って行った。
(ふふふ……やはりオレは戦場がいい。この緊張感の中で破壊欲を思う存分、発揮する……そうさ。オレは軍神の生まれ変わり。破壊する為にこの世に居る)
モニターを見つめながら無気味に低く笑うヌーヴ1を仲間達は畏怖の表情で崇めていた。
(これで終りだ。……Lapis Lazuli)
仲間達の準備完了の合図を確認してから、ヌーヴ1は操作卓の赤いボタン、プラチックに保護されたボタンを踵落しのように靴の踵で蹴破り、押した。
アラームが鳴り響き、事前に仕掛けた『花火』のカウントダウンが始まる。
椅子に座ったまま高笑いするヌーヴ1を冷酷な昂揚へと誘いながら。
65.必然たる偶然
Lapis Lazuliが重低音の地獄の如き苦しみに耐えていた時、別の場所で音波の重なりが別のアンドロイドに一つの変化を与えた。その重なりの場はアンドロイドの残骸の山……コンペで戦い破れ壊れた残骸の中から蠢き出すモノが合った。それは1体のアルファXT2。至近弾の衝撃波で安普請のスイッチ、動力のリセットスイッチが落ち、ほぼ無傷なままに停止していたアンドロイドが今、再び動き始めた。
アルファXT2は暫く辺りを見渡し……Lapis Lazuliの姿、苦しみ踞る敵の姿を認めるとすぐさまに武器を探した。だが、手元に武器は無く、アルファXT2は瓦礫の中から使えそうな武器をまさぐり始めた。Lapis Lazuliに見つからないように身を隠しながら。
そして、「それ」が見つかった。比較的、無傷なロケットランチャー。コイツならば間違いなく……多少ズレたとしてもその余波で破壊できる。アルファXT2は物陰から未だ踞るLapis Lazuliに狙いを定め……発射した。
その時、(正確にはほんの一瞬だけ先に)F.E.D,氏の拳銃が火を噴いた。
狂乱の雪だるまことSNOW WHITEの眉間を目掛けて飛出した55口径マグナム弾は何故かSNOW WHITEの工兵ヘルメットに微妙な角度で擦り、弾かれ、テントの布壁を突破り、飛去って行った。跳弾となった弾丸が破壊したのは……アルファXT2が射出したロケット弾。しかも見事なまでにその信管を撃抜いたのである。
ロケット弾は自らの内部に仕掛けられた機構を完全に起動させ……空中で破裂し、衝撃波を辺りに蒔き散らかした。
Lapis Lazuliを包み込む重低音の殻をも吹飛ばして……
「なんだぁっ!」
「ぉうっ!」
ついでに崩れ落ちたテントごと……F.E.D.氏とSNOW WHITEをもその衝撃波で吹飛ばし、……さらについでに木偶人形ことアルファXT2をも吹飛ばし、再び動作停止状態へと追込んで。
眼に見えぬ音波の縛めから抜出したLaois Lazuliは自身を解放ってくれた爆発を不審に思いながらも、素早く自分の状態を確認する。
(……各部センサー照合確認終了。状況変化無し。センサーの異常信号、収束。……異常信号はセンサー自身の……いや信号線接合部障害と結論)
重低音の檻はLapis Lazuliに何一つ損傷を与える事はできなかった。ただ、センサーからの信号線の接合部を揺り動かし、異常信号の海にLapis Lazuliの行動処理回路を沈めただけ。それでもLapis Lazuliの行動を停止させる事には成功していた。
そして、それこそが敵の狙いだったのである。
(! いけないッ!)
素早くLapis Lazuliはその場を離れた。戦場で1箇所に留まる事は死を意味する。それはF.E.D.氏とSNOW WHITEから教わった戦場での鉄則。それを具現していない自分自身、……正確には行動処理回路に腹が立つ。だが、重低音の檻は彼女の運動中枢……行動処理回路を蔵するシリコン演算部を保護するチタン骨格……人間で言えば頭蓋骨後頭部に共振するように鳴響いていた。その震動が運動中枢回路へのコネクタを揺り動かし、信号の受発信を滞らせ、彼女の総ての動作を奪う結果となっていた。
(……偶然? それとも……)
無論、それは必然の結果だった。
重低音の檻を仕掛けた人間はそうなるように事前に情報を仕入ていたのである。その仕掛け人とは……
「ちっ! もう少し止まっていたら殺れたのに……」
部下の悔み言を聞流しながら、ヌーヴ1は冷静にLapis Lazuliの動作から実力を測っていた。
(兄貴の言うとおり……か。確かに一筋縄では『処理』出来そうに無いな)
脚を操作卓に載せたまま、モニターを踏反り返って見る男、ヌーヴ1は楽しそうに呟いた。
「……ま、楽しみは後にとっておくさ。野郎共、撤退開始」
支持に従い、部下達は無言で行動を開始した。技術サービス車両の荷室から外に飛び出、何かの作業を的確に処理して行く。
「はっ! これでオレ達は退場するが、『置き土産』はちゃんと受取ってくれよ? そろそろカーテンコールが鳴響くから……な。くっくっくっ」
ヌーヴ1の足先、操作卓のカウントは0を表示しようとしていた。
66.カーテンコール
突然! 幾つかの展示用テントが轟音と共に爆発した。
「きゃあぁぁぁぁ」
「ぅわあぁぁぁぁ」
黒煙が吹き上がり、辺り一面を吹飛ばす。紳士、淑女達の悲鳴を引き出しながら。そして、その中から顕れたのは……5体の鉄人形。完全装備のガンアームが突然、人間達が居るテント群……テントの残骸の中に顕れたのである。
人間達は慌てふためき逃惑う。少しでも安全な場所を求めて。
「えっ!? どうしてあんな所に? ……いけないっ!」
疑問を処理するより早く、Lapis Lazuliは行動していた。自分の装備を確認しながら、敵……これまでの状況から鉄人形をテロリスト達の尖兵と判断して攻撃する為に、自分の拳銃弾が敵に有効な損傷を与える距離まで近づく為に駆出していた。
だが……
背後から襲い来る高速弾の存在を両耳の蒼きイヤリング、光偏差波回析レーダーがLapis Lazuliの行動回路に告げていた。
「てっ!」
咄嗟に拳銃を砂漠に向けて撃ち放ち、自分の所在座標を急激に変える。そして自分が居たであろう座標を通過して行くのは、25mmバルカン砲弾。
(えっ!?)
攻撃して来たのは……テロリスト達が乗捨てた筈の鉄人形、ガンアーム達。運転するものが居ない今、動かない筈の鉄人形が再び動き始め、Lapis Lazuliに襲いかかって来たのである。
前に5体、後ろに3体のガンアーム。見事にLapis Lazuliを挟撃する位置を占めている。無気味に辺りを索敵しながら。
「くっくっくっ……。後は勝手にやってくれ。自動モードの鉄人形達とラストダンスを踊ってくれ。では……オレ達はこの辺で席を発たせて貰うよ」
ヌーヴ1はゆっくりと席を立ち、拳銃を取出すと………モニターに向かって引鉄を引いた。
鈍く破裂音が響き渡り、モニターや機械類が壊れて行く。
排出された数個の薬莢が床に跳ねて、小さく高い金属音を響かせた時には部屋の総ての機械が破壊されていた。
そして……靴音だけが部屋に残り、最後に投げ込まれたナパーム手榴弾が総てを焼き尽くしていく。
テロリスト達の証拠を全て焼き尽くして。
67.蒔き散らかされる傍迷惑
その頃、壊れたテントの幕間で二人の男……正確には一人の男と雪だるまがとても善良な18歳未満の子供たちには見せられないような暴力的なドツキ合いを崩れたテントの残骸の中で……飽く事なく続けていた。
「この野郎っ!」
「てぃっ!」
ドツキ合いの道具は……拳銃弾と対戦車ライフル弾。
そして、奪い合っているのは一つの工兵ヘルメット。
最初に放たれたF.E.D.氏の弾丸が雪だるまことSNOW WHITEの工兵ヘルメットを弾き飛ばした。何故か、SNOW WHITEはその途端に即座に物陰に逃れ、そしてそのヘルメットを拾上げ被ったF.E.D.氏に対戦車ライフルを撃ち放ったのである。放たれた対戦車ライフル弾はこれまたヘルメットに弾かれて、何処かへと消えて行き、後には弾かれ飛ばされたヘルメットをそそくさと拾上げ被るSNOW WHITEと、不思議にも何一つ傷を負わず(対戦車ライフルの弾を弾いたのに?)、冷静に雪だるまの眉間に狙いを付けるF.E.D.氏が居た。そして再びF.E.D.氏の拳銃から放たれた弾丸が雪だるまの工兵ヘルメットを弾き飛ばし……それが延々と続いていた。
これはニフティのSFフォーラム内にあった「マッドSF噴飯高座」より派生した拙作です。
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