表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/74

Prolog 17

 対テロ用アンドロイド Lapis Lazuliの戦い

「けっ。ほざいていろ」

 男達はこの時、まだ信じていた。縋っていた。Lapis Lazuliが破壊したのは自分達が持っていた武器という事実に。……つまりは自分達には何一つ、攻撃が加えられていないという状況に。

(コイツは……このアンドロイドは「人間」を攻撃する事ができない。できない筈だっ!)

 飽く迄も自分の想定を信じる男達。Lapis Lazuliを前後から挟む位置に素早く移動し、飛掛かるタイミングを窺う。

 事前に仕入れた情報ではLapis Lazuliを防護している防弾シリコンは銃弾には強くとも、切断には弱い。つまりはナイフの攻撃には弱い筈……そう信じていた。

「へっ。コイツで切刻んでやる。覚悟しろ!」

「覚悟? 『諦めろ』という意味でしたらばわたしには無意味です。わたしのプログラムには諦めると言う選択肢、及び選択基準はありません」

「黙れっ!」

 その声が合図。二人の男は同時にLapis Lazuliに襲いかかった。

 そして……対テロ用アンドロイドがテロリストである自分達を『人間だから攻撃しない』と誤信した二人の男達の不幸が顕となった。


 何故ならば……Lapis Lazuliは白兵戦を前提として設計されたアンドロイド。しかも対テロ用アンドロイドそのモノなのだから……


59.留めの一撃(医学解説的戦闘描写(但し正誤不明))

 元々、Lapis Lazuliは軍事用ロボットと違い、銃砲類は予め装備されていない。対テロ用アンドロイドとしての設計思想は怪しまれずにテロリスト達に近づき、制圧する事。その条件を満たす為に完全な人間型アンドロイドとして造られたのである。そして、求められる白兵戦での戦闘能力……つまりは素手(?)でテロリスト達を制圧するための戦闘能力は絶大である。

 不思議な事に特定の格闘技の情報を最初から入力されている訳では無い。が、Lapis Lazuliの開発者であるF.E.D.氏とSNOW WHITEの日常茶飯事に行われている無差別無制限格闘技による究極のドツキ漫才の情報……結果として特殊部隊等で使われているであろう特殊な武術までも含めて、古今東西、総ての技と術を自身の行動データベースとして整備されているのである。


 背後から襲いかかる男のナイフ。右の肩関節を(人間ならば)不自然に回し、下から指槌(鶴嘴拳とも呼ぶ)で叩き落とす。(指骨骨折及び腱損傷)

 即座に体を変えて上方から左手の手刀を敵の右肩に打込む。(鎖骨破断骨折及び腱破断)

 指槌となった右手をそのまま回転させ、背後となった方向から襲いかかる男の右肘関節を外方向から手首関節で打撃。

(肘関節粉砕骨折及び腱破断)

 激痛に我を失っている男達の服を掴み、強引に引寄せ衝突させる。

(双方共に頭部打撲、鼻孔及び口蓋内出血及びショックに因る意識混濁)

 逃亡防止を目的として二人の脚部へ上段から削り込むような回転下段蹴り。

(一人は腓骨及び脛骨粉砕骨折。もう一人は足首関節部粉砕骨折及び腱損傷)

「おまけっ!」

 蹴りの威力が余り、その場で一回転したLapis Lazuliは留めの一撃を付け加えた。


 ぱぱん!

「……え?」

 くるりと回ったLapis Lazuliの手に握られているのは銀色の……チタン製ハリセン? ……それで勢いよく二人の頭を叩いたのである。

 一瞬の内に繰出されたLapis Lazuliの連続攻撃に、何一つ抗えなかった二人の男は意識を失い、抱き合うように崩れ落ちた。

 口から泡を噴出し、存命している証しを見せているのは、傭兵である自分達のタフさの証明とLapis Lazuliへの僅かな反抗だろうか。

「……あれ? どうしてこんなモノが?」

 Lapis Lazuliは相手の事なぞ気にもせずに、今、自分が手にしているハリセンが何処から出て来たのかという疑問で頭(思考回路)がいっぱいだった。



「……ん? 冷てぇ……冷てぇっていってんだろうが!」

 勢いよく二つの雪玉……SNOW WHITEを蹴飛ばしたのはF.E.D.氏。自分の上に多い被さった雪だるまの表皮(?) の雪が自分の体温で融け、冷たい滴となって彼の目を覚まさせたのである。

「……なんで、コイツは上に乗ってたんだ? ……ん? 何だこれは?」

 見渡す周囲に漂い視角を奪っているのは白い……

「……霧? いや、この香りは……煙幕弾?」

 少なからず戦場に身を置き、敵味方の区別無く一目置かれたこともある男、F.E.D.氏の嗅覚は自分の記憶の中に燻る香りをはっきりと想い出した。

「……戦場? それとも誰かが煙幕弾を誤射した?」

 訝るF.E.D.氏の背後に音もなく立つ白い雪だるま、SNOW WHITEは両手を高く掲げて何かを振り下ろそうとした。

「だから、さっきからそう言ってるだろうがっ! ……あれ?」

 振り下ろした手には何も握られてはなく……ただ、ピンポン玉のような両手が空を切っただけだった。

「あれ? ハリセンは何処へ行った? ……あ、そうか。……ぐべっ」

「『そうか』じゃねぇっ! 誰かが攻めて来たならこっちの取る手はただ一つ。反撃だろうが! さっさと銃を出せっ!」

 振向きざまに放たれる中段の回し蹴りを顔面(上部の球形)に食らい……綺麗にその場で側方一回転をして目を回すSNOW WHITEは失いかけた意識の中で失ったチタン製ハリセンの所在を理解した。

(あぁ……ハリセンは、爺ぃに飛ばされた時………空中で落したんだな……誰かが拾ってくれてたらいいが……あの形状と叩いた時の音は得がたい……久々の……傑作だ……か……ら………な……)

「おい! 気を失う前に銃を出せ!」

「……ほい」

 ばきっ!

「ぐぉわっ!」

 朦朧とした意識の中で銃を突出した自分の拳が相手の眉間に決まったとは知らずに気を失う雪だるまとその上に倒れ込むF.E.D.氏であった。


60.結論不承

「……ま、いいか。兎に角、テロリスト無効化処理。完了」

 疑問を「結論不能事象」の一つとして「研究所での日常」というフォルダに記録したLapis Lazuliは、理解可能な事象……二人のテロリストを行動不能にした事だけに意識を向け、改めて、当然だと言わんかのように両手を叩き、埃を払った。

「さてと……コレで終りかな?」

 煙幕は未だ数m程度の視角を許しているだけ。周囲を白い煙に囲われながらLapis Lazuliはこれまでの事を……総ての情報を再構築し始めた。

(! ? 何かがおかしい。何が?)

 エラー警告を最初に発したのは、言語記録処理回路。今、足元で気絶している男達が交わした言葉と状況の不一致を警告している。

(会話再生……『鉄人形』を軍事用ロボット、通称「ガンアーム」と推定。『持ち出す』を「出撃する。コントロールする。運転する」と推定。……つまり、彼等がガンアームに搭乗していた?)

 しかし、破壊した瞬間の映像記録の解析結果からガンアームは誰も乗っていない事は判っている。素早くもう一度、破壊した瞬間の映像を再確認する。が、やはり誰も乗っていない。

(違う! 警告は此処では無い……)

 Lapis Lazuliはもう一度、男達の会話を再生した。

(……『ヌーヴ1もヤキが回った』? 『鼻を明かせる』? ヌーヴ1とは? 彼等の指導者? セクト名? 違う! そんなテロ・セクトは無い……。コマンドチーフ?)

 自分の推論に別の論理回路が警告を発している。

(『ヌーヴ1かと思った』……見間違えた? 何故? ……! 近くにもう1人居る? だから見間違えた!?)

 最後に残ったガンアームは3体。煙に包まれてから何一つ攻撃されていない。今、この瞬間にも周囲で動いている気配(音響)もない。

(コントロールする……2人で10体のガンアームを? ……不可能では無い。けれど……)

 頭の中で警告音が鳴り響く。もう一度、映像記録からガンアーム達の行動解析を繰返す。

(……単純動作4体、動作変化2体。……単純動作5体、動作変化3体。……単純動作2体、動作変化3体。……動作変化しているのは常に3体以下)

 最後に残ったガンアームの動作は機敏だった。人間が搭乗して運転しているかのような……

(! 映像記録再確認!)

 地下での戦闘記録と地上での記録を再生する。

(差異確認! 地上での10体中、3体に後部装甲板展開を確認! ……つまり残った3体は人間が直接操作していた? その可能性は? 他の情報は?)

 座標計算から開放されたLapis Lazuliの論理回路は今、総ての記録を再確認し始めている。そして論理回路は、戦闘回路の記録……標的選択ログを展開した。そして……その中に選択に際して人間が搭乗している可能性から標的順序が低レベルとなっている事を確認した。

(ガンアームは直接、操作できる。その場合、搭乗する為に後部装甲板が展開している……故に標的選択回路はあの3体の攻撃を低位に置いた……。これまでの総ての推論から操作は3人の人間と推定。つまり……)

 今、足元で気絶しているのは2人。

(……もう一人居る可能性、98.79パーセント以上!)


 ほんの一瞬……最初のエラー警告を確認してからコンマ数秒で総ての解析を終えたLapis Lazuliは即座に数歩、飛退き耳を……聴覚センサーの感度を上げる。

(心音、若しくは呼吸音……周囲10m以内に2人。失神している2人以外の人間の存在なし)

 イヤリングとバレッタに内蔵された光偏差波回析レーダーも動くモノを感知しない。

(人間である以上、行動する為には生きている筈。生きている以上、呼吸音と心音を……少なくとも心音を止める事はできない……できない筈だ)

 さらに聴覚センサーの感度を上げる。


 その時!

「きゃあぁぁぁぁぁぁ」

 Lapis Lazuliの悲鳴が白き煙の中に響き渡った。

 そして……煙幕はその役目を終え、視界を広げさせて行く。


 砂漠に踞るLapis Lazuliを観客達に晒して……


61.煙の中で……

 Lapis Lazuliが悲鳴を上げる数分前、まだ男達と『じゃれ合って』いる時、一人の男が走っていた。予め決めていた場所に。息を切らし、辺りを窺いながら、拳銃を握り締めて、サングラスの奥の瞳を凝らして。

 テロリストを率いていた男、ヌーヴ1と呼ばれていたサングラスの男は、時々、煙に噎せ返り、まるで始めて戦闘に参加したかのような、落着きの無さで辺りを窺っていた。

 急に視界が開けたのは、崩れかけたテントの中に入った時。テントの中にはまだ煙が入り切らずに辺りを霞ませているだけ。霞の中に人影は無い。気配も無い。男はふぅと息を吐いて立止まった。

「……遅かったな。ヌーヴ1?」

 不意に背後から拳銃を後頭部に押しつけたのは……木偶人形ことアルファXT2の開発技術者のウェスト・ゴォーム。その眼光は鋭く、まるで戦場で敵を狙撃するスナイパーのよう。

 サングラスの男は観念したかのように拳銃を放り投げ、サングラスを取った。

「はっ。その名はオマエに返上するよ。気にするな。ちょいと手間を喰っただけだ。それよりオマエは演技過剰だ。何だあのカメラ視線は?」

 サングラスを取り、片手で髪をかき上げたその顔は……今正に対峙しているウェストに瓜二つ。

「はっ。いつもの兄貴はもっとワザとらしいぜ。それよりどうしたんだ? 随分と計画と違うぜ?」

「……気にするな。思ったより『踊り子』の性能がよかった。それだけだ」

「ふん。勝手にプログラムを添削するのは兄貴の勝手だが、後始末をするこっちの事も考えてくれ」

 拳銃を突付けた男は、拳銃をホルダーに納め、サングラスを受取り、埃を吹払うと口に咥えて上着を脱いだ。

「ふん。暴れ足りないか? まだ手付かずの鉄人形が5体もある。足りんか?」

「そんだけありゃ充分だ。さらにあの3体はまだ無傷……全部で8体ありゃ充分さ。オレがヌーヴ1、ルーク・オブ・ルビーに戻るには……な」

 男達は互いの服を取り替え、それぞれの容姿に変って……いや、本来の姿に戻って行く。

「それより、兄貴。工作は巧くいったのか?」

「ああ。「Secret Project as Marble」は順調に進行している。現地勢力とも話は付いた。木偶人形の現地製造工場も直に立上る。部品は義手、義足、それらの制御部品としてとして数日以内に発送する。……オレがウェストに戻ったらな」

「頼むぜ。オレには忠実な部下が必要なんだからな」

「……そういや、アイツらはどうする? 今頃は『踊り子』……いや、オマエ達の隠語では『バレリーナ』だったな。 まぁ兎に角、叩きのめされて居るだろうが」

 声も表情も心配してはいない。二人の男は同じ顔で同じ不敵な笑みを浮かべているだけ。

「ふん。オレには腰巾着も反乱分子も必要ない。……まぁ、情報が漏れては拙いから後で『回収』するがな。……まぁ暫くは寝てて貰うさ。それより『ジャンク・メール』の方が重要だ」

「……勝手にプロジェクト名を変えて言うな」

「プロジェクト名なんぞどうでもいい。オレは……」

「はっ。暴れるだけで満足……か?」

「はっ。そういう兄貴は謀略だけで満足なんだろ?」

 二人の男は……いや一組の双子は戦術と戦略の申し子。闇の世界に身を置き、在る意志を忠実に実現する悪魔の謀略者。訳在って入代わった「城将」と「僧正」が本来の役目に戻る。その為の……その瞬間を隠す為の演出、それが彼等にとっての対テロ用アンドロイド・コンペティションをテロリストが襲撃する理由……その中の一つだった。

「さて……と、大丈夫か? 兄貴」

 服を取り替え、サングラスを掛け直した男、ヌーヴ1……元のウェストはウェスト……元のヌーヴ1に問掛けた。

「何の事だ?」

 背広の内ポケットから櫛を取出し、髪をなでつける様は鼻につくほどウェストの身体に染込んだ仕草だった。

「木偶人形とLapis Lazuliの事だよ。このままじゃコンテストの優勝は……」

「はっ。気にするな。ちゃんと手は考えて在る。それより気をつけろ」

「何の事だ?」

「……あの国の紅茶は酷く拙い」

「はっ。そりゃ最悪だな……御薦めは?」

「出涸らしを煮詰めた珈琲。あとは濃すぎるジャスミンティーだ」

「……行くのをキャンセルしたくなったよ」

 二人は、口端を歪ませ不敵に笑った。

「じゃあな。兄貴」

「あ、そうだ。ちょっと待て」

「何だよ?」

 走りかけたヌーヴ1は呼止めたウェストを睨みつけた。

「珈琲にミルク入れるなよ? 不味さが増すし、蝿が寄ってくる」

「ハエ? それがどうした? オレはいつもミルクを入れないと呑めないんだぜ」

「寄ってくるのは吸血蠅だ。難病を媒介する」

「……どんな病気だ?」

「唾液にアメーバが寄生している。そいつらが身体中を食い散らかして腐敗させる。蝿はその死骸に卵を産みつけるのさ。生きている内に産みつけられる場合はもっと悲惨だ。自分の手足があっという間に腐って、そこからウジが滴るほど涌いてくる……」

「……防ぐ方法は?」

 ヌーヴ1に戻った男は心底嫌そうな顔をしてウェストに請うように聞いた。

「濃すぎるジャスミンティーか煮詰めた珈琲を毎食後にマグカップで5杯飲むことだ。自分の汗から茶の匂いがするほどにな。奴等はそういう匂いには寄って来ない。まぁ原住民のやり方に従う事だ」

「……兄貴の味覚オンチが羨ましくなって来たよ」

「気にするな。直に馴れる。あぁ、そうだ。蝿取り紙を一緒に送っておこう。現地じゃ重宝しているらしいぜ」

「あぁ。ありがとう。兄貴の心遣いにはいつも感謝してるぜ。じゃあな」

 男は嫌そうな顔のまま、煙の中へと姿を消した。

 後ろで舌を出して笑っている男を振返らずに……


 ヌーヴ1は走りながら、トランシーバーを取出すと、待機している仲間に指示を出した。

「こちら、ヌーヴ1。改造屋、聞えるか?」


 これはニフティのSFフォーラム内にあった「マッドSF噴飯高座」より派生した拙作です。


 宜しかったら、投票、感想など戴けると有り難いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ