Prolog 16
対テロ用アンドロイド Lapis Lazuliの戦い
自分の機体の後方甲板をパラパラと小雨が叩くか如きか弱き攻撃の音。
警備兵達の小銃の着弾音が彼等の存在とその位置を男に教えた。
(……オレの真後ろに? 警備兵か? ん!? ……真後ろ? ……そうか! ヤツは人間に攻撃を……損傷を与えかねない行動が取れない……)
引鉄を引きながら、男は冷たい笑いが溢れるのを押え切れなくなっていく。
「はっ……はははははははは……ぎゃははははは。判った。勝ったぞぉ!」
仲間は男が狂ったかと考えた。だが、普段から常識の無い男だと感じていた為か、然程、驚く事はなかった。
だが、10体在ったガンアームが既に3体……自分達が直接、操っている機体だけとなるまで破壊されている。仲間達は男の勝誇る根拠は思いつかない。
そして今、……取るに足らない存在ながらも敵の援軍が参加して来た状況となっては、自分達の取りうる選択肢は一つしかない。
「……煙幕弾発射。幕を引くぞ。撤退だ」
ヌーヴ1の声が冷静にインカムに響く。
残弾数も少なくなっている。更なる援軍が来る可能性もある。暴れるだけ暴れて、対テロ用アンドロイドコンペティションと言う自分達にとって巫山戯たカーニバルもスクラップの山となった。これ以上、ここに留まる事は危険。ヌーヴ1の判断は的確だった。
「まてよ! ヌーヴ1。バレリーナを放っとくのか?」
「鉄人形で歯が立たねぇんだ! 一体ぐらいほっとけ!」
仲間の声に男は自信有り気に割込み返した。
「オレに任せろ! 煙の中でスクラップにしてやるさ」
「……そうか? ならば任せた。煙幕弾を撃て!」
「おぅ!」
ヌーヴ1の合図に従い、テロリスト達は壁のスイッチを叩き押す。
途端にガンアームの背面に備えられた発煙筒から盛大に煙が吐き散らかされ、テロリスト達を包み、隠した。
終幕を引く為に……
56.皮肉な演算
背面に装備されたポッドから1ダースもの煙幕弾が発射され、辺り一面を煙に包む。
(えっ!?)
突然の事に驚く、Lapis Lazuli。その場にしゃがみ込み、辺りを窺う。
「……煙幕? 退却した? ……それとも」
訝るLapis Lazuliの目の前に現れた人影。それは……
「おぅ。此処に居たのか……バレリーナちゃん」
サングラスを掛けた長身の男。明らかに普通の人とは違う雰囲気を纏っていた。今の今まで銃弾が飛び交っていた戦場を自分の庭かのように歩いてくる。素早くLapis Lazuliの視覚センサーと内蔵された膨大な記憶素子はコンペ会場で見かけた人々との照合を始める。
「そう。怪しむなって。オレは只の……人間さ」
ニヤニヤと不敵に笑う男は、両手を肩の高さまで上げて、何も持っていないとばかりに掌を見せながら近づいてくる。
(人物照合確認12.7パーセント終了。適合人物なし。対象人物不明)
「……アンタは凄いよ。唯一体で、テロリスト達のロボットを壊滅的なまでに破壊したんだから。旧式とは言え純粋な軍事用ロボットを。拳銃一つで」
Lapis Lazuliはじわりと後退りしながら身構える。
(人物照合確認37.5パーセント終了。適合人物なし。対象人物不明)
「いったい、中がどうなっているのか知りたいもんだよ」
手に持つ拳銃の口径は60口径。装弾しているのはマグナム弾。今、薬室に装填されている弾丸は粘着弾。つまりは一種のダムダム弾。人間相手に使える代物では無い。
(人物照合確認49.8パーセント終了。適合人物なし。対象人物不明)
「本当に……よくやった。これは御褒美だよ」
男は片手をゆっくりと後ろに手を回し、もう片手でLapis Lazuliの視界を遮る。
(人物照合確認62.3パーセント終了。適合人物なし。対象人物不明)
拳銃を背中のホルダーに納め、代わりの武器を手探る。
「遠慮しないで受取っておくれ。踊り子ちゃん」
男が素早くLapis Lazuliの眉間に突き出したのは……特製ショートバレルライフル。突撃銃と言われる種類のライフルの銃身を詰め、サブマシンガン程度の全長とした特殊な銃器。Lapis Lazuliは自分の眉間に突き付けられたその銃器に見覚えが在った。
(人物照合確認…破棄。銃器確認……終了。対象銃器、BDG-2-S。通称ブラック・ドラゴン。イータ国製重機関銃弾を使用する大口径突撃銃の銃身を詰めた物。シグマ共和国反政府ゲリラが主に使用する……)
その銃は余りにも扱い難いが為に廃棄された旧式の銃。弾薬が在り余っていたとはいえ、質の悪い発射薬だとはいえ、重機関銃の弾を突撃銃に使うなぞ、狂人の仕業としか思えない奇異な銃。
だがゲリラの手に渡り、取回し易さの為に銃身を切り詰め、両手で確実に保持できるようにグリップを追装したモノは少なくなった反動と余り在る威力故にブッシュ・デビルという称号が与えられた。この奇異な銃の存在が小数のゲリラが多数の政府軍を容易く敗退させる事態を産み出している。
密林や市街地等での取扱いを考慮して短くした銃身が推進ガスを急速に逃し、反動を押える結果となり、扱いやすくなったのは……悪魔の如き精緻な策略か? さもなくば、堕落した天使の皮肉だろうか?
(……使用人物のテロリストの可能性……76.8パーセント以上。会場に居た人間が所持している可能性……21.5パーセント以下)
Lapis Lazuliは未だに相手をテロリストと決めかねていた。
ここは一般市民も銃の所持が認められているアルファ国。
一部のフリークスは軍事用銃器をチューンダウンして持っている事もある。単なるスポーツの試合中に会場に乱入してくる熱狂した人間も居る。
それらの情報がLapis Lazuliの決断を遅らせていた。
もし……相手が今まで戦っていたロボットから降りて来たのを見ていたのならば即座に判断できるのだが、その場面では煙幕が遮っていた。会話からも相手がテロリストと推定は出来たが、確定できるほどの内容では無い。
(確率修正……テロリストの可能性87.6パーセント以上。……確定不可。……対応行動保留中)
Lapis Lazuliは確定的な結論を導き出す情報を求めて相手を凝視続ける……それだけしか今はできない。
男は身動ぎ一つしないLapis Lazuliに自分の予想が当たって居たと確信した。
「……やはりな。オマエはロボット相手なら最強だが、やはり人間相手には攻撃できない。ロボット三原則を遵守するよう仕込まれているな?」
冷たい視線で見下ろす。Lapis Lazuliは男の顔を凝視している。
不意に男は勝誇ったように笑い出した。
「はっはははははははははは……何もあんな旧式の鉄人形を持ち出す必要はなかったんだ。はははははははは。ヌーヴ1もヤキが回ったな。無駄に武器を消耗しただけだ。こりゃ……」
「……鼻を明かせるか?」
背後から声をかけたのは仲間の一人。呑み込んだ息を罵声に変えて相手に吠える。
「吃驚させるな! ヌーヴ1かと思ったじゃねェか」
「ふ……そうか。バレリーナも所詮はアンドロイド。オレ達、人間相手には攻撃できんと言う訳か」
仲間はニヤリと笑うと背のホルダーから同じ銃を取出すとLapis Lazuliの蟀谷に当てた。
「……同時に行こうか?」
「けっ……調子のいいヤツだ」
Lapis Lazuliは両の目を大きく見開き、二人の男を凝視しているだけ。
二人の男は、ニヤリと笑って目でタイミングを計りながら……ゆっくりと引鉄を引絞った。
どどきゅうぅぅぅぅぅん。
砂漠に二つの銃声が重なり、確定的な瞬間が過ぎて行った。
それは破滅的な終幕が始まった瞬間でもあった。
57.瞬間動作
銃声が響き渡る数秒前……Lapis Lazuliは二人の指先を凝視していた。凝視しながら、二人の会話を冷静に分析していた。
(会話からの確率修正……テロリストの可能性90.5パーセント……)
だが、推定は推定のまま。確定にはいつまでも辿り着けない。
(確率修正ロジック……破棄。……推定される状況への対応演算開始)
二人の男が銃を構え直した瞬間、Lapis Lazuliは確実に推定される未来への対応を演算し始めた。体全体のアクチュエーターに予想される演算結果への対応を指示しながら……
そして……その瞬間が訪れた。
男達の指先……引鉄を落そうとする筋肉の動き。正確には手首の内側の筋肉の収縮に伴う皮膚表面の歪みをLapis Lazuliの視覚センサー……赤外線の射出波と反射波とを同調させる事でmm単位、いや、更に数桁以下のレベルで把握していたセンサーが主演算回路に変化を告げた。時を置かずに……正確には腱の伸延に従い、刹那の遅れの後に動き始める指先の動きもまた視覚センサーは逃さずに捉えていた。
(……動作開始)
指が引鉄に与える動きと同時に、引絞っていた背側アクチュエーターの軋みが消える。
それは動きを押えていた腹側のアクチュエーターのロックを解除した瞬間。
フレームとコイルバネに蓄積された力……歪みとして蓄積された力が解き放たれ、Lapis Lazuliを瞬間的に仰け反らせる。同じく……予め蓄積していた力を解き放つ脚部と腰部ユニット。……総ての可動ユニットの動作総てがLapis Lazuliの頭部に音速に近い速度での動作を現実の物とさせた。
正確に言えば……首が斜め後ろに頭部を動かすと同時に、腰部が上体を斜め後ろに仰け反らし、脚部がその身体を後ろに飛退かせた。二つの銃口から放たれた細長い弾丸がゆっくりと回転しながらLapis Lazuliの顔の上、ほんの十数ミリ上を交差して飛去って行く。
その弾丸の後を追うかのようにLapis Lazuliの頬と肩が下に引きつけた頭の位置を通り過ぎ……ゆっくりと回転して数m離れた砂の上に着地する。
両手を広げて、着地の位置と相手の位置と、そして……飛退く時に彼女の両足に命じた動作の結果を確認して……
(……銃の無効化処理完了。警告! 敵をテロリストと断定。攻撃保留……)
Lapis Lazuliはにっこりと相手に微笑んでから、ゆったりとナイフを持ち、構えた。
(……解除)
対テロ用アンドロイド、Lapis Lazuli。
相手をテロリストと断定したこの瞬間、その機能が、能力が、いや存在総てが、存分に発揮される時を得たのである。
58.攻撃的防御
テロリスト達は……同時に相手の直交方向から攻撃した男達は数m飛退いたLapis Lazuliを自分達の銃弾の結果として……壊れ吹飛んだと信じていた。
だが……
何一つ傷つかず……いや、何一つ損傷せず、両手にナイフを持ち構えているLapis Lazuliを確認すると素早く、次の攻撃を加えるべく銃口を向け、引鉄を引絞る。考えるより疾く。驚くより疾く。自分達に何が起っているのかを確認するよりも疾く。しかし……
「何ィっ!」
銃弾は出ない。飛退いた時、Lapis Lazuliの両脚……正確には爪先が男達の銃……数十発の弾丸を納めて居るであろう緩やかに湾曲している長い弾倉を絶妙なベクトルを以って破壊……蹴り砕いていた。
男達の眼に映る半ばから折れ破れた弾倉。その底に仕掛けられたバネは次弾を薬室に送り込まずに、ただ……無為に弾丸を折れ破れた弾倉から吐出させている。更に弾倉を破壊した力は薬室に装填されるべき弾丸にもベクトルを与えて……弾丸は排莢口に挟まり、薬室に装填されてはいなかった。
「何だとぉっ!」
男達は何が起こったのかを理解できていなかった。強いて男達が感じた異常は……普段よりやけに小さな反動。普段より大きな銃口の撥ね上がり。粗悪な発射薬の御陰で不規則な反動をいつも感じていた所為か、普段よりも異常な銃の反応を気にも止めていなかった。そして……その瞬間こそが相手の攻撃の瞬間だとやっと気がついた。
「……貴方達をテロリストと断定します。投降する意志が確認されるまで、わたしは攻撃します。確認です。投降しますか?」
極めて事務的にLapis Lazuliは問掛ける。無論、相手の反応は判っている。
「投降だとっ! 巫山戯るなっ!」
手に持つ壊れた銃を放り投げ、男達は胸元のホルダーから素早く拳銃を取り構える。
だが……。Lapis Lazuliは男達を冷やかに見つめ、ナイフをホルダーに納めながら、もう一度、警告を発した。
「……もし、テロリストでないのならば、投降しなさい。確認します。投降しますか?」
「暴発だった」という言い訳が相手にはできる。Lapis Lazuliの問掛けは二重三重に張られた安全装置。それは相手にとっても……
しかし、相手は愚かにも自分自身の安全を省みずに攻撃の引鉄を引いた。それはテロリストとしての性だろうか?
「壊れてしまえぇぇぇっ!」
くすり……と微笑んでからLapis Lazuliは悠然と……既に予測していた演算結果を実行に移した。……瞬時に……的確に
数m離れている位置。放たれる銃口の位置。発射された弾丸のスピード。そしてそのタイミング。総てを把握している。
(45口径。通常弾……着弾想定位置……胸元。予測演算結果との誤差……0.5パーセント以下)
男達の拳銃が全弾を発射してスライドが開放された位置で固定された時、Lapis Lazuliはにっこりと笑っていつの間にか握り締めた掌をゆっくりと開いた。
ぱらぱらと零れ落ちて行くのは……男達が撃ち放った弾丸。
「なっ!」
「なにが!?」
Lapis Lazuliの掌も防弾シリコンで覆われている。数m離れた位置では例え45口径弾と言えど彼女に傷……有為な損傷を与えることは難しい。況して、弾道計算を既に終え……射線上に手を置き、着弾の瞬間に少しだけ後退させる事で、弾丸を的確に掴み取るLapis Lazuliにとって、拳銃弾は只のゴム玉に等しい。
音速に近い速度で駆動可能な腕と、総ての弾丸の挙動を演算できる演算装置を備え持つLapis Lazuliだからこそ出来うる防御行動だった。
「貴方達の攻撃は総て無意味です。もう一度だけ警告します。投降しなさい」
天使の如きLapis Lazuliの慈悲。
だが、テロリスト達には単なる……侮辱に過ぎなかった。
「五月蝿ぇっ!」
男の一人が銃口をLapis Lazuliに向けたまま、素早くマガジンを交換しスライドを引き直した瞬間! Lapis Lazuliは素早くホルダーからナイフを抜き持ち男達に襲いかかった。
がきぃぃぃぃぃぃん
引かれたスライドは元に戻らず、替りに……スライドを元の位置戻すべく内蔵されたコイルバネが、切落とされた銃身と共にポトリと砂漠に落ちた。
鋭いナイフの刃が音速に近い速度を得て、上下から襲いかかり、鋭利な破断面とほんの少しのベクトルだけを残して瞬時に切断したのである。
「この野郎っ!」
残る一人がやっと弾倉の交換を終え、Lapis Lazuliに向けて拳銃を構えた瞬間。後ろ向きのまま、Lapis Lazuliのナイフが男の手に襲いかかり……撃鉄をナイフの背……峰で叩き壊した。
「ぅわぉ!」
奇声を発して飛退く男達。
ほんの数分の間に形勢は逆転し、総ての鍵をLapis Lazuliが握っている。だが……男達はその事実を認めてはいなかった。
「……訂正を要請します。わたしは『野郎』では在りません」
「機械人形を何と呼ぼうとこっちの勝手だっ!」
使い物にならなくなった拳銃を放り投げ男達はナイフ……コンバットナイフと呼ばれる禍々しい形状のナイフを……無論、刃は金属をも切裂く硬度を持っている……単純にして接近戦では極めて有効な武器を持ち構えた。
だが……。今、対峙している相手には……
「……警告します。貴方達が所持している武器はわたしにとって脅威とは為りません。従って、素手と同等と判断します……」
Lapis Lazuliはナイフをホルダーにゆっくりと納めると指先の動作を確認するかのように交互に拳を掌で押えてながら構えている。
指先を動かすアクチュエーターと衝撃を吸収するバネが腕のチタンフレームを震わせ、不協和音を響かせている。男達への警告を発するかのように。
これはニフティのSFフォーラム内にあった「マッドSF噴飯高座」より派生した拙作です。
宜しかったら、投票、感想など戴けると有り難いです。