Prolog 12
対テロ用アンドロイド Lapis Lazuliの戦い
突然、凄まじい衝撃波がエレベーターを、ラミアAを、Lapis Lazuliを襲ったのである。轟音と共に下からの衝撃波がエレベーターを襲い、ラミアAを床に叩きつけ次の瞬間には天井へと打ちつけた。床に比べて強度が低かった天井はラミアAの質量の衝撃に耐えかねて半壊した。ラミアAもまた……壊れかけていた動作回路を、動力を、思考回路を破壊され……動きを止めた。
襲った衝撃波とは……エレベーターの下。最下層で大規模な爆発が起き、エレベーターシャフトを昇り襲いかかったのである。
それは……10体ものガンアームが抱かせられた多量の爆薬と自ら持っていた大量の弾薬と共に盛大に自爆した爆圧の衝撃波。Lapis Lazuliを砂の海に沈めようとテロリストが仕掛けた『演出』だった。
41.終末への火柱
突然、会場を地震が襲った。
あまり地震のないアルファ国の住民である会場スタッフと招待客にとって地震は神話の中の出来事に近かった。
「きゃあぁぁぁぁ」
「ぅわぁあぁぁぁぁ」
「神の怒りかぁぁぁ!?」
十数分前、Lapis Lazuliを映していたカメラ(地下通路につけられていた警備用監視カメラ)が全て破壊されたためか、何一つ映らなくなったスクリーンに罵声を浴びせていた観客達は遠くから響く銃声の意味と新たな情報を求めて主催者達に詰め寄っていた。が、予期していない地震に世の終末かと騒ぎ慌て逃げ惑う。だが、会場一体を揺らす振動から逃れる術はない。グラスが皿が椅子が机が転げ回る。その中をあられもない姿、見栄も外聞もなく自分だけが生き残ろうと狂乱し逃げ惑う。
その狂乱の騒ぎも次の『演出』の前に動く事をやめて凍りついた。
突如、轟音と共に砂漠に立上る幾多の火柱。
凄まじい轟音。
吹上げられた砂とテスト会場のアンドロイド達の残骸を乗越え撹乱された爆風が会場を襲い、天幕を吹飛ばし、柱を倒し、地震で転げた椅子や机を吹飛ばしていく。
恐怖に悲鳴を上げる事も忘れた人々が見た物は……爆風に転げ回り、砂を払い除けるのを忘れて見上げた空を……澄切った空を赤黒く覆っていく幾多の火柱と爆煙。
未だ科学が信じられていなかった頃に描かれたような………地獄絵図にも似た風景。
やっと誰かが立ち上がり声に出すともなく呟いた。
「……一体、……何が起っているんだ?」
砂漠から立上る火柱の群を喚声で迎えた男達がいた。警備兵と対峙する3人のテロリスト達は撃ちあう事をやめ、冷たい狂気を感情に染込ませて狂喜した。
「ひゃっほぉおぉぉぉぉぉぉぉ!」
「盛大な花火だぜぇっ!」
「……さあ『用事』は済んだ。客達に終幕の挨拶をしに行こうか」
3人のテロリスト達は、既に近くに到着していたガンアームのコクピットに乗込む。旧式ロボットである鉄人形ガンアームは機側操作盤としてコクピットを備えていた。コクピットと言っても……キャタピラに囲まれたエンジンの上。装甲板を展開して1、2名ほどの兵士達を匿うだけの簡単な造りだったが、警備兵達の小銃では全く歯が立たない防御を備えている。
だが、……立向かわねばならない警備兵達は初めて体験する地震と爆音、立上る火柱に正気を抜かれ、呆然と身を隠していた。
「なんだ? なんだ? なんだ? なんなんだ? 何が起っているんだ?」
何一つ何が起きているのかも判らずにディスバー将軍はただ立尽くすだけだった。
42.死刑執行場
その十数秒前……
エレベーターの上、俯せの体勢のLapis Lazuliはフランジに捉まったまま爆圧の衝撃に耐えていた。寸前まで見つめていたラミアAの触手は衝撃が鋭利な裁断機へと変身させたハッチの角に無残に破断されて宙に舞った。
Lapis Lazuliは……全身が防弾シリコンで被われていた為か、エレベーターの中でラミアAが先に破壊された故に衝撃のエネルギーが多少減少した為か爆圧の衝撃に耐える事ができた。が……やはり反動は彼女をふわりと宙に放り上げる。(無論、外の視点で見れば凄まじい速度で打上げられたのだがエレベーターとの比較では数十cm程宙に放られただけの様に見えた)
(?……何が?)
自分を襲った事態を呑み込めないLapis Lazuliの視野でエレベーターの天板が爆発した。……いや爆発したようにみえたのはラミアAが反動で天板に打ちつけられ、幾多の触手と共に鉄板をぶち破って姿を見せたせいだった。
Lapis Lazuliの周囲に天板の破片とラミアAの千切れた触手が舞い散ってくる。
天井の鉄板を、梁を破壊して垣間見えたラミアAの顔は無念に……もう少しでLapis Lazuliを倒せるまで追詰めたのに果たせない無念が顔に顕れたように鬼のような形相に見えた。そして、ゆっくりと床に落ちていった。全てを破壊され動作を停止して。
(可哀想に……)
今まで戦っていた敵とは思わずにLapis LazuliはラミアAの不運に心を痛めた。
が、思いは背中の衝撃にかき消された。
(ぅごぉわっ!)
背中を襲ったのは鉄綱。エレベーターを引上げていた鉄綱が撓み余り、エレベーターシャフトを凄まじい速度で打ち上げられていくエレベーターとその上に浮かんでいたLapis Lazuliを襲い叩きつけたのである。
ラミアAの怨みを果たすかのように……
鉄綱は実際にはエレベーターを襲ったのでは無い。ただそこに存在していただけだった。ただ打上げられていくエレベーターの上に積み重なっていくだけ。だが、それが……Lapis Lazuliをエレベーターの天板へと叩きつけ、彼女の上に降積もり、拘束する結果となっていた。
降注ぐ重い鉄綱の質量と上昇するエレベーターの速度がLapis Lazuliを挟撃し拘束していく。
(う……このままだと……)
上昇するエレベーターは何れシャフトの上部にあるであろう鉄綱巻上機やそれを支える構造材……予想される構造は分厚いコンクリート部材……に鉄の箱の上を衝突させる。
その時……エレベーターの箱の上にいるLapis Lazuliは?
破壊される。間違いなく。確実に。
(……せめて、動かないと……何か……しないと)
Lapis Lazuliの演算回路は回避方法を探る。
エレベーターの中に戻る? いや、それでも衝突の衝撃はLapis Lazuliを破壊する。しかも時と共に増加する鉄綱の重量はLapis Lazuliを箱の上に押しつけ、行動する自由を全て奪っていた。
さらに……
ラミアAの触手は本体の最後の指示を忠実に実行していた。ラミアAの行動回路は破壊された瞬間に暴走しある指示を総ての触手に発していた。
「巻付け。巻付き圧壊せよ。全てに巻付け」と。
本体から千切れた触手は巻付く相手を探して動き回り対象物を見つけると無差別に巻付いた。そしてそれは……残骸しかない鉄の箱の上で巻付け得る物とは……Lapis Lazuliと鉄綱、さらには箱の上の構造フレーム。
降注ぐ鉄綱の重量と打上げられる鉄の箱の圧力。そして自分の身とそれらを巻き結ぶラミアAの怨霊の如き触手。
逃げ場のない死刑執行場。
上昇する鉄の箱はギロチンの如く彼女に死を告げていた。
だが、爆圧……エレベーターシャフトを銃身に、エレベーターを弾丸へと変えて地上へ向けて撃ち出そうとしていた爆圧……はLapis Lazuliのいるエレベーターを打出す前に他のエレベーターシャフトや幾多の廃棄されたミサイルサイロの蓋を破壊し大気へと噴出し……その圧力を緩めた。
そして……慣性は鉄綱を空中へと浮かせ、Lapis Lazuliを押しつけていた力……構造部材を歪ませるほどの力が無くなり……部材の反力を開放させて鉄の箱を(相対的に)下へと動かした。
(今だっ!)
その瞬間を見逃さずにLapis Lazuliは動いた。全身のアクチュエーターに最大出力を指示する。肘と膝を、肩と腰を突っ張り僅かに開いた隙間を押し広げる。千切れながらも締めつけていた触手達は弾け飛ぶ。そして指先の梁に引っ掛かっていたロケットランチャーを拾上げ構えた。天井に向けて……今まだ高速で接近するエレベーターシャフトの終点、死刑執行場を破壊する為に。
地上への扉を明ける為に。
そして……仲間の元へと帰る為に。
(お願いっっ!)
鉄綱の隙間から無理矢理、ランチャーの発射口を突出し……引鉄を引いた。
一際大きい火柱が砂漠に……試験会場の片隅に立上った。
砂と共に吹飛ぶコンクリート片、鉄屑と化した鉄板、破片、そして……………爆煙と共に打ち上げられた鉄の箱。
箱の上に居るのは……鉄綱と錆と機械油に塗れたLapis Lazuli。彼女は素早く綱を振り解き緩めると、箱に向けて拳銃を数発、撃ち放つ。
銃の反動はLapis Lazuliを箱の上から……鉄綱の呪縛から解き放ち………空中へと飛出させた。
まだ赤黒く染まっていない蒼き空と白き雲を背景にゆったりとした大きな弧を描いて空中を飛ぶLapis Lazuliは両手を開き、上体を軽く折り曲げ姿勢を整えると地上への衝突衝撃を拳銃……60口径マグナム弾という化け物のような弾丸を使う銃の反動で緩和すべくフルオートモードへと変えて真下、落下していく砂漠へ向けて引鉄を引いた。
かしゅん
「えっ!?」
ミスファイヤ!
慌ててスライドを引き排莢し、次弾を装填……できなかった。弾倉の弾はその不発の弾丸が最後だった。
43.待っていた者
「きゃあぁぁぁぁぁ!」
空中を飛び、緩やかに落下を始めたLapis Lazuliを落下の衝撃から救う手段は……拳銃の反動しか彼女には選択できない。
だが……手持ちの……交換可能な場所にある総ての弾倉は既にカラ。弾のある弾倉は……背中に背負ったアタッシュケースの中。交換する時間的な余裕も姿勢を立直す余裕も……皆無だった。
重力は物理法則に従って彼女を砂漠へ撃ちつけるべく加速させていく。
「きゃあぁァァあぁァァァァァ………………? あ? あれ?」
……ばふ
落下点と思われた砂丘の上から白いふわふわしたモノが急速に盛上がり、………ふんわりとLapis Lazuliを落下の衝撃を与えずに包み込むとゆっくりと萎んでいった。
「ぅわ。くぉわ……くぅんむ。……あら?」
ふわふわしたモノとは白い布。萎んだ布の海から抜出そうともがくLapis Lazuliの目の前に懐かしい顔。ラプラス・バタフライの顔が急に現れた。
「おカえり。どう? 私ノびっくり箱ハ?」
落ち着いて布をよく見ると、大きく二重丸が二つ、舌を出した口らしい絵が一つ。……たぶん膨らんでいた時には、子供の落書のような顔が大きく砂漠に浮かんでいたのだろう。
「……素敵なびっくり箱ですね」
なんと答えていいか判らずに、取敢えず誉めるLapis Lazuli。
「アナタのネックレスも素敵ダけど?」
ネックレス? そういうモノを身につけた記憶は無い……
首に手をやると……ラミアAの触手が巻付いていた。
「きゃいっ!」
力任せに引き剥がし、放り投げる。
触手はポトリと砂漠に落ちて暫くもぞもぞと動いていたが、やがて動きを止めた。
「……ふぅ」
Lapis Lazuliは一つ息を吐き内蔵した冷却水のリザーブタンクの過剰圧力を抜いた。今まで爆圧から耐える為に圧抜管を閉じていた。それ故に触手が管を……首を絞めつけていた事に注意が回らなかった。いや、気がついていてもそれどころでは無かったのだが。
「……そンなモノが憑いテても判らナいなンてどこか壊レたの? 随分ト煤けテるし……」
後手で小首を傾げて尋ねるラプラス・バタフライは小悪魔のような笑顔をすぃっとLapis Lazuliに近づけた。
「えぇ。まぁ、なんとか……」
確かに身体中のセンサーは悲鳴のような報告を告げていた。その上、身体中、埃を溶かし込んだような機械油や爆煙の煤に汚れていた。
ラプラス・バタフライは無邪気にLapis Lazuliを観察して声をあげる。
「アラあラ。随分ト皮膚も痛ンでいるワね」
「えっ!? そうですか?」
手で腕や顔を触って見るとゴワゴワとした感触。戦いで受けた爆風の熱が防弾シリコンを変質させ、今は剥がれ落ちそうな所もあった。
指示を受けた体中に仕掛けられたセンサーの回答はほとんどが「要点検」を訴えていた。しかし、今は試験中。メンテは勿論、部品交換なぞできない。
「でも、テスト中はメンテできませんから……」
仕方なさそうに笑うLapis Lazuli。
「でモ攻撃は受ケる事ができルでしょ?」
意地悪っぽい笑いを浮かべるとラプラス・バタフライは不意に攻撃を仕掛けた。
「え!? ……ぶぉわ!」
Lapis Lazuliの視界が再び白く濁る。
ラプラス・バタフライの攻撃とは……クリームパイを投げつける事だった。
後手に隠していたクリームパイをLapis Lazuliの顔面目掛けて投げつける。Lapis Lazuliは予想していなかった攻撃に後ろに下がろうとした。……が、足元に広がる白い布に動きを取られて転げてしまう。
「まダまだ在ルから遠慮しナいデ!」
矢継ぎ早にクリームパイを投げつけるラプラスバタフライの攻撃にクリームだらけになり転げるLapis Lazuli。眼や鼻や口や耳の中は勿論、全身クリームだらけになって転げ回る。白い布が絡まり身体の自由を奪い簡単には立つ事をも許さない。それでも、やっとの思いで膝立ちで立ち上がり怒った。
「何するんですかっ!」
手で目についたクリームを拭い取った視野に映るのは、竜巻のような全力投法スタイルでパイを投げつけようとするラプラス・バタフライの姿。
「ラぁストぉぉぉっ!」
最後のパイが盛大にLapis Lazuliの顔面に張りつき、クリームパイの運動ベクトルはLapis Lazuliの重心を両膝の下から後方へと投げ出させて………Lapis Lazuliはあっさりと後ろに倒れ込んだ。
「あラ。こノ程度で倒レるなんて膝の具合ガ物凄く悪そウね」
手についたクリームをはたき落としながらラプラス・バタフライはしたり顔で覗き込む。
「けほっ。酷いですよぉ〜。ラプラス・バタフライさん……。もうっ! 服も靴の中も……とにかくっ! 全身、クリームだらけですっ!」
「気持チ悪い?」
腕組みをして勝ち誇るラプラス・バタフライはにやりと無気味に笑う。
「……えっ!? ……ええ。気持ち悪い……ですけど……」
意味不明な問掛けに戸惑いながらLapis Lazuliは頷く。
「そレじゃ、余分なクリームは拭キ取らナいとねっ!」
ラプラス・バタフライは足元のスーツケースに足を架けて、つま先でボタンを軽く押した。
「……え!?」
急に勢いよく足元の布がスーツケースに巻き取られていく。
「ぅわっ! きゃいっ!」
シーツの動きに操られて布の中で捲かれては転がり解け、暴れる布に翻弄され目を回すLapis Lazuli。総ての布が巻き取られた時にはスーツケースの傍で自分の座標計算に草臥れ果てたLapis Lazuliが目を回して倒れていた。
「ふわぃ……酷いですよぉ〜。ラプラス・バタフライさぁん〜」
「そ…………ラ?」
(ん?)
音が聞こえなくなっている?
これはニフティのSFフォーラム内にあった「マッドSF噴飯高座」より派生した拙作です。
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