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エピソード08 〜事実〜

紡木さんとザッとだが予定を話し合った後、アリスは約束通り俺と二人きりで話す場を設けてくれた。

アリスの案内で事務所近くの公園まで歩き、二人掛けのベンチに座るように促してきた。

女の子と一緒に同じベンチに座るのは少し照れ臭かったがそれでも今後のためにもきちんと状況を把握しなければならないという気持ちが勝り冷静にアリスの隣に座ることができた。


元々二人用ということもありいい具合に二人の距離が開くように設計されており、密着することはない。

アリスはというと特に緊張した趣は感じられず、いつもと変わらない表情のまま綺麗な姿勢を維持するように腰掛けていた。


「なぁ、アリス」


会話のスキルの乏しい俺はこういう状況の後どういう風に話を切り出していいかわからず必死に言葉を選びながらも彼女を呼ぶ。


「なんでしょうマスター?」


変に緊張する俺とは対照的にアリスはいつも通りの口調で返事をしてくれた。

せっかく絶好の機会を作っておいて肝心なところで怯えてしまう自分がいた。

躊躇い、戸惑い、彼女の秘密、紡木さんの状況、それを詳しく問い詰めてしまっていいのだろうか? それを知って俺はどうするべきなのか? そんな臆病な自分がどんどんと強くなっていき、喉まで差し掛かった言葉を飲み込ませてしまう。


「……」


やっぱり聞けなかった。

自分は夢がないことだけが欠点なだけの高スペックな人間だと思っていたがそれは勘違いだった。

変に気にかけ、知ろうとしてしまうとここぞとばかりに臆病になり、深く関わることの恐怖から逃げてしまう。

改めて自分の不甲斐なさを実感していると、俺の聞きたいことがわかっていたのかアリスの方から口を開いてくれる。


「私は魔法使いなの」


「魔法使い?」


オウム返しのようにアリスの告白を復誦(ふくしょう)してしまう。


「それって?」


「そのままの意味。私たちは魔法が使える」


「魔法って、手から火を出したり、水を生み出したりするあの魔法か?」


確認するような俺の問いかけに小さく首肯するアリス。

知識だけの存在として認識しているそれが現実にあること自体が信じられなかった。

どうせ嘘だろ、と否定する自分が中にはいたが、アリスの瞳が仕事の時と同じくらい真剣なのを見て考えが変わる。


「本気なんだな?」


「嘘は言ってない」


念を押すもアリスは自分の発言を曲げる気は一切ないらしい。


「それじゃあ楓さんや紡木さんも魔法使いなのか?」


ここまでくれば魔法使いがこの仕事と深く関わっていることは明白。

もっと言えばアリスたちは魔法使いを肯定する立場にあるということだ。

裕翔が事情を詳しく話してくれなかったことも含め情報を整理すると、おそらく魔法使いという存在は一般人にとっては機密事項に認定されているのだろう。

そこまで予想した上で俺はアリスに確認する。


「紡木さんは魔法使い。楓さんは候補」


「なぁ、もしかして魔法使いって寿命が短いのか?」


ほとんど仮説だったがそれが真実であるという自信はあった。

現に候補である楓さんの時は暗い話題は一切なかったが、候補でなくなった、ステージ3と称されていた紡木さんにはそういう背景があった。

また時折見せる切なげな表情もこの仮説を裏付ける決定打となっていた。


「魔法使いの平均寿命は魔法を行使してから大体八年から多くて十年くらい。早い人は五年には寿命を終えてしまう人もいる」


俺に真相を告げるアリスはやっぱりどこか悲しげだった。

誰かに感情移入でもしているのか、本気でその人の身となって考え同情している、そんな感じだった。


「そう、なのか」


これ以上はどう頑張っても先の言葉が出なかった。

他人に同情したこともなければ魔法使いという存在を受け入れきれていない俺は悲しい運命を背負う者たちの気持ちを理解できない。

だからこそそれ以上がない。

俺は完全に打ち止めをくらってしまった。


「……なぁ、アリスはダブルデートどうするんだ?」


残された俺の選択肢は話題の転換しかなかった。

俺ではアリスの望む答えを与えられない、そう静かに悟りいまある問題を最優先にすることによって役に立てない自分から逃避した。

そんな俺の逃走を知ってか知らぬか、アリスは早々と結論を出してくれた。


「私は叶えたい。最後の最後まで紡木さんには生きた証を残して欲しい」


はっきりと、男らしく自らの胸の内を吐露するアリス。

一週間もない短い期間だが彼女と接してみてわかった。

アリスは本当に一途でどこまでも優しい女の子だった。

他人のために全力を尽くし、本気で悲しみ、自分の本気をぶつける。

俺にはない輝かしい要素をいくつも持っていた。

嫉妬すらする余地を与えられず俺はどこまでも真っ直ぐなアリスに心の底から感嘆してしまっていた。

いままで他人が羨ましいと思ったことなどなかった俺だが、彼女の優しさには目を見張るものがあった。


アリスの想いが胸に溶け、自然と紡木さんとの会話を再確認するかのように思い出してしまう。


そこには寿命という悲しき運命に立ち向かう紡木さんの覚悟と大切な人への語りきれない感謝の気持ちが詰まっていた。



ダブルデートがしたいという紡木さんのお願いにフリーズする俺とアリス。

それでもいつまでもフリーズしているわけにはいかないと俺は何とか喉を震わせた。


「どうして急にダブルデートなんだ?」


「うん、私彼とはよくデートには行くんだけどいつも二人きりだったの。だから最期の機会にダブルデートというものを体験してみたくて」


最期……その単語にどれだけの重みがあるかは俺には想像もつかなかった。

だが本当に終わるというのならそれは大切な人と二人きりというのが一番良いのではないかと俺は思ってしまう。


「最期ぐらいは邪魔者なんかいない方がいいんじゃないのか?」


デリカシーの欠片もなかった。

失礼を承知していたとまではいかないが俺も自分が口走ってしまったそれが彼女にとってどれだけ無礼な内容であったかは感覚的にだけど理解することができた。

だがそんな俺のデリカシーのない発言にも紡木さんは笑って答えてくれた。


「いいの。私も彼もダブルデートは一度経験してみたいって言ってたから。それに二人きりだと……彼優しいから変に遠慮して本気で楽しめなくなりそうだから」


えへへ、と照れるように笑う紡木さんに俺は口を紡ぐ。

正直思考錯誤やればどうにかなるだろうと甘く考えていた。

だが現実は違った。

もう時期死を迎える彼女を前にして自分がやれることなど限られていることを実感してしまった。

かける言葉さえ見つけられずに俺は無言を貫いてしまう。


現実にマニュアルなんて存在しない。人間は機械のようにインプットしたデータの元の対応をいつ何時でもできるほど冷徹ではない。

常に迷い、思案し、ベストな答えを出せないのが人間だ。


俺は怖くなってしまった。

自分の発言にどれだけの重荷が背問われているのか、それを知ることが怖くて堪らなかった。

人には誰しも触れて欲しくない部分がある。それは人として生まれてしまったからには持たねばならぬ(さが)のようなものである。

そこにズカズカと土足で踏み入れるほどの勇気は俺にはなかった。


「紡木さんはその人といて幸せ?」


しかしアリスは違った。彼女はそんな紡木さんと書面から向き合い、相手を傷つけてしまうかもしれないという可能性を恐れずに彼女の想いを少しでも引き出すための最大限の努力をするつもりだった。

例えそれがキッカケで関係が崩れようとも彼女は決して後悔するような性格ではなかった。


「うん、私の事情を知っても、後数年しかない命だってわかっていても彼は私のためにずっと悩み、笑ってくれたの。だから最期ぐらいは私がお礼をしたいの、だから……」


「うん。紡木さんの考え、私は賛成」


「アリスさん」


素直に同意してくれるアリスに感動する紡木さん。

相手を思いやる優しさと時には深層まで踏み込む勇気が呼んだ結果なのかもしれない。

アリスはそれを平然とやってのけてしまう。


「ねぇアリスさん、是非お願いしたいんだけどデートの場所を決めてもらえないかな?」


「デートの場所?」


「うん。最期はサプライズ、私も知らないところで四人で思いっきり楽しみたいの。それに彼も私のことを知っている男の子がいた方が安心できるから」


どこまでも彼氏想いの紡木さんは屈託のない笑みでアリスに依頼する。


「わかった」


「ありがとう。じゃあ今週の土曜日、駅前で集合ね。ちゃんとアリスさんも彼氏を連れてきてね」


アリスの手を取り無邪気にはしゃぐ紡木さん。

だがその視線はなぜかアリスを向いているかと思いきや、バッチリと俺の方を見つめていた。

唐突なアイコンタクト。

それが意味することを悟れないほど俺は鈍感ではなかった。



「マスター、デートをしたことはありますか?」


「藪から棒だな」


暗いムードも晴れたところで今度は依頼の件について真剣に吟味し始めたアリスが未だ隣に座る俺にそんな質問をしてきた。

残念ながら女性と縁遠い高校生活を送ってきた俺はデートなどの経験もなければ友達からの情報もない。


「悪い、俺もデートの経験はないんだ」


「そう、なんですか?」


意外そうに目を丸くするアリス。

そこまで露骨に驚くことか?


「それなら緋色奈に相談してみます。緋色奈ならきっといいアドバイスをくれるはずです」


アリスもデートは初めてらしく思考錯誤らしい。

それでも紡木さんのお願いを精一杯叶えようと全力を尽くしている。

そんな彼女の背中に「どうしてそこまで他人のために一生懸命になれるか?」なんて野暮なこと聞けるはずもなく、結局アリスはそのまま事務局の方まで戻って行ってしまった。


紡木さんのアイコンタクト。

その意味はおそらく……。


「いや、この件はとりあえず裕翔さんにきっちり相談してからだ」


あくまで俺は職場体験の身だと自分に言い聞かせ、身勝手な行動は避けるようにと己を戒める。

すぐに相談しに行きたかったが、辺りはすっかり薄暗くなってしまっているため断念した。

とりあえず明日の放課後に事務局に顔を出そう。

そうしてアリスに続き俺も公園を後にした。




俺の見当違いじゃなければ紡木さんは俺がアリスの彼氏役を望んでいるはずだ……。


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