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エピソード06 〜勘違いと想い〜

階段での一悶着もあったが、無事に楓さんのお部屋の前まで着いたアリスは遠慮なく、扉をノックした。


「はい」


応答してきたのはアリスと同い年くらいの少女の声だった。

こちらの存在を示したところでアリスがドアノブに手をかけ丁寧に扉を開ける。

中は一言で表すなら女の子の部屋だった。

本棚や机の上は綺麗に整頓されており、ベッドが部屋の隅に置かれ、中央には小さなテーブルとソファが二つ設置されている。

そんな空間に一人ベッドに腰掛け何かの本を読んでいる少女がいた。

彼女はアリスの存在に気づくなり、本をたたみ、ベッドの上に放る。


「アリスさん、お久しぶりです」


「久しぶり」


出迎えてくれたのは中学生くらいの黒髪の女の子だった。

思春期にはちょっと珍しい無垢な笑顔で俺とアリスを抵抗なく部屋へと招き入れてくれる。

いや、正確にはアリスの背中に隠れていた俺に気づいた時にはその笑顔もわずかに綻びが生じていた。


「えっ、えーと初めまして?」


なぜか疑問系で答えられた。

楓さんの母親同様、彼女も俺のことを警戒していた。

お母さんの時からそうだったが、いくら初対面の男が部屋に乱入してきたからといってそこまで露骨に警戒をしていることに疑問を覚える。

その反応は警戒心を養っているかのようにも取れる。

まるで初対面の人には誰にでも警戒するように教育されている、みたいな感じだ。


「俺は浅田清哉。アリスの仕事仲間だ」


お母さんの時のアリスの対話を参考にバレにくい嘘を交えつつ自分は仕事の関係者だということをアピールする。


「なんだ、そうだったんですね」


無理に警戒していた顔つきから一変、楓さんはすごく安堵したように胸を撫で下ろす。

今日の二人の反応もそうだが、ここ二日間で疑問に思うところは多々ある。

俺が怪しい者じゃないと知っただけで人はここまで安堵するものなのだろうか?


「楓、検診の時間」


「あっ、ごめんね。はいアリスさん今日もよろしくお願いします」


観察が今日の仕事なので俺はアリスの行動を後ろで黙って見守っている。

楓さんを不安にさせないようになるべく笑顔でいる。

その間にもアリスの言う“検査”というものが進んでいく。


それも普通の医者がやるような行為ではなく、ただ楓さんの額に自分の額をくっつけるだけ。

しかも“検査”はものの数秒で終了。

すぐに額を離し結果を報告する。


「変化なし。特に目立った異常はない。いつも通り危ない人が周りにいないかだけ気をつけておいて。あと前兆があったらすぐに事務所に連絡して」


淡々と結果を報告するアリス。


「うん、いつもありがとねアリスさん」


そんなアリスの診察に心から満足そうに笑う楓さん。

これで終わり? と尋ねたくなってしまうような短さだったがそれはおいおい聞くことにしていまは心の内にしまっておく。


結局それ以上は検診という名目の雑談会のようなものだった。

楓さんのお母さんがお茶菓子を用意してくれ、それを食べながら楓さんとのトークタイム。

初参加ということもあり俺のことについて色々と、高校生活のことや彼女はいるかなど他愛もない質問を投げかけられては答えていくの繰り返しで仕事の達成感などは特に得られなかった。


一時間ほどお邪魔したところでそろそろお(いとま)した方がいいだろうというアリスの意見に従い楓さん家を後にした。


「なぁアリス、本当にあれだけで仕事は終わりなのか?」


楓さんの家からの帰り道、俺は胸の内に溜まった疑問の解消を求めるように隣を歩くアリスに問いかける。


「問題ない。これだけでいまは十ぶ……ふぎゅ‼︎」


俺の方を向き前がおろそかになったアリスが電柱と激突する。

もはやドジを踏むことが彼女にとっての当たり前となっているんじゃないのか?


「だ、大丈夫か?」


「何でもありません」


赤くなった鼻を押さえて強がるアリス。


「前は気をつけろよ。世の中には他にも危険がいっぱいあるんだから」


「ちゅ、忠告はいりません。私は不注意な人間では……はぎゃ⁉︎」


今度は落ちてた空き缶を踏んづけ尻もちをついた。

フラグとなる発言は厳禁だなこれは……。

そんなやり取りをしている間に気がつけば住宅街を抜け、大型スーパーやハンバーガーショップなどがある駅前を通りかかった。


少し早いが時間もちょうど良いくらいなのでここら辺でお昼にするのも悪くないだろう。

確か近くには公園もあったはずだ。

テイクアウトOKのお店で昼食を購入して公園で食べながら足りない情報を補えるかもしれない。


「アリス、そろそろお昼にしない……か?」


早速決行しようと横を向くとそこにはアリスの姿はなく、慌てて彼女の行方を探すと、すぐ後ろに魔女っ子服のスカートを野良犬に噛まれ必死に引き剥がそうとするアリスがいた。


「マスター‼︎ 助けてください」


若干涙目で俺にヘルプを求めるアリス。


「お前は厄介事に巻き込まれる天才か⁉︎」


ツッコミつつ俺は野良犬を追い払うために彼女の元まで駆け出すのであった。



何とか野良犬を追い払うことに成功したがアリス自慢の赤茶色のスカートは裾が激しく引っ張られためビリビリの伸びてしまい、裁縫が必要なレベルにまで破損してしまっていた。

中身が見えるなんてことはないが(はた)からみたら明らかにおかしい格好なのは事実なので公園での昼食を諦め俺はアリスを連れて昨日案内されたばかりの事務局を訪れる。


アリスを一旦更衣室へと押しやり、予備の服に着替えさせ破れたスカートを受け取り裕翔に事情を話し裁縫セットを借りると昨日利用した個室でアリスの服を縫うことにした。

裕翔に預けようかと思ったが笑顔で「俺よりも清哉がやるべきだ」と突き返されてしまった。

いつの間にか呼び捨てになってるし……俺まだ仕事の同僚じゃないよな?


「しかし野良犬に噛まれるなんて本当に現実であり得る事態なんだな」


破れたスカートを縫いつつ直面した現実にため息を吐く。

一人暮らしが長かったこともあり裁縫の技術はかなり上達している。

元々手先も不器用な方ではなかったので少し練習したらすぐに日常生活に支障のないレベルにまでは上達できた。

そのこともあり事情を聞くことを諦めアリスの破れたスカートを縫っているのだが……。

そんな時ある疑問が浮上した。


「女性のスカートを縫う男って変態なんじゃないのか?」


いやいやお父さんの方が器用で娘のスカートを見繕う人だって世の中にはいるはずなんだから俺個人が変態というわけじゃない、よな。

そんなくだらないことを思案していると不意に個室の扉が開いた。


「裕翔さん、報告に来まし……た?」


入って来たのは赤髪の女の子だった。

というより俺は彼女を知っている。そして彼女もまた俺のことを知っている。

だというのに……。


「へ、変態‼︎」


開口一番に不名誉な称号を押し付けられた。

名前は確か緋色奈だったはず。

緋色奈はわなわなと唇を震わせながら俺を強い眼光で睨みつけてくる。


「本性表したわねこの変態‼︎ アリスのスカートを盗んで何をするつもりだったの‼︎ さては匂いを嗅いで楽しむなんて不純なことに利用して……」


俺もアリスほどとは言わないが、厄介事に巻き込まれるのは得意な方なのかもしれない。

勝手に妄想で事を語り始める緋色奈に大きく嘆息しつつ、あのなーと言葉を切り出す。


「これ見てわからないのか?」


そう言って俺は左手に破れたスカート、右手に糸のついた針を掲げる。


「どっからどう見ても変態じゃない‼︎ 警察呼ぶわよ、警察!」


「左手にだけ注目するな‼︎ 右手も見ろ! 右手も‼︎」


針を強調するように二度三度右手を上下させる。

すると俺の言いたいことを理解してくれたのか緋色奈の目から強い威圧感のようなものが消える。

そして目をパチパチと(しばた)かる。


「裁縫? ちょっとそのスカート破れているじゃない‼︎ どうしたの?」


破れている件に関しては最初から気がついて欲しかったんですけど。

そうすれば変態なんて叫ばれずに済んだのだから。


「アリスが野良犬に噛まれたんだよ。それで破れたスカートを修復しているのさ」


俺の説明に妙に納得してしまう緋色奈。


「あなた裁縫なんて器用なことできるの?」


威圧感の次は意外そうな目を俺に向けてくる緋色奈。

そんな彼女の問いに手元を動かしながら答える。


「一人暮らしが長かったからな。最低限のスキルは身につけておくようにしていたのさ」


「ふーん、ちょっと意外。男の一人暮らしなんて貪らしさ満載って思っていたけど案外繊細なのね」


「それは偏見だぞ。男が家事をやらない時代なんてものはとっくに終わっているし、それに一人暮らしをするなら嫌でもマスターしないといけないことっていうのは自ずと付きまとってくるから」


何気ない会話を続けつつ目線は手元に集中させる。

さすがに失敗感満載の修復服なんて送り返されたくないだろうし。

何よりここまで豪語しておいた相手の前で失敗することが恥ずかしかった。


「ねぇ、本当にアリスのパートナーになる気なの?」


緋色奈の声色が変わる。

普段よりややトーンを低く、緊張感のある声で唐突にそんな質問を投げかけてきた。


「……」


パートナーと何とは聞ける雰囲気ではなかった。

緋色奈の目を見た瞬間その考えが大きく自分の中で変わる。

彼女の瞳はまたしても真剣だった。

昨日のタクシー内の話の時と同じ、まるで何かを危惧しているかのような、そんな様子だった。

そんな彼女の目に事情もろくに知りませんよ私、だなんてふざけた答えを返せるわけがなかった。


「未定だ。いまの俺はあくまで職業体験中、いわば実習生のような立場であって本職員ではいからな」


「……そう」


曇りもしない、かといって晴れもしないどちらにも似つかない瞳で小さく喉を震わせる緋色奈。


「ねぇ‼︎」


やがて覚悟を決めたかのように俺の眼下に顔を寄せてきた。

不意を突かれ椅子から飛び降りてしまう。

そんな俺を逃がさないと壁際まで追い込み、顔を近づける緋色奈。

えっ、ちょっ‼︎ 一体どういう状況ですかこれ?


突然の掌返しに俺の思考が完璧に停止する。

一歩間違えばキスしてしまいそうな距離感に心臓の鼓動が加速する。

聞こえないはずの心音が鮮明に鼓膜を震わせ、脳に伝わってくる。

意識が自然と彼女の柔らかそうな薄桃色の唇へと吸い寄せられてしまう。


だがそんな感情も彼女のあまりにも真剣すぎる瞳を見た瞬間に冷めていく。


「お願い、彼女を……アリスの力になってあげて」


切実とした思い。

彼女がずっと胸の内に隠していた想いは俺の心の中で一際大きく反響したのであった。


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