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エピソード05 〜訪問〜

羞恥心で顔を真っ赤にするアリスを引き連れ俺は彼女の呼びアパートからすぐ側の駐車場に停まった車に乗り込む。

昨日はタクシーだったが、今日の車はどこにでもある一般の軽自動車だった。


今朝の事態もあり俺はアリスと距離を置いた方がいいだろうと彼女を後部座席に座らせ自分は助手席に腰を置く。

もちろんその間の俺たちの会話は一切ない。


「すいません、お願いします」


俺は自分が乗り込んだタイミングで運転席に座る一人の男性に声をかける。

年は30代後半くらい。

先輩肌と優しさを兼ね備えたような顔立ちにちょっと小太りな体格が特徴。

そんな運転手のお兄さんは俺を見るなり驚いたように目を見開く。


「おぉ、君かアリスちゃんのパートナーに選ばれたっていうのは」


髭を残した顎を右手で撫でつつ俺を上から下までじっくりと観察する。

口振りから察するに彼もこの事務局の関係者とみてまず間違いないだろう。


「まだまだ若いが素直そうでいい男じゃないか。いいパートナーを見つけたなアリスちゃんよ」


品定めのような視線の後には満足そうな過大評価。

無理に否定はしない。

俺は自分で自分が素直だと評価したことなどなかったが、もしかしたら周りにはそう見られているのかもしれない。

それがいい意味でか悪い意味でかは別として……。


運転手さんの呼びかけに後部座席にピンと座るアリスが小さく頷く。

俺がいい相手だということは肯定してくれるらしい。

ちょっと嬉しかった。


「おっ、兄ちゃん褒められて喜んでいるな」


にひひ、と楽しそうに笑いつつ話の矛先をこちらへと向けてくる。


「別に俺はそんなこと……」


素直に認めるのは恥ずかしく、言葉の途中で濁らせてしまう。


「そう気恥ずかしがることねぇって。おっと自己紹介がまだだったな」


ドライバー愛用の白の手袋を纏って手で背中をバシバシ叩きながらふと大切なことを忘れていたことに気がつく運転手さん。


「俺は愛洲川泰彦(あいすがわやすひこ)。事務局の専用ドライバーとして勤務しているんだ、よろしくな新入りさん」


移動用の車専属の運転手というわけか……そんな人を雇っているなんてますますこの職業についての謎が深まってきそうだ。


「浅田清哉です。初心者なもので何もわからないですがよろしくお願いします」


「そうかしこまらなくていいぞ。俺は大人だが年上だからどうとかそうのは気にしないたちなんでな」


いまにも豪快に笑い出しそうな雰囲気を見せる愛洲川さんに俺はどう反応してかいいかわからずとりあえずとばかりに苦笑してしまう。


「マスター、そろそろ出発しないと遅れます」


そんな時後ろからの冷静な声が飲まれかけ忘れかけていた状況を思い出させてくれた。


「おっと、悪い悪い。それじゃあ出発するから……おっと清哉シートベルトはきちんとしてくれよ」


いきなり親しげに呼び捨てにされ若干戸惑う俺だが、すぐに愛洲川さんの言う通りにシートベルトを締める。

いまは正式に雇われたわけじゃない。

彼との付き合い方はその時になってから考えればいい。


愛洲川さん運転の元車が発進する。

目的地は不明だがアリスと愛洲川さんの二人はわかっているようなので新参者の俺が無知でも問題はない。


運転中までペラペラ話しかけてくるほど楽天家ではない愛洲川さんはハンドルを握った瞬間人が変わったかのように無言で運転に集中する。

そのため俺も窓の外の景色をやんわりと眺めながら目的地までの道を静かに過ごすことができた。


ただ一つ気掛かりだったのが、仕事に向かうとなった途端のアリスの顔だった。

普段から感情を表に出さないアリスだが車が発進した瞬間に顔色がいつにも増して険しくなった。

まるで何かの覚悟を決めるかのように小さく拳を握っては開きを繰り返している。


彼女の事情や仕事の内容を知らない俺はそれ以上踏み込むことができず、結局何のアクションも起こさないまま車は目的の場所まで着いてしまった。



窓から見える風景に俺は目を丸くした。

愛洲川さん運転の元車が移動した先は俺のアパートからかなり距離の離れた場所にある住宅街。

その中でも特に際立ってもない普通の一軒家の前で車は停車していた。


「ここが仕事場?」


「なんだ清哉、裕翔から話を聞いてないのか?」


「一体俺は何をしたらいいんですか?」


仕事の事情を理解しているであろう愛洲川さんに訊ねる。

裕翔からは理由を聞かずに協力してくれと頼まれていたがやはり自分がこれから行う前知識は持っておくに越したことはない。

俺の問いに愛洲川さんは数秒間顎に手を当ててうーんと考える。

そして後部座席に鎮座するアリスの顔をちらりと横見して何かの確認を取るようにアイコンタクトをする。


「あはっはっはっ」


「ど、どうしたんですか?」


何の脈略もなく突然愛洲川さんが豪快に笑い出した。

何が楽しいのか俺にはさっぱり理解できないが、すぐにその笑いは収まり視線がこちらを向く。


「いや、悪い悪い。その疑問は俺が解消するものじゃないってアリスちゃんに本気で怒られたものだからつい」


「?」


本気でわからず小首を傾げる俺だが、そんなことを御構いなしと愛洲川さんが俺の肩を右手で抱いて顔をグイッと耳元まで近づけてくる。


「お前さん、相当アリスちゃんに気に入られたみたいだぞ」


そして小声で囁かれる。

小声といってもそのボリュームは集中すれば近くの人なら聞き取れるくらいの大きさで背後にいるアリスにはほとんど丸聞こである。


「マスター⁉︎ 早く行きましょう‼︎」


「おっ、おう⁉︎」


か細い声が鳴いた。

いままで俺が聞いたことないような声を張り上げアリスが早足で車から降りる。

どういうわけか顔を真っ赤にしながら助手席のドアを開けて愛洲川さんに絡まれらる俺を無理矢理引き剥がし車から降りさせる。

そんな彼女の反応が余計に愛洲川さんの悪戯心をくすぐらせたか、ものすごい意味深か笑みを浮かべつつ白い手袋を嵌めた右手を振りながら、「頑張れよ、アリスちゃん」と言葉を残し車を走らせどこかに行ってしまった。


一体何だったんだ?

そんな疑問ばかりが頭に残り愛洲川さんに言われたあの台詞がほとんど記憶されていない。

だが確かに言えることが一つだけある。


「マスター⁉︎ あれは別に愛洲川さんの気まぐれで私にそんな気分があったわけじゃありません‼︎ そうです、勘違いはしないでください⁉︎」


車から降りたアリスは何かに急かされるように口々に意味不明な言葉を述べては頬を赤くするを繰り返していた。


いまのアリスはかなり動揺している。

それだけは確信を持って理解できた。


仕事前なのにこんな雰囲気で大丈夫なのかな?

多少の不安を残しつつ俺は初仕事であるお家にお邪魔するのであった。



ピンポーン、と家の呼び鈴が鳴る。

ボタンを押したのは俺ではなく仕事慣れしているアリス。

しばらくして「はーい」という声がすると同時にガチャリと家の扉が開く。

出てきたのは30代半ば頃の女性。

柔和な雰囲気に肩口くらいで切り揃えた黒のショートヘアが特徴で私服の上からエプロンを着けているためか一端のお母さんという印象を強く受ける。


「あらアリスちゃん。今日も定期検診?」


アリスを知っているのか彼女は顔を見るなりここに来た理由を把握した。

誰にでもそうなのかアリスは言葉を発さずに肯定の意思を示すように首をコクンと縦に振る。


「お邪魔します」


話も段落がついたところでアリスの後ろで待機していた俺が前に立って挨拶をする。

突然の俺の登場に目を丸くするエプロン姿の女性だがすぐに先ほどまでの柔和な笑顔を戻しこちらを見据える。


「もしかして新人さんかな?」


「はい、今日はアリスさんの仕事振りを見学するようにと上の人から言われてきました」


正確には職場体験者と言った方がしっくりくるのだがややこしい現状を説明するのは話の方向が脱線しそうなのであえて嘘を吐く。


「そう……」


どこか納得がいかない点でもあったのか歯切れが悪い。

微妙に空気が重くなる。

信用されていないのか?

疑われているというよりかは情報が少ないがために警戒しているといった雰囲気が強い。

実績がない人はそこまで警戒されるような仕事内容なのか?


あまり歓迎していない様子の女性の前にアリスが出る。


「大丈夫です。裕翔が認めた私のパートナーです」


途端、彼女の顔が豹変する。

警戒するような強い視線から一転、好機の眼差しが俺に向けられる。


「あぁ、そういうことね。なら安心ね。最近あの子のことを考えるとつい用心深くなっちゃっているものだからつい厳しい態度を取っちゃうのよ、ごめんね」


「いえ、俺は別に気にしていません」


この掌返し、さっきのアリスの一言。強調するように裕翔も言っていた“パートナー”という単語には俺では理解できないような特別な意味が込められているようだ。

それが具体的には何のか、いまの俺には想像もつかないがいづれその意味を教えてもらえる日が来るかもしれない。


深い詮索は絶対にしない。

俺はそういう人間だ。

だからこそ上部(うわべ)だけのことは並み以上にこなせるがそれ故に情というものが足らなくなってくる。

そう自分ではわかっているが俺は決して行動を起こさない。

それが正解なのかは謎だが少なくともいまの俺はそれでいいと満足している。


「お邪魔します」


無事に俺の存在を受け入れてもらったところでアリスがショートのブーツを脱いで玄関を上がる。


「すいません、お邪魔します」


俺もその後に続いて靴を脱いで家の方に上がらせてもらう。

あまりジロジロと家内を見回すのも失礼なので後の対応はすべてアリスに任せて俺は玄関付近で待機する。


「楓さんの状況はどうですか?」


「いまのところは特に変わった変化はありませんね。学校の方も問題なく通っていますし」


会話の内容はカウンセリングそのままだった。

まさか引きこもりの子供を更生させることが彼女の使命だなんてことはないよ、ね?


「マスターも一緒に来てください」


「あっ、あぁわかった」


言われるがままアリスの指示に従い彼女の後に続く。


「それじゃあ私はお茶を用意してくるからアリスちゃん楓のことはお願いね」


「うん」


アリスが頷くと楓さんの母親らしき女性は台所と思わしき部屋に行ってしまう。

彼女とは別にアリスは二階に続く階段に足をかけ、慎重に一歩一歩足を上げていく。

そういうところは本当に注意深いんだな……。


「支えてやろうか?」


その恐ろしいまでに慎重な背中に俺は思わず声をかけてしまう。


「だ、大丈夫。問題ない」


とか言っている間に俺の声かけで注意が逸れたかツルッと足を滑らせよろけるアリス。

ギリギリのタイミングで手すりに掴まったため派手に階段から落下するなんてことはなかったがそれでも危なかったのは事実である。


「なぁアリス。もしかして、ドジなのか?」


「そんな事実はない。私は別に普通に前を歩ける」


いや一般的な人なら誰もが持っている能力じゃないですか、それ。


「目を瞑っても問題……」


挑発に乗るようにアリスは階段の途中で目を瞑る。

だがその数秒後さっきとまつたく同じようにツルッと足が滑り、今度は手すりに掴まることもできずに細くしなやかな体を宙に放り投げる。

彼女の後ろから階段を上がっていた俺の眼下に迫る赤茶色の影。


「おっ、お前⁉︎」


いくらなんでもこんなにすぐに同じミスを繰り返すとは予想もしていなかったため落ちてくる彼女への対応がわずかに遅れる。

迫り来る衝撃に耐えための構えなど取る暇もなく体を犠牲にする覚悟で手すりにも掴まらずに不安定な体制で落ちるアリスを支える。


足場は不安定だったが激突した衝撃は想像よりもずっと小さく、足を踏みとどまらせることになんとか成功する。


「すみません、マスター」


俺に体重を完璧に預けた状態のアリスが申し訳なさそうにポツリと言う。


「あっ、危なかった……」


なんとか二人揃っての階段落下という最悪の事態を回避できたのとに安堵する俺。

これ以上不測の事態に遭遇するのも面倒なので俺はアリスを抱えたまま階段を上りきる。

こんなことで仕事なうまくいくのだろうか?


アリスのドジ振りを拝見してちょっと心配になる俺だがその心配が無用だったとすぐに気がつくこととなる。


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