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エピソード03 〜勧誘〜

緋色奈に案内されること数分。

アリスもそれ以上の厄災には見舞われず、無事に目的の場所まで辿り着くことができた。


着いた場所は二階建ての企業事務所を思う浮かべる建物。

漫画の世界などでもある探偵事務所のような形をした灰色の建物が俺の目の前に広がる。


「ここは?」


意外すぎる景色に呆然としていると緋色奈が勝気な瞳をこちらに流してくる。


「目的地よ。ここがあなたを連れて来たかった場所。あたしやアリスが働いている事務局よ」


「はぁ……働いてる⁉︎ お前らどう見たって高校生だろ⁉︎」


アリスは変な格好のためともかく、緋色奈は服装こそ私服だったが背丈や態度から察するにほとんど俺と年齢が変わらないのは想像がつく。


「もしかして家庭の事情とか?」


いまの時代資格なしで働ける場所など限られている。よく資格がなければ生きていけない世の中だとか、昔と比べると時給の悪いバイトも増えてきたとか言われている。

そんな時代にも関わらず高校にも通わずどこか知らない事務局で働いているなど、家庭に何かあったとしか考えられない。


「勘違いしないでよね。あたしは普通に高校生よ。年もまだ17歳よ」


「俺の一つ下かよ」


「ついでに言っておくけど、アリスは15歳よ。見た目は幼いけどああ見えて立派な高校生の年齢だから。あと彼女に変な気を抱いたらしばくわよ」


最後の部分をえらく強調された上に睨まれる俺。

いや変な気っていったいどんな気分なんだよ。

確かにアリスが15歳なのは少し驚いた。

緋色奈の言う通り彼女の見た目は中学生と間違われても不思議ではないほど幼げで可愛らしい。

その気になればまだ中学生の学割が適用できてもおかしくはない。


「そんな話してる場合じゃなかった。ほら入るよ、それとアリスは更衣室で着替えてくる」


「うん」


短く頷くアリス。

談笑に和んでいる暇はないと、緋色奈はテキパキと俺たち二人に指示を出してくる。

正直なところ、彼女が17歳で自分より年下だということにも驚きだ。

仕事を経験していることもあってか俺よりも全然年をとっている人と捉えても違和感がない。


「いまなにか失礼なこと考えなかった?」


再度俺に向けられる厳しい視線。

慌ててフルフルと首だけを横に振って誤解だと意思疎通する。


「そう、それなら早く行くわよ」


あ、危なかった。

どうやら緋色奈はかなりそういうことに関して過敏に反応するらしい。

女の子の勘ってかなり冴えるものなんだな。

俺はそんなことを考えつつ、緋色奈の後に続き事務局の中へと入って行った。


事務局ということもあり一階は飾り気がそこまでない空間がただ広がっていた。

右手奥に自販機が二台並び、客人用なのかソファが二つ、奥に更衣室らしきものと男女のトイレがあるだけでそれ以外は二階に続く階段しかない。


「ここまで殺風景とはな」


「基本的に一階は皆出入り口と休憩スペースくらいしか使ってないのよ。だから必然的に物が置かなくなる」


アリスはいつの間にか更衣室らしきところに駆け込み濡れた服を着替えに行ってしまい緋色奈と二人きりにされてしまった。


「無言で去られると気づかないものだな」


「……上であなたを待っている人がいるわ」


「どうかしたのか?」


緋色奈の顔色がどこか切なげに変わっていた。

遠いものを見つめるように、何かをキッカケに思い出したくもない出来事を思い出してしまったような顔をしている。


「なんでもない」


ブツリと切るようにそれだけ言うと緋色奈は二階に上がる階段を乱暴に蹴上がる。


「地雷踏んだかな?」


残された俺はポツリと呟いた。

意識していなかったんだけど、彼女が傷つく要素がさっきの台詞にあったのなら後で謝っておかないと。


階段を上がってすぐ隣に大きめの扉が一つあった。

どこぞの企業のオフィスのように見えるそこ以外にもいくつか部屋があり、一階と比べるとこっちの方が人がいる痕跡が強い。


緋色奈はその大きな部屋には案内せず、俺をその近くにある小部屋まで誘導する。

そしてコンコンと控えめのノックをするとガチャリと相手の返事を待たずに扉を開けた。


「裕翔さん、連れてきました」


彼女の視線の先にいたのは部屋の椅子に腰掛けテーブルの上に広げた何かの資料に目を通してる好青年の男性だった。

座っているから身長はよくわからないが俺よりは確実に大きいだろう。

顔立ちは若々しく、かといって子供っぽくないとイケメンなお兄さんという印象を強く受ける。

悪戯っぽい天然茶髪を切り揃え、爽やかな微笑を浮かべている。


裕翔と呼ばれた20代になったばかりくらいの男性は緋色奈を見て、その後視線を俺のいる方に合わせてきた。


「君が浅田清哉君だね」


いきなり俺の名前を呼び当てられた。


「はい」


誤魔化しても無駄だと悟った俺は素直に彼の問いに頷いた。


「緋色奈、後は俺の方に任せて仕事に戻ってくれ」


「わかりました」


裕翔の言葉に頷き、部屋を立ち去る緋色奈。

その背中を見送りつつ裕翔はこちらに目を流してきた。


「初めまして。俺の名前は仁内裕翔(じんないゆうと)、この事務局の社長代理を務めさせてもらっている」


「はぁ……俺は浅田清哉です。えっと今日俺が呼び出されたのって?」


自己紹介を済ませ、いよいよとばかりに裕翔は俺に本題を提示する。


「あんまりゆっくり話していられないんでね。単刀直入に言う」


真っ直ぐ、俺の目を見据え、裕翔がゆっくりと口を開く。

目を通していたはずの資料はいつ間にやら綺麗にファイルに収納され、喋る体制を完璧に整えていた。


「浅田清哉君、俺たちと一緒に働いてみる気はないか?」


彼から持ち出された提案。

それは俺の予想をまったく逆の方向にひっくり返すものだった。


混乱したりはしない。

これは端的に言えば仕事の勧誘だ。

問題の焦点はそこではなく、面接などバイトに関する活動を一切行っていない俺がどうしていきなり勧誘を受けているかってことだ。


頭はあくまで冷静に。

一見簡単そうな話だが明らかにこの話には裏がある。

それが良い方なのか悪い方なのかは現時点では判断材料に欠けているためわらかない。

そこを詳しく問い詰めなければ納得がいかない。


「どういう意味ですか?」


「君は信じられるかい? 科学では解き明かせないような能力を持った不幸な人たちの存在を」


緋色奈の時とまったく同じだ。

こちらの質問を無視して勝手に質問を投げ返してくる。

いや、もしかしたらこの質問には仕事についての重要な意味があるんじゃないのか?

緋色奈の質問も裕翔の質問をまるで俺を試しているような……。


「漫画やアニメなどで登場するものであれば答えはNOです。俺はそういう類のものを信じたことはありません」


俺はその可能性に賭けるようにして自分の質問の答えを強制せず、あえて裕翔に合わせてみた。


「率直に言う。俺たちの仕事は君の信用していないことを扱う仕事なんだ」


「はい?」


いくら思考の糸を張り巡らせても彼の一言は理解の範疇(はんちゅう)を超えてしまっていた。

意味が理解できないというよりかは納得ができないという状態に近かった。


「それってどういう……いやいまは野暮なことになりそうですね」


裕翔と目が合った瞬間にそれを悟る。

彼は目で俺に、いまは詳しいわけを聞かずとりあえず答えを出してはくれないかと訴えて来ていた。

俺もそれを無視して突き進むほど勇気がある奴ではない。

だから俺は謎は謎のまま流されるように彼の言葉を待った。


「危ない仕事ではないのは保証するよ。だけど……精神的には辛いことが多い、それだけは伝えておくよ」


「……」


「それを踏まえてお願いがある」


刹那、部屋の扉がガチャリと開いた。

決して良いタイミングとはいえない時に部屋に入って来たのは先ほど着替えに更衣室へと向かったアリスだった。

予備の魔女っ子服に着替えたアリスは俺の貸した上着を片手に特にこの空気を気にした様子もなく部屋へと侵入していく。


「予備の服も変わらないんだ」


雰囲気を読まなかったことよりも服に関する印象が強すぎて気にするポイントがズレてしまう。


「ありがとう」


無表情に渡される上着を受け取ると裕翔の表情が優しく微笑んだ。


「アリス、その人が君のパートナーで間違いないんだね?」


パートナー?


「うん、感じた。初めて触れた瞬間に私の大切な人になるってことを」


何か重要な話をしているようなので俺はその場にいるだけで黙っていることにしているが、アリスの台詞にはやや引っかかる点があった。

緋色奈に言われたことが脳裏をよぎる。

大切な人が死ぬとしたら……。


「浅田清哉君」


「はい⁉︎」


ボーッと思案していると唐突に話題がこっちに向いてきた。

肩を震わせるなどそんな恥ずかしい真似はしなかったが多少声は上ずってしまった。


「少し一方的なお願いになってしまうかもしれないが、頼みたい」


「仕事のお誘いですよね」


「そうだ」


「どうして俺なんですか? 高校生の俺は正社員にはなれませんよ。それにわざわざ呼び出してまでお願いするほど俺は有能な人材ではないです」


はっきりと、自分のことを客観的に評価した感想をそのまま伝える。

運動能力も決して低くはないが、秀でているわけでもない。

やる気も薄ければ責任感もない。

正直に言うとバイトをする気分でもない。

そんな俺をこんな方法まで使って勧誘する理由がどこにある。


「その理由(わけ)はいまは話せない。だけど俺たちには、正確には君の存在がアリスには必要なんだ。とりあえずいまはそれだけで納得して欲しい」


彼の目は真剣だった。

本気で他人を思い、無理を承知で強い願望を伝えていた。

それを理解した上で俺は迷う。

受験勉強などさらさらやる気のない俺がバイトをすること自体は問題ない。学校側の許可も成績を判断する限り問題ないだろう(逆に将来図を見つけるいい機会になると率先されるかもしれない)。


ただ俺にはこの願いを聞き入れる理由がない。

理由が必要かそうでないかと聞かれると正直微妙なところだが、それでも働くからには何かしらの目的は欲しかった。


そんな纏まらない疑問が頭の中でぐるぐると渦巻く中、裕翔がある提案を持ち出してきた。


「別にいますぐ答えを出せとは言わない。そうだな……とりあえず一週間だけ現場で働いてみて、その上でもう一度同じことを聞くというのはどうだ? もちろんどういう決断をしようと一週間分の給料は支払う」


答えの先延ばし。

それはかなり合理的な方法だった。

仕事の内容も知らずにここでうじうじしているくらいなら一度経験してみてその上で決断するのは悪い手ではない。


それに受験勉強ムードの中、自分がサボる口実にもなる。

それに裕翔は他人を騙すような人には見えない。

信用してみて後悔もなさそうだ。

そんな要素が重なり、俺は保留という形で彼の案に乗っかる。


「わかりました。一週間だけ働いてみます。でも役に立つかどうかはわかりませんよ」


割と器用な方だと自分では思っているのだが、それでもやれることには限度っていうものがある。

だが裕翔は俺が頷いたことに満足したのか笑顔で首を振った。


「いやありがとう。無茶な提案を飲んでくれて。仕事についてはアリスから聞いてくれ、それに君には彼女のことを任せられそうだから安心した」


「?」


どうも俺の知らない世界で勝手に話題が飛んでいるということだけはわかった。

アリスを任せる? それはどういう意味なんだ。

時期にその答えも知ることができるのだろうか?


とりあえず俺が仕事を引き受けることを知ったアリスはスッと細い手を前に差し出してきた。


「よろしく」


相変わらず表情から感情を読み取ることができないが、それでも歓迎はしてくれるようだ。


「あぁ、こちらこそ」


結局仕事については無知なままだがそれは時間が解決してくれると信じていまは流されることを選択する。

俺は彼女の手を握り返す。

するとアリスの表情がわずかに綻ぶ。

氷のような無表情な顔から一瞬だけ花が咲いた瞬間だった。


この時からなのだろうか?

俺が彼女の笑顔をもっと見たいと強く願うようになったのは。

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