エピソード01 〜予期せぬ来訪者〜
あれから数日。
早々に目標など決まることなく俺はただ変わらない毎日を過ごしていた。
だが異変はふとした時にやってくる。
「……起きてください」
学校が休みの土曜日。
俺は自分の体が何者かの手によって揺らされていることに気がつく。
だがそれは由々しき事態。
なぜなら俺は一人暮らしのアパート住まいで誰一人として自分を起こしてくれる優しい知り合いさんなどとは関係を結んだ記憶がない。
つまりここから導き出される可能性は侵入者⁉︎
いや、それならなぜわざわざ寝ている俺を起こす必要がある?
金目当てなら普通こんな大胆なことはしないだろう。殺害目的ならなおさらだ。
しかも聞こえてきた声は脅迫するような野太い男性ボイスではなく、やわらかく、安らぎすら感じさせるような大人しめの女の子ボイスだった。
「う、うん?」
無理矢理に頭を働かせたが正直体の方には多大な眠気が残っている。
重たい瞼を上げ、ゴシゴシと目元を擦る。
するとぼやけた視界が一変し、明るくクリアになっていく。
アパートの一人部屋のため床敷きの布団で寝ていた俺は自分を起こしに来た犯人と直接目が合う。
俺の目に映り込んで来たのは綺麗な黒色の瞳。
つい先日、商店街の真ん中で大胆に転んだ魔女っ子コスチュームの少女が覆い被さるようにしてこちらをジッと見据えていた。
「はっ?」
一瞬夢かと疑ったが、先ほどの鮮明な感触がそれを真っ先に否定する。
これは現実だ。夢であんなリアルな感触を味わえるはずなんかない。
「どういうことだ?」
まったく状況が理解できない。
どうして朝起きたらこの前会った少女が俺の部屋にいるんだ?
これはどこの恋愛シミュレーションゲームだ?
起きてすぐにマッハで加速する思考に俺はある一つの可能性を提示する。
これは俗に言う夜這いというやつではないのだろうか?
いやそもそもいまは朝だ。夜這いではなく朝這いになる。
朝這いってなんだ? 自分で言ってて意味不明になる。
「えーと、初めましてじゃないよな?」
俺を真っ直ぐ見つめたまま固まっている彼女に恐る恐る質問してみる。
すると彼女はコクリと軽く頷いた。
どうやら彼女はこの前俺が会った少女で間違いないようだ。
それならなおさら、どうして彼女が俺の家に押しかけて来ている⁉︎
そもそも鍵はどうした、きちんと閉めておいたはずなのに。
まさかピッキングのスキルがあるのか⁉︎ あんなドジっぽい言動を見せておいて実は凄腕の窃盗スキルをお持ちだとでも言いたいのだろうか?
「あのー……一応ここ俺の家なんですけど……」
「知ってる」
どうやら家を間違えちゃった的な許されるドジっ子ではないようだ。
人の家への不法侵入、言ってしまえば彼女は犯罪者である。
例えどんな目的があろうと俺は犯罪者を許していいのだろうか?
などと目の前の議題について脳内会議していると少女の方から動きを見せた。
スッと綺麗に畳まれた服を俺へと差し出す。
「……どうしろと?」
「着替えて」
「いまこの場でか?」
「うん、うん」
コクコクと二度頷き、衣服を俺の手に掴ませる。
よく見たらこれ全部俺の服じゃないか⁉︎ 一体いつの間に彼女は服が入ってるタンスを漁ったんだ?
「あのー、あなたはどうしてここにいるんですか?」
いい加減回りくどいことを聞いていくのも面倒になってきたので俺は率直に彼女がここにいる理由を訊ねる。
すると彼女は涼しい表情を崩さぬまま一言だけ、
「迎えに来た」
「……えっと……それだけ?」
「うん」
ますます状況が理解できなくなった。
ここで俺はどうしたらいいんだ?
彼女の言う通りに服を着替えるべきか? それとも少しでも多くの質問を投げかけてどうして彼女がここにいるかを明らかにするべきか?
「早く着替えて。迎えが来てる」
「ちょっと待て⁉︎ さすがにちゃんとした説明もされないままいきなり着替えて場所を移動しろだなんて、いくらなんでも無茶苦茶すぎる⁉︎」
次の行動に移れとばかりに催促する彼女を俺は必死に静止する。
「せめていまどういう状況なのかってことを明らかにしてそれから話を進めないことには……」
「ふーん、アリスが選んだパートナーっていうからどんな人かと思ったけど……グチグチ言っているだけのただのヘタレだなんて」
布団の上で必死に状況説明を頼む俺の耳に新たな声が入る。
それはちょっと強気で俺と同い年くらいの女の子の声。
見るとそこには俺と同い年くらいの美少女が険しい表情のままピンと背筋を伸ばし客間とほぼ一体化した玄関に腕を組みながら立っていた。
勝気な緋色の瞳。
それに負けないような綺麗な真紅の髪。
出過ぎず、なさすぎずといった丁度良い恰幅。
目の前の少女と違い格好もどこかの制服のようでまとも。
ただ一つ難点なのは、俺に対する彼女の目線が恐ろしいまでに鋭いというところだ。
「……どちら様?」
ポカーンとわけもわからず口を惚けさせる俺はとりあえずとばかりにそのことだけを訊ねる。
「あたしは茅野緋色奈あなたを選んだアリスの同僚よ」
「アリス? 君の名前か?」
ここにきて初めて彼女の名前を知った。
ちょっと戸惑いつつも布団の側に腰掛ける魔女服の美少女に尋ねてみる。
「うん」
そうか彼女はアリスというのか。
ってそんなことより重要なことがあるだろ⁉︎
「ちょっと待て⁉︎ なんか普通に会話しているけど、そもそもお前たちは一体誰なんだ? いきなり人の家に押し寄せて、おまけに鍵まで破って、俺をどうするつもりだ⁉︎」
俺の叫びにアリスは無反応。
代わりに緋色奈が嘆息しつつものすごく簡潔に状況を説明してくれる。
「はぁ……とりあえずあたしたちは危ない組織の手先なんかじゃないから安心して。ちょっとあなたと交渉したい人がいるからそこまで案内するだけ」
アリスとの対話と比べると幾分事情らしい事情は把握できたが、それでもホイホイ気軽に着いて行くような間柄にはなれない。
あくまでも俺たちは初対面だ。
信頼しろと言う方が不可能だ。
「お願い」
ここにきてアリスが瞳を潤ませてくる。
ゆっくりと吸い込まれてしまいそうな黒色の瞳を俺に寄せ、嘘偽りのない目で俺にお願いしてくる。
「……わかった。着いて行くから、とりあえず着替えさせてくれ」
俺の直感がアリスは悪人じゃないと告げる。
それにあんなドジっ子が簡単に人を騙せるとは到底思えない。
元々休日だからといってやることも特にないような暇人だ。
勉強もある程度はこなせるし、没頭できる趣味があるわけじゃない。
ちょっとくらい休みを削られても痛くも痒くも無い。
観念した俺は二人を外に追い出し、服を着替え、彼女たち二人に素直に連行されるのであった。