エピソード13 〜当日〜
「すみません、わさわざデートのために服まで貸してもらちゃって」
デート当日の朝。
リビングのソファで目を覚ました俺は寝間着しか用意されておらずデート用の私服がないことに気がつき、緋色奈の案で近くの部屋に住んでいる裕翔に相談し彼の服を借りることになった。
朝早くからお邪魔してしまったというのに裕翔は嫌な顔一つせずにすぐに俺に合うサイズの服を見繕ってくれた。
幸い裕翔と俺の身長差はそこまでない。少し小さめのサイズので充分格好がついた。
「おっ、似合ってるぞ清哉」
お兄さんのような立場にある裕翔は俺がちょっと大人びた格好をしているのを見て嬉しそうに笑ってくれた。
普段の私服では絶対に着ないような黒を強調したポロシャツをTシャツの上から羽織りジーンズを履いた完璧なデートスタイルに俺はチェンジしていた。
気合を入れたお洒落なんてする機会がなかったのでちょっと新鮮だった。
「ありがとうございます」
「今日は皆のことを頼むぞ。アリスや紡木さんはもちろん、おそらく彼氏さんのフォローにも回ってもらうことになるだろうけど、あまり気負わずにやってくれ」
「はい」
裕翔からの助言ももらい、早起きしたといっても時間に遅れるようなことがあっては示しがつかないので俺は頭を下げると彼の部屋から退出し、緋色奈の部屋へと戻ってきた。
既に朝食は摂り終えているので後はアリスと一緒に駅まで行くだけなのだが……。
「マスター、準備ができました」
せっかく服装を決めてきた俺とは対照的にアリスはいつものまんま、魔女っ子コスチューム姿で準備完了と宣言してきたのだ。
「……アリス、本当にデートというものを理解しているのか?」
「問題ありません。マスターの迷惑にならないようにきちんと勉強してきました」
「うん、根本的な問題が二つある。まず服装はコスプレじゃなくてノーマルで、あと今日は俺たちは恋人同士という設定だ。マスターという呼び方は禁止して名前で呼ぶこと」
「了解しました、マスター」
真顔でマスターと言われました。
「お前本当に理解しているのか?」
始まる前から不安に胸が一杯の俺は嘆息しながら緋色奈を呼び、事情を説明してアリスを着替えさせた。
着替えること自体には抵抗のなかったものの自分の過ちに気がつき、アリスの顔は微妙に悄げていた。
デートが始まる前からこれでは先が思いやられる。
◇
時刻は8時を回ろうとしていた。
ちょっと集合時間としては早すぎる気もするが事情を考えればこれでも少し遅いくらいだと思っている俺やアリスは苦などない。
アリスはいつもの魔女っ子服ではなくユキノが所持していたブラウン色の秋ワンピースに身を包みブーツも履き慣れていない新品で男の子を意識したデートスタイルに仕上げられていた。
元々魔女服自体も似た系統の色をしているためブラウン色のワンピースとアリスの組み合わせはとてもマッチングしているが、普段着ないような服にアリスはずっとそわそわしていた。
というより身長が同じということでユキノの服を借りたわけだが、メイド服オンリーで仕事をしている彼女でもアリスと違いきちんと私服を所持していることに驚きだった。
しかも意外とファッションというものを理解していた。
世の中見た目だけがすべてではないと改めて実感した。
「あっ! おはようございます、アリスさん、清哉さん」
待ち合わせ場所である駅前の時計台下のベンチで二人で座っていると気合いを入れたお洒落をした紡木さんが無垢な笑顔でこちらに手を振りながら駆け寄ってきた。
その隣には彼氏と思われる長身の男子がいる。目つきは少し怖く、体格もがっちりしており素行が悪いような第一印象だが……顔立ちは男から見てもカッコよく、普通にイケメンだった。
「今日は私のワガママに付き合わせちゃってごめんなさい」
出会い一番に謝る紡木さんにアリスが本心から首を横に振って否定の意を表す。
「私も楽しみだから」
気にするなとばかりに俺と目を合わせる微笑むアリス。
そうだった、俺はいま監視者である以前にアリスの彼氏なんだ。うまくリードしないといけないんだ。
「そうだよ、俺だって昨日は楽しみで眠れなかったくらいだしな」
うまく笑顔が作れたか自分ではわからないが紡木さんの彼氏の様子を見るに不器用ながら誤魔化すことには成功したようだ。
「それなら良かった。ほら海斗も二人に挨拶して」
全員を知っている紡木さんが場を仕切り歯車をうまく噛み合わせようとする。
紡木さんに促され彼女の彼氏である海斗がどう接したらいいのかな迷いのある顔で前に出る。
「五木海斗、高校二年生です。アリスさんにはいつもお世話になっていると紡木からよく聞いています。今日はよろしくお願いします」
見た目によらず意外と礼儀正しく、アリスとは初対面なのかちょっと挨拶がぎこちなかった。
紡木さんの事情を知っているのか、顔つきはどこか浮いていない。
「……よろしく」
アリスもアリスでいつものペースで挨拶を交わすものだから余計に海斗さんを戸惑わせてしまう結果を生んでしまう。
「はい、こちらこそ」
「海斗、硬いわよ。もっと肩の力を抜いて」
「紡木の恩人にそんな楚々な態度取れるわけないだろ」
律儀なやつだ。
そして知り合ったばかりだけどもうわかった。彼の目はどこまでも一途に紡木さんを見据えていることが。
「まぁこっちも仕事と忘れてプライベートで楽しむ予定だからそんなに緊張しなくても大丈夫だ」
俺はそんな彼を安心させるようにわざとタメ口で接した。
新人の俺のデータは彼にはない。気軽で接しやすいノリの良い男だと思い込ませるにはこの上なく絶好の機会だった。
彼が緊張していたら最期のデートにいい思い出が残らない。そんなことだけは絶対にさせない、その思いが俺の演技により一層の磨きをかける。
「俺は浅田清哉。アリスとは仕事の同僚だったのですが先日恋人同士になったばかりなのでデートでのリードの仕方とか色々わからないので是非教えてください」
俺はこんなハキハキとした自己紹介をしたのは人生で初めてだった。
スッと自然な流れで握手を求めるように右手を差し出す。
「あっ、あぁこちらこそよろしく頼む」
すると海斗も俺の砕けた態度に心を少し許してくれたか素を出したような口調で握手に応じてくれた。
「それじゃあ清哉くん、今日のデート場所を早速教えて」
あれ? 紡木さんって俺のことくん付けで呼んでいたっけ?
などと素朴な疑問に注意を寄せつつ、俺は昨日話し合った結果を紡木さんと海斗さんの二人に伝える。
「まずは近場のデパートで軽く遊んだ後アリスの提案でその近くにある遊園地に行こうと考えているんだけど……どうかな?」
「うん、私はオッケーだよ。遊園地とか最近あまり行ってないし、海斗にプレゼントも買いたいからデパートも大賛成」
「俺も紡木に同意だ」
初心者感丸出しのデートプランにも笑顔で賛同してくれる紡木さん。
彼女がここまで俺たちに良心的なのはもしかしたらアリスの努力の賜物なのかもしれない。
「清哉。そろそろ電車が来ます」
「そうだな。それじゃあ話は乗ったあとでゆっくりとするとしようか」
朝の言いつけを守るアリスの内心ホッとする。
こんなところで海斗さんに俺たちの関係性を疑われてしまったら紡木さんのダブルデートが台無しになってしまう。
怪しまれないように細心の注意を払いつつ俺は電車賃を払って隣町にあるデパートまで向かうことになった。