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エピソード11 〜真剣な会議〜

紡木さんとのダブルデート前日の金曜日。

あれからアリスや事務局からの仕事の連絡は一つもなく俺はあの居心地の悪い学校生活を送ることになる。

だが居心地が悪いといっても学校にいる時間のほとんどは、もっと言えばここ2日ほど俺は常に紡木さんのことについて考えており、幸か不幸かそれが学校生活といういまの俺にとって地獄でしかない空間から納得のいく逃避口実を作ってくれた。


学校終了のチャイムが鳴った。

俺はほぼ日課のごとく荷物を鞄に纏めて片手でそれを担ぐと消えるようにして受験モード真っ盛りの教室から退出する。

そのまま寄り道などせずに階段を降りて昇降口で上履きと靴を交換すると、バリバリ部活動をエンジョイしている下級生の輪の中に静かに溶け込みながら正門を潜る。

そこで俺は足を止めた。

いや止めざるを得なかった。


学校の正門付近にはいつもの魔女っ子服姿のアリスとどこかの学校の制服に身を包み不機嫌そうに眉を寄せる緋色奈の姿がそこにはあった。


「アリスはともかく茅野さんはどうした?」


アリスは以前自分の足で学校前まで来たことがあるためあまり驚きではなかったが、緋色奈が仕事外で俺に干渉してくるのは初めてだった。


「あんたを待っていたのよ。察しが悪いわね」


落胆するように肩をすくめてみせる緋色奈に俺の頭には疑問の二文字しか浮かんでこなかった。


「明日は紡木さんとの約束の日です。ですのでマスターも今日は手伝ってください」


「手伝う? 何を?」


本気で二人のいわんとしていることがわからず棒立ち状態でいると、じれったいと緋色奈が一歩前に出てわずかに頬を上気させながらそれを口にした。


「今日、あたしの家に泊まっていきなさい‼︎」


「はっ……?」


そんな衝撃の告白が脳内で何度もリピートされる。

だけどその意味を一向に理解しようとはしない。いや考えることを放棄しているといった方が正しい。

とにかく信じられなかった。


「えっ?」


漫画のような派手なリアクションはできなかったがそれでも俺にとっては充分すぎるオーバーリアクションをしたつもりだった。

やっとのことでその意味をそのまま受け入れた俺はただ気恥ずかしさに目をそらすことしかできなかった。



事務局からそう遠くない電車で20分。俺は自分の家とは真逆の方向にあるとある8階建てのマンションに来ていた。


緋色奈が在住しているのは事務局が買い取った社員寮という名のマンションでアリスもその隣の部屋を使っているらしい。


あれから緋色奈はアリスと明日のデートのことについて色々話し合ったらしいのだが、緋色奈自身の経験不足やアリスのズレだ発言のためかうまく予定が定まっていないらしく、結果として実際にデートの彼氏役となった俺を交えての最終打ち合わせを行いたいとのことで俺は緋色奈の部屋に招かれた。


泊まっていけと言ったのはどうやら相談の内容上どうしても終電には間に合わないらしく俺の帰る当てがなくなるということへの配慮らしく隣に住むアリスも泊まるということなので別に特別な意味はなかった。


建設されてからまだ日が浅いマンションはエントランスからしてどこかのホテルを模したようなデザインでとてもじゃないが六畳のアパート暮らしの俺では夢でも住まうことのできないような場所だった。


「綺麗なところだな」


エレベーターに乗り、緋色奈の部屋がある4階で降りた俺は見慣れない光景に思わず率直な感想を吐露してしまう。

共用の廊下は絨毯製のマットがすみ揃えで敷かれており、インテリアとして置かれる花瓶には種類もよくわからないような赤い花が飾ってある。

俺のような庶民には場違いな場所この上ないが変に背筋を伸ばしすぎないように注意しながら緋色奈とアリスの後に続く。


エレベーターから降りて西側。5番目の扉の前で緋色奈は立ち止まった。

扉のロックもカードーキー式で現代的。

魔女っ子コスチューム少女に二度もピッキングされて開くどこかの古アパートとは大違いのセキュリティーだ。

鍵を開けた緋色奈だが、突然鋭いひとみで俺を射抜いてきた。


「一応許可するけど、変な真似したらただじゃおかないわよ」


「りょ、了解」


アパートの豪華さにかまけて忘れてしまっていたが俺はいま女の子の住居に招待されているんだ。それが仕事内容の相談だとしても事実はそう語ってしまう。

こんな経験は初めてだがよく聞く話では女の子の部屋のものは勝手に漁るべきものではない。男友達のノリで接しては絶対に駄目だということだ。

それに加え緋色奈はかなり強気な女の子(年下)である。下手をしたら野宿にさせられるという可能性も十二分にあり得る。

細心の注意を払うことに越したことはない。


変な覚悟を決めさせられ、緋色奈の案内で靴を脱ぐ。

最新式の電球を使用しているためか玄関に入っただけで住んでいるアパートとの極差を思い知らされる。

慣れない真っ白い光に目を庇いながら奥のリビングへと案内される。

玄関からは真っ直ぐ入ったところの最初に当たる位置がリビングとなっており、その通路の時々に部屋が二つ、バスルームとトイレが備え付けてある。


「なっ、なぁ、ここって一ヶ月いくらくらいなんだ?」


そんな漫画でしか見ないような光景を目の当たりにして思わず緋色奈にそんな質問をしてしまう。

すると緋色奈は何食わぬ顔で、


「買い取った寮だから安く給料の十分の一くらいの値段で使わせてもらっているけど、普通に買ったら月に二十万くらいは取られるんじゃないかしら?」


「……泣きたくなってきたよ」


「いきなりどうしたの⁉︎」


ポロポロと切実な事情に涙する俺に慌てふためく緋色奈。

仕送りとか明日の夕飯を安く作るにはどうしたらいいのかとか考えている俺がバカみたいだよ、まったくもう。

俺は内心隠しきれない悄然とした気持ちに負けないように強く心を保とうと努力しながら緋色奈にリビングの方を案内してもらうのであった。

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