エピソード10 〜全て知れない〜
「魔法使いは魔法を酷使しすぎると死ぬ、これはもう証明された事実だ」
「それじゃあ紡木さんは魔法を」
ほとんど反射的に彼女の名前を出してしまった。
「……アリスの話ではある人を助けるために二度目の魔法を使ったと聞いている……」
「二度目の魔法?」
「魔法使いには候補、俺たちはステージ1と呼んでいる人たちがいてまだ魔法を発動させてはいないが魔法を使う前兆のある者たちがこれに該当する」
楓さんとアリスの会話がこれに一致した。
あの時アリスは前兆がどうとか、検査がどうとかとか言っていた。
あれは魔法使いの候補の検診だったのだろう。
「もうだいぶわかってきたと思うけど、俺たちの仕事はそういった魔法使いの候補を探し出し、そのご家族に事情を説明すること。そしてその魔法使いの魔法を消去することなんだ」
「消すことができるんですか⁉︎」
バカな希望を俺は抱いてしまった。
魔法が原因ならそれを消せば紡木さんの寿命を伸ばせるんじゃないかという浅はかな目算にもしかしたら彼女を助けられるかもしれないという期待に胸を膨らませていた。
「確かに魔法使いの研究が進み、魔法を消す、正確には抑える薬は開発された。だけどそれが効果を発揮するのは初期魔法を使ってから二度目の魔法を使うまでのわずかの間だけで、二回以上魔法を使ってしまうとその人から完璧に魔法を消すことはできないんだ」
俺はバカか。
あの優しいアリスが助けられる命をわざわざ見捨てるはずがない。
紡木さんはもう助からない、そうわかってるからアリスは彼女の願いを叶えようと必死なのに、俺はそんなことも理解できずに一人勝手に浅はかな幻想を抱いて、落ち込んで……。
自分の不甲斐なさを改めて実感してしまった。
「他に……他に魔法使いを救う方法はないんですか?」
無意識に俺は裕翔に尋ねていた。
希望を捨てたくなかったのか、希望を掴みたかったのか、とにかく意識する暇もなく裕翔に救済方法はないのかと訊いていた。
「もちろんある。二度目の魔法を使ってしまった魔法使いの延命を図る方法は既に解明されている」
「それは?」
「魔法使いとなった人たち全員にはある本能が宿るんだ」
「ある本能ですか?」
俺たち人間が先天的に得ている知識のようなものか?
「元々魔法というのは人間にとってかなりの不安定なものなんだ。心の安定もそうだが、能力と呼ばれる部分も魔法使い一人では安定しない。おそらくその不安定な要素こそが寿命を削っている要因なんだろうね」
「つまりそれを安定させることが」
「あぁ、二度目の魔法を使ってしまった魔法使いの唯一の救済方法なんだ」
「具体的にはどうやったら魔法を安定させることができるんですか⁉︎」
目の前の机を叩き上がるような勢いで俺は裕翔へとそれを求めた。
彼はそんな俺の態度に敬遠するようなことはなく、むしろ感心したように唇の端を吊り上げこちらを真っ直ぐ見据えて言った。
「その魔法使いのパートナーを見つけることだ」
「パートナー?」
その単語にもどこか聞き覚えがあった。断片的にだが確かに記憶の片隅には眠っている。
アリスと裕翔の会話、いやもっと前にその単語を耳にした。
「俺がアリスのパートナー」
「清哉も感じたはずだ。アリスと触れ合った瞬間にあの電流のような衝撃を」
「ーーーッ⁉︎」
いまでも鮮明に思い出せる。
アリスと初めて出会った日、彼女を支えた時に俺の内に流れてきたあの衝撃はそういう意味があったのか。
「パートナーというのは魔法使いの拠り所とでも呼ぶべき存在だ。だけどパートナーとは本能的な相性が合った者同士でしか成立しない。本当に偶然の出会いが呼ぶ奇跡と俺たちは謳っている」
「それじゃあすぐに見つかるような簡単なものじゃないんですね」
紡木さんの寿命は近い。その残された期間でそんな奇跡を起こせるのか?
常識的に考えて無理だ。
法則性でもあれば別だが人間の本能の部分を計算で割り出すことなんてどんな頭の良い学者でも不可能だ。
悔しさに歯噛みする俺に追い打ちをかけるような情報が舞い込む。
「それにパートナーを見つけたからといってその魔法使いを完璧に救ったことにはならない。人は魔法を所持しているだけで寿命を消費する。例え二度目以降一度も魔法を使用しなくてもその寿命は普通の人の約十倍の速さで消費されていく」
「それじゃあ寿命間際の魔法使いはもう……」
それ以上先が口に出せなかった。
それを出してしまったら認めたくない事実を俺は認めてしまうことになる。
簡単な現実逃避だ。
「助からない」
裕翔はそんな俺の逃避を認めてはくれなかった。
きっちりと現実を受け止めさせるようにはっきりと変えようのない事実を告げる。
なぜだ?
俺はどうして裕翔の言葉がこんなにも重く感じてしまうんだ?
以前の俺だったら他人なんてどうでもいい、自分は自分、他人は他人くらいの認識しかなかったのに、いまはなぜかこんなに心が苦しい。
あまりにも唐突な心情の変化に自分で自分がわからなくなってしまう。
「パートナーが見つかったからといってもそれまで消費してしまった寿命は返ってこない。一度失ってしまったものは二度と元には戻せない」
「……」
すべての希望が絶たれたいま、俺はもう自分の無力さに打ちひしがれるだけで考えることを捨てていた。
きっと俺はいまものすごい納得いかない仏頂面でいるはずだ。にも関わらず裕翔はそんな俺の失礼な態度に心底満足そうな笑みを浮かべている。
「辛いか?」
すべてを見透かしたような裕翔の問い。
ズキン、ズキンと痛みを伴う胸を隠すようになんとか平静を装う。
「……そんなことは……」
だけど無理だった。
変に声が震え、握った拳に汗が溜まる。
己の幻想だけを押し通そうと必死に現実から目を背ける俺の瞳に裕翔の柔和な笑みが映る。
「似ているな」
「えっ?」
「清哉は本当に昔のアリスにそっくりだ」
「俺にはアリスの持つ優しさなんてありません」
震えていたはずなのに意外なほどきっぱりと否定した。
だがそんな俺の一言に裕翔は首を左右に軽く振ってみせる。
「いや、本当に似ているさ。清哉の中にはアリスと同じ素質がある。だから彼女のパートナーに選ばれたんだと俺は信じているさ」
立ち上がり、励ますように俺の肩にポンポンと手を置いてくる。
そう簡単に勇気などは出なかったがいくぶん肩の力が抜けたような気がした。
「いまはまだ正式なメンバーじゃないからこれ以上のことは話せないけど……今回の件はアリスと清哉の二人に任せる」
部屋を退出する間際にそんな言葉を残し裕翔は俺一人を残して、何の前置きもなく会話を切り上げてしまった。
「……」
一人残されてしまった俺はしばし纏まらない思案に耽るだけ耽け、何度か頭を掻き混ぜる、どうしようもない怒りを露わにした。
無駄な時間を過ごしてしまったと冷静になった後に自分を責め、結局何もないまま重たいノブを捻り部屋の外に出る。
一時間も二時間も話し込んでいたわけではないが外の共用廊下が随分と懐かしく感じた。
紡木さんの手前がっかりさせることはできないと気合いを入れ直していると、トテトテとオフィスの方から雑誌を片手にアリスが近寄ってきた。
今度こそと完璧な平静を装いつつ俺はアリスに顔向けする。
「どうした? そんなに慌てて」
するとアリスはいつになくキラキラとした瞳を俺に向けて、チェックした雑誌の一ページをバッと開き俺の眼下にかざしてくる。
「マスター! ここなら最適です」
「はっ?」
あまりにも論外すぎるスポットに俺の思考は数瞬の間に凍りつく。
おそらくは紡木さんとのダブルデートの行き場所なんだろうが……アリスの提案してきた場所は正直男の俺でもないわというようなセンスの欠片もないスポットだった。
沈痛な雰囲気など吹き飛ばすようなアリスの天然振りに自分の悩みなど思わず後回しにして嘆息してしまった。
いくらなんでも……デート場所にプロボクシングのタイトルマッチを選ぶことはないだろ。
もしかして緋色奈が勧めたのか?
絶対にあり得ないだろうという可能性が浮上する中俺はどこまでも深いため息を吐く。
色々な意味でアリスには一般常識の講義が必要だと実感した瞬間だった。