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エピソード09 〜魔法使い〜

「あ、ああああああんた⁉︎ アリスに一体何を吹き込んだの‼︎」


次の日、俺は土曜日のダブルデートについて裕翔に相談するため事務局のオフィスらしき部屋に顔を出した瞬間に頬を真っ赤にした緋色奈に胸ぐらを掴まれていた。

一般的にある会社のオフィスとそう広さは変わらず個人の机が八つほど設置されており、書類収納用のプラスチック製のタンスがあるなど特にこれといった特徴のないオフィスだった。


仕事の体験者という身分でありながら何気に今日初めて職場の拠点であるオフィスに入った俺はあまり歓迎はされていないようだった。


「いきなりどうした⁉︎」


「どうした? じゃないわよ⁉︎ あんた一体アリスに何を吹き込んだの? さぁさっさと白状しなさい」


一冊の雑誌を熟読するアリスを背に緋色奈は俺の首をブンブンと揺さぶる。


「何も吹き込んだ覚えはない‼︎」


「嘘よ‼︎ あんたが変なことを吹き込んだからアリスが昨日あたしにあんなことを聞いてきたんじゃない」


「あんなこと?」


本気で身に覚えがない。

緋色奈をここまで興奮させるようなことをした覚えがなかった。彼女自身にもアリスにもそんなことをした記憶はない。

でも現実に彼女はいま俺を目の敵にしている。

おそらく昨日アリスが事務局に帰った後何か緋色奈を勘違いさせる発言でもしたのだろう。


「アリスとデートってどういうことなの‼︎」


キッと俺を威圧するように赤い瞳が鋭くなる。

案の定怒りのポイントはそこなのかと大体の状況を把握した俺は胸の奥で嘆息してしまう。


「答えなさい‼︎ アリスをどこに連れ回すつもりなの? 最後はホテルにでも連れ込もうっていう魂胆なの?」


娘を心配する父親のような先走り妄想を絡めた怒りを俺にぶつけてくる緋色奈。

そんな興奮状態の彼女を宥めるように俺は肩をすくめてみせた。


「あのなぁ、アリスがデートする理由は俺が誘ったわけじゃなくて……」


「もしもそんなことしてみなさいよ‼︎ すぐにでも警察を呼んであなたを全国指名手配犯に仕立て上げるわよ‼︎」


「それ普通に恐喝だからな。それに強姦の容疑では全国指名手配はされないから」


震える手でスマホをかざす緋色奈に再び嘆息。

しっかりした人かと思っていたけどかなり思い込みの激しいタイプの人間らしい。


ここが専用の事務所なら隠すこともないので俺は誤解を解くという名目も兼ねて緋色奈に昨日の出来事を説明した。


「なるほど紡木さんの依頼でダブルデートを」


うまく誤解は解けたようで神妙に頷く緋色奈。

アリスがいきなりデートをしたいと言い出したことについて合点がいったらしく自分の早とちりに若干頬を赤らめていた。

興奮していた頭も冷めたらしく真剣に雑誌を読むアリスを横目に思わず苦笑いする緋色奈。


「でもあの子かなり、あれよ」


「……それは重々承知している」


あのドジ属性持ちのアリスがデートという言葉をどう転ばすか想像するだけでもため息が出そう。

ここからじゃ机の上に広げる雑誌の中身までは見えないためアリスがどんな本を持ち出しているのかよくわからない。


「変な勘違いしてないといいんだけどな」


「そういえば、ダブルデートならアリスの彼氏役は誰がやるの?」


大方予想はしているのか緋色奈はほぼ確認を取るくらいのニュアンスで尋ねてくる。


「まだ決まってない。そのことも含めて裕翔さんと話がしたくてな。俺もここに顔を出した」


俺の答えが意外だったのかえっ? と目を丸くする緋色奈。

最初の勘違いからそうだがどうやら緋色奈の中では俺がアリスの彼氏役として行くことが確定事項だったらしくポカンといった様子で数秒の間固まってしまう。


「そ、そうなの? それなら誰が一体彼氏役をやるのよ?」


「裕翔さんがいいんじゃないのか」


俺の何気ない発言にうわーとドン引きする緋色奈。

あれ俺何か変なことでも言ったか?


「それ本気で言ってるの?」


「俺は社員じゃないし、それにアリスを預けるのは不安なんだろ?」


「うっ、それは」


反論しておいて痛いところを突かれてしまった緋色奈は言葉を詰まらせる。


「でも裕翔さんじゃアリスと年が離れ過ぎよ。相手は普通に考えたら高校生同士のカップルなのよ。そこに大人が割り込むのはどうかと思うけど」


「それは一理あるな」


紡木さんの相手はおそらくアリスのことをあまりよく知らないだろう。そんな情報なき女の子がいきなり年が離れた大人の男性を連れて来たりでもしたら変に緊張してしまうに違いない。

ただでさえ寿命の件があるのにそこで変な緊張感を持たせるのはあまり好ましい状況ではない。

ダブルデートというシチュエーションなら女の子同士で買い物をしてその間に男同士二人で話をするなんてことも珍しくはない。


そういうことを考慮するなら確かに裕翔さんくらいの大人よりアリスと年の近い、高校生がベストだ。


「まぁとりあえず裕翔さんに相談してみるのは間違いじゃないわ」


まず話はそこからだと緋色奈もある程度のところで妥協する。

後の判断は俺と裕翔に委ねるということなのか?


「それじゃあアリスにはあたしの方からアドバイスをしておくから安心して、あんたは早く裕翔さんと話をして決着付けなさいよね」


「あぁ……」


軽く手を振り雑誌を読むアリスの元に小走りで近寄る緋色奈を見送りつつ、俺も自分の用事を済ますためオフィスを見回し裕翔を探す。


「よっ、話は終わったか?」


トンと肩に掛かる小さな刺激。


「ゆ、裕翔さん‼︎」


いきなりの登場で混乱する俺。

先ほどの緋色奈との話を聞いていたのか裕翔は大体状況を把握しているようで、声をかけるなりすぐに隣の部屋に移ろうかと提案してきた。

本当にいつから俺の背後にいたのか、問い詰めていきたい気持ちを抑え俺は裕翔と初めて会った部屋でもう一度彼と対面することになった。



「アリスから話は聞いてるよ。だいぶ頑張っているみたいだね」


「そんなお世辞はいりませんよ。俺は特に何もしていません」


そう俺は何もしていない。

全部アリス一人に任せて俺は親に甘える小熊のようにただ彼女の背中をつけているだけ。

褒められるような立場ではない。

そんな俺の陰気な雰囲気を察したのかそれ以上裕翔の口から仕事の評価に関する内容は出てこなかった。


「事情は既に知っている。そろそろ君にも俺たちの仕事がどんなものなのかをきちんと把握しておいてもらった方がいい頃合いなのかもしれないね」


まだ約束の一週間も経過していないがアリスから魔法使いという存在を断片的にだが教えてもらってしまった以上後を引くものは何もない。

俺自身も彼の口からこのことについての詳しい解説を望んでいる。


「アリスからどこまで聞いたんだ?」


「魔法使いとその寿命が短いことについて少しです」


「そうか……それじゃあもう魔法使いの存在は信じてはいるんだな」


「……一応といったところです。まだあんまり実感が湧かないというか、確信がないというか……」


正直なところ魔法使いの存在を位置付ける決定的な証拠がないいまは疑いの気持ちが強かった。

紡木さんも寿命のことについては把握しているようだったし、自分に残された時間が短いということについての態度も演技ではないのはわかっているが、やはり物的証拠がない限り完全に鵜呑みすることは難しい。


「まぁそこは時間が解決してくれるさ。それよりも仕事の内容を知りたいんじゃないか?」


優しげな瞳の奥は俺の心でも見据えているのか、内部の欲求を的確に突いてくる。

いつしか強引な勧誘を受けた身であることを忘れ、俺は自らの意思でこの現場に踏み込んでいた。


「俺たちの仕事の内容は、魔法使いを助けることだ」


大体予想はできていたが改めて裕翔の口から聞いて、検査や訪問対象であった楓さんや紡木さんの顔が脳裏に浮かぶ。


「そもそも魔法使いって一体何なんですか?」


「名前の通り人知を超えた魔法を所持している子供のことだ。清哉もゲームとかやっていれば嫌でも魔法なんて単語は聞いたことあるだろ?」


「そっち系の知識なら多少はありますけど……」


「数年ほど前、魔法と呼ばれる人知を超えた能力を発動させる子供たちが突如として出現した。原因は不明だったけど、一部の学者は思春期の人間に稀に生じる病のようはものだと解説した」


「病気ってことですか?」


「理屈的に説明するならそう考えてもらった方がわかりやすいだろ。感染者の症状が魔法の行使権だとするなら余計に説明がつきやすい」


確かにエイリアンのように突然出現した未知なる種族と捉えるよりかは病気に感染してその症状で魔法が使えるようになってしまったと説明する方が表現が柔らかい。

それに病気という名目ならその人にかかる負担や恐怖、不安などといった感情を和らげてくれる。


「しかし魔法とは人の身に余る強大な力だ。清哉はゲームなどの魔法使いが魔法を使用するために支払うコストがなんだか知ってるか?」


「魔力ですよね」


そこまでゲームに詳しくない俺でも簡単に答えられるような質問だった。

まぁゲームによっては色々と異なる呼び方はあるが一般的に浸透しているのといえばやはり魔力だった。


「だが現実の人間には魔力なんてものはない。それなら魔法使いとなった少年少女たちは魔法を使用する際に何を代償にしていると思う?」


「そんなの……」


わかるはずもないと言おうとしたところで電流のような衝撃が俺を襲った。

コストや代償という単語を聞いた瞬間俺の脳裏にはまさかという可能性が浮上していた。


露骨なまでにわかりやすい俺の反応を察したか、裕翔が真摯(しんし)な表情で頷いた。


「そう、魔法使いは寿命を削って魔法を発動させているんだ」


頭をゴーンと硬い何かで叩かれたかのような衝撃が襲った。

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