エピソード00 〜出会い〜
夕暮れに染まる商店街。
その日俺は彼女と出会った。
俺、浅田清哉には将来図というものが著しく欠損していた。
高校三年生の俺はもう時期大学受験という大きな壁に立ち向かう。
クラスメイトのほとんどが自分の受験したい学校、学部を絞り、それに向けて必死に努力している。
もちろん先生方も必死な受験生に全身全霊をかけて対応している。
そんな受験ムード真っ只中の中浅田清哉という人間に対する態度だけ他と違っていた。
自慢じゃないが俺は他人よりもちょっとだけ勉強できる。
全国模試などの点数も他の人と比べると上向きで上位クラスの大学も余裕を持って合格できる、それが正直な先生方の感想でもあった。
しかし、そんな優遇された位置にいるにも関わらず俺には自分の進みたい道というものがなく、ここまで進路未定というままクラスの雰囲気に合わせて勉強だけを続けていた。
そんな感じの学校生活を送っていたら今日特別な二者面談を担任によって開かれ、普段より一時間くらい余計に学校に留まる羽目となってしまった。
学校から自宅までそれほど長い距離ではないので徒歩通学だがそれでも帰る時間が遅くなるというのは個人的にあまり良いものではない。
学校付近の坂を下り、見慣れた商店街を通り抜け、真っ直ぐ家に帰ろうとした時、俺は彼女と出会った。
10月も半ばまで差し掛かっているため辺りはオレンジ色の夕日を浴びて橙色に染まっているが、それでも彼女だけは違った。
決して橙色に染まらない赤茶色のローブに身を包み、先端がちょこっとだけ前方に折れ曲がったとんがり帽子を被った、明らかにいまの世の中では異質な姿をしていた。
いわゆる魔女っ子コスチュームというやつなのだろうか? 彼女の着ている服はお世辞にも一般常識のある者が着る物とは言い難かった。
そんな不思議な格好をした彼女は鞄を片手に悠然と歩く俺の目の前で何につまづいたのか大胆に転んだ。
ステン、とある意味で芸術的な転び方をした彼女の手からは格好と明らかに釣り合わない近場のスーパーのビニール袋が落ちる。
すると袋の中に入っていた色とりどりの果物がコロコロと商店街の道中を転がっていく。
「……」
そのすべてをはっきりと目撃していた俺は完全にフリーズ。
ついでに頭から転んだ彼女もベタンと直立に似たポーズのまま一向に動かない。
「……おっ、おい‼︎ 大丈夫か?」
少し迷ったが目の前で転んだ人を素通りするのも周りの目が怖いので俺は彼女に手を差し伸べる。
俺の呼びかけに反応してか地べたにうつ伏せになった彼女がピクリと体を痙攣させ、むくりと勢いよく起き上がった。
「あ、ありがとうございます」
服についた埃を払い落とし、律儀にもペコリとお辞儀をする彼女。
そして次の瞬間、サッと上げられた彼女の顔を見て俺は思わず固まった。
繊細な手先で丁寧に作られたかのような人形のような端整な顔立ち。
服の色とマッチングする長く綺麗な赤茶色の髪。
あどけなさの残る黒い瞳。
薄く色付く桜色の唇。
身長は少し低めで体格も小柄である。
だがそれをカバーする端整な容姿が俺の目を完全に惹いていた。
完璧だった。
多少痛い格好をしているものの、それすらも完璧に自分と一体化させるような、一つの作品として完成した美少女がいま俺の眼下にいる。
男の欲情を無理矢理掻き立てるような少女と目が合っている。
外せなくなった視線を強引に引き戻し俺は紳士的な立ち回りを意識するようにして彼女の足元に転がる果物類に目を落とす。
すると彼女も買ったばかりの物を落としてしまったことに気がつき、またやってしまったと言いたげな表情のままガックリと肩を落とした。
「ドジ、だな」
「そんな事実はありません。ありません、ありません」
俺の放った一言を頑なに拒否し、ブンブンと首を横に振る赤茶色の少女。
かなり落ち込んでいるのか拾うことすら忘れて少女は項垂れている。
「はぁ……別に食えなくなったわけじゃないだろ」
そんな彼女に俺は軽くため息を吐きつつ落ちた果物を拾い、再びビニール袋の中に入れてあげる。
さっきまでの緊張は何処に、俺はいつも学校で人と接しているような顔でいつの間にか彼女と話せるようになっていた。
すべて拾い上げ、リンゴやミカンなどの果物で一杯になった袋を差し出すと、自分の失態に恥ずかしがりながらも、
「ありがとう」
と、言って彼女は俺から袋を受け取った。
袋を受け取ったにも関わらず彼女の表情はまだ暗いまま。
せっかく買った物を落としたんだ、そこら辺を考え込む人ならこれぐらいの反応は当然なのだが、なぜか俺はこれ以上はいらないってところまで彼女に口を挟んでしまった。
「別に駄目になったわけじゃないさ。見た限りじゃ皮の付いているものがほとんどだったから水で洗い流せば中身は食べられるぞ」
さすがに皮までは無理だけど、と薄笑っていると少女の目がパァッと明るくなり、変わらない表情のままで俺をジッと見据えてきた。
「本当に?」
念を押すような態度に若干しりすぼみしながら俺は、
「保証する」
ちょっと強気に答えを返す。
やがて少女は手元に抱える果物と俺とを交互に見つめながら、ギュッと大事そうに袋を抱え直し、ピタリとその動きを俺の目線で止める。
「うん、わかった。あなたを信じる。それじゃあ私は用事があるから」
そう言って踵を返すとまたしても彼女は足をもつらせて転びそうになる。
「危ない⁉︎」
咄嗟にやわらかそうな体に手を回し転びそうになった彼女を支える。
「ーーーーーッ⁉︎」
彼女の体に触れた途端、電流のような痺れる衝撃が俺の身体中に流れてくる。
一瞬浮かんだ邪な考えなど数瞬の間に吹き飛ばされ、ほんのわずかな間だが俺の意識が何者かによって掌握される。
「…………いまのは?」
転びそうになった彼女を立ち上がらせつつも頭は完全に明後日のことを考えている。
鼻腔をくすぐった彼女の甘い匂いなどそっちのけで俺は一瞬だけ感じた衝撃に深く悩まされる。
「………………」
少女も俺と同じ“何か”を感じ取ったのか、驚いたような表情で俺を見つめるがやがて何も言わずにその場から踵を返し、今度こそもつれないようにと注意しながらどこかへ立ち去ってしまった。
「…………何だったんだ、いまのは?」
後に残された俺は手に残るやわらかい感触を確かめながら、帰路につくのであった。
本当にあれは何だったんだ?
どこまでも広がる夕陽色の空の下、俺は彼女と出会ってしまった。
この出会いが今後の俺の人生を大きく左右するなんて、この時は考えもしていなかった……。
初めまして作者の氷川結人です。
この度は作品の方の閲覧まことにありがとうございます。
初投稿ですので感想や表現の指摘などのコメントをしてくれると大変嬉しいです。
また序盤は自分でも見所が薄いと自覚していますので流し読みでも構いません^_^;
これからもよろしくお願いします。