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切迫

 玄関のチャイムが鳴った。

 無気力になっていた俺は、そのチャイムを無視した。

 するとチャイムは続けさまに何度も鳴らされた。


 仕方なく玄関まで行ってドアを開けると、そこに立っていたのは二宮の父親、二宮良治だった。

 息を切らせ、ひどく焦った様子だった。


「娘は! 透花はいるかね!?」


 二宮の行方が分からない?

 その言葉は俺の危機感に火を点け、失っていた気力を甦えらせた。


「ここには来ていません。二宮がどうかしたんですか?」

「……これを読んでみてくれ」


 渡されたのは、二宮が書いた手紙だった。


--------


 おとうさん、ごめんなさい。

 あたしは今から小延智也さんと一緒に家を出ます。


 小延さんは最近お会いした人です。

 彼は交通事故で人を死なせてしまい、3年間刑務所に入っていました。

 そしてそのことをとても後悔していました。


 その話を聞いた時、あたしは彩花のことを考えました。

 彩花を死なせてしまったことで、あたしもずっと苦しい思いをしてきました。

 だからあたしは小延さんの力になりたいと思いました。

 料理が得意だと聞いたあたしは彼を働かせてくれるように店長さんにお願いしました。


 でも店長さんはそれを断りました。

 あたしはそれが信じられなくて店長さんを責めました。

 でも断られて当然でした。

 小延さんが死なせたのは店長さんの家族でした。


 その後で安西さんから、事故の時に店長さんがどれほど苦しんだかを聞きました。

 あたしと小延さんがしたことは許されないことでした。

 もうここにはいられません。


 あたしは家を出て、だれにも見つからない場所を探します。

 そしてそこで小延さんと暮らします。

 あたしたちを探さないでください。


--------


 ……二宮が小延智也と一緒にどこかへ行ってしまった。

 俺はどうしたらいいんだろう。


 小延智也を殺すことは俺にとって確定したことだ。

 だから俺は、これから小延を探さなくてはいけない。

 探して、見つけて、それからどうするんだ?

 二宮の目の前で小延を殺すのか?


 小延を殺された二宮はどうするだろう。

 悲しんで後を追うのか、それとも俺を殺して殺人犯になるのか。

 いすれにしても、その時に俺は二宮を助けてやれない。


 どうしてこんなことになったんだ?

 小延にはそれほど二宮を引き付ける何かがあったのか。

 父親や、母親や、友だちはどうするんだ。

 長い間その関係に苦しんできた相手にようやく心を開くことができて、あれほどの喜びを俺に見せていた。

 それなのに、その人たちを捨てるような真似が彼女にできるのか?


「どう思われますか?」

「おかしい……」

「おかしいというのは?」

「二宮はこんな風に、自分の都合で周りの人間を切り捨てて、どこかに行ってしまうようなやつじゃない」

「あなたに申し訳ないことをしたから。そう書いてありますが」

「あいつは苦しいことから逃げるやつじゃない。今までだって黙って耐えてきたんだ」

「そうですか……」


 二宮良治はため息をつき、それから俺の顔をじっと見つめた。


「だったらこの手紙は、あなたが透花に書かせたものじゃないんですね」


 二宮良治の言っていることが分からなかった。

 俺は彼の顔を見ながら次の言葉を待った。


「本当に違うようですね。安心しました。……湊河さん、私はね、あなたが小延さんを殺した後でそれを隠蔽するために透花にこの手紙を書かせた。そう思ったんですよ。透花がこんな嘘の手紙を書く理由が、あなたのためということ以外に思いつかなかったので」

「……嘘?」

「小延智也というのが何者かは知りませんが、その人物に透花が惹かれて、なんてことはありえません。透花が慕っているのは湊河さん、あなた以外にいません」


 二宮良治の俺に対する評価は思っていた以上に高かったようだ。彼の主張は俺にとって誇らしい話だが、それを鵜呑みにはできなかった。


「いくら親でも、娘の気持ちが全て分かるわけじゃないだろう。こんなことは言われたくないだろうが、つい最近まで二宮は、あんたと心を通じ合えずに苦しんでいたんだ」


 俺の言葉を聞いた二宮良治は、寂しげな笑みを見せた。


「前にも言いましたが、私は湊河さんに感謝しています」


 唐突にそう言われて、俺はその意図が分からなかった。


「私はずっと怖かったんです。あの子がいつか居なくなってしまうんじゃないかと。妹の彩花が事故で死んでから、透花は何もかもを諦めるようになりました。友だちと一緒に何かを楽しんだり、自分が興味を持つことを大切にしたり、そんなことをしなくなった。学校から帰ると、ただ家の用事を済ませるだけだった。いつか自分自身を諦めてしまうんじゃないかと、そんな考えが頭から消えなかった」


 その時の苦しみが甦ったかのように、彼はその手を握りしめた。


「彩花が死んだ時と同じ思いを、また繰り返したくない。透花に何かあっても傷つかない自分でいたい。そんな風に考えるようになっていました。父親としてだけでなく、人間として失格ですね」


 自嘲するその言葉が、俺には二宮良治の本心とは思えなかった。そう言う気持ちがなかったとはいわないが、彼が娘を愛していることは俺の目にも明らかだった。


「でも透花は変わりました。生きていることを楽しんでいます。あなたと一緒に居るときのことを、楽しそうに話してくれるんです。それはもう何度も何度も、私があなたに嫉妬してしまうほどにです。そんな透花を見たことで、私はようやく自分がどれほどあの子を大切に思っているかを知りました」


 父親が語った二宮の話に、俺は自分でも意外なほど動揺した。思い返せば、二宮は俺に対して何度も好意を示してくれていた。俺はそれをなるべく軽いものに考えようとしていた。先のない自分が彼女に対して責任を持つことを、俺は無意識に避けようとしていたのだろうか。


「わかった。あんたの言うことを信じよう。二宮には嘘をついてまで、家を出なくてはならない理由があった。だったら俺たちは、二宮を探し出してその理由を聞かなければいけない。二宮の行き先に心当たりは?」

「あの子はこの街から出たことがほとんどありません。ですから、これといって思い当たる場所もありません」

「そうか。……二宮の部屋に何か手掛かりはないかな。確かPCを持ってたはずだな」

「ええ。私が使っていた少し古い型のものですが」

「履歴を見れば、二宮が何を調べたのか分かるかもしれない」

「分かりました。家まで来てください」





 俺と二宮良治が玄関を出て二宮の家に向かおうとした時、その目前で車が急ブレーキをかけて止まった。

 車に乗っていたのは小延の父親だった。

 彼は車から降りると、その場で俺に土下座した。

 その姿は前にも見たが、今回の小延の父親にはより切迫した心境を感じた。


「お願いします。息子を、智也を殺さないでください」


 その言葉を聞いて、二宮良治は驚きを露わにした顔で俺を見た。

 さっきの憶測を考えると、このセリフはタイミングが悪すぎる。


「あなたに減刑嘆願書をお願いした後も、私は人を雇ってあなたの動向を調べさせていました。あなたが何人もの男とケンカをして重傷を負った時、あなたには息子を許す気がないことを察するようになりました。だから息子が出所した時も、あなたに会いに行かせませんでした」


 計画はすでに破綻していて、俺はそれに気付いていなかったわけだ。

 だとすると、小延智也の目的は俺の前から姿を消すことか。

 一緒に二宮を連れて行ったのは、俺と二宮の関係を知ってそれを利用するためか。


 だとすると、小延の父親がこの場に現れた理由は何だ?


「昨日帰ってから、息子はずっと思い詰めた顔をしていました。朝になって姿が見えなくなり、心配になった私が何度電話をかけても電源が切られたままでした。息子には悪いと思いましたが、部屋に入って中を調べました。すると机の引き出しに、こんな手紙が入っていました」


--------


 僕は、僕の意思で、湊河貴弘に殺される。それをここに宣言する。


 僕は人を殺した。車で人を殺した。

 だけど僕はそれをただ運が悪かったからだと思っていた。

 彼らが死んだせいで僕が刑務所に入ったのだと思っていた。


 だけど刑務所を出て、事故のことを色々と知って、僕は自分の罪を理解した。

 僕の罪は重かった。こんな罪を背負って生きているのは嫌だ。

 僕の人生は失敗だった。こんな人生はもういらない。


 自殺はしたくない。贖罪として死にたい。

 僕を殺す役目は、贖罪という言葉に最も相応しい、湊河貴弘に任せたい。

 でも僕を殺したことで湊河貴弘が罰を受けるのは困る。

 その罰が重いほど僕の贖罪が不完全になる。

 それは嫌だから、僕はこの遺書を残す。


 湊河貴弘には一度会った。

 事故で頭がおかしくなったと聞いていたけど、思ったよりまともな人間だった。

 あれだと頼んでも殺してくれないかもしれない。

 だから僕は、彼にナイフを向けて、僕が殺した彼の家族を侮辱するつもりだ。

 そうすれば、彼はきっと僕を殺してくれるだろう。


 この遺書を書いても、湊河貴弘は無罪にならないだろう。

 しかし軽い罪で復讐を果たすことができる。湊河貴弘も満足するだろう。


 湊河貴弘がこの遺書を見つけて捨ててしまうと困るので、全部で3枚書いておく。

 1枚は僕が持つ。もう1枚は自宅に置く。最後の1枚は貸金庫に預ける。

 これならこの遺書が僕の意思で用意したものだとわかるだろう。


 最後にもう一度書く。僕が殺されるのは僕の意思だ。


--------


 自分勝手だとしか思えない内容だった。

 相手が殺してくれと言うならやめる、という気に俺は全くならなかった。

 小延の父親に知られたことで、計画の変更は避けられないだろう。

 俺の中に小延を殺さないという選択肢は存在しなかった。


 しかし、どういうことだ?

 この手紙の内容は、明らかに二宮の手紙と矛盾している。

 小延の意思がこの手紙に書いてある通りなら、小延はすぐに俺に会おうとしたはずだ。

 しかし実際には、小延は俺のところには来なかった。


 俺の名前をかたって誰かが小延を呼び出した。

 いや、誰かじゃない。二宮だ。

 二宮は小延と共に俺たちの前から姿を消すつもりだ。

 だがそれは、二宮の手紙に書かれていたように2人で暮らすためじゃない。


 俺の頭に最悪の答えが浮かんだ。

 その答えは、俺の中に恐怖と焦燥感を生んだ。

 そしてそれは瞬く間に俺を支配した。


「小延さん、車を出してくれ。二宮さんは道の案内を」


 戸惑う小延の父親を強引に運転席に座らせて、俺たちは二宮の家に向かった。





 二宮の家に到着した俺たちは、早速彼女の部屋に向かった。

 PCの電源を入れると、パスワードを入力することなく起動することができた。

 まず立ち上げたメールソフトには、ごく最近の広告メールが幾つか残されているだけだった。

 彼女がメールを削除したことは明らかだ。

 それなら、ファイルを復活させれば彼女が隠そうとしたことが分かる。


 データ復元ソフトをダウンロードして実行する。

 再度メールソフトを開くと、復元したメールが表示されていた。


 数少ない送信済みメールを新しい方から開いて行く。

 最初のメールには携帯会社のメールアドレスだけが書いてあった。


「透花のアドレスです」


 それを見た二宮良治が俺に言った。

 次のメールには、俺にはよく分からない単語が並んでいた。

 その意味が分かるか尋ねようとして俺が二宮良治を見ると、その表情は恐ろしいほど険しくなっていた。


「分かるんだな? どういう意味だ?」

「男、19歳、健康、全て可能、女、16歳、健康、全て可能、そういう意味です」

「全て可能? 何が可能なんだ?」

「臓器売買です。全ての臓器を提供できるという意味です」


 その言葉を理解するのに、数秒の時間が必要だった。


「どうして二宮が!? 彼女は……、絶対そんなことには――」

「分かりません……、が、可能性があるとしたら私のPCから情報を得たんでしょう」

「おい! どういうことだ? まさかあんた――」


 小延の父親がつかみかかりそうな勢いで二宮良治に迫った。

 彼は多分勘違いをしている。


「警察なんだな、あんた。でも普通のお巡りさんじゃない」


 園田弁護士は二宮良治を公務員とだけ言っていた。

 はっきり警官だと言わなかったのは公安だからか。


「詳しくは言えませんが、おそらくあなたの想像通りです。パスワードは厳重に掛けてあったのに、いったいどうやって?」

「その辺の経緯はいい。このアドレスの送信先は?」

「多重債務者の臓器、腎臓などを海外に売っている者がいます。その連絡先です」

「まさか!? じゃあ、智也は……」


 小延の父親は、全身の力が抜けてしまったかのように座り込んだ。


「牛や豚じゃないんだ。そんなに簡単に解体されたりしない」


 俺は彼の勘違いを訂正した。


「どうして君にそんなことが断言できるんだ」

「臓器移植について、少しぐらいは知ってるからな。人の体から取り出した臓器はそれほど持たない。心臓だとドナーから取り出して移植が終わるまでに4時間しかない。大がかりな手術室で何人もの担当者を集めて、ドナーと患者を並べた状態で行うことになる」

「国内じゃ無理ですね。手術は海外に連れて行ってからになります」


 だからといって、安心できる状況ではない。

 二宮良治も全く緊張感を解いていなかった。


「それはこの街の暴力団がやってることなのか?」

「関わっているのは確かでしょう。取り仕切っているのは海外の組織だと思われますが」

「分かった。あんたはあんたの立場でできることをやってくれ」

「あなたは?」

「警官には説明できない」


 二宮良治の目が鋭くなり、しばらく俺とにらみ合った。


「……分かりました。しかし私があなたに配慮できることはありませんよ」

「構わない。じゃあ、そっちはそっちで二宮を頼む」


 俺はそう言うと二宮の家を飛び出した。

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