敬意 - 安西友翔
あの動画が撮られた夜、オレはたまたま現場にいた。
そして湊河さんの闘う姿を見て魅了された。
ヤクザ映画やアクション映画を見た昔の人は、映画館を出た時に主人公の身振りを真似たらしい。
間近で本物を見てしまったオレの心境は、そんな観客のレベルどころじゃなかった。
オレは昔から虐められる側だった。
高校に入ると、保身のため虐める側のグループに入ったが、グループの中ではやはり虐められる役だった。
これからの自分に絶望して、自殺モドキをしたことも何度かあった。
一度本当に死にそうになり、怖くて自殺モドキさえできなくなった自分に更に絶望した。
そしてあの祭りの日が来た。
最後に湊河さんが倒れて誰も動かなくなった時、オレは少し離れた貨物の上に、大きなカメラを持って撮影している男がいるのに気付いた。
その外見からオレは男を観光客だと思った。
他にも地元の人間がスマホで動画を撮影していたが、この土地に縁のない人間が興味本位で今の闘いを撮っていたことにオレは不快感を覚えた。
オレが同じ貨物によじ登ると、男は明らかにおびえた様子を見せた。
「何撮ってんだ」
「あ……えっと、すみません」
「何撮ってんだって聞いてるんだよ」
男は焦った様子でカメラから何かを取り出した。
それをオレの方に差し出しながら頭を下げる。
「これです。すみませんでした!」
オレがその手の上のメモリカードを取ると、男は急いで貨物から降りた。
、そのまま小走りに逃げ去っていった。
家に帰ってPCで中身を確認すると、そこにはとんでもない迫力の動画が記録されていた。
あの場の特異な雰囲気までは再現できていないものの、その描写は肉眼で見るよりはるかに鮮明だった。
上手く被写体を追えずに画面はふらついていたが、それが動画の臨場感を高めていた。
クスリをキメてるとしか思えないほど苦痛や恐怖を無視した動き。
複数の敵を同時に相手するための、冷静で的確な判断。
道具を一切使わないという、計算だけではない潔さ。
その全てを満たす湊河さんの闘い方は、オレの理解を超えたものだった。
動画を見たオレは、自分の苦痛に対する恐怖心が薄らいでいるのを感じた。
オレは自分が臆病者だと自覚している。
それほど痛くないパンチを一発貰っただけで体が委縮してしまうのは、最初から心が負けているからだ。
しかし動画の中の湊河さんは、体の反動で手加減なしだとわかる攻撃に、痛みを感じるそぶりさえ見せなかった。
腹を強く殴られたその瞬間に体が固まるのは、ガマンをするかしないかの問題じゃない。
無視して動けるのは湊河さんだけだろう。
しかしその後で腹を抱えてうずくまってしまったら、それは本人の心の問題だ。
かなり経ってから、湊河さんが巻き込まれた事故のことをうわさで聞いた。
ネットで事故について検索すると、被害者の住所はいつもの通学路からそれほど離れていない場所だった。
今は休業しているはずの喫茶店に俺は行ってみた。
「客か?」
外から店の中をのぞいていたオレに、背後から声がかかった。
湊河さんだった。
片手にまだギブスをはめていて、頬には生々しい傷があった。
「はいぃ!」
驚きと緊張で変な声を出してしまった。
「……ホットしか出せないが」
「大丈夫です!」
湊河さんは、オレを店に招き入れると、慣れない手つきでコーヒーを入れてくれた。
オレは今のグループから抜けることを決めた。
そう宣言したオレに、グループの奴らは抜けるための儀式が必要だと言った。
その儀式の場所として提案された中から、オレは湊河さんの店に近い空き地を選んだ。
湊河さんに見られる可能性を考えることで、オレは恥ずかしい真似をしなくて済むだろう。
奴らは儀式を一方的に殴ることだと思っていたようだが、オレは奴らに反撃した。
動画で闘っている男たちと比べたら、奴らには全く迫力が無かった。
とはいえ、気力だけでは3人相手に勝てるはずがなかった。
何発か相手に攻撃を入れたものの、その数倍殴られたオレは、奴らの足元に這いつくばることになった。
もちろん自分の意思じゃなく、背中を踏まれたオレに振り落とす体力が無かっただけだ。
「やりすぎんなよ」
その声は湊河さんだった。
頬の傷とその理由を知らない人間は、この辺りにほとんどいなかった。
「お前、昨日店に来てたな」
遠巻きにする奴らの前で、湊河さんはオレの腕をつかんで立たせた。
「まずいコーヒーを飲ませて悪かったな。今日はもう少しましなのが飲めるぞ」
「はい、いただきます」
オレはその後、オレと同じように腐っていた連中に声をかけた。
あの動画をそいつらに見せて、どんな反応をするか確認した。
オレの気に入った反応をしたヤツには、その後何度も話しかけた。
いずれも湊河さんを特別視するようになった人間だから、時間が経つにつれて湊河さんの店に集まるようになった。
そしてオレたちは、共に過ごす時間の中で自然に仲間となった。
オレは仲間のトラブルに対して、積極的にかかわるようになった。
理屈の通らない相手に対して、仲間と共にケンカをすることもあった。
相手側が引くか、自分の体が動かなくなるまで、オレはケンカを止めなかった。
すると仲間たちも、最後までオレに付き合ってケンカをした。
集まる人数が増えて、いずれも簡単に根を上げない連中だという話が広がった。
喫茶ノーブルの常連。その言葉は次第に特別な意味を持つようになった。
もちろんそれには、店長である湊河さんの存在も大きく影響していた。
ノーブルの肩書に守ってもらおうと、虐めに苦しんでいるやつらが店に通うようになった。
オレや仲間は、そういった連中に対して特に干渉しなかった。
肩書の効果はそれなりにあったようで、ノーブルの常連客は少しずつ増えていった。
中には肩書を悪用しようとするやつもいた。虎の威を借るナントカだ。
まあ、オレたちも湊河さんの威を借りているので、偉そうなことは言えない。
しかし目に余るようだと、釘を刺すぐらいのことはした。
勘違いをしているやつが店に来ることもあった。
店内で攻撃的な態度をとって、自分の立場を少しでも上に見せようとするやつだ。
何も知らずに、湊河さんに対しても横柄な態度をとるやつもいた。
オレはそういった客に例の動画を見せてやった。
その後でも同じ態度をとり続けたやつは1人もいなかった。
動画ファイルには生体認証のパスワードを付けて、誰にもコピーさせなかった。
流出すると湊河さんに迷惑がかかるかもしれないからだ。
別の人間があの時にスマホで撮った動画なら、探せばネットにいくつかある。
しかし暗い場所で遠くから撮った動画は、どの人影が誰なのかもわからないような代物だった。
湊河さんにとって、喫茶店では暇な時間がいくらでもあった。
そんな時、湊河さんは店の奥で自分の体を鍛えていた。
一度頼んでそのトレーニングを体験させてもらったが、オレと湊河さんとの間にはとんでもないレベルの差があった。
それから時々、湊河さんに対人戦の練習相手を頼まれるようになった。
もちろん本気で闘うわけじゃなく、いかに短時間で相手を制圧できるかといった練習だ。
オレはそれこそ秒単位で地面に転がされ続けた。
相手が湊河さんでなければ心が折れていただろう。
オレは湊河さんについて色々と調べ始めた。
事故に遭うまでは地味な高校生だったと聞いて、何があの人を変えたのかを知りたくなったのだ。
ぶっちゃけ、ストーカーと言われても仕方がない。
ある程度湊河さんのことが分かってから、俺は小延智也に書いた減刑嘆願書のことを知った。
不思議に思うこともなく、オレにはその理由が理解できた。
湊河さんの考えは当然で、その気持ちはオレにもよく分かった。
しかし小延のようなヤツのために、湊河さんが刑務所で長い時間を無駄にするのは、オレにとって我慢ができないことだ。
いっそその前にオレが始末してやろうかと、いかにもストーカー的な発想をしたこともあった。
もちろん考えてみただけで、それを実行するつもりはない。
恨みのある犯人を他人に殺されて、湊河さんの気が済むとは思えなかった。
湊河さんに恨みを晴らさせながら、受ける罰は最小にする。
その方法を考えている間に、小延が仮釈放で刑務所を出たという情報がオレの元に入ってきた。
湊河さんがそれを知って計画的に小延を殺せば、殺し方が冷静で残酷なほど罪は重くなるだろう。
裁判官や陪審員から減刑されるような状況とは何か。
オレはずっと考え続けて、ついに1つのケースを思いついた。
仮釈放後の犯人が、殺した相手が苦労して構えた店に行き、そこにいた遺族に働く場所が無いから自分を雇ってくれと言う。
誰もそれを偶然だとは思わないだろう。
遺族がかっとなって殺してしまったとしても、情状酌量の余地は十分にある。
心を病むほど苦しんだ遺族であればなおさらだ。
オレはその現場に立ち会って、湊河さんに有利な証言をする。
その前から小延とは会っておいて何度か話もしていたなら、やつが湊河さんに対して逆恨みしていたと証言することもできる。
後は倒れた小延のふところにナイフでも入れておけば完璧だが、実際にそれができるかどうかはその場の状況次第だ。
結局、オレの作戦は失敗だった。湊河さんは小延に手を出さなかった。
小延は思ったよりも自分の罪を自覚しているやつだった。
オレの話を聞いてひどく苦しんでいるように見えた。
殺して楽にするより、このまま罪の重さを味わせ続けた方がいい。
湊河さんがそう考える可能性はあるだろうか。
それでは失ったものに見合わないと思うだろうか。
二宮を巻き込んでしまったことは、オレにとって苦い思い出となった。




